2011年08月

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「英霊」への応答としての「復興」

 今年は8月15日が休刊日のため、各紙とも「8・15」の社説は14日に掲載された。今年の社説は、『毎日』を除いては、敗戦と東日本大震災を重ね合わせ、「先人」(≒「英霊」)に日本の「復興」を誓うという類の構成を取っている点で、原発問題をめぐる主張の差異(温度差)はあれ、主要紙の論理はほぼ収斂していると言える。

 『産経』は、「国策遂行指導の誤りにより重大な失敗を重ね、無残な破局に至った」「66年前の日本」と、「非常事態を想定外として考えてこなかった戦後日本」――とりわけ「戦後民主主義者が集まる国家指導部」〔注:民主党政権のこと〕――の「リスク感覚」を批判し、「自ら死地に赴いた英霊の祖国繁栄の礎になるという思いに応える」ために(も)、「「強く、頼れる国」として日本を立て直す」しかない――その一環として「世界一安全な原発を目指し、これまでの技術力を発展・継承していく」べきである――と述べている。

 産経新聞[8/14]:「あす終戦の日 非常時克服できる国家を 「戦後の悪弊」今こそ正そう」
 http://blog.goo.ne.jp/freddie19/e/517ff5645ede00c89a7d49eb223beed5

 『朝日』の主張は、「自滅への戦争を選んだ」「軍人たち」と「当初の勝利に浮かれ、軍人をもり立てた」当時の国民と、戦後の「原発依存の過剰さ」を「放置、容認」してきた「「大本営発表」顔負け」の「原子力村の自己過信」と「「大半の国民の無関心」という共犯関係」を批判し、戦艦大和の「青年士官」の「つぶや」き――「進歩のないものは決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。……今目覚めずしていつ救われるか」――に「答え」るために(も)、国民の「生命や財産」を「守り抜く」「民主主義を鍛え直す」しかないというものである。

 朝日新聞[8/14]:「終戦に思う―今、民主主義を鍛え直す」
 http://blog.goo.ne.jp/freddie19/e/1abff47c376649a2f404e536474bfadc

 『読売』は、「日本の平和と豊かさは、昭和の戦争での多くの犠牲の上に築かれている」として、「先人への感謝の気持ち」を謳った上で、「軍に押され、戦争への流れを止められなかった」「戦前」の「政治の貧困」と「「責任回避の楽園」の愚」を、「脱原発」の「空気」に流され、与野党連携による復興の「足を引っ張」っている菅政権が繰り返している、と非難している。

 読売新聞[8/14]:「戦後66年 政治の「脱貧困」をめざせ」
 http://blog.goo.ne.jp/freddie19/e/abcc91b07c561a4f6bb920fa0c301336

 『日経』の社説は、「あんな無謀で、理不尽な戦争」に「ピリオドを打った」「昭和天皇の聖断」と「復興への思い」を崇め、「だれもが、上を向いてがんばった時代」を遠い目で語り、「この国は必ずや、よみがえると信じて」と結び、カルト臭と燃え尽き感を漂わせている。

 日経新聞[8/14]:「8.15を思い、3.11後の日本を考える」
 http://blog.goo.ne.jp/freddie19/e/0162f31fae592e8d28c5dbf834f416e8

 各紙とも、侵略や原発推進を散々煽ってきた自らの責任が眼中にないだけでなく、日本の植民地支配・侵略と原発政策が他国(民)に強いてきた(いる)おびただしい被害が、あたかも存在しないかのような歴史認識を呈している点で、今さらながらそっくりである。

 日本国民のアジア・太平洋戦争史観について、吉田裕は「一応、侵略戦争認識が、八〇年代から九〇年代にかけて、定着をした」(「対米従属と戦争責任問題へのダブルスタンダードがもたらしたもの」、『前衛』2011年9月号、p.171)と論じているが、吉田自身が触れているように、「二〇〇六年四月実施の朝日新聞の世論調査によれば、「日本がおこなったこの戦争はどんな戦争だったと思いますか。侵略戦争だったと思いますか。自衛戦争だったと思いますか。それとも両方の側面があったと思いますか」との問いに、「侵略戦争だった」が三一%、「自衛戦争だった」が七%、「両方の側面がある」が四五%、「よく知らない」が一五%、「その他・答えない」が二%」であるという。現在のマスコミほどひどくはないにせよ、惨憺たる有様であり(オウム信者の半数以上が今でも地下鉄サリンのテロを不可避の聖戦で(も)あったと考えているようなものだ)、およそ情状酌量の余地はないだろう。

 『朝日』に倣って、『戦艦大和』から引用してもよいかもしれない。


 太平洋戦争は、侵略国日本が当然たどるべき破局への道程であったか。それとも明治以来、西洋の帝国主義的侵略に抵抗を続けてきた帰結としての、やむにやまれぬ聖戦であったのか。日本はこの戦争によって、アジア諸国に対し決定的に敵対国への道を歩んだのか。逆に、待望の独立をアジアの大半にもたらした救世主であったのか。

 われわれは戦争の渦中にあって、これらの難問に思い悩んだ。分かる部分と分からない部分とあり、太平洋戦争のかかげる旗印を、全面的に是認することも、全面的に否認することもなし得なかった。この気持は、今も変わらない。(吉田満『戦艦大和』、角川文庫、p.214)


 畢竟、アジア(人)に対する日本人の思想と感性は、大日本帝国の皇軍兵士からたいして「進歩」していないのであり、仮に吉田裕が言うように、日本国民内部で侵略戦争認識が定着しているのであれば、「どう見ても日本の侵略戦争が全てのはじまり」発言で、某「ゆるキャラ」のTwitterが閉鎖に追い込まれるはずもなかっただろう。もっとも、この件では『産経』を含むネット右翼の攻撃だけでなく、アジア・太平洋戦争が侵略戦争で(も)あったと考えているらしい立場からの、「侵略戦争という認識は正しい(個人の思想の自由である)が、自治体キャラの発言としてはいかがなものか」的な――歴史認識を非争点化させて日本社会の「空気」で調教しようとする――側面攻撃ないし(主観的)「フォロー」が致命的だったのではないかと思う(「戦争のドキュメンタリー番組を見たッ!当時の日本は北朝鮮状態な件」なるツイートは、リベラル・左派に支配的な「空気」を上手く読んでいたと思うが)。

 最後に、原発報道がリベラル・左派に定評のある『東京』の社説を取り上げる。

 「新たな「災後」の生と死」と銘打ったこの社説は、別段「反原発」を主張しているわけではない。いわく、日本は「食品の汚染測定」で「世界一の技術を誇ってい」る(初耳である)、今後の「長期にわたる放射線による影響調査」は「日本のがんへの取り組みを一段と強化する機会になるはずで」ある(・・・)、「あらゆる手段で放射能と闘い、がん予防に尽力すれば恐れおののくことはない」云々。ちなみに、「あらゆる手段」として例示されているのは、「食品の汚染測定」と「長期にわたる放射線による影響調査」と「抗がん治療」なのであった。

 これでは「放射能との闘い」とは、長期低線量被曝の大規模人体実験であることが暴露されているようなものではないか。さすがに社説子も白々しいと思ったのか、「多くの末期がん患者が雄々しく病に立ち向かい、残された時間の中でも立派な生き方をのこした例を私たちは数多く知っています」と付け加え、次のように締めくくっている。


 幕末の思想家、吉田松陰は二十九歳の若さで処刑されました。処刑の前日、人間の寿命には長短があるが、「それにふさわしい四季がある」と述べ、明日死ぬわが身にも「四季はすでに備わっており、花を咲かせ実をつけているはずだ」(「留魂録」講談社学術文庫)と書きのこしました。

 生ある限り、自らの四季を豊かにする努力を惜しまない。それこそが新たな「災後」に、まず心の復興を成し遂げる一歩となるのではないでしょうか。


 東京新聞[8/14]:「終戦の日に臨み考える 新たな「災後」の生と死」
 http://blog.goo.ne.jp/freddie19/e/322e35e4316feb438216eb503b7b5e9e

 「十歳で死ぬる者には、おのずから十歳の中の四季がそなわっており、〔中略〕十歳では短すぎるというのは、数日しか生きない夏蝉の運命をして、百年も千年も経過した椿の木の寿命にひきのばそうというものである」と遺された「留魂録」を引き合いに、「新たな「災後」の生と死」を語る「反原発」メディアのシュールさも相当なものだが、それに輪をかけて不気味なのは、吉田松陰の「花」となり「実」となったのが、端的に明治以来の侵略国としての日本であるということだろう。熱烈な天皇主義者であり、アイヌモシリ・琉球・朝鮮・台湾・中国・フィリピン・オーストラリアに対する侵略・植民地化を主張した吉田は、「維新殉難者」として靖国神社に合祀されている「英霊」でもある(ついでに言えば、『週刊金曜日』における佐藤優の連載タイトルになっている「飛耳長目」も吉田に由来する)。


 おおよそ、皇国の皇国たる所以は、天子の尊厳が絶対にかわらないということからきている。(「講孟余話」、『吉田松陰集』、筑摩書房、1969年、p.273)



 オーストラリアは日本の南にあって、海を隔ててはいるが、それほど遠くでもない。その緯度はちょうど地球の真中あたりになっている。だから草木は繁栄し、人民は富み栄え、諸外国が争ってこの地を得ようとするのも当然なのである。ところがイギリスが植民地として開墾しているのは、わずかその十分の一である。僕はいつも、日本がオーストラリアに植民地を設ければ、必ず大きな利益があることだと考えている。

 朝鮮と満洲はお互いに陸続きで、日本の西北に位置している。またいずれも海を隔て、しかも近くにある。そして朝鮮などは古い昔〔注:「神功皇后の三韓征伐以来」云々〕、日本に臣属していたが、今やおごり貴ぶったところが出ている。何故そのようになったかをくわしくしらべ、もとのように臣属するよう戻す必要があろう。

〔中略〕

 今急いで軍備をなし、そして軍艦や大砲がほぼ備われば、北海道を開墾し、諸藩主に土地を与えて統治させ、隙に乗じてカムチャッカ、オホーツクを奪い、琉球にもよく言い聞かせて日本の諸藩主と同じように幕府に参勤させるべきである。また朝鮮を攻め、古い昔のように日本に従わせ、北は満洲から南は台湾・ルソン島の諸島まで一手に収め、次第次第に進取の勢を示すべきである。(「幽囚録」、『吉田松陰集』、筑摩書房、1969年、pp.105-107)


 日本社会は土壌ごと除染しなければ、まともな「花」も「実」もできそうにない。

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