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Home > スポンサー広告 > 伊勢崎賢治のぶっちゃけトーク★vol.1――沖縄米軍基地と集団的自衛権

伊勢崎賢治のぶっちゃけトーク★vol.1――沖縄米軍基地と集団的自衛権

【6/28 追記】一部不正確な記述があったため加筆・修正しました。


 図書館で『環――歴史・環境・文明』の最新号(Vol.41)を手に取ると、「「日米安保」を問う」という特集の座談会に伊勢崎賢治が登場していた。


●旧来の「肯定論VS否定論」とは異なる地平から問い直す。

<座談会>安保をめぐる「政治」と「外交」の不在――沖縄米軍基地が問うもの

渡辺靖(文化人類学・アメリカ研究)
松島泰勝(経済思想・島嶼経済)
伊勢賢治(紛争処理・平和構築)
押村高(国際政治・思想史)

司会・編集長


 私は『環』という雑誌のことはよく知らないが、2008年秋号(Vol.35)には佐藤優も登壇し(「<シンポジウム> 今、なぜ榎本武揚か」)、さらに以下のような「小特集」が組まれていたことからも、本誌の傾向の一端を窺い知ることはできそうである。(在日)朝鮮人や中国人の書き手が多いところもポイントであると思う。


小特集 岡倉天心と21世紀のアジア
 岡倉天心と東アジア共同体・・・・・・・・・・・・・・・・・・進藤榮一
 岡倉天心を媒介にして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・孫歌
 東アジアにおける共同体と空間の位相・・・・・・・山室信一


 問題の座談会は38ページとやたら長いため、逐一突っ込む余裕はとてもないが、この中で渡辺と伊勢崎は、集団的自衛権の行使の容認と引き替えに、沖縄の米軍基地を削減するという「提案」をしている(▼1)。あまりにも明け透けな本音トークに驚くが、解説の手間が省けてこちらは楽である。ではご覧いただきたい(強調は引用者による。以下同様)。


渡辺 沖縄米軍基地を削減するための現実的な方策の一つとして考えられるのは、もしかすると日本の自衛隊基地を防衛目的で海外に向けて稼動可能にすることかもしれません。端的に言えば、ある程度の自主防衛と集団的自衛権を認めることです。そうなれば、米軍基地は現在ほど必要ない。どの程度か分かりませんが、半減できるかもしれない。そういう可能性について、松島さんはどう思われますか。

松島 自衛隊による自主防衛という形ですね。琉球人にとっては、本土との関係で言えば、自衛隊も、やはり日本軍を引き継ぐ存在です。集団自決への日本軍の関与をめぐる教科書問題が示すように、アジアと日本との間だけでなく、琉球・沖縄と日本との間でも、歴史問題は依然解決していません。そうした状況ですので、米軍が減る代わりに沖縄の自衛隊が増えてもいい、とはとても思えない。(p.152)


 この「自衛隊基地を防衛目的で海外に向けて稼動可能にする」(!)という渡辺の「提案」に対して、松島は説得的に反論しているが、渡辺も伊勢崎も松島の反論をまともに聞こうとはしていない。


渡辺 しかし、基地は減りますよね。

松島 そうかもしれませんが、歴史と差別の問題が解決しないかぎり、自衛隊のプレゼンスを琉球人は受け入れられないと思います。〔後略〕

伊勢崎 護憲派の立場で、これを言うと非常に波風が立つのであまり口にしていないのですが、いま言われた「集団的自衛権」に関して、僕もすでに民主党の議員と議論をしています。

 手続きとしては、まず自衛隊を法的に軍隊として認め、軍法も定め、そして集団的自衛権も認める。そうなれば、軍事基地は全体としてかなり減るはずです。とくに沖縄に関してはそう言えます。ただ問題は、日本の今のような現状では……。

 沖縄の人々に受け入れてもらう方法として、例えば、日本が被害者側にある二つの地位協定(日米地位協定と国連軍の地位協定)を一本化したらどうか。すべて国連軍にしてしまい、国連の旗で基地を持つ。もちろんすぐに国連PKOという形はとれないでしょうから、NATOのような枠組みをアジアでつくり、これに国連が承認を与える形をとる。具体的にはこの場合、朝鮮半島の非核化や北朝鮮政策が関わってくる。しかも国連軍の地位協定は朝鮮戦争勃発を受けてのものですから、日米地位協定もこれに吸収してしまう。そうなれば、基地もかなり減り、沖縄に基地が残っても、そこには国連の旗が立つ。

渡辺 中国が賛成するでしょうか。

押村 中国に対してどう説明するかが問題ですね。

伊勢崎 ですから中国も含めてNATOのような枠組みをつくる。鳩山首相の「東アジア共同体構想」をこんなふうに展開したらどうか。沖縄の人は、これで納得するでしょうか。

渡辺 まずアメリカが反対するでしょう。(pp.152-153)


 暴力団にいい加減出て行ってもらいたいと主張する地元の人間に対して、「いや、今度の暴力団はメイドインジャパンですから」(受け入れろ)というのが渡辺流であり、「いや、今度の暴力団はグローバルスタンダードですから」(受け入れろ)というのが伊勢崎流であるようだ。下線部の「ただ問題は、日本の今のような現状では……」に続く台詞は、おそらく伊勢崎が注1でボヤいているように、日本国民にその「気概」がないのではないか、というようなものだろう(▼2)

 「国連の旗で基地を持つ」という伊勢崎の発言はもちろん比喩的なもので、伊勢崎が実際に述べているのは、米国を含めた「東アジア共同体」軍(の前身)を沖縄に引き続き駐留させることである。端的に言えば、これこそが沖縄を「日米両軍の軍事要塞」として固定化しようとする「日米共同声明」の忠実な実行なのであり、したがって、渡辺が「危惧」しているように「アメリカが反対する」はずもないのである。その意味で、伊勢崎の主張は民主党のマニフェスト(Manifesto 2010)を単につなぎ合わせたものにすぎない、とさえ言える。

 「集団的自衛権の行使」容認という路線が、普天間「県外移設」の落としどころとして、一部の護憲派や左派の暗黙の了解事項になっていた(いる)のではないか、という指摘を金光翔さんがされているが、似たような路線は、実は『世界』でも川端清隆(常連執筆陣の一人)らが披露している(▼3)。佐藤優と同じく、伊勢崎や川端も「護憲派」メディアの覚えはめでたいようだから、この指摘も大変正しいのではないだろうか。いずれにせよ、そうした護憲派や左派の認識に一役(以上)買っているのが岩波書店であるということは、断言してしまって一向に差し支えないように思う。


▼1 正確に言えば、渡辺も伊勢崎も、沖縄の米軍基地削減を本気で提唱しているわけではなく、それを口実にすることで、集団的自衛権の行使を左派に認めさせようとしているのだと思われる。渡辺と伊勢崎が、沖縄に対する基地の押しつけを真面目に考えようとしていないことは、例えば次の発言からも伺える。


渡辺 私は沖縄の状況に詳しいわけではありませんが、一方で、「沖縄の人も、やはり日米安保の継続を欲しているんだ」という話はよく耳にします。振興開発が期待ほどの成果は上げていないとしても、「やはりそこには恩恵はある」と。ですから反対している人の意見を、そのまま「琉球人の声」として受けとめていいのかどうか。そこは本土から見ていて、正直よく分からないところがあります。(p.149)


 マイノリティにも「多様」な声があるんだから、結局は現状維持が落としどころだよね、と言わんばかりの渡辺の発言は、本土の「開発援助」によって沖縄に「いびつな“植民地構造”が形成され」、人々が分断させられて(「多様」な声を上げさせられて)いることへの松島の批判を受けたものである。


伊勢崎 〔前略〕「日米安保全体の問題」と「沖縄の基地問題」をどう考えるべきかという問題にぶち当たる。沖縄の負担を本土に移せば、それで済むのかと言えば、そうではない。それでは、日米安保そのものの問題が見えなくなる。どちらを先に考えるべきか。個人的には、やはり沖縄の問題を優先すべきという気もしますが、「いや、そうではない」という自分もいる……ということで、僕としても、全く考えがまとまっていません。(p.156)


 「沖縄の負担を本土に移せば・・・日米安保そのものの問題が見えなくなる」という論理がそもそも理解しがたいが、では伊勢崎が「日米安保そのもの」に反対しているかと言えば、そんなこともないのであった。上の発言の続きを見ておこう。


伊勢崎 ただ、日本国民そのものが、そんな状態にあって、ないものねだりをしても仕方がない。理想論で言えば、僕も、日本国民に安全保障問題に正面から向き合ってほしい。対テロ戦でも、アメリカも困っているのだから、アメリカができないようなことを同盟国として日本に主体的に取り組んでほしい。それは、インド洋の給油活動などよりも危険を伴うかもしれない。人的犠牲も生じるかもしれない。しかし、そもそもわれわれは、それだけのコスト、代償を払ってまで主体性を追い求める国民なのか。僕は、この頃、否定的になってきました。(p.156)


 要するに、伊勢崎の主張の核心は、「平和国家」日本が「対テロ戦争」で「主体性」を発揮するべき、ということであり、「日米安保全体の問題」にせよ「沖縄の基地問題」にせよ、それをより円滑に遂行する観点から配慮されているにすぎないのではないか、と思う。

▼2 日本国民の「気概」を奮い起こさせるために、伊勢崎がこのところ決まって持ち出しているのが、「北朝鮮」の脅威である。


 実は、日本は今こそ主体的に動くべきなんです。過激化の中和は、中立な人間にしかできない。アメリカの同盟国でありながら、なおかつ中立に見られているのは、日本しかない。ここにこそ、日本が主体的に行動するチャンスがあるのに、なかなかそうならない。なぜかと言えば、日本全体が、右も左も「保守」だからです。テロリストが日本国内に来ないかぎりは、どうでもいいんです。

 危機を煽るような発言にもなってしまいますが、現在の対テロ戦の主戦場はアフガニスタンです。しかし、アメリカにとって最も深刻なのは、パキスタンです。パキスタン・タリバンという新しい問題がどんどん巨大化しています。パキスタンが核保有国であることを忘れてはいけない。もしパキスタンが保有する核兵器がテロリスト、過激派に渡ってしまったらどうなるのか。北朝鮮とのつながりは、まだ分かりませんが、日本もこのくらいの危機感は持ってもいいはずです。(pp.141-142)


 それにしても、「北朝鮮とのつながりは、まだ分かりませんが、日本もこのくらいの危機感は持ってもいいはずです」というのは、あまりにもひどすぎるのではないか。「過激化の中和は、中立な人間にしかできない。アメリカの同盟国でありながら、なおかつ中立に見られているのは、日本しかない」というくだりも、何度読んでも根拠がまったくわからないが・・・。

▼3 ①星野俊也・川端清隆「対米追随から地球規模の主体的平和協力へ――民主党政権への提言」(『世界』2009年11月号、pp.186-195)

②川端清隆「「進化する国連平和維持活動――ハイチPKO参加が意味するもの(上)」(『世界』2010年6月号、pp.157-168)

③川端清隆「「進化する国連平和維持活動――ハイチPKO参加が意味するもの(下)」(『世界』2010年7月号、pp.240-249)

 論点が多いので詳しくは別エントリーで扱うが、川端らは「対米依存が続く限り、日本は基地再編下の沖縄や日米地位協定の見直しなど、米国との同盟関係に直結する諸懸案の根本的解決を果たせないのである」(p.189)と述べ、「対米依存」から脱却する手段として、「自衛隊の国連PKOへの本格的参加」(武器使用基準の緩和)やアフガニスタンISAFへの軍事参加、安保理常任理事国入り(工作)などを積極的に提言している(①)。

 川端はまた、PKOでの武器使用基準緩和について、「自衛隊の交戦規定を、少しでも現行の国連基準に近づける必要があろう。第一の課題は、他国のPKO要員やNGO職員などを対象とするいわゆる「駆けつけ警護」の是非である。日本は二〇〇一年に法改正を行い、自衛隊が武器を使って防護できる対象を「自己の管理下に入った者の生命、身体の防護」に拡大した。しかし、他国のPKO部隊や自己の管理下にない者は、今も守ることができない。防護する対象を、「PKOの展開地域で、国連活動に従事するか、国連と協力関係にある者」という、平和活動全体の安全を念頭に置いた基準に拡大すべきであろう」(③、p.247)として、いわゆる「駆けつけ警護」の容認を主張している。

 川端らの提言は、その多くが集団的自衛権の行使(「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止すること」(1972年10月14日「政府資料」))の容認を(暗黙の)前提とするものである。

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