2011年06月

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続:小出裕章氏「子どもを守るために大人は食べてください」への抗議

 小出裕章氏への批判は一回限りで終わらせるつもりだったが、私が思っていたよりも事態は遥かに深刻らしいので、本意ではないが再度批判する。以下は、「小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ」に掲載されている、「岩上安身氏による小出裕章氏インタビュー」要旨からの抜粋である(強調は引用者による)。なお、私自身は余裕がなくて動画を直接視聴できていないが、他のまとめサイトをいくつか確認した限り、以下の要約は的確であると思われる。


・(濃厚な汚染をしている土地から離れている人たちにも食物を通した間接被曝の可能性はある。そういう人たちに対しては?)福島や周辺県の農業、漁業を守らないといけない。お茶は静岡、神奈川まで汚れているが、そういうものを拒否すると農業が崩壊する。原発に頼ってしまい農業漁業を崩壊させてきた国の方向を直さないといけないと思ってきたが、事故をきっかけに逆に崩壊が加速しかねない状況。これまで原子力を許してきた責任がある大人たちが汚染された農産物などを積極的に食べて支える必要があると考える。大阪の人たちは関係ないと思っているだろうが、日本の国をどうするか考えてほしいし、大人であれば福島の農産物、海産物を引き受けてほしい。

・(若い人たちにはこれから子どもを作るなどの未来がある。そうした人、とりわけ女性には被曝させるべきでないと思うが、年齢が高い人の被曝はどう考えるべきか?)被曝の感受性の平均は30歳くらいで、0歳は平均より4~5倍危険が高い。30歳であれば特に女性なら気をつけるべき。病院のX線撮影室には「関係者以外無断立ち入り禁止。妊娠する可能性のある女性は医者に申告すべし」と書いてあるが、それは意味がある。大人の男性なら30歳を過ぎれば感受性は低くなる。50歳をすぎれば大したことはなく、平均の何十分の1も鈍感。

・(男性は被曝によって遺伝的な影響が出るか?)疫学的には証明されていない。広島、長崎の被爆者を調べても影響は証明できない。ただし原理的には影響は出ると考えるのが妥当。こどもを将来作るという男性は被曝は少なくしたほうがいい。50歳をすぎたような男性は日本の原発に最も大きな責任を持つ人たちであり、被曝は甘受すべき。


 小出裕章 (京大助教) 非公式まとめ:「6月7日 岩上安身氏による小出裕章氏インタビュー」
 http://hiroakikoide.wordpress.com/2011/06/07/iwakami-jun7/

 ・・・一体どうして「大阪の人たち」が、東京電力が一円も支払っていない賠償金を肩代わりした上に、進んで内部被曝までしなければならないのだろうか?「大阪の人たち」も「福島の農産物、海産物を引き受けてほしい」という小出氏の発言は、福島原発「事故」以前であれば放射性廃棄物として処理されていたはずの「食品」や被災地の瓦礫汚泥等を日本各地にバラまくことで、内部被曝のリスクを日本中に(実際には世界中にだが)拡散している日本政府の対応を、むしろ積極的に支持する言説にすらなってしまっている、と見なさざるを得ないように思う。

 もちろん、小出氏は子どもや「こどもを将来作るという」人々を被曝から守ることを強く訴えており、その点においては政府に対して極めて批判的であるとは言えるが、それ以外の「大人」に対しては年齢に応じて被曝を「甘受すべき」と呼びかけているのだから(「30禁」、「40禁」、「50禁」・・・)、もしも私たちが(少なくとも日本国内において)自らの生存権を長期にわたって正当に行使しようとするのであれば、政府の対応と小出氏の主張のいずれも容認できないことは自明だろう。

 また、そもそも「こどもを」「作る」かどうかは、基本的には個人の自己決定権に属する問題であり、「こどもを」「作」らない人々に被曝の「責任」を(より多く)負わせようとする小出氏の言説は、それ自体が極めて不当であると言わざるを得ない。また、自己決定権以前の問題として、経済的・身体的事情により子どもを持てない人々は決して少なくないと思うが、彼ら・彼女らはそうでない人々よりも相対的に被曝を「甘受すべき」だというのだろうか?もとより子どもを望めないセクシャリティの人間は?この機会にはっきり確認しておきたいが、こうした自己決定権のあり方や、経済的・身体的事情、セクシャリティによって、異なる被曝レベルを他者に「甘受」させようとする――命に「合理的」な序列をつける――言説は、一般的に差別や暴力と言われるものである。

 念のため述べておけば、子どもや妊婦の安全を最優先すべきだという小出氏の主張の核心には私も同意するし、幼い子どもがいたり、パートナーが妊娠中であったりする友人には、できる限り遠くへ避難することを個人的に勧めてもいる。だが、子どもや妊婦の安全を最優先することと、(関西以南も含めて)「大人」に対して被曝の「甘受」を迫ることは、まったく次元の異なる問題であり、前者および「福島の農業と漁業」のためには後者が不可欠であるとする小出氏の言説は、何度でも言うが、絶対に容認するべきではない。

 さらに言えば、「平均」と比べて「被曝の感受性」が「何十分の1も鈍感」であれば、被曝の影響は「大したことはな」いとまで言い切ってしまうことは、果たして科学的な態度と言えるのだろうか(仮に、「平均」と比べて暴力に対する「感受性」が「何十分の1も鈍感」である人物がいた場合、その人物にとっては、自らに対して振るわれる暴力の影響は「大したことはな」い、ということが科学的に言えるのだろうか)?「子どもを守るために大人は食べてください」という小出氏の持論は、私たちの人生が東電や政府によって値切られ続けることに実質的に手を貸す言説であり、小出氏の科学者としての社会的な信用をも切り崩しかねないものであると思う。この件に関する小出氏の発言を無批判に拡散しているリベラル・左派メディアの責任が重大であることは言うまでもないが、小出氏にも、もうこれ以上このような発言を重ねることはやめてほしい、と言いたい。


【追記】

 前回記事を書いた後にざっと調べた範囲では、小出氏の「子どもを守るために大人は食べてください」発言は、一般的にはそれほど支持されていないようであるが、リベラル・左派のブログやTwitterでは、無批判に転載されているか賞賛されているケースが圧倒的であるように見える(笑えることに、それらのブログやTwitter上では福島産野菜の脅威が同時に喧伝されていたりもする)。別に今に始まったことでもないが、日本のリベラル・左派の差別に対する鈍感さ(「何十分の1も鈍感」!)とダブルスタンダードはつくづく度し難いと思う。

 「6.11新宿・原発やめろデモ」では、「奇形児コスプレ」まで活躍し(かけ)たらしいが(もっとも、これはネット上でも叩かれまくっていたが)、「反原発」運動が総体として差別――とりわけレイシズム――を容認する方向に収斂しつつあることは、「ヘイトスピーチに反対する会」有志による「「6.11新宿・原発やめろデモ」に対する公開質問状」の炎上ぶりからも明らかだろう。「反原発」の名において差別を容認する日本人の「連帯」には心底うんざりさせられるが、今後もしつこく批判していくほかない。


集会場の入り口では、いくつもの日章旗をはためかせ、「在日朝鮮人」が「パチンコ業界」→「電通」を通じて「テレビ各局」を支配していると図解した「国民が知らない反日の実態」なるビラを撒いている団体までいました。


 ヘイトスピーチに反対する会:「「6.11新宿・原発やめろデモ」集会で何があったのか」
 http://livingtogether.blog91.fc2.com/blog-entry-97.html

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