2012年03月

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「人道的侵略」産業とシリア(4)

■目次:
(1) はじめに
(2) 「アラブの春」という嘘(1)
(3) サルバドル・オプション――NATO側諸国からシリアへの「死の部隊」移設作戦
(4) 「戦争賛成左翼」への道――ジルベール・アシュカルとその植民地主義的利用者たち


(4) 「戦争賛成左翼」への道――ジルベール・アシュカルとその植民地主義的利用者たち

【3/12 追記】 原稿執筆時には確認が間に合わなかったが、ジョン・マケインは3月5日の上院での演説で米国主導によるシリア空爆の必要性を叫び出していた。マケインはシリアの人権状況に関するヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の「警鐘」を受けて、「FSAなどの反体制派に対する軍事支援は依然として必要だが、この期に及んでは、軍事支援だけで〔シリア政府による〕虐殺を止め、無辜の市民を救うことはできない」と述べ、「目的を果たすための唯一現実的な方策は、外国軍による爆撃を実施することである」として、すでにリビア式「爆撃による体制変革」を煽動するに至っている。

 単純に考えれば、マケインが立場を変えたのは、3月に入ってシリア軍がホムスを奪還する(しつつある)など、NATOをスポンサーとする反体制派が比較的劣勢に置かれているからだろう。ZNetのコメントが示唆していたように、マケインはまさに(シリアの)「市民を守る」という名目で「爆撃による体制変革」を唱えているのである。マケインはホムスをベンガジに喩えているが、「戦争賛成左翼」がマケインとまったく同じ演説をどこかの「市民集会」で行っているとしても、特に不思議はないと思える。

 McCain calls for US-led airstrikes on Assad forces, msnbc.com
 http://worldnews.msnbc.msn.com/_news/2012/03/05/10584409-mccain-calls-for-us-led-airstrikes-on-assad-forces


 前回から時間が経ってしまったので、まずはこの間のフォローから。2月26日、シリアで新憲法案の是非を問う国民投票が実施され、投票率57%のうち89%の支持を得て承認された。新憲法案は、社会的連帯と
社会正義・自由・平等(ジェンダー・出身・言語・宗教・信条による差別の禁止)および個人の尊厳の保障に社会の基礎を置き、言論の自由とメディアの独立性、女性の政治的・経済的・社会的・文化的参加を保障し、新党の創設(うち7党は承認済み)、地方分権化・三権分立の促進、大統領選挙・国会議員選挙などに関する規定を定めている(▼56)。(シリアでこれまでに達成されてきた社会的連帯と社会正義・自由・平等および個人の尊厳の保障については後述する。)

 2月18日付のイスラエル紙『ハアレツ』(▼57)は、シリアで最近拘束された40人(!)ものトルコ情報機関工作員の証言として、彼らがモサドから訓練を受け、「シリアの治安を破壊すべく爆弾攻撃の実行」を指示されていたこと、さらにモサドが「自由シリア軍」(FSA)の兵士に直接訓練を施していることを伝えている。カダフィの虐殺を満面の笑みで祝福したヒラリー・クリントン米国務長官("We came, we saw, he died, hahaha")に至っては、2月26日のBBCのインタビュー(▼58)で、アルカーイダなどの米国認定「テロ組織一覧表」の登録団体が(米国とともに)シリアの反体制派を支援している旨を堂々と認めている(▼59)。

 シリア国民投票の57%の投票率と、約9割の賛成率は、NATO側諸国をスポンサーとする反体制派の執拗なテロ攻撃と選挙妨害の最中にあって――例えば、2月9日から28日までの間に、シリアでは18の病院と48の保健所、129台もの救急車が襲撃され(▼60)、2月10日には第二の都市アレッポで治安機関を狙った2件の自動車爆弾テロが起こり、少なくとも28人が死亡、235人が負傷した(▼61)。さらに18日にはアレッポの市議会議員が射殺され、翌19日にはイドリブの検察官と判事が運転手と共に殺害されている(▼62)――とりわけ大多数のシリア国民がアサド政権を支持している事実を端的に証明するものだろう。

 国民投票が公正に実施され、アサド政権に対するシリア国民の支持を改めて決定的に突きつけられる事態を予期していた(日本を含む)NATO側諸国は、国民投票に先立つ2月24日、チュニジアの首都チュニスで自称「シリアの友人」会合を開催し(シリアの現実の友好国である朝鮮民主主義人民共和国やレバノン、中国、ロシアは不参加・ボイコット)、「シリア国民評議会」(SNC)が「平和的な民主化を求めるシリア人の代表」であるという植民地主義的な設定(フィクション)を再宣言している。

 もっとも、この「会合」でシリア反体制派は欧米諸国から強力な軍事支援を受けていることを得々と語っているし(▼63)、(米軍高官も認めているように)米国はシリア領空を多数の無人攻撃機で侵犯しているし(▼62)、すでにNATO側諸国の特殊部隊はシリア領内に展開している(▼64)――実際にその後、「自由シリア軍」(FSA)の主要な拠点の一つで、3月1日にシリア政府軍が支配権を回復したホムス県のバーバー・アムルー(Baba Amr)では、約100人(!)もの外国籍(フランスを始めとする欧米諸国とカタール、トルコ、アフガニスタンなど)の情報機関工作員・戦闘員が拘束され、ロケット弾や通信機器を含むイスラエル・欧米製の武器が大量に押収されている(▼65)(▼66)。無論これらはいずれも国際法違反であり、NATO側諸国が今さら何を取り繕おうとしているのかも不明なほどである。

 さらに「会合」の行方次第ではNATO(米国・英国・フランス・イタリア・トルコ)がすぐにでもシリア攻撃を開始するとの報道もなされていた(▼67)。別途述べるが、この「会合」が「中東革命」後のチュニジアで行われたことに象徴されるように、「人道的介入」を肯定しながら(少なくとも有効に否定することなく)「アラブの春」を愛でているNATO側諸国のリベラル・左派は、結局は帝国主義と反動勢力による中東革命の簒奪・回収の加担者になっていると言える。


 さて、こうした状況でNATO側諸国のリベラル・左派の頽落ぶりを示す言説には事欠かないが、その中で最も社会的(悪)影響力に満ちた発言の一つが、「英国左翼を代表する」タリク・アリ(Tariq Ali)の「アサドにも空爆にもNO」(▼68)というものだろう。NATOのリビア侵略の際にも、この類の言説(「カダフィにも空爆にもNO」)(▼69)は、あたかも自分たちに(自国のリビア侵略を阻止する国民としての義務と同列あるいはそれ以上に)リビア人の自決権を踏みにじる当然の権利があるかのような、NATO側諸国民の帝国主義的・植民地主義的慢心を培養し(「カダフィはNO」)、その結果としてリビア人の自決権を致命的に侵害するNATOの帝国主義的侵略を容認しやすくする(「カダフィを倒す空爆は結局OK」)社会的効果を生んできた。

 タリク・アリの発言とその批判は、「blog.conflictive.info」の日本語訳記事「シリアに関するタリク・アリのマニュファクチャリングコンセント」(▼70)に詳しいので、未読の方はお読みいただきたい。アリは「バッシャール〔・アサド大統領〕は『退陣させられるべきだ』と述べながら、爆撃なき体制変革を呼びかける西洋の偽左翼の一員となっている」。「言い換えれば、アリは体制変革策動については完全に支持しており、しかしそれが『非暴力的な圧力』によってなされることを望んでいるのである」。こうした主張は、日本で言えば、朝鮮学校の無償化排除(「西側の軍事介入」)に反対しながら、日本国家・日本社会による朝鮮学校への弾圧・干渉――「反日」教育の放棄や総連との関係断絶など――(「体制変革策動」)を支持・容認するリベラル・左派の立ち位置として、比喩的に理解できるかもしれない。

 アリは「圧倒的多数のシリア民衆は、アサド一族に消えてもらいたいと思っている」という帝国主義お得意のフィクションを肯定し、すでに大々的に実行されている爆撃なき「西側の軍事介入」をまるで批判していないため、すでに半ば「政治的自殺行為」を遂げているようにも思えるが、この爆撃なき「西側の軍事介入」をあからさまに賞賛してしまっているのが、前回紹介したジルベール・アシュカルである。

 ジルベール・アシュカルは、レバノン出身の国際政治学者で、1983年にフランスに移住し、現在は「ロンドン大学東洋アフリカ学院」の教授を務めている。日本でも『野蛮の衝突――なぜ21世紀は、戦争とテロリズムの時代になったのか?』(作品社、2004年)、『中東の永続的動乱――イスラム原理主義、パレスチナ民族自決、湾岸・イラク戦争』(柘植書房新社、2008年)といった訳書が出版されているが、アシュカルがシリア反体制派に引き抜かれたのは、もちろんNATOのリビア侵略を正当化する直近の言説による。

 リビアをめぐるアシュカルの発言(▼71)は、以下の(1)・(2)に集約されるように、凄まじく見苦しいものだが、アシュカルがレバノン内戦を経験したアラブ人「反戦活動家」である(英語版Wikipediaの説明による)ことが、「戦争賛成左翼」のひしめくNATO側諸国内においてアシュカルの(利用)価値を格段に高めているのだと思われる。日本でも『マガジン9条』などが嬉々としてNATOのリビア侵略を容認するリビア人留学生を担ぎ出していたが、タリク・アリがパキスタン出身であることも同様に極めて植民地主義的意味を持つことを指摘しておく。


<リビアをめぐるアシュカルの発言要旨>

(1)リビアの反乱勢力は「民主主義と人権への熱望」に燃えた「非常に広範な連合」であり、反乱勢力が掲げるリビアの「三色旗」も「イタリアからの独立を勝ち取った後に採用されたリビア国家の旗」であって決して王制のシンボルではない。(→正しくは、リビアの反乱勢力はリビア国民のごく一部にすぎないNATOの下請けレイシスト集団であり、反乱勢力が掲げるリビアの「三色旗」も植民地支配に屈服していたイドリス王朝の旗以外の何物でもない。)

(2)NATOのリビア攻撃が「石油への欲望」によるものであり、イスラエルのガザ攻撃の際にはパレスチナ人の虐殺を容認するようなダブルスタンダードに基づいていたとしても、NATOが結果的にリビア市民を「保護する責任」を果たした以上、NATOのリビア攻撃は「人道的介入」として正当化される。(→実際にはNATO側諸国の空爆と地上軍の侵攻によって数万人のリビア市民が殺害された。)(▼72)


 前回述べたように、アシュカルは、昨年10月のスウェーデンでの会議で、ブルハーン・ガルユーン「シリア国民評議会」(SNC)代表らシリア反体制派とそのパトロンを相手に、リビアの「教訓」を踏まえてアサド政権を転覆する戦略を説く「招待講演」なるものを行っている(▼55)。講演の内容(とその後の補足)を読む限り、アシュカルのいうリビアの「教訓」とは:

(1)NATOの空爆と地上軍の侵攻により、あたかもカダフィが国家主権の擁護者で、反乱勢力が欧米帝国主義の下請人であるかのような表象が、リビア社会の一部に広まってしまったこと

(2)欧米諸国がリビア反乱勢力の「自決権」を踏みにじり、大規模な――単独でカダフィ政権を粉砕するだけの――武器供与を渋ってきたために、反乱勢力は独力でリビアを「解放」することができず、外国の直接的な軍事介入に依存せざるを得なかったリビアが混迷を深めて「破綻国家」になってしまったこと

(だけ)であるようだ。(1)は単なる「表象」ではなく、そのまま事実であるし、(2)に至っては、リビア人の「自決権」をカダフィ政権の転覆というNATO側諸国の帝国主義的プランの実行延長線上においてのみ「尊重」してみせるような噴飯物の論理であり(国際法違反は歯牙にもかけていない)、しかも事実に反している(今日のリビアの混迷は、リビアの「解放」における不手際からではなく、リビアの再植民地化によって起こっている)のだが、とりあえず先に進む。アシュカルは、シリア反体制派に向けて、この「教訓」を踏まえてNATOへの空爆要請を控えるよう(上から目線で)諭している。

 アシュカルの「講義」によれば、シリア反体制派が採るべき戦略は:

(A)非暴力デモによる大衆運動
(B)反体制派の軍事的拡大
(C)アサド政権の軍事的打倒

を効果的に連携させることである。より具体的に言えば、シリア反体制派は「リビアとエジプトの間」の戦略、すなわち:

―エジプトに倣って、(A)「国際社会」にアピールすべく「非暴力デモ」を続けつつ、(B)軍の一部を反体制派に引き入れながら、

―リビアに倣って、(B)外国からの軍事支援を受けて(ただし、アシュカルの言葉を借りれば、シリアは人口密度が高いため、リビアでのようにNATOが「比較的限られた市民の人命コストで空爆を効果的に実施する」ことはできないそうだが)、最終的には(C)アサド政権を軍事的に転覆する

という戦略を採用すべきというものだ。エジプトがどうこう言ってはいるが、結局はアサド政権の軍事的打倒が「不可避」であるというのがアシュカルの結論になっている。

 これをNATO側諸国から見れば、シリアに対しては、アサド政権の転覆を掲げる反体制派の「自決権」を尊重するためにも、直接的な軍事侵攻というコストの高い手段ではなく、反体制派に対する「間接的な」軍事介入(大掛かりな武器・資金の供与)を続けるべきであるということになる。まさにNATO側諸国の諜報機関が採用している戦略そのものであり、アシュカルの論理では、「サルバドル・オプション」でさえ、リビアから派兵された軍隊が「自由シリア軍」(FSA)に編入されたように、指揮権が(名目的に)シリア人にありさえすれば正当化されるのではないかと思われる。

 アシュカルさらにはアリの、シリアにおける「爆撃なき体制変革策動」を支持する主張は、自国の軍事コストの増大を厭う欧米保守・右派の間ではむしろ一般的なものですらある。代表的な例を挙げれば、米国では共和党の重鎮ジョン・マケインが、「虐殺に直面している人々は自らを守る力を手にすべきである」と述べ、米国はシリアに直接軍隊を派兵する代わりに、シリア反体制派に対して第三世界諸国を経由した(要は植民地兵士的な傭兵のリクルートを含む)武器供与・軍事支援を行うべきであると熱弁している(▼62)(▼67)。

 マケインの主張はアシュカルの主張(の結論部分)にも重なるものだが、「戦争賛成左翼」の論理破綻と腐臭を伴わない分(もちろん別の腐臭はするが)、一般的にはアシュカルの主張よりもよほど受け容れやすいのではないかと思われる。なお、米大統領選共和党候補のロン・ポールは、アサド政権の転覆を目的としたシリアへの介入そのものに否定的で、アシュカルはもちろんアリよりも遥かにまともな発言をしているようである(▼73)。オバマやサルコジにしても、シリアへの空爆は現時点では大統領選挙対策のオプションとして(どちらにも対応できるように)考えられていると思う。

 シリアをめぐるアシュカルの言説は、ZNetあたりでは手ひどく叩かれて、最近では相手にもされていないようだが(▼74)、逆に言えば、だからこそアシュカルが鉄砲玉的な役割を兼ねて(ZNetで批判されているように)「有象無象の『革命的』評議会の軍事アドバイザー」として、「人道的侵略」産業の(左派)市場を開拓する余地が生まれているのだとも言える。笑えるところかどうかは微妙だが、アシュカルがNATOのリビア侵略を熱心に擁護し、シリアに対する空爆なき軍事介入を提唱し出した時期は、勤務先での「研究専念期間」(Research Leave:いわゆるサバティカル)にぴったり重なっている(▼75)。アシュカルは就職活動をしているのか・・・?

 ちなみに、最近のアシュカルは、リビアを始め第三世界に対する帝国主義の影響力(罪)を不当にも軽減しようとする論陣を張っているようである(▼76)。こうしたアシュカルの言説を日本で最も積極的に翻訳・紹介し、したがって日本で最もアシュカルを利用して(結果的に)帝国主義の免罪に励んでいるのが、いわゆる「第四インター」である(現在は国際組織の正式な「日本支部」ではないが)。「第四インター」の機関誌「かけはし」の編集部は、「(記事はあくまでアシュカルの意見であって、インターの見解は)アシュカルの立場とは異なっている」という、佐藤優を起用するリベラル・左派メディアのような責任逃れをしているが(▼77)、こんな言い訳が通用するなら、そもそも編集業務自体が必要なく、2ちゃんねるさえあれば事足りるのではないか。

 今回取り上げたアシュカルのシリア反体制派への「招待講演」記事は、「かけはし」もさすがにまずいと思ったのか紹介していないが、「緑の党」(▼78)にも象徴されるように、リベラル・左派が雪崩を打って「戦争賛成左翼」(もどき)と化している状況は、日本も大して変わらないように思う。


▼56 More than 14 million Syrians participate in constitutional referendum, Global Research, 20 February 2012, http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=29437

▼57 Zvi Bar'el and DPA, Report: U.S. drones flying over Syria to monitor crackdown, Haaretz, 18 February 2012, http://www.haaretz.com/news/middle-east/report-u-s-drones-flying-over-syria-to-monitor-crackdown-1.413348

▼58 Clinton: Syria risking civil war, BBC, 26 February 2012, http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-17170775

▼59 Michel Chossudovsky and Finian Cunningham, Syria: Clinton Admits US On Same Side As Al Qaeda To Destabilise Assad Government, Global Research, 27 February 2012, http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=29524

▼60 Syria storms out of U.N. rights meeting, demands countries stop ‘inciting sectarianism’, Alarabiya.net English, 28 February 2012, http://english.alarabiya.net/articles/2012/02/28/197550.html

▼61 和田浩明, シリア:北部アレッポで自爆テロ 28人が死亡, 毎日新聞, 2012年2月11日, http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20120212k0000m040020000c.html

▼62 Alex Lantier, US sends drones over Syria as fighting spreads, World Socialist Web Site, 20 February 2012, http://www.wsws.org/articles/2012/feb2012/syri-f20.shtml

▼63 Syria rebels get arms from abroad -opposition source, Reuters, 24 February 2012, http://af.reuters.com/article/tunisiaNews/idAFL5E8DO4PO20120224

▼64 Michel Chossudovsky, BREAKING: Foreign Troops on the Ground Inside Syria in Violation of International Law, Global Research, 8 February 2012, http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=29150

▼65 Syrian security forces arrest foreign Intelligence and Special Forces Operating within Rebel ranks, Global Research, 4 March 4 2012, http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=29608

▼66 Maria Finoshina, More Foreign Arms in Syria Spell More Bloodshed, Global Research TV, 5 March 2012, http://tv.globalresearch.ca/2012/03/more-foreign-arms-syria-spell-more-bloodshed

▼67 Reports: U.S., NATO Allies Preparing For Ground Assault In Syria, Global Research, 24 February 2012, http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=29472

▼68 Tariq Ali, ‘Assad must go to save Syria from intervention’, RT, 5 February 2012, http://rt.com/news/syria-assad-ali-resign-361/

▼69 ブログ「博愛手帖」より抜粋する。

(注3):ところで彼らのスローガンの中には「カダフィでも空爆でもなく」などと訴えているものがあるようであるが、これは相当に偽善的である。「カダフィを支持するリビア人にも、そうでないリビア人にも平和を」とでも言うのならまだ分かるが。まず、このような表現には、カダフィ氏がどこまでの犯罪行為を行ったのかどうか、反乱側がどこまで「民主派」としての内容を有しているかどうかについての、自分たちの社会に属する報道機関の提供している情報のあり方への根本的な追求が含まれていない。さらに、西欧の人間はリビアにおいてカダフィ政権が存続してきたことよりも、自身の政府が主催もしくは協力している空爆作戦にこそ多大な責任を負っているのだから、まずは「空爆を止めよ」と言うべきである。これが真っ先に出てこないのは、空爆を止めればカダフィ政権を止められないし「民主派」が虐殺されることになるという、英・仏・米政府の繰り返している前提=公式見解を半ば認めているようなものである。

〔中略〕この「AでもなくBでもなく」というセリフは、40年ほど前の「新左翼」がしばしば口にした「モスクワでもワシントンでもなく」というスローガンを想起させる。しかしこうした人々は、両体制に等しく敵意を抱いていたというよりは、自身が属しそのあり方に責任をより強く有する「ワシントン」的世界より、「モスクワ」的世界に対する憎悪ばかりを次第に強めていったのではなかろうか。実際彼らの多くは、1980年代末に「モスクワ」の支配圏が崩れたのち、「ワシントン」の展開する軍事行為(ユーゴスラヴィア、アフガニスタン、イラク……)に対し、時には堂々と、時には「是々非々で」「留保付きで」、いずれにせよ結局は支持する人間となった。いつの間にかスローガンは「許せないのはモスクワだけ」に代わっていたわけである。

「中東革命」は誰のものか、または匪賊対革命ごっこ(その5)
http://hakuainotebook.blog38.fc2.com/blog-entry-45.html

▼70 「シリアに関するタリク・アリのマニュファクチャリングコンセント」, blog.conflictive.info, 2012年2月17日, http://blog.conflictive.info/?eid=139124

「シリア国民評議会」(SNC)を公的に支持している「イランの〔反政府運動である〕グリーン・ムーブメント」について簡単に補足しておく。

「グリーン・ムーブメント」は、2009年のイラン大統領選挙運動の際に、ミール・ホセイン・ムーサヴィ元首相らが始めた反政府運動で、イランの新興財閥とアリ・アクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ元大統領による財政支援に加えて、ワシントンおよび欧米左派政党の政治的支援を受けながら、テヘランなどの大都市富裕層が参加している。

「グリーン・ムーブメント」の著名な論客の一人で、米国留学経験を持つ学生同盟(Tahkim Vahdat)(元)幹部のアリ・アフシャリは、昨年10月に発表した記事「リビアと人道的介入」で、シリアを始め、国内に「反体制派」が存在する諸国へのNATOの軍事介入の拡大を歓迎し、NATOが戦術をさらに発展させることで「将来的な事例において人道的介入が完成の域に達する」ことへの期待を語っているようである。

同じく「グリーン・ムーブメント」の代表的な論客で、2003年にノーベル平和賞を受賞し、2009年大統領選挙後に亡命したシリン・エバディ弁護士も、イラン国内での「グリーン」の影響力の増大を目論んで、NATO側諸国によるシリアへの「人道的介入」と、イランへの経済「制裁」の延長・強化を煽動する発言を繰り返している。

「グリーン・ムーブメント」は「シリア革命」を支持しないイランの現政権を激しく非難しており、「ダマスカスへの道はテヘランに通じる」(シリアを経てイランを侵略しようとする)NATO側諸国の帝国主義的策謀を「内側」から呼び込む役割を担っていると言える。

Sahand Avedis, Iran’s Green Opposition endorses imperialist intervention in Syria, World Socialist Web Site, 13 January 2012, http://www.wsws.org/articles/2012/jan2012/irsy-j13.shtml

▼71 Gilbert Achcar, Libyan Developments, Znet, 19 March 2011, http://www.zcommunications.org/libyan-developments-by-gilbert-achcar

日本語訳は以下から読むことができる。

リビアで何が起こっているのか―ジルベール・アシュカルとのインタビュー, 虹とモンスーン, 2011年03月28日, http://monsoon.doorblog.jp/archives/51779293.html

▼72 NATO側諸国による地上軍の投入については以下を参照。

SAS 'Smash' squads on the ground in Libya to mark targets for coalition jets, Mail Online, 21 March 2011, http://www.dailymail.co.uk/news/article-1368247/Libya-SAS-smash-squads-ground-mark-targets-coalition-jets.html#ixzz1WLt6lQ1q

NATO admits UK and France may have troops in Libya, RIA Novosti, August 29 2011, http://en.rian.ru/world/20110829/166274046.html

▼73 Ron Paul - Syria, The Political Guide, http://www.thepoliticalguide.com/Profiles/House/Texas/Ron_Paul/views/Syria/

▼74 Gilbert Achcar, Syria: Militarization, Military Intervention and the Absence of Strategy, Gilbert Achcar's ZSpace Page, 20 November 2011, http://www.zcommunications.org/syria-militarization-military-intervention-and-the-absence-of-strategy-by-gilbert-achcar

コメント欄には二人からの反論が寄せられている。Joe Emersberger による最初の反論(「アシュカルがいまだにリビアでの立場に固執しているのは遺憾である」)を受けて投稿された Ozren Vojvodic のコメントが面白かったので、日本語に訳して紹介する。

------コメントここから------

同感。アシュカルの討論記事は目覚しく無内容になってきている。ZNetからアシュカルの「知見」が消えたところで別に問題ないと思う。

アシュカルいわく:
「そして飛行禁止空域の設定により、極めて効果的に反乱軍の支配区域を保護し、人口がまばらな地域で〔カダフィ〕政権軍の展開を抑えることができた。しかもこれらすべてが比較的限られた市民の人命コストで実現できたのである。」

その大半が民間人であると考えざるを得ない推計5万人の死者を出しながらなされたこの発言は、〔米国主導の経済封鎖によってイラクで50万人もの子どもが死亡したことについて問われて〕「それだけの値打ちはあったと思う」と答えた〔1996年当時の米国国連大使マドレーヌ・〕オルブライトの発言をまさに彷彿とさせる。

アシュカルは有象無象の「革命的」評議会の軍事アドバイザーとして連中のPRを統括する役割を喜んで引き受けているように見える。黒人リビア人とアフリカ移民労働者に対するレイシスト的虐殺の数々と大規模な処刑・虐殺に手を染めたリビア反体制派のやり口や、元イスラム戦士とCIAの走狗、カダフィ政権の転向者からなるリビア反体制派の反動ぶりを無視できるとは、実に素晴らしい自己検閲力である。しかもアシュカルは、〔カダフィ政権による〕ベンガジの虐殺が差し迫っていたとする、まるで証拠のない欧米諸国のプロパガンダに加えて、カダフィ政権が平和的なデモ参加者に対して空爆を行っていたとする、さらに酷いプロパガンダをオウムのようにさえずっている。この二つの主張(を含むプロパガンダ)の情報源は、「リビア人権連盟」――NEDをスポンサーとする組織――であるようだ。ウィリアム・ブルムを参照:
http://www.zcommunications.org/it-doesnt-matter-to-them-if-its-untrue-by-william-blum

〔中略〕

それでもアシュカルはリビアのシナリオをシリアに対して提唱しないことで――たとえそれが戦略的な意味合いにすぎないのだとしても――多少は懺悔をしているつもりなのかもしれない。けれども、それ〔アシュカルの反対〕が〔シリアにおける〕飛行禁止空域の設定にのみ向けられており、〔シリアの〕「市民を守る」という名目が立ちさえするのであれば、アシュカルは特に現在の戦略的立場にはこだわらないのではないか。

なぜアシュカルが社会学者で反戦活動家であるのかは――Wikipediaのサイトにはそう書かれているのだが――かなりの謎である。

------コメントここまで------

▼75 Professor Gilbert Achcar, School of Oriental and African Studies, University of London, http://www.soas.ac.uk/staff/staff30529.php

▼76 直近の発言としては、「インターナショナル・ビューポイント」2012年1月号に掲載された「ジルベール・アシュカルとのインタビュー」など。日本語訳から抜粋する。

 リビアでの西側の介入は、地上軍によらない、本質的には遠くからの介入でした。この進行中の過程で米国が持ち得た影響力は、極めて限定的なものです。実際のところ、誰もこの国の情勢をコントロールすることができません。リビアでは、暫定国民評議会、ならびにこの国の再建を請け負う国民評議会の企図――きわめておずおずした、副次的なもの――への抗議の拡大など、米国のお気に召さない事態が展開しています。

「ジルベール・アシュカルとのインタビュー(上)」
http://www.jrcl.net/frame12.0227e.html

私たちがリビアで見たものは、疑問の余地なく最も古典的な形態での民衆蜂起であり、人民戦争とも言えるほどのものでした。あらゆる職業の市民が、政権に対する闘争に身を投じる戦士に変身しました。

 NATOの介入が反乱の民衆的性格の終焉を意味し、反乱者はNATOのかいらいに姿を変えてしまったと信じた人びとは、重大な誤りをおかしたのです。その上、こうした人びとのほとんどは、リビア革命に反対しカダフィ政権への支持を正当化しようと求めたのです。私たちは国際左翼の中で、あらゆる種類の、そして筆舌に尽くしがたいほどの混乱を見てきました。カダフィの打倒後にNATOがリビア情勢を支配してきたと信じることは、大きな幻想を抱くことです。米国はイラクに大規模な軍隊を配備してもイラク支配に成功しませんでした。だとするならば、地上軍を置かなくてもかれらがリビアを支配できるなどと誰が信じられるでしょうか。

〔中略〕

 いずれにせよ当面のところ、民衆決起という事実、そして武力による政権の打倒という事実によって、そして帝国主義の紛争介入にもかかわらず、リビアはこの地域のすべての国の中で、現在までのところ最も根本的な変革を経験した国なのです。

「ジルベール・アシュカルとのインタビュー(下)」
http://www.jrcl.net/frame12.0305f.html

▼77 例えば、以下の記事では、編集部の次の前置きに続いて、「ルワンダにおけるジェノサイドを阻止するために国際的介入がなされるべきだった」(→正しくは、ルワンダの「ジェノサイド」は米国を始めとする「国際的介入」によって遂行された)、「左翼ははっきりと『それがいかなる環境の下であったとしても西側諸国の軍事介入に反対する』という絶対的『原則』を宣言しないようにすべきである。こうした『絶対的原則』は政治的立場ではなく宗教的タブーである」とするアシュカルの主張が掲載されている。

 「以下の文章は、リビア情勢の急展開の中で本紙四月四日号に掲載されたジルベール・アシュカルのインタビュー記事をめぐって左派陣営の中で展開されている論議についてのアシュカルによる回答である。この主張はカダフィ独裁体制の評価から、いわゆる『人道的介入』に対して左翼の側がどのような態度をとるべきかをめぐって、真剣に論議すべき内容を含んでいる。アシュカルへのインタビューとともに掲載された第四インターの声明は、アシュカルとは違った立場をとっている、本紙三月二八日号に掲載された『多国籍軍のリビア軍事介入反対』を訴える(K)署名の短文も、アシュカルの立場とは異なっている。本紙では引き続き、関係する諸文書を掲載していきたい(『かけはし』編集部)」

ジルベール・アシュカル, 討論:リビア、抵抗、飛行禁止区域, かけはし2011.4.25号, http://www.jrcl.net/frame110425f.html

▼78 水島朝穂, 見過ごせない軍事介入――リビア攻撃とドイツ(1), 平和憲法のメッセージ, 2011年3月28日, http://www.asaho.com/jpn/bkno/2011/0328.html

【グローバルグリーンズ声明】「カダフィの辞任とリビアにおける血塗られた弾圧の即時中止を求める」, 緑の党・日本『みどりの未来』公式サイト, 2011年02月23日, http://site.greens.gr.jp/article/43649585.html

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