2009年10月

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梁石日『めぐりくる春』とその「癒し」の消費構造

 亀井静香が日本郵政の社外取締役に曽野綾子を指名したそうだ。個人的には亀井曽野に人間として期待するものは何もないが、このニュースを聞いて思い出したことがある。昨年5月に、友人に誘われて、『週刊金曜日』(!)の創刊15周年イベントに行ったときのことだ。


創刊15周年『週刊金曜日』PRESENTS vol5 in ASAGAYA/LOFT A

従軍「慰安婦」問題に迫る~梁石日『めぐりくる春』~

「慰安婦」問題とはなにか。日本政府が「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」(1993年、河野内閣官房長官談話)と明確に認めているのに、なぜ今も〝論争〟が絶えないのか。
『週刊金曜日』誌上で、小説「めぐりくる春」を連載している梁石日さんをはじめ、「慰安婦問題」に詳しい人々が問題の本質を話し合う。

【出演(予定者含む)】
梁石日(作家)
朴慶南(作家)
西野瑠美子(ジャーナリスト)
梶村太一郎(ドイツ在住ジャーナリスト)
糟谷廣一郎(㈱金曜日総合企画室長)
佐高信(『週刊金曜日』編集委員)

OPEN 18:30 / START 19:30
¥1,500(飲食代別)<当日のみ>


 私の記憶が正しければ、参加者はそこそこ多く(満席に近かったと思う)、ジェンダーバランスも決して悪くはなかった。年代に関しても、「今日は若い人たちが多い」と言って佐高信が喜んでいたのを覚えている(私にはあまりそうは思えなかったが)。なお、念のために補足しておくと、当時は友人も私も『週刊金曜日』の読者ではなく(今も私は購読者ではないが、当時はリベラル・左派系雑誌全般を読んでいなかった)、友人は梁石日の読者だったが、私はそうではなかった。

 さて、イベントが始まると、(『金曜日』主催なのだから考えてみれば当然だが)司会が佐高であることがわかった。佐高のジェンダー観についてはある程度予備知識があったので、今から思えばその時点で帰るべきだったのだろうが、何となく不吉な予感がしているうちに、佐高が上坂冬子の話を持ち出したのである。いわく、上坂は、私だったらお国のために喜んで「慰安婦」になっていただろうに、という発言をしたという(より具体的な内容はここで読める)。続けて、こともあろうに佐高はこんな言葉を吐いたのである。「上坂なんかが「慰安婦」になっても、日本軍兵士の方が相手にしてくれなさそうですよね(笑)」(「上坂なんかが「慰安婦」になったら、日本軍兵士だって迷惑ですよね(笑)」という表現だったかもしれない。要するにそういう内容の台詞だった。)

 ・・・・・・なんと、日本軍性奴隷制における強制性は、佐高の脳内では日本軍兵士の「好み」によって「解決」可能な問題だったらしいのである。そして、さらに信じがたいことに、佐高のこの発言によって、会場は笑いに包まれたのであった。当時、私は、『金曜日』(特に佐高)と佐藤優の関係も、佐藤自体も、ろくに知らずにいたのだが、これは、佐高個人と佐高を社長に据える『金曜日』(およびその一部読者)の終焉を、一瞬にして悟らざるを得ない出来事だったと言える。

 その後のイベントの流れはよく思い出せないのだが(もしかすると本当に放心していたのかもしれない。ゲストの誰かが佐高の発言に抗議するのではないかと期待もしたが、それもなかった)、梁石日が、被害者の女性に取材をしたときのことや、男性である自分が「慰安婦」問題をテーマに小説を書くことには困難も多いが、頑張って挑戦していきたい、というようなことを語っていたのを覚えている(というわけで、曽野綾子の話は実はまったく関係ないのだが、私の中では曽野と上坂は同じカテゴリーに収納されているため、冒頭のニュースを聞いて、以上のことを思い出したわけである)。

 そういうわけで、『金曜日』で連載が始まった梁の『めぐりくる春』についても、正直あまり読む気になれずにいたのだが、友人がこの連載だけは毎週欠かさず立ち読みをしているというので、私も試しに読んでみることにした。

 ・・・・・・が、これがまた、あまりにもひどい話なのだった。何がひどいって、主人公の「慰安婦」(もちろん朝鮮人女性)が、途中から日本軍兵士に「恋」をして、もう書くのも恥ずかしいのだが、その兵士を相手に「こんなの初めて・・・」という例のシーン(?)が描かれているのである(不快な表現で本当に申し訳ありませんが、どうか苦情は梁石日にお伝えくださるようお願いいたします)。「男性である自分が「慰安婦」問題をテーマに小説を書くことには困難も多い」とか何とか言っておいて、結局、落としどころは(日本軍兵士も共有していただろう)日本人マジョリティ男性の妄想への奉仕かよ!

 というわけで、『めぐりくる春』はこの時点で読むのをやめたのだが、『金曜日』自体は立ち読みをしているので、その後もつい目にしてしまうことが何度かあった。そのときの内容は、これまた書きながら悶絶しそうなのだが、主人公が妊娠して、相手がその日本軍兵士であることを願ったとか、別の「慰安婦」も日本軍兵士に「恋」をして、その兵士に触れられると思わず頬が赤くなってしまうとかいうものだった・・・・・・。今では私は『金曜日』を読むときには梁のページを絶対に開かないことにしている。それにしても、小説とはいえ、『金曜日』誌上で佐藤優の連載よりも生理的に読むに耐えない文章があるとは、空恐ろしい話である。

 ところで、梁石日の「慰安婦」観を受け入れるのは、せいぜい日本人男性の一部であって、女性の多くは反発するのではないか、という意見は当然あるだろう。私もそう思いたいところだが、話はそれほど単純ではないらしいのである。

 日本軍性奴隷制の被害者が当の日本軍兵士に「恋愛」感情を抱くことがあるという話は、それ自体が梁の創作というわけではなく、実際にそうしたエピソードを語る被害女性もいる(私自身も証言集会で聞いたことがあるし、梁は当然私よりもずっと詳しいだろう)。問題は、戦後補償運動関係者の中にも、こうしたエピソードをことさらに取り上げて、「ハルモニが、日本人にも良心的な人がいることを知って、日本人全員を憎まずに済んだことに希望がある」ということを本気で言っている日本人が少なくないらしいことである(私が知る限りでは、こういうことを言う人にはむしろ女性が多い)。どう考えても、希望どころか絶望を見る話だと思うのだが・・・。

 ところで、上記の見解は、結局は「日本人にも良心的な人たちがいる(いた)のだから、日本の植民地支配・侵略戦争の被害者も日本(人全体)を憎むべきではない」という主張に収斂していくと思われるが、こうした主張にはどこか聞き覚えがないだろうか?そう、これは「国民基金」における和田春樹らの論理と、見事に重なっているのである。一体これはどういうことなのか?彼ら・彼女らは「国民基金」を批判していたはずなのに、どうしてここまで「国民基金」と論理を共有しているのか?この問いについては改めて考えてみたいと思うが、ここでは差し当たり、彼ら・彼女らが「戦後日本」に回収されたと答えておこう。

 梁石日の『めぐりくる春』に関して、日本人として最も問題にすべきだと私が考えるのは、梁自身というより、日本社会における梁の消費構造である(もちろん梁を批判すべきでないと言っているわけではない)。リベラル・左派を含む日本人マジョリティが、アジア諸国および在日外国人からの対日批判を(過剰な「ナショナリズム」と「民族主義」に基づく)「反日」として切り捨てることへの欲望を持っている限り、日本のようなレイシスト国家において、その欲望に奉仕するマイノリティが生み出されるのは必然なのだから。梁石日は、他ならぬ「慰安婦」を、朝鮮人に「癒し」を求める現代の日本人マジョリティに媚びる存在として描いたことについて、彼自身の責任を負わなければならないだろう。だが、朝鮮人に「癒し」を求める日本人の責任は、梁個人の責任よりもはるかに重く、また徹底的に問われなければならない、と痛切に思う。

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