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佐藤優のプロパガンダ漫画――『憂国のラスプーチン』


『ビッグコミック』16号(8月10日発売号)から、注目すべき連載がスタートする。その作品名は『憂国のラスプーチン』。原作は『国家の罠』『自壊する帝国』『獄中記』の佐藤優、プロデュースと脚本は『20世紀少年』の長崎尚志、そして作画は『うずまき』の天才ホラー漫画家・伊藤潤二という、超豪華かつ超異色のコラボレーション作品なのだ。その新連載を記念して、原作、作画のおふたりの対談がここに実現した。


 ・・・・・・というわけで、『ダ・ヴィンチ』9月号(8月6日発売)で佐藤優と伊藤潤二が対談している(強調は引用者による)。


佐藤 私は以前から伊藤さんのファンだったんですよ。逮捕される前後、西国分寺に潜伏していたとき、JR中央線でそばの席にいた女子高生たちが『うずまき』の第1集を手にとって「このホラーはおもしろい」と話しているのを見て早速買いに行き、以来ずっとハマってる(笑)。〔中略〕とにかく私にとって『うずまき』は衝撃でした。自分たちの作った渦から抜け出せなくなるというテーマはマルクスの『資本論』に通じるところがあるし、現在の閉塞状況を予言したあたりはケインズと同じといっても過言ではない。

伊藤 そんなに難しいことを描いたつもりはないんですけど(笑)。(p.162)


 というように、記事自体はあまりにも無内容な出来映えで笑えるが(佐藤はどれだけマルクスやケインズの価値を暴落させたいのだろうか)、<佐藤優現象>を推進するリベラル・左派は、佐藤がどれだけバカげた発言を続けたところで、佐藤との馴れ合いを平然と続けていくのだろう。


伊藤 オファーがあったときは驚きました。えっ、私が?って(笑)。

佐藤 おそらく多くの読者も不思議な組み合わせだと思うはずですよね。だけど今の外務官僚の世界はまさにホラーなんですよ。検察もまた同じ。〔中略〕私が捕まったときに国策捜査の実体が顕在化しましたが、先の厚労省局長・村木厚子さんの一件(障害者団体向け割引郵便制度悪用事件)に至って国民にもそれが見えるようになりました。だから私の体験を漫画化するのに、今はいいタイミングだと思います。

伊藤 政治にとても興味のある人は佐藤さんが国策捜査の対象になったことはよく知っている、だけど国民全員が知っているとは限らない。そう中熊さん〔『ビッグコミック』編集部・中熊一郎〕にいわれました。だから漫画にする意味があるのだ、と。(pp.162-163)


 「国策捜査」に関する佐藤の言い分を本気で信じ(ようとし)ているのは、「政治にとても興味のある人」ではなく、佐藤と骨絡みのリベラル・左派メディアとその界隈くらいのものだろうと思うが(▼1)、後述のように、『憂国のラスプーチン』は「佐藤さんの獄中体験をベースにし、しかしあくまでもフィクション」として描かれるそうなので、佐藤はこれまで以上に無根拠な主張を大衆相手に展開できることになるわけだ(主人公のビジュアルからしてまったくの「フィクション」であることがよくわかる)。


佐藤 実は以前に『国家の罠』は漫画化したいという話があったんです。ずっと断っていました。私自身が伊藤さんにお願いしたいなんていったことと矛盾しているけど、『国家の罠』みたいな話だと漫画家としての表現活動を縛ってしまうのではないかと心配したのも事実。

伊藤 そのあたりは優秀な編集者がいますから。脚本を担当していただく長崎尚志さんも佐藤さんの獄中体験をベースにし、しかしあくまでもフィクションと断言していますし(笑)。(p.163)


 要するに、『憂国のラスプーチン』が(「漫画家としての表現活動」の自由を盾にした)プロパガンダであることは、佐藤本人を筆頭に関係者全員が認めている、と言って差し支えないだろう。読者もさすがに漫画のストーリーをそのまま事実として鵜呑みにすることはないと思う(ただし一部のリベラル・左派はその限りではないかもしれない)が、しみじみとひどい企画である。他にネタがないらしい漫画業界の混迷ぶりも個人的には大変心配だ。


佐藤 繰り返しますが『うずまき』は私にとってとても重要なテキストなんです。近く小学館101新書から『うずまき資本論』という本を出すことを考えています。それにユング心理学が説く世界との共通項もあるでしょう。というのも伊藤さんの作品は我々が決して見たくないものをどんどん提示してくるから。どうして伊藤さんは、こういう構造に気づくんだろうと……。

伊藤 台風の目に人格があるといった描写などはいい例ですが、私が描いているのは自分にとって未知なる恐怖なんです。(p.163)


 佐藤の『うずまき資本論』については何もコメントできないが、伊藤の『うずまき』は私も一時期『スピリッツ』で(他の連載のついでに)読んでいたことがある。当時の感想を述べれば、すべてがひたすら「うずまき」になっていくという単調な世界観についていけなかった、ということくらいだろうか(途中ですぐに読まなくなった)。「台風の目に人格があるといった描写」は、それ自体では確かに「決して見たくない」「未知」のものとしか言いようがない気がするが、作品全体の平板さは水戸黄門やプロジェクトXとよい勝負だった気がする。ある意味、予定調和を愛する(?)日本人好みではあるかもしれない。ZEDさんが伊藤を「諸星大二郎の出来損ない」と評しているのは、実にうまい比喩であると思う。


佐藤 〔中略〕噂の官房機密費ですが、私ももらったことがあります。当時の首相秘書官からさらりと渡された30万円を、280円の牛丼で換算すると1071杯分になります(笑)。何が問題かというと、それをした人が、そのことをまったく忘れてしまっていること。機密費の原資は国民の税金なのに。それを使っている官僚にはその意識がまったくない。官僚が特権階級になっているんですね。(p.163)


 官房機密費を使うことではなく、官房機密費を使っていることを「忘れ」ることが「問題」であるという佐藤の(非)論理は、一般にはまるで理解しがたいと思うのだが、<佐藤優現象>に加担するリベラル・左派には了解可能なのだろうか。いくらなんでも「さすが佐藤さん!ここで牛丼を持ち出す庶民目線がお見事!計算力もコンピュータ並だ!」などといって感動することはあり得ないと思いたいところだが(▼2)

 「左右の『バカの壁』」を批判するような人物が、植民地主義・帝国主義の防波堤として持てはやされる現象は、先進国にある程度共通して見られるように思うが(▼3)、それにしても日本の状況は無惨である。『憂国のラスプーチン』は、関係者の面子からいって当然映画化が視野に入れられているだろうし、日本映画のレベルの低さからして、悲惨にもそれが実現する可能性は少なくないだろう。まったくもって気の滅入る話である。


▼1 もちろん、そうした人々の佐藤への<信>は、人権(や平和)という普遍的な価値を冒涜することによって成り立つものである。

 「疑問の一つなのだが、佐藤氏は、なぜ、自分が「国策捜査」の被害者だと訴え、控訴、上告をつづけながら、これとセットのように、ことあるごとに、「国策捜査の必要性もよく理解しています」「国策捜査は必要と考えています」(獄中記)という主旨の発言を繰り返すのだろうか。」

 「自分への国策捜査は承認できないが(上訴するということはそういうことだろう)、他人の場合は必ずしもそうとばかりはいえない、という意図をもって述べているのだろうか(そういえば、朝鮮総連への国家的弾圧について、国策捜査はこういうときにつかうものだ、と弾圧を推進する旨の発言をしている文章を読んだことがあった。)。」

 「佐藤氏の定義によると、「国策捜査」も無実の罪 ― 冤罪には違いないようである。冤罪を訴えている人物が、冤罪も必要な場合がある、などと発言することは普通まずありえないし、倫理的にもあってはならないだろう。しかし、佐藤氏はその見解を何年にもわたって述べ続けている。忠告する人も、疑問を呈する人もいないようだ。佐藤氏自身、自分の言動に矛盾を感じないのだろうか?」

 横板に雨垂れ:「佐藤優氏の言論活動はこれからさらに旺盛、活発になる?」
 http://yokoita.blog58.fc2.com/blog-entry-16.html

▼2 数学ネタ(?)で思い出したが、小沢一郎が「偏微分」に加えて「積分」もわかるようになっていた件に続いて、福島瑞穂も「偏微分」と「積分」がわかるらしい。しかも福島は自己申告であり、小沢よりも「おそるべし」度が高いと思われる。

 「佐藤 今回、普天間問題で鳩山さんは、ここで一歩後退するけれども、自民党案と比べれば工法も変わるし、将来的に二歩前進だということで乗り切ろうとしたのでしょう。しかし鳩山さんの認識は私から見ると微分法的です。微分方は、今ある時点のことだけを考えて直近でどう変化するかという変数を見る。具体的には社民党が連立離脱するかもしれないという変数、官僚の反発という変数、アメリカの反発という変数、それから決断力がないという世論の反応の変数。この一つひとつの項を微分して、全体を合成してみたところで辺野古に戻るという形になった。

 ところが福島大臣は、微分方的な鳩山さんの見方は全部分かった上で、積分法も使った。この場合、積分法とは何か。沖縄の歴史です。社民党には沖縄の歴史に関する積分がある。

 福島 おっしゃるとおりです。」(「福島みずほの いま会いたい いま話をしたい」、『月刊社会民主』2010年7月号、pp.53-54)

 何が「おっしゃるとおり」なのか、どなたか教えていただきたいものである。ちなみに、同記事にはこんなやり取りもある。

 「佐藤 〔前略〕官僚が、政治家に対して「可愛い」「可愛くない」という言葉をよく使うのです。誰々はなかなか可愛いが、福島みずほは全く可愛くない、こういう言い方になる。もちろんこれは容姿ではありません。可愛いというのは官僚の言うことをよく理解し、なおかつ忖度して先回りする政治家です。可愛くないというのは官僚の言うことを理解する能力がない、もしくは理解していても言うことを聞かない、これは可愛くないんだと。可愛い、可愛くないという二分法なのです。可愛い社民党になったら終わりなのです。

 福島 もちろんそうですね。」(p.57)

 ・・・・・・福島瑞穂も社民党も佐藤にとっては「可愛」くて堪らないだろうな。もちろん両者は「終わ」っているのである。

▼3 自らをシオニストでも反シオニストでもないと称する(実態はシオニストの)シュロモー・サンドの言説が、欧米「知識人」の歓待を受けて流通していることも、その直近の一例と見なせるかもしれない。パレスチナ難民の帰還権を否定し、占領下のパレスチナ人に対してユダヤ系イスラエル国民と同等の権利を保障することなしに、入植地からの撤退を訴えるサンドの立場は、彼自身を含む帝国の「良心的知識人」にとって、「パレスチナ問題」のこの上ない落としどころであるのだろう。日本でも、早尾貴紀氏などのごく一部を除いては、サンドに対する批判はほとんどなされていないように思う。

【8/11 訂正】 読者からご指摘をいただいて再考した結果、下記の早尾氏のサンド批判は「本質的な批判」には当たらないと判断し直し、該当部分を訂正しました。また、早尾氏は今回のサンドの招聘に直接関わっており、その点に疑問を感じることを付記しておきます。なお、このように述べた手前、サンドの著作を近いうちに取り上げて、「本質的な批判」をしたいと思います。

 DAYSから視る日々:「朝日GLOBEにシュロモー氏のインタビュー記事が掲載されました」
 http://daysjapanblog.seesaa.net/upload/detail/image/C4ABC6FC8EB88EDE8EDB8EB08ECC8EDE6.14-thumbnail2.jpg.html

 UTCP:「【報告】講演シュロモー・サンド「イスラエル――ユダヤ国家と民主国家の両立は可能か」」
 http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2010/07/report-utcp-lecture-israel-jew/

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