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「国民の正史」を立ち上げる岩波書店 (5)

■目次(随時更新)
(1) はじめに
(2) 大日本帝国との連続性の賞賛――雨宮昭一『占領と改革』
 (2-1) 大日本帝国との連続性を賞賛する岩波書店の著者
 (2-2) 日本国憲法と天皇制と日本人の「主体性」をめぐる屁理屈
 (2-3) 「司馬史観」を超える「雨宮史観」の独善性
 (2-4) 他民族を無視する「国民の正史」
 (2-5) 「はてな」右派ブログで自説を補強?
(3) 植民地支配責任・侵略戦争責任の黙殺――武田晴人『高度成長』
 (3-1) 植民地支配による搾取を否定する「経済学」者
 (3-2) 植民地支配責任・侵略戦争責任を黙殺する「歴史」叙述


(3) 植民地支配責任・侵略戦争責任の黙殺――武田晴人『高度成長』

(3-1) 植民地支配による搾取を否定する「経済学」者

 シリーズ日本近現代史⑧『高度経済成長』の著者は、岩波書店から『日本人の経済観念』(1999年)を刊行した経済学者の武田晴人である。武田は、『経営に大義あり――日本を創った企業家たち』(日本経済新聞社編、日本経済新聞社、2006年)や『世紀転換期の起業家たち――百年企業への挑戦』(講談社、2004年)といった、書き写すだけで気恥ずかしくなるようなタイトルの著作も多数手掛けており、まさに日経文化人とでも呼ぶに相応しい人物である。

 武田の「経済学」者としての本質は、1992年から1993年にかけて武田が世田谷市民大学で行った「日本経済史」および「日本財閥史」の講義録をまとめた『日本経済の事件簿――開国から石油危機まで』(新曜社、1995年)に最も端的に窺えると思う。以下に抜粋しよう。

 「戦前の日本の植民地、朝鮮や台湾を例にとってみると、植民地支配はもうかる商売ではありません。言い方は悪いかもしれませんが、植民地を支配するためには大量の軍事力や警察力を投入しなければならないし、それには金がかかります。ある程度の経済開発をしなければならないし、治安を維持し経済の発展をある程度うながすためにはそれだけの資金を本国から持ち出さなければなりません。その持ち出した分に見合うだけの利益が植民地から上がるかどうかは保証されていません。少なくとも第二次大戦前に日本の植民地であった朝鮮や台湾がそういう意味で日本に利益をもたらしたかどうかは正確には測れません。もしかすると損をしたかもしれません。損して当たり前なのですけれど。それに比べれば、現在のように経済力をバックに南の国からさまざまな経済的資源を商業ベースでもって来られる方が、はるかに安上がりで都合のいいシステムかもしれません。それが植民地についての問題です。」(p.218)

 ・・・・・・岩波書店は、雨宮に続いて、こんな人物を自社の「日本近現代史」の編者として起用しているのであった。比喩ではなく本当に現代版「石橋湛山」そのままだ。

 ちなみに、武田は本書の「あとがき」で、「最初の執筆者会議に私が出した、戦後経済史を想定した目次案は、編集委員の皆さんから、あっさりと却下された」(p.241)、「専門領域は近代経済史で、戦後史ではないから経済のことだっておぼつかない」、「とりあえず『朝日年鑑』を順番に読んで、メモをとっていくこと」で「専門外の事項にもできる限り言及するようにして〔本書を〕まとめた」(p.242)ことを告白している。岩波新書編集部の人選基準やその叙述の採用基準は私には計り知れないが、編集部による著者紹介には、この『日本経済の事件簿』も挙げられているから、少なくとも編集部が上記の武田の主張を知らずに武田を起用した可能性は低い、と見てよいだろう。

 武田が正直に語っている通り、本書は半ば『朝日年鑑』史とでも言うべきものであり、そのため他の二冊よりはいくらかマシなのだが(それもどうかと思うが)、アジアとの関係をめぐる言説には特に批判するべき点が多い。以下にその一部を指摘しておこう。

1.日本の金ヅルとしてのアジア観

 武田は本書で「高度経済成長」をテーマにしながら、それを可能にしたアジアとの敵対関係――戦後賠償の不履行や朝鮮戦争特需に象徴される侵略責任の上塗り――をまったく批判的に省みようとしていない(植民地支配による搾取を否定するような人物なのだから当然ではあるが)。武田が朝鮮戦争の日本経済への影響に言及しているのは、ほとんど以下の箇所のみである。


 朝鮮戦争の特需によって復興のきっかけを得た日本経済は、休戦による特需消滅が、復興の足下をすくうのではないかという不安に陥っていた。資源が不足している日本経済の自立には、原材料の輸入が必要であり、そのためには外貨が不可欠であった。しかし、その外貨を稼ぐ輸入は産業の競争力に乏しく、日本品は「安かろう悪かろう」と海外市場で評判が芳しくなかった。それだけでなく、戦前日本で重要な輸出地域となっていた中国や東南アジアは、賠償問題の未解決や国交回復の見込みが立たないなど、市場として多くを期待できなかった。

 そうした弱点を補うことが期待されたのが、アメリカの防衛力強化要請とともに浮上した相互安全保障法(Mutual Security Act 五一年一〇月成立)に基づく援助(MSA援助)問題であった。(p.16)


 これだけでも武田がアジアをもっぱら日本の金ヅルと見なしていることは明らかだろう。さらに厚顔なことに、武田は戦後日本の東南アジアへの経済侵略を「積極的な」「賠償への日本の取組み」として評価している。


 講和条約に明示された原則(日本の経済的自立を妨げない範囲で請求に応ずる、役務による賠償を中心とし金銭賠償を行わない)を貫くことが、賠償交渉における日本の基本的な態度であった。戦争によって一方的に損害を被った国々に対して賠償に応ずることは日本の当然の責務であったが、他面でこの問題を解決し正常な通商関係を回復していくことが、日本の経済的自立に不可欠であった。このような事情が賠償への日本の取組みを積極的なものにした。東南アジア諸国は、日本の経済発展に必要な原料資源に恵まれた国々が多く、あるいはまた、製品の輸出市場としての期待も大きかったからである。

 たとえば、通産省は、「これら各国に対し、賠償およびこれに伴う経済協力を誠実且積極的に実施することによりわが国としては、重工業製品の安定市場の確保と工業原材料の輸入市場の育成が期待でき、又投資先の開拓が大いに期待できる」ことを強調していた(前掲『通商産業政策史』第五巻)。こうして賠償支払いは、金銭ではなく「実物賠償」として日本からの輸出品ないし役務の提供となり、相手国の経済開発計画や、工業化政策に協力するものとなった。(pp.32-33)


 武田は、東南アジアへの「賠償支払い」が「日本からの輸出品ないし役務の提供とな」った理由として、「日本の経済発展に必要な原料資源に恵まれた国々が多く、あるいはまた、製品の輸出市場としての期待も大きかった」ことを明け透けに語る一方で、それが「相手国の経済開発計画や、工業化政策に協力するものとなった」と矛盾したことを述べている。武田によれば、日本は東南アジアへの戦後「賠償」をどこまでも自国の経済発展に利用し、それらの地域をあくまで日本の原料供給地および製品輸出市場として従属させ、(「経済開発計画」や「工業化政策」を含む)現地の自立した経済発展を阻害してきたことによって、「相手国の経済開発計画や、工業化政策に協力」してきたことになる。先に武田は経済学者としても三流以下ではないかと書いたが、これほど短い文章の中でこうも矛盾したことを平気で述べてしまえるようでは、単に御用学者としても一流への道は遠いのではないだろうか。まあ余計なお世話だろうが。

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