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Home > スポンサー広告 > 「国民の正史」を立ち上げる岩波書店 (6)

「国民の正史」を立ち上げる岩波書店 (6)

■目次(随時更新)
(1) はじめに
(2) 大日本帝国との連続性の賞賛――雨宮昭一『占領と改革』
 (2-1) 大日本帝国との連続性を賞賛する岩波書店の著者
 (2-2) 日本国憲法と天皇制と日本人の「主体性」をめぐる屁理屈
 (2-3) 「司馬史観」を超える「雨宮史観」の独善性
 (2-4) 他民族を無視する「国民の正史」
 (2-5) 「はてな」右派ブログで自説を補強?
(3) 植民地支配責任・侵略戦争責任の黙殺――武田晴人『高度成長』
 (3-1) 植民地支配による搾取を否定する「経済学」者
 (3-2) 植民地支配責任・侵略戦争責任を黙殺する「歴史」叙述


(3-2) 植民地支配責任・侵略戦争責任を黙殺する「歴史」叙述

2.植民地支配責任の黙殺

 日韓会談・日韓条約をめぐる武田の叙述も、予想に違わずひどい。


 中国と同じく〔サンフランシスコ講和会議に〕招聘されなかった韓国との国交回復は二国間協議に委ねられたが、国籍問題、既得権の継続保有などの懸案が解決できず、とくに漁業権問題が紛糾した。そのために、講和発効直前(五二年四月二五日)に日韓会談は打ち切られ、両国間の正式国交は開かれないまま、六五年まで持ち越されることになった。(p.7)


 武田によれば、日韓会談が「五一年一二月に開始されて以来一進一退を繰り返し」(p.123)たのは、「李承晩政権の崩壊と、後継の張勉政権に対する軍部クーデターの影響」(p.124)などによるものであり、もっぱら韓国側に責任があるとされている。第三次日韓会談を中止させた久保田暴言(▼8)も本文中では言及されておらず(▼9)、第七次日韓会談時の高杉暴言(▼10)は完全に無視されている。

 この理由は簡単で、武田自身の歴史認識が久保田や高杉らとさほど変わり映えしないため、これらが暴言であることすら、武田にはうまく理解できていないのだろうと思う(「既得権の継続保有」とは要するにそういうことである)。武田の歴史認識によれば、「植民地支配責任」とは、日本が朝鮮に対して負うべきものではなく、朝鮮が日本に対して負っているものなのかもしれない(植民地支配による搾取を否定するような人物なのだから当然ではあるが)。

 武田はさらに、在日朝鮮人による日韓会談反対運動を誹謗するような言説さえ振り撒いている。


 日本では、すでにベトナム派兵を決めていた韓国政府との国交正常化は、日・韓・米の軍事的関係を強化すること、南北分断を恒久化すること、などへの懸念から反対運動が展開された。北朝鮮を支持する人も少なくないなど、在日の人々にも意見の違いがあり、帰還協定など微妙な問題も残っていた。(p.125)


 武田が本書で在日朝鮮人にいくらかでも触れた箇所はここだけである(▼11)。武田は在日朝鮮人について、「北朝鮮を支持する人も少なくない」ということだけを述べ、それが日韓条約に反対する在日朝鮮人の主要な動機であると読める書き方をしている。つまり、日本人が「南北分断を恒久化すること」を「懸念」して日韓条約に反対していたのに対し、在日朝鮮人は南北分断を既成事実化する立場から条約に反対していた、という誤解を読者に与えかねない叙述をしているわけである(▼12)。そのくせ自らが「微妙な問題」と呼ぶ帰還協定については、わずかに年表の「世界」欄(「日本」欄ではない)で「1959年(昭和34) 8 北朝鮮帰還に関する協定調印」と記すだけなのであった。

 武田が日韓条約における在日朝鮮人の法的地位協定を露骨に無視していることや(▼13)、「一九六五年の不況から回復した日本経済は、それまで以上に高率の経済成長のもとで、経済大国としての地位を確立していった」(p.140)と語り、高度経済成長と日韓条約の関係をまったく論じていないことも、植民地支配責任に対する武田の黙殺ぶりをあからさまに物語っている。

3.侵略戦争責任の黙殺

 武田は日中国交正常化についても『朝日年鑑』に倣って勝手なことを述べている。


 田中〔角栄〕内閣に期待された「実行力」は、その年〔1972年〕の九月の日中国交回復の実現によって示された。〔中略〕

 九月二五日に田中首相と大平外相は中国を訪問し、二九日には国交正常化の共同声明に調印した。二五日夕方からの周恩来首相主催の晩餐会で、田中首相は「過去数十年にわたって、わが国が中国国民に多大のご迷惑をおかけしたことについて、私は改めて深い反省の念を表明する」と、日本の対中国侵略に事実上の謝罪を行うとともに、国交正常化に強い意欲を表明した(『朝日年鑑』一九七三年版)。(pp.196-197)


 田中の上記の発言が、周恩来を始め中国側を激怒させたのは、かなり有名な話である(侵略者の「深い反省の念」とやらが「多大のご迷惑をおかけした」程度では、被侵略者は激怒して当然だろう)と思うのだが。

 武田は、東南アジアの「反日」についても、「金大中事件とアジアの反日」という節をわざわざ設けて一方的に論じている。


 翌七四年一月の東南アジア諸国訪問では、田中首相は激しい反日暴動に遭遇した。東南アジア諸国における反日感情は、韓国との関係と同様に日本の急激な経済進出に対する反発によるものであった。(p.218)


 まるで日本の「経済進出」が「緩慢」でありさえすれば、東南アジア諸国や韓国の民衆に「反日感情」が生まれることもなかった(日本はもっと上手く立ち回るべきだった)、とでも言いたげである。もちろん、武田は「反日デモ」の「暴徒化」を殊更にアピールすることも忘れていない。


インドネシアでは反日デモが暴徒化し、一万人以上の群集がジャカルタの日本系企業に放火し、日本政府の車を焼き打ち、日本大使館の国旗を引きずり降ろした。このため、ジャカルタには外出禁止令が出され、大統領府に閉じこもった田中首相はインドネシア空軍のヘリコプターで空港に移動して帰国の途につくことになった。(p.218)


 武田は、「ベトナム戦争の激化」という節でも、「カシミールをめぐるインドとパキスタンの紛争が武力衝突に発展し、インドネシアではクーデターが発生し、それによりスカルノ大統領の政治的基盤であるナサコム(民族主義、宗教、共産主義)体制が崩壊した。アジアは紛争の火種と戦火が絶えることがなかった。不安な材料は増すばかりだった」(p.117)と断じ、日本の歴史的責任をすっかり棚上げした、アジアに対する偏見・予断が見え隠れするような記述を行っている。


▼8 「日本としても朝鮮の鉄道や港をつくったり、農地を造成したりしたし、大蔵省は、当時、多い年で2千万円も持ち出していた。これらを返せと主張して韓国側の政治的請求権と相殺しようということになるのではないか」

「記録にとらないでほしいが・・・私見としていうが・・・、当時日本がいかなかったら中国かロシアが入っていたかもしれない」

「〔「朝鮮ノ人民ノ奴隷状態ニ留意シ軈テ朝鮮ヲ自由且独立ノモノタラシムルノ決意ヲ有ス」としたカイロ宣言について〕私見ではあるが、それは戦争中の興奮した心理状態で書かれたもので、私は奴隷とは考えていない」(1953年10月6日)

「〔金溶植・韓国側代表の「日本が韓国を統合することによって韓国に恩恵を与えた、と今でも信じるのか」という質問に対して〕その言葉は韓国側で日本の韓国統治のマイナス面だけを述べるので、プラスの面もあるということを述べたのである・・・もちろん個人として述べたものではなく、公的資格で述べたものである」(1953年10月20日)

▼9 「表3-1 日韓国交正常化交渉」内の「<第3次>53年10月6日~21日(いわゆる「久保田発言」で中断)」(p.124)という一言で片付けられている。

▼10 「日本は朝鮮を支配したというけれども、わが国はいいことをしようとしたのだ。いま韓国の山には木が一本もないというが、これは朝鮮が日本から離れてしまったからで、もう二〇年日本とつきあっていたら、こんなことにはならなかっただろう。……日本は朝鮮に工場や家屋、山林など、みなおいてきた。創氏改名もよかった。それは朝鮮人を同化し、日本人と同等に扱うためにとられた措置であって、搾取とか圧迫とかいったものではない」(1965年1月7日)

▼11 127ページには「朝鮮の人々」という言葉が見られるが、それは「五四年」の「小学校六年生の教科書『社会』」からの引用にすぎない。

▼12 もちろん、北朝鮮は日韓条約(の締結)に一貫して反対してきた。北朝鮮政府が1962年12月13日に発表した声明と、日韓条約締結翌日の1965年6月23日に発表した声明の日本語訳は、在日朝鮮人社会・教育研究所編『帰化(上巻)』(晩聲社、1989年)で読むことができる。

 「金定三――〔中略〕共和国の声明の内容というのは二点に集約できると言っております。両国間に生じた不幸な歴史を清算し、平和と友誼に基づく新しい正常な関係を樹立するためには、ふたつの解決すべき問題がある。ひとつは、植民地統治時代における物的な被害・損害。それから、はかり知れない人的な損害、虐殺、および朝鮮の歴史的な文化遺産というのがほとんどこの時期に略奪されているわけなんですが、これにたいする補償の義務が日本にはあるということです。もうひとつは、植民地統治の負の遺産として在日朝鮮人問題があると。これは日本の植民地統治に由来するものであり、また一五年戦争中における強制徴用などによる結果存在するものであるから、その歴史的な責任において在日朝鮮人にたいし就業の権利、民族教育の権利、祖国への自由往来の権利、その他の民主主義的権利の保障の義務が日本にはあるんだということを明らかにしております。

 「韓日会談」は朝鮮戦争が起きている最中に不当にはじめられている。朝鮮が統一された後に解決すべきことを故意に、一方的に韓国との間で解決をしようというのは認められないと言っております。」(在日朝鮮人社会・教育研究所編『帰化(上巻)』、晩聲社、1989年、pp.21-22)

 上記の指摘は、日朝国交正常化が日韓条約を踏襲する形で決着されようとしている、今日的な文脈において、日本人こそが主張するべき原則論であると思う。

▼13 これに関する自民党の内部資料(自民党広報委員会『日韓交渉の経過と妥結後の両国内の反響』(一九六五年四月))を以下に紹介する。日本政府の本音は<嫌韓流>そのものである。

 「日本政府が、なぜこういうふうな特殊な永住権をどこかで切ろうという考えをもったかというと、あまり特殊な権益をもった外国人を、子々孫々永久に存在を認めるということになると、連中は要するに外国籍のほうが便利なわけであるから、いつまでも外国人の特権として、特別永住権を享楽するであろう。そういうことでは実は日本は非常に困るのであっていずれかの時代には日本人になってもらいたい。本人が日本人になっても、つまり帰化しても、あいつは帰化人だ、帰化人だということで変な目で見られるかもしれないが、二代、三代、四代とだんだん時がたつにつれて日本人化していくであろう。

 大体朝鮮人というのは非常に犯罪率が高いし、生活保護を受けている率も、日本人のパーセンテージの約十倍で、むしろ日本社会としては迷惑な分子になっているわけであるが、しかし大きな目で見ると、朝鮮人がそういったように犯罪に走ったり、あるいは生活保護を受けたりするのは、結局ある意味では、日本社会の社会構造とか、たとえば一流会社は、朝鮮人の就職を認めないとか、あるいは大学を出て日本人のお嫁さんをもらおうとしたら、戸籍謄本を取りよせたら、実は朝鮮人だということがわかって破談になったというようなことでぐれたりする。そういったケースが非常に多くて、結局犯罪率が高いのであって、だから朝鮮人は悪いやつだとか、生活保護を受ける率が高いから、あいつらは貧乏なやつらだとか、そういう考え方ではないし、もう一つさかのぼって、社会的な構造が、朝鮮人に対する一種の差別、蔑視観というものをもっている。そのために彼らが〔ママ〕犯罪率が高いのであって、生活保護を受ける率も多いのではなかろうか。

 しかもこの連中を強制的に追い出すということは、どう常識的に考えてもできない現状、あるいは将来も追い出せないであろう。それならば、むしろ積極的に同化していって、二世、三世となれば、もういつの間にかわれわれ日本人と全然変わらない存在にしていこうではないかという考え方から、特殊な外国人として安住できるような地位は、どこかで切ろうということで、こういった協定になったわけである。そういうことで、われわれはもう少し大らかな気持ちで接触しなければいけないという考え方で、日韓協定に臨んでいるわけである。

 あとこまかい問題として、そういうふうな特殊な永住権をもったものについては当分の間、生活保護を続けてやるとか、あるいは日本の公立の学校にただで入れてやるとか、そういった附随的な合意もしようということで、現在仮調印が長びいているわけである。結局述べたいことは、こういった永住権を取って、レッテルを張る朝鮮人のほかに、残った朝鮮人というものをどう処遇するかという問題が、今後の日本政府の大きな問題になるのではなかろうか。

 それから、同化政策というものを一体どういうふうに打ち出すかということが、第二番目の大きな問題であると思う」(吉江勝保文書 ファイル名『アジア・アフリカ外交(二)』フーバー研究所所蔵)」(在日朝鮮人社会・教育研究所編『帰化(上巻)』、晩聲社、1989年、pp.259-260)

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