日本人原理主義/レイシズム Archive

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小出裕章氏「テポドン着弾でメルトダウンある」への抗議

【7/4 訂正】 当該エントリーはもう少し時間をかけて書き直すことにします。jimpowerさん、コメントありがとうございました。

【7/18 追記】 エントリーの手直しをすると告知してから、すでに2週間も過ぎてしまい、すみません。ようやく更新できました。


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 6月29日に大阪で開かれた株主総会で、「北朝鮮が原発に対してテポドンを撃ってきたらどうするか」という株主の「質問」に対して、関西電力の経営陣が「自信満々に「着弾があっても、堅固な立派な格納容器と思っている」と答えた」件は、周知のように反原発運動関係者を含む多くの日本人の嘲笑を買うことになった。これもすでに広く報じられているように、小出裕章氏は関電のこの「安全保障宣言」を「バカげた返答」と一蹴し、「〔「テポドン」着弾で〕仮に格納容器が壊れなくても、配管1本が壊れるだけで炉心溶融(メルトダウン)が起こりえる」と批判している(強調は原文による)。

 小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ:「6月30日 テポドン着弾で格納容器が無事でも配管1本壊れればメルトダウンある 小出裕章(スポーツ報知)」
 http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/06/30/hochi-jun30/

 当たり前のことだが、小出氏の関電批判は科学的にはまったく正しい。けれども、私は、小出氏のこの発言は、科学的知見をもって関電を公的に批判するという以上に(そもそも小出氏に指摘されるまでもなく、関電の返答が非科学的であることは、科学に疎い大抵の人間にとっても自明だろう)、むしろ朝鮮民主主義人民共和国や在日朝鮮人に対する日本社会のレイシズム(に基づく「脅威論」)を反復する役割を果たしてしまっていると思う。幸いと言うには苦いものがあるが、関電の返答の愚かさぶりは、ほとんど誰もの想定を超えていたため、保守・右派の多くはこの件を小出氏の発言ごと黙殺しているように見えるが、ネット上では下劣なレイシストたちが、「配管1本が壊れるだけで炉心溶融(メルトダウン)が起こりえる」という小出氏の発言を引いて、外国人原発労働者をテロリスト扱いし、「北の工作員」たる在日朝鮮人を弾圧すべきであると喚き立てている。

 問題をやや単純化するために、次のような言説を考えてみよう。


A:我が社のガラス細工は絶対に壊れません。
B:女性がヒステリーを起こしてドロップキックをしたら、どうするんですか?
A:女性がヒステリーを起こしてドロップキックをしても、堅固な立派なガラス細工と思っています。
C:女性がヒステリーを起こしてドロップキックをしたら、全壊しかねません。

(A=企業、B=株主、C=専門家)


 どうだろう?Aの主張が非科学的であり、Cの批判が科学的であることは疑いようもないとはいえ、それでもこの応酬は根本的におかしいのではないだろうか?「ガラス細工」が壊れうる様々な要因の中から、あえて「女性がヒステリーを起こしてドロップキックをしたら」という「危惧」を公言したBの「質問」は、それ自体が明白な女性差別――女性は本質的にヒステリックな存在であり、我々男性の常識が通用しないといった類の蔑視――を前提とするものである。そうだとすれば、CがBに対する批判を抜きにAを批判することは、たとえ科学的には正しいとしても、社会的にはBの差別的な価値観を容認・反復するという悪影響を及ぼしてしまうのではないだろうか。

 仮にこの例え話がバカバカしく見えるとしたら、それは日本社会における女性差別が朝鮮人差別と比べてまだマシだからというにすぎないだろう。日本人マジョリティが、「女性がヒステリーを起こしてドロップキックをしたら」という想定には失笑や反感を覚えても、「北朝鮮が原発に対してテポドンを撃ってきたら」という想定は、一部の批判はあるにせよ、ほとんど「自然」に受け容れてしまうこと、リベラル・左派の大半が株主発言の差別性を不問に付して(むしろそれに便乗する形で)――実際には朝鮮(人)は日本の放射能テロの完全な被害者なのだが――関電をひたすら哄笑していることは、日本の反原発運動の現状および将来への楽観を容易に許さないものである(と私は思う)。

 これは私が指摘するまでもなく、すでに焦点化しつつあるが、少なくとも日本においては、植民地主義・民族差別の克服なき脱原発の実現(海外への原発輸出の全廃を含む)は、事実上まず不可能であると思う。とりわけ福島原発がまったく収束しそうにない状況下では、「北朝鮮が原発に対してテポドンを撃ってきたら」、仮に他の原発をすべて止めていたとしても日本は壊滅状態になるのだから、反原発派は(も)「北朝鮮の脅威」にまともに向き合うべきであるといった、一部の原発推進派の言説(「踏み絵」)は、むしろ当の「オール・ジャパン」的「反原発」運動の側から進んで受容されることさえありえるのではないか。

 実際、日本のリベラル・左派の(少なくない)一部は、これまでも例えば朝鮮学校への「無償化」排除に反対するがゆえに、朝鮮学校や「北朝鮮」の「反日」をあえて(?)批判する、といったような――要するに、日本社会を反植民地主義によって解体するのではなく、朝鮮人社会を植民地主義的な日本社会と「共存」可能な方向へと解体しようとする――「北朝鮮」批判の「踏み絵」を自主的に散々踏みまくってきており、多分にその論理的帰結として、いまだに朝鮮学校への「無償化」適用すら果たしえていない。

 小出氏の「テポドン着弾でメルトダウンある」発言は、本来なら反植民地主義の立場から日本人が主体的に解体するべき(植民地主義・民族差別に基づく)「北朝鮮の脅威」を――小出氏自身の意図はともかく、また関電の愚かさが際立ちすぎているために、相対的には目立っていないかもしれないにせよ――結果的に肯定する言説になってしまっていると思う。小出氏には「朝鮮の核問題」という優れた論文があるのだから、朝鮮をめぐる自らの発言の社会的影響力について、もっと慎重であってほしいと僭越ながら願う。

 小出裕章:「朝鮮の核問題」
 http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/KoreanN.pdf

シリーズ「あの人は今」――①斎藤駿(カタログハウス)

 ここ最近、リベラル・左派の一部で「原発」国民投票を推進しようという動きが広まっている。推進派のうち最も活発な「運動」を展開し、かつリベラル・左派内部の批判を殆ど受けていない(▼1)ように思われるのが、「岩波書店の著者」である今井一らによる「みんなで決めよう「原発」国民投票」である(▼2)。今井自身がネット上で得意気に吹聴しているように、この「原発」国民投票運動のバックにいるのが、岩波書店のパトロン(疑惑)で名高いカタログハウスの斎藤駿(現相談役)なのであった。

---証明開始---


.@masason 「原発」国民投票──カタログハウスの斎藤駿オーナーらと本気で実現を目指しています。斎藤さんが、孫さんをこの会にお誘いしたいと。ぜひ本気でご検討ください。 「原発」国民投票を実現する会・準備会@東京 20 日(金)19 時カタログハウス会議室。


 http://twitter.com/#!/WarszawaExpress/status/69431994148331520

---証明終了---

 さすがに現時点では、岩波書店も『世界』などで「原発」国民投票を正面から取り上げることは避けているようだが、孫正義のように斎藤らがスカウトしたがっている(いた)著名人が『世界』2011年6月号に初登場していたり、最新号(7月号)の代表的な執筆者であり、今井とも知己の飯田哲也が、「原発」国民投票を「原子力と環境とエネルギーと日本の未来を一年間徹底的に考え抜くツールとして」推していたりすることからも、岩波上層部が「反原発」をめぐっても斎藤と何らかの「相互利便ないし情報交流(笑)」を図っているのではないかと仮定しても、さほど不当な憶測には当たらないだろう。

 斎藤と今井の関係は、これまた今井のTwitterから推測するに、斎藤がパトロンで、今井がプロジェクト実行委員(長)であるという、これまたどこかで見たような麗しい間柄であると思われる。

---推測開始---


先程カタログハウスの斎藤駿オーナーより電話を頂戴する。8月刊行の『「原発」国民投票』(集英社新書)の中に、本日付東京新聞に掲載されている哲学者・内山節氏の論稿を盛り込んではという勧め。記事をFAXしてもらい読んだが、なるほど深い哲学的論考。※浅薄だとよく言われる私も実は哲学専攻。(▼3)


 http://twitter.com/#!/WarszawaExpress/status/74821819554742272


小出裕章さんの第七藝術劇場でのお話を、福島の子どもらの親に見てもらうために(私が)7分半に編集したDVDを、カタログハウス『通販生活』がまず5千枚作成し、週明けから郵便で福島の読者を中心に無償配布。近々カタログハウスのHPでも同じものをアップする予定です。ご覧ください。


 http://twitter.com/#!/WarszawaExpress/status/76687608582897664

---推測終了---

 斎藤が今井の口の軽さも含めて利用しているのか、単に他に人材がいないのかは判断に迷うところだが、どうやら斎藤らは目下、「憲法9条」国民投票よりも「原発」国民投票(=「反原発広告代理店」)に、イベントとしての価値を見出したようである(▼4)。「みんなで決めよう「原発」国民投票」は、関係者に政治家が多い点が特徴的であり(斎藤が発起人である『マガジン9条』へのリンクも多いが、これによる影響力は不明である)、今後も目が離せない、かもしれない。


【追記】 今井一の本日のTwitterより。

緊急会議のため、郡山駅から急ぎ新幹線やまびこに乗り新宿のC社に移動中。本日、Fのみなさんよくご存知のある俳優さんのCM出演が決まりました。これは、いろんな意味で素晴らしい「事件」で、起用(出演を要請)した企業には喝采を送りたい。来週末までに続報をお届けします。名も示して。


 http://twitter.com/#!/WarszawaExpress/status/78737038169481216

 これってC=カタログハウス、F=福島(県)、「ある俳優さん」=山本太郎、「起用(出演を要請)した企業」=ソフトバンクじゃね?違うかな。


(▼1) 例えば、河内謙策らによる「原発」国民投票案については、CML上でも批判が続出している。

(▼2) 「超左翼おじさん」のブログに寄せられたコメントでは、「原発の未来を決める国民投票・制作委員会」なる得体の知れない匿名団体も今井らが立ち上げたものであるとされている。連絡先のメールアドレスも、「みんなで決めよう「原発」国民投票」とトップレベルドメインを除いて同じなので、実にありそうな話だが、とりあえず真偽は不明である。

(▼3) 「哲学者・内山節氏」の「深い哲学的論考」は以下の通り。


 これまでの私たちの了解では、破壊は創造のためにあった。江戸幕府の破壊が明治の新体制の創造へと向かったように、あるいはそれまでの町の破壊が新しい都市の創造に向かったように、である。もちろんそれをどう評価するかはそれぞれの意見があってよい。今日では高度成長期以降の日本の変化に、問題点を感じる人々も多くなった。だが、破壊と創造が一体のものであったことは確かだった。

 今回の原発事故では、創造なき破壊が発生してしまったのである。未来の時間が停止、破壊されてしまった以上、新しいものが創造されるはずはない。

 破壊は創造のためにのみ許される。この了解を失ってしまったら、私たちの社会は最低限のモラルさえ失うだろう。〔2011年5月29日付『東京新聞』朝刊「時代を読む」〕


 この「深い哲学的論考」を敷衍すれば、日本が明治以降繰り広げてきた壮絶なアジア侵略(=破壊)も、「大東亜共栄圏」の建設(=創造)と「一体のもの」であり、それゆえ「私たちの」「モラル」として(は)「許される」、ということにもなりかねないと思うが、斎藤や今井のような「護憲派」にはそのような発想はまったくなさげである。

(▼4) 「イベント」というのは別段揶揄ではなく、彼ら自身の価値観を忠実に表現しているにすぎない。実際、今井は著書『「憲法九条」国民投票』(集英社新書、2003年)で、「私の知る限り〔中略〕住民投票を行なうことによって普段は関心を持っていない街の財政状態や政治・行政の在り方について、みんながしっかりと考えるようになりました。重要視すべきはこの点で、近い将来、憲法九条に関する国民投票が実施されるとき、おそらく全国レベルで同じようなことが起こるでしょう。それが大切、それが大事だと考えます」(p.229)と述べ、以下のように「憲法九条」国民投票の「シミュレーション」を締めくくっている(強調はすべて引用者による)。


 投票日が近づくにつれて国民の関心は加速度的に高まり、九条改正の是非を問う国民投票は、東京オリンピックやワールドカップをもしのぐ「戦後最大のイベント」となった。(p.146)


 また、岩波新書から刊行されている『住民投票――観客民主主義を超えて』(2000年)の「あとがき」には、次のようにある。


 政党の中には、国会の議決だけで憲法を変えられるようにする憲法改正試案を作成しているところもあるが、そちらへ向かわせないためにも、この際、一人ひとりの国民が「九条」をはじめ憲法についてしっかり学び考えて、最後は己の価値観や人生観をかけて投票するということで「憲法改正」問題に決着をつけるべきだと私は考える。(p.210)


 結局のところ、今井らにとっては、憲法9条国民投票が、日本国民にとって「己の価値観や人生観をかけ」た「戦後最大のイベント」になるということにこそ意義があるのであって、アジアに対する侵略責任は端から眼中にないらしい。これは、「原発」国民投票と、日本国家・日本国民が「原発」をめぐって世界(外国人)に対して負うべき甚大な責任を考えたときにも、おそらく同様であると思われる。

アジアへの被爆「輸出」――福島原発「事故」前史

 アジア・太平洋戦争末期における米軍の日本本土空襲が、ある日突然――日本によるアジア侵略の歴史と無関係に――始まったわけではないように、現在の福島原発の事故(人災)をめぐる一連の事態も、日本によるアジアおよび第三世界への被爆「輸出」――被害に先立つ加害の歴史的経緯――と無関係に論じることはできない、と私は思う。樋口健二著『アジアの原発と被曝労働者』(八月書館、1991年)からその一例を引いておくが、そもそも「原子燃料サイクル」はその始まり(採掘)から他国の労働者の被爆を前提とするものである。

 「四日市公害裁判」に敗訴した翌年1973年にマレーシアに進出した三菱化成は、現地企業(ベー・ミネラルズ社)との共同出資により、錫鉱石に含まれるモナザイト鉱石を原料として希土(レア・アース)類金属を抽出・精製するARE(エイシアン・レア・アース)社(▼1)を設立した。ARE社は1982年4月にペラ州・ブキメラ村(▼2)の住宅街間近で操業を開始してから1986年に至るまで、モナザイト鉱石から希土類を抽出する過程で生じる放射性廃棄物――放射性トリウム(放射性トリウム232の半減期は約140億年)が14%――を大量に不法投棄することで、地元住民を被爆させてきた(▼3)。ペラ州はかつての抗日運動の拠点でもあり、三菱化成も住民の粘り強い裁判闘争によって最終的(1994年)に撤退を余儀なくされたが、ブキメラ村の人々が受けた健康被害は決して取り返しがつかない。

 以下、前掲書より引用する(強調はすべて引用者による)。


 この希土類金属は、カラーテレビの赤色発光体や半導体の原料、カメラの光学ガラスの収差補正から、ミサイル、スペースシャトル、レーザーの素材、SDIなどの電子制御、さらに原子炉の制御棒および中性子遮蔽材などの部品や触媒として広く用いられている。ARE社の製品は欧米へも輸出されるが、塩化希土は全量が日本へ輸出されている。つまり、日本が「経済・技術大国」であり続けるためには、こうした希土類金属が必要不可欠ということである。(p.116)



〔中略〕重松氏〔引用者注:AREの経営責任者である元三菱化成肥料無機事業部課長代理の重信多三夫総支配人(当時)〕自身、「モナザイト鉱石はトリウムやウランを含んでいるため、放射能や薬品などの公害問題(放射能)の対策を十分に考慮されねばならない」「公害発生防止の立場から、他国で化学処理済みの中間原料を輸入する方針に切り替えた」と『レア・アース』誌(新金属協会編、技報堂出版)で明言している。つまり、日本国内では避けますが、海外ではやりますと、「公害」発生の予言をしているかのように思える。しかも、マレーシアでモナザイト鉱石を精製することを明らかにしているのである。〔中略〕

 また、トリウムは現時点では実用化されていないが、原発の燃料にもなるため、原発推進に躍起になっている三菱グループにとってみれば、精製によって生ずる小さな村の危険性など、ものの数にも入らないとでもいうのだろうか。(p.120)



 当初、ARE社はマレーシア政府より試運転の許可しかもらえなかったにも関わらず、貯蔵施設を完成させないまま、見切り発車的に操業を開始したといういきさつがある。
 放射性廃棄物の貯蔵施設の完成を待ってから稼動するというのが、最低限の良識であろう。廃棄物貯蔵施設もないまま操業に入ったら、結果は火を見るより明らかではないか。
 どんどん排出される廃棄物が、あたりかまわずその周辺に野積みされてゆく中で、ブキメラ村民たちの平和な生活は、あっという間に破壊されていったのである。(p.122)



 ARE社は、試運転の段階からすでにフル稼働に入り、生産物を輸出すると同時に、三〇〇トンから五〇〇トンに及ぶ放射性トリウムを含む廃棄物を吐き出していたのである。
 当時の状況はまさに“トイレなきマンション”と同じで、廃棄物を工場の広場やサッカー場に野積みしたり、池や草地にばらまいたり、トラックで運んで行っては公道にまでぶちまけたりと、まさにやりたい放題であった。(p.124)



 八三年から八五年まで、放射性廃棄物とは知らずにダンプカーを使って運搬した業者の話は次のようなものだった。
 「工場からさほど離れていない野原や池、道路脇などに捨てました。会社から『トリウム・ケーキ』と聞きましたので、お菓子を想像しました。食べたっていいと思ったくらいでしたから……。また、化学肥料だとも聞きましたから、親類や友人にまで配って、畑にまくよう勧めました。花や木が育つならいいことだと思い、わざわざサッカー場にも捨てました。この話、何人もの日本人にしました」〔中略〕

 この事実からも明らかなように、放射性廃棄物は八六年まで放置され、問題になってからやっと暫定貯蔵所が建設されるというずさんな管理であったから、必然的にブキメラ村の住民たちの健康はむしばまれていった。そしてそれは、深く静かに進行していったのである。
 まず子どもたちの体に、異常が現れだした。その典型は、白血病の子どもが三人も見つかり、妊婦の流・死産が続出したことである。一万人の人口のブキメラ村で、白血病の子どもが三人も出たというのは驚くべき数字ではないか。そして、ダウン症児が一二人生まれている。また、母親が妊娠中に、放射性廃棄物を扱う所とは知らされないでARE社の工場拡張のための整地作業に携わったためという理由しか考えられない、ゼリーのようにぐにゃぐにゃで、自分で体を支えるのもやっとの「ゼリー・ベビー」と呼ばれる子どもが生まれた。(p.128, p.130, p.132)



日本の大企業は、利潤の追求にかけては世界一を誇るかも知れないが、産業公害に対する社会的責任をとることに対しては皆無に等しいと言ってもいいだろう。
 かつて私は七年間、四日市の「公害」を追い続けていたので、その実感を込めて断言したい。
 その根拠は、「四日市公害裁判」の被告六社の中に、三菱グループ三社(化成・モンサント・油化)が入っていたことである。一九七二年七月二四日、九人の原告(判決当時二人死亡)は、三菱化成を含む被告六社に対して「全面勝訴」をかち取ったわけだが、その教訓は何ら生かされることがなかったのだ。つまり、三菱化成は再び利潤を追い求めマレーシア進出を決め、七三年には現地企業との「合弁会社」を作ったのである。(p.141)



 一九八五年一〇月、一〇〇〇人を越す住民に取り囲まれたイポー高等裁判所は、ARE社に対して、操業停止と廃棄物除去、管理を命じる「仮処分」を下したのである。
 ARE社は、一一月になってからやっと操業を停止した。そして、投棄所から放射性廃棄物を除去し、暫定貯蔵施設を現場に建てたのである。
 そこで、ARE社は国際原子力機関(IAEA)の科学者フォウラーを招致し、現地の放射線値の測定を依頼した。
 予想していたこととはいえ、その結果は「周辺は国際基準以下で安全」と発表された。ちなみにARE社側の「測定」なるものは非公開で行なわれ、しかもデータの公開もなされなかったという、実にあやしげなものだったという。(p.148)



 一九八七年の二月に入り、重信総支配人は八五年の一〇月にイポー高裁から下されていた仮処分命令を無視し、「マレーシア原子力安全審査局より仮操業許可を得たので、工場の運転を再開」すると発表したのである。この時期、マレーシア政府はブキメラ村から約四キロの地点にあるクレタン・レンジ丘陵を廃棄物の永久貯蔵施設用に斡旋、その工事が始まっていた。
 原告弁護団は“三権分立のもとでは、司法の執行命令を行政を覆すことはできない”と激しく抗議したが、ARE社は、
 「暫定貯蔵所を建設し、そのうえ、永久貯蔵施設も確保した。マレーシア原子力安全審査局の定める条件を全て満たしているので、正式許可が下りた。したがって、正式許可されたAREは新工場であり、八五年一〇月に仮処分命令を受けた工場とは違う」
 と詭弁を弄して稼動を再開し、裁判所命令に背いていないと完全に開き直ったのである。
 この後、住民たちは怒りをあらわにし、反対運動は一段と激しさをましていった。
 「それは四月一二日のことでした。周辺七村から二万人が結集し、『ペラ反放射能委員会(PARC)』として、操業再開に断固反対の意志を固めたのです。道をはさんでARE社の工場のまっ正面の土手に闘争小屋を作り、炊出しをしながら、二四時間体制で監視・抗議行動を始めました。
 五月二四日には、AREを三〇〇人で包囲し、座り込む非暴力の抗議行動を行なったわけです。この時、警察が襲いかかったので、二〇人が催涙弾でやられ、村民一一人、警官六人の負傷者が出る流血の惨事となり、一七歳や一九歳の未成年者を含む六人の若者が公務執行妨害罪で逮捕されたんです」(p.150, p.152)



 第一回の公判は、八七年の九月であった。早朝からイポー高等裁判所への約七キロの道のりを、三〇〇〇人の住民たちが歩いていった。
 ところが、これが無届デモだとして、証人三人を含む九人が逮捕されたという、初回から大変な裁判の幕開けとなったのである。
 続いて第二回公判が一一月に予定されていた。ところが、マレーシア政府は「近年の自由化が、国内の不穏な動きを助長している」と、民主主義にもとる国内治安法を発動し、一〇月二七日から二八日にかけ、与党の反主流派や野党指導者、人権擁護さらには環境保護に関わる学者・弁護士・活動家など六三人を逮捕した。そのうち四人が『ペラ反放射能委員会』のメンバーで、ヒュー・ユン・ター委員長まで含まれていた。しかも、PARCに協力していたマレーシア環境保護協会の生物学博士とミーナクシ・ラマン弁護士も逮捕された。まさに政府ぐるみの反対運動つぶしといってもいいだろう。〔中略〕

 私の取材に協力を惜しまず動いてくれたパン・クイ・ヨウさんは、
 「私は一〇月二七日に逮捕され、一二月一日までイポーの刑務所の独房に入れられていたんです。容疑は、操業反対のデモンストレーションをやったからというものでした。日曜日をのぞいて、朝から晩まで尋問を受けました。刑務所には人権などありませんから……」
 と、声を震わせていた。
 そしてさらに、
 「前の戦争では日本軍が侵攻して来て、ヤシの実をドンドン倒したものだから、マレーシア人は食料としていたヤシの実がなくて飢えに苦しんだのです。日本人は、実をつけるのに二〇年もかかることを知らなかったのです」
 と言って、第二次大戦の飢餓にまで話が及んでいった。平和の時代に引き起こされた公害の恐ろしさと、戦争でこうむった飢えの苦しさを、同一線上でとらえる視点を忘れてはならないと、私は思い知らされたのである。
 一〇月二七日から二週間のうちに総計一一九人の逮捕というからすさまじい弾圧だ。その後も逮捕者は増え続けており、まだ獄中につながれたままの人もいるという。そればかりか、八八年の三月には憲法までが改悪されてしまったのである。政府は、司法より議会と内閣の決定が優先だとして、三権分立という民主主義の根幹までも崩壊させてしまったのだ。
 それがARE問題を押え込むためのものだった、と人びとは言うのである。(pp.154-156)



 『第一回核被害者世界大会』で原告側の弁護士のC・S・ニジャールさんが、世界中からかけつけた平和運動家、核被害者、弁護士、ジャーナリスト、市民などを前に訴えた言葉を、私は忘れることはできない。
 「マレーシアで日本の三菱化成が、高レベル放射性廃棄物を工場周辺に不法投棄したのです。工場の操業停止を要求しているのですが、政府・AREが認めません。それに素手で処理をした労働者もあり、被曝線量も決して少なくありません。周辺住民の白血球の減少は子どもに顕著です。
 多国籍企業が自国でできない操業を第三国で、知識も与えずにだまし、強行していることを強く弾劾します。開発の名のもとに、利益を得るのは日本のみで、住民は被害だけを受けています」(p.165)


 AREによるマレーシアへの被爆「輸出」は「現代の侵略」と名指されている。それにしても「広島の平和」とは一体何だったのか。


(▼1) 

 ARE社が設立されたのが一九七三年とは、前述したとおりであるが、三菱化成(出資比率三五パーセント)が技術面でも実質的な主導権を握っている。形式的にはマレーシアの企業形態をとってはいるが、技術管理はすべて本社から派遣された日本人技術者があたっているのだ。だから、精製に関わる技術提携面からみても、貸付・保障債務の面からみても、三菱化成が支配しているといっても過言ではない。(p.118)



(▼2) マレーシア北西部に位置するブキメラ村には、約一万人が住んでおり、その八割に当たる8000人が中国系住民である(p.114)。

(▼3) マレーシアの環境保護団体を通じて住民の要請を受けた埼玉大学の市川定夫理学部教授(放射線遺伝学)が測定を実施した。


 「第一回目の測定は八四年一二月下旬から一月三日、第二回目は八六年一〇月、第三回目は八八年一二月と、三回現地測定を行ないました。測定には、線量計と、全方向からの放射能を二ミリレントゲンという微量線量まで計測できる高精度のTLD(熱蛍光線量計)が用いられました。

 第一回測定(表1)では、自然放射線量の平均値とされる一〇〇ミリレム(一ミリシーベルト)に対し、ARE社周辺、特に廃棄物投棄場あたりの線量は四八倍でした。

 国際放射能防護委員会が勧告する一般公衆の線量限度(当時は年間五〇〇ミリレム=五ミリシーベルトだったが、八九年より一〇〇ミリレム=一ミリシーベルトに改定)と放射線作業者の年間許容量(五〇〇〇ミリレム=五〇ミリシーベルト)を大きく上回っているのが明らかになったんです。

 ここで留意してほしいのは、TLDはほとんどのベータ線とガンマ線が計測できるんですが、アルファ線はその能力外だということです。つまり、トリウム二三二やその系列である娘核(トリウム二二八、ラジウム二二四、ラドン二二〇……)はアルファ線放出核種ですから、それらの放出線量は、この数値に含まれていないということです」(p.144)


 なお、第二回測定では「トリウム廃棄物を取り除いたはずの野原からは八〇〇倍の、また廃棄物を運搬したダンプの荷台からは五〇〇倍という驚愕するほかない線量が計測された」(p.150)。

佐藤優、「これは戦争である」

 先日の記事で、佐藤優が率先して煽り、マスコミやネット上にもすでに浸透している、原発作業員や自衛隊員らを顕彰する言説と、靖国の論理の同質性に触れたが、さっそく佐藤がその正しさを実証する発言を重ねてくれている。佐藤は福島原発の事故(人災)をめぐる一連の事態を「戦争」と呼び、明治天皇の「御製(和歌)」まで持ち出して、次のように述べている(強調は引用者による)。


日本国家と日本人の存亡はここ数日間の菅直人首相の事態に対する認識、評価、そして決断にかかっている。日本国民1人1人がこの重要な瞬間に、自分でできることを考え、菅首相を支えることが重要だ。福島第一原発事故の対策本部に全国民が参加しているという認識を持ちたい。節電、食料やガソリンの買い溜めをしないことで菅首相を支え、当面の危機からわれわれ日本人の力を結集することで脱ようではないか。米国も国際原子力機関(IAEA)も誠実に日本を支援している。しかし、外国や国際機関の人々が、自らの命を捨ててまで日本を守ることはしない。この現実を冷徹に認識することだ。

 この危機を脱出するために、生命を日本国家と日本人同胞のために差し出さなくてはならない人がでてくる。私は日本人の力を信じる。


 【佐藤優の眼光紙背】:「菅直人首相は官邸から動いてはならない」
 http://news.livedoor.com/article/detail/5426825/

 まさに「一億一心」「ぜいたくは敵だ」「偲ぶ戦線、感謝で作業」の世界である。大震災直後に打診された米政府からの支援を、原子炉の廃炉化を避けたいがために拒否した、日本政府と東電の「対策本部」は都内にあるし、原子力安全・保安院の職員はすでに(住民への避難・退避指示を大幅に上回る)福島原発から50キロ圏外にまで遁走している。佐藤は「自衛官、警察官、消防士、東京電力と関連会社の原子力専門家による文字通り生命を賭けた放水活動により、事態が改善し始めている」などと語っているが(前回の記事よりも自衛隊が前面に出てきているので、そのうち「頑張れ自衛隊!」というようなベタな記事も更新されるのではないか)、少なくとも福島原発をめぐって最も死を強制されている(きた)のは、繰り返すが、外国人労働者や野宿者を含む最末端の労働者であろう。

 日本国家・日本社会に貫徹するこの差別構造を不問に付して(もちろん外国人労働者と野宿者に対する差別は同じ次元で語ることはできないが)、彼らを(一般的な、そしてそれゆえ「英雄的」な)「日本人」として表象し、「生命を日本国家と日本人同胞のために差し出さなくてはならない人」として顕彰する佐藤は、かつて日本人のみならず植民地支配下の朝鮮人や台湾人をも自国の兵士として(「日本人」として)侵略戦争に動員した日本帝国主義のイデオローグを私に思い起こさせる。無論それこそが靖国の論理である。


〔中略〕福島第一原発の危機のために命を差し出する〔ママ〕人を公募すれば、多くの日本人が馳せ参じる。ただし、この任務には専門知識が必要とされる。東京電力と関連会社の専門家、大学や研究機関の専門家 無限責任を負う公務員である自衛官、警察官、消防士たちが、専門家的知見と日本人としての良心によって行う選択に委ねるのが最善の策だ。〔中略〕

 空本氏〔引用者注:「統合対策本部」の空本誠喜衆議院議員〕にお願いがある。現在のオペレーションは、福島第一原発に送電がなされた場合、緊急炉心冷却システムが稼働し、高圧注水による冷却が始まるという前提でなされている。現場の専門家は大丈夫だという自信をもっているのだろう。しかし、技術がわかる政治家は別の思考をしなくてはならない。送電が再開してもシステムが稼働しない場合の代替策の研究だ。いま現場の専門家が行っているオペレーションと完全に切り離し、専門家のプライドを傷つけず、現場のオペレーションのラインを崩さずに、セカンドオプションを準備しておくことだ。


 「日本人としての良心」とは要するに日本ナショナリズムのことだろうが、では「送電が再開してもシステムが稼働しない場合の代替策」「セカンドオプション」とは何なのか。佐藤は明示していないが、これは被爆線量の上限を事実上撤廃する「特攻」のことではないのか(逆に言えば、そうでなければ佐藤がこれほど執拗に死を顕彰する必然性はないだろう)。しかし、この「特攻」(にまつわる日本人マジョリティの歴史認識)は、個人に死を迫る「極限情況」を人災というより宿命として見せやすい点で、佐藤のような人間にとっては極めて都合がよいが、一方で自らを安全圏に置きながら他人に「特攻」を強いる者たちの無能ぶり(「軍部の暴走」!)にはさすがに批判が集まる可能性がある。そこで佐藤はこうした批判を前もって次のように牽制する。


 ここで重要なのは、対策本部長である菅直人首相が首相官邸から動かないことである。複数の新聞記者から、「菅首相がもう一度、福島第一原発の現場を視察することを考えている。いちどあきらめたが、また行こうという気持ちを漏らし始めている」という情報が入ってきた。これは戦争である。「大将は動いてはならない」という危機管理の大原則に忠実に従って欲しい。現場の細かい事項について、大将が自ら知ろうとしてはならない。部下を信頼して、職務を委ねる勇気を持って欲しい。


 「戦時体制」への惨めな屈服を再び繰り返してはならない。

「顕彰の共同体」

 佐藤優が早くも「東京電力の原子力専門家」や自衛隊員を(死者として)顕彰している。


 16日未明から福島第一原発4号機をめぐり危機的状況が生じている。国家の総力をあげてこの危機を乗り切らなくてはならない。

 現場では命を捨てて東京電力の原子力専門家、自衛隊員が危機の回避につとめている。日本人同胞と日本国家のために文字通り命を賭して働いている人に心の底から感謝する。日本人にはこのような、静かだが強い愛国心がある。われわれのこころの中に眠っている愛国心を引き出し、団結して国難に対処しよう。

〔中略〕国民1人1人に求められるのは、日本人の底力に対する自身と信頼を再確認することだ。日本人は、ふだんは国家や民族を意識しなくとも、危機に直面すると、強い同胞意識と静かな愛国心が燃える。だから事態に冷静に対処できる。


 【佐藤優の眼光紙背】:「日本国家と日本人の生き残りは国民の団結にかかっている。」
 http://news.livedoor.com/article/detail/5418235/

 現場で被爆しながら原発の冷却作業をさせられている「東電社員ら」が、原発を推進してきた東電上層部や「原子力専門家」などではなく、その多くが外国人労働者や野宿者を含む最末端の下請け労働者であろう(▼1)ことは、おそらく佐藤も承知の上だろう。彼らを「東京電力の原子力専門家」として――国民の「感謝」や「愛国心」を総動員して――文字通り顕彰することを呼びかける佐藤は、あらかじめ彼らの死を正当化(賛美)することで、政府と東電の責任を免罪し、原発推進派と反対派、原発の需要者(東京など大都市の人々)と供給者(地方の人々)といった、国民間の対立(それぞれ異なる責任のあり方)をも無化しようとしていると言える。

 佐藤ほど露骨ではないにせよ、原発作業員や自衛隊員を(彼らの死を暗黙の前提として)顕彰する言説は、マスコミでもネット上でも最早ありふれてしまっているとさえ言えるかもしれない。佐藤の呼びかける「顕彰の共同体」は、日本人マジョリティの一見「素朴」な感情に訴えるものであるだけに、作業員が「殉職」したら靖国に祀るべきだといった類の(ネット右翼による)書き込みは、問題の所在を端的に示しているのではないか。折りしも昨日16日には、天皇の国民へのビデオメッセージが発表され、ネット上では日本人原理主義者たちが感涙のあまり躍り上がっている(『マガジン9条』のTwitterにもご丁寧に「天皇陛下がメッセージ。」というリツイートがあった)。

 当然のことだが、国家翼賛体制においては、外国人は一層徹底的に治安管理の対象として見なされるため、例えば以下のような重大な人権侵害も、その犯罪性が(マジョリティによって)黙認される傾向が格段に強まっていくだろう(むしろ、日本人が「危機に直面」して、「強い同胞意識と静かな愛国心」を「燃」やしながら「事態に冷静に対処できる」証左として評価すらされるかもしれない)。

 仮放免者の会(PRAJ):「被収容者を部屋に閉じこめ鍵をかける!――大地震発生時の入管の対処」
 http://praj-praj.blogspot.com/2011/03/blog-post_1193.html

 この「顕彰の共同体」を私たちが拒否できるかどうかが、国家翼賛体制の完成を阻むことができるかどうかという点において、当面決定的な意味を持つのではないか。


(▼1) 

 日本では1990年度から放射線影響協会が、文部科学省(旧科学技術庁)からの委託を受け「原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学調査」を実施している。〔中略〕

 もうひとつ大きな問題は、日本国籍を持たない人(第Ⅰ期調査では約2500人、Ⅱ期では数の記載なし)、住所情報や住民票が得られなかった人らが調査対象から除かれてしまっていることだ。日本の原子力事業の特徴として、何重もの下請け構造があり、総被曝線量の96%は下請け労働者で占められている。高線量被曝をしている可能性のある外国人や住民票のない人らを追跡調査する必要がある。私たちは厚生労働省に対し、離職した放射線作業者に健康管理手帳を交付することを求めている。離職後の作業者の健康診断などとリンクさせた積極的な調査が必要だ。


 原子力資料情報室(CNIC):「日本の放射線従事者に関する疫学調査のありかた」
 http://www.cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=280

Home > 日本人原理主義/レイシズム

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