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Rawan URL 2010-10-18 (月) 04:50

>「日本国内における私たちの議論が他者感覚を備えない、」

他者感覚の欠如を指摘していながら、自分自身は「第三者」になってどうするんでしょうかね。

m_debugger URL 2010-10-18 (月) 09:19

>Rawanさん

多分、自分はナショナリズムのような非理性的な情動(?)とは無縁だ、と考えていると、「第三者」になってしまうと思うんですよね。その点、右派の議論が「第三者」的であることは殆どないですね。

これは前田朗氏批判で触れますが、先進国の左派は、反帝国主義・反植民地主義と切り離しがたくある、被抑圧民族やディアスポラのナショナリズムをも、否定的・冷笑的に見ようとする傾向が強いと思います。それらは先進国の国民のナショナリズムと同じ言葉で呼ぶのが不当なほど、「普遍性」に開かれていると思うのですが、日本の左派には難民の「民族主義」に対して説教する人までいますね。あなたはもっと視野を広く持つべきだと思う、とか何とか。お前がな、って話です。

Rawan URL 2010-10-18 (月) 15:04

上滑りしているんですよね。
ナショナリズムや民族にアイディンティティや生活の場を見出さなければならない状況を生み出し放置していながら「視野を広く持て」なんて。
そんなのは、置かれている状況が等価である前提があっての話ですからね。

- URL 2010-10-20 (水) 22:13

国内反中国デモはひどい! 排外主義と差別的言辞をまきちらし、中国観光客に罵声
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201010201321423

popper URL 2010-10-22 (金) 16:37

戦後左派は沖縄の帰属についても一貫して詐欺を働いてきました。中国人の友人とも話すのですが、沖縄はそもそも中国に帰属してたわけです。それを日本が領土拡張主義によって奪い取ったわけです。植民地主義の第一歩はここから始まります。左派が今まで以上に根本的な問題提起をしていかないと尖閣問題ごときで争っても意味がありません。さしあたって外国人参政権を導入して領土の歴史的是正を促すべきです。

m_debugger URL 2010-10-23 (土) 10:22

>Rawanさん
お返事遅れてすみません。帝国主義は(帝国主義諸国間における)侵略のインターナショナリズムでもあるわけなので、それに対抗する側の論理が民族主義、ナショナリズムの形態を取ることは自然であり、また正当でもある、と私は思います。

>-さん?
例の「デモ」は、在日朝鮮人・中国人へのジェノサイドを煽動するような超レイシスト団体の主催によるもので、ネオナチも恥じ入るような言動を繰り返していますが、左派の中にもこの「デモ」を「健全なナショナリズム」の現れとして持ち上げている連中もいますね。

>popperさん
「沖縄はそもそも中国に帰属してた」という点は、そのまま同意できませんが、日本が侵略によって琉球を自国の領土に組み込んだことは明らかであり、本土「復帰」前の沖縄では、独立論や、歴史的なつながりの深い中国に帰属する可能性も検討されていました。ただ、それが結局不可能であったことと、尖閣=釣魚島の帰属問題は、決して無関係ではなく、むしろ密接な関わりがあると思います(この点については後日取り上げますが、とりあえず以下など)。

尖閣列島に関する琉球立法院決議および琉球政府声明
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPUS/19700831.O1J.html

ですから、「尖閣問題ごときで争っても意味がありません」という点には、必ずしも賛同できません。もちろん外国人参政権は日本が侵略責任を果たすためにも不可欠であると思います。

Rawan URL 2010-10-24 (日) 00:40

>帝国主義は(帝国主義諸国間における)侵略のインターナショナリズムでもあるわけなので、

そもそも被抑圧者は「侵略のインターナショナリズム」にさらされることで、その視野を持たざるを得ないわけなのだから、
「あなたはもっと視野を広く持つべきだと思う」なんて説教、それこそ「お前がな」ですよね。

URL 2010-11-26 (金) 21:35

「オールジャパン」の頭に、
(中国側の立場を理解する意思のある)浅井氏をいれたのは良くないとおもいます
(叩くのであればまず、国会に議席を有する排外主義共産党、社民党でしょう)。
「何らの事前の指示・指針も受けていなかったであろう海上保安庁」という、
浅井氏の認識は絶対違うと,私も思いますが(前原が意図的に中国漁船の拿捕を指令した)。

m_debugger URL 2010-11-28 (日) 22:19

>Kさん
コメントの反映が遅れて申し訳ありません。

この連載の趣旨は冒頭で述べたように、「<佐藤優現象>に疎遠あるいは批判的な人々でさえ、尖閣=釣魚島をめぐる「オール・ジャパン」現象に併呑されつつある」という事態を検証することにあります。社民党が<佐藤優現象>推進政党であり、共産党が「オール・ジャパン」現象の旗振り役であることは比較的明らかなので、ここでは扱いませんでした(批判する必要がないということではまったくありません)。

私は浅井基文氏には敬意を持っていますが、(それゆえ)浅井氏が「中国側の立場を理解する意思のある」ことを理由に批判を避けるべきという立場は取りません。例えば、ある男性に「女性の立場を理解する意思」があるからといって、その人がジェンダーに関する批判を免れるわけではないでしょう。

僭越な言い方になってしまいますが、浅井氏の中国観の問題点は、浅井氏が中国政府に対して信を置きながら、中国民衆に対してはそれができないところにあるのではないかと思います。このことは藤永茂氏のブログと読み比べるとわかりやすいかもしれません。藤永氏の言説がブレないのは、藤永氏が第三世界の民衆への深い信頼や尊敬に支えられた明晰さを持っているからだと私は思います。自戒も込めて、浅井氏にはこの点が弱いのではないかと考えます。

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尖閣=釣魚島をめぐる諸言説批判――(1) 浅井基文「日中関係への視点」

 「尖閣諸島=釣魚諸島の歴史的経緯は?」「続:尖閣諸島=釣魚諸島の歴史的経緯は?」に続いて、尖閣=釣魚島(Diaoyu Dao)をめぐる左派の諸言説を批判する。というか、これらはもうほとんど片っ端から批判していきたいくらいであり(▼1)、昨日中国で展開された「反日デモ」も、単に日本の極右による「緊急国民行動」に対抗する一時的な動きとしてではなく、左派を含む「オール・ジャパン」現象(要するに日本の右傾化)に対する根底的な異議表明として捉えるべきだと思う。

 とはいえ、いくらなんでも左派の諸言説をあらかた批判している余裕はないので、ここでは以下の三氏の言説を取り上げることにする。

 (1) 浅井基文「日中関係への視点」

 (2) 前田朗「尖閣諸島問題の基本文献について」

 (3) 目取真俊「中国漁船の船長釈放について」

 この三氏をことさら選んだ理由は、上記の言説が、<佐藤優現象>に疎遠あるいは批判的な人々でさえ、尖閣=釣魚島をめぐる「オール・ジャパン」現象に併呑されつつあるのではないか、という私の危惧を、とりわけ端的に示していると思えるからである。同じ理由から、『週刊金曜日』や『世界』などの<佐藤優現象>推進メディアにおける「オール・ジャパン」な論調については、ここでは今さら扱わない(▼2)


(1)浅井基文「日中関係への視点」

 浅井基文氏は、今回の事件についてコラムで継続的に発言されている。

 21世紀の日本と国際社会:「日中関係への視点-中国漁船船長の釈放-」「日中関係への視点(2)-中国漁船問題とアメリカ-」「日中関係への視点(3)-尖閣問題と日本共産党-」「日中関係への視点(4)-アメリカのドライさの確認-」「日中関係への視点(5)-尖閣問題に関する中国の立場-」

 特に尖閣=釣魚島をめぐる中国政府の主張の仔細については、私自身の力量不足のため、このブログで触れることができなかったので、中国側の基本文献の翻訳紹介を含む(5)の「尖閣問題に関する中国の立場」は、ぜひご一読をお勧めしたい。

 とはいえ、尖閣=釣魚島の歴史的経緯にこれほど詳細に言及しながら、その結論として、日中の両国民は「理性的に物事を考えるまでに成熟」し、「領土問題で争うことのばからしさを認識するようになる」べきだと説く、浅井氏の主張は、私には正直とても受け入れがたいと言わざるを得ない。日本の侵略責任がまさに問われるべき問題を、二国間のナショナリズムの対立として矮小化し、それらを「非理性的」なものとして「対等」に切り捨ててしまう、こうした論理は、浅井氏の主観的意図がどうあれ、結局は朴裕河的な「和解論」に回収されていくのではないか。

 浅井氏は記事(5)で、「私が中国側の見解、立場を比較的詳しく紹介しようと思い立ったのは、日本国内における私たちの議論が他者感覚を備えない、天動説的な議論に陥っていると思ったからです」、「私たちが尖閣問題を考え、論じる際には、中国側の主張、論点を踏まえることから始めるのは最低限の責任ある態度ではないでしょうか」として、日本国内の異常な中国バッシングをたしなめつつ、一方で中国政府の主張にも「露骨な天動説が垣間見られる」として、結局は中国側にも苦言を呈されている(もっとも、浅井氏が何を指して中国側の「露骨な天動説」と言われているのかは、私にはあまりはっきりしないのだが)。

 いずれにせよ、浅井氏の議論の問題点は、浅井氏の日本ナショナリズム批判が、あくまで「中国側の見解、立場」や「中国側の主張、論点」に対して一定程度配慮するべきという相対主義的なもの、あるいはナショナリズムを総じて「20世紀までの」「歴史的遺物」と断罪する本質主義的な視点からのものに留まっており、反侵略という「普遍的」見地からの批判が弱いことにあると思う。もちろん、こうした傾向は日本の左派に顕著なものであり、浅井氏は相対的には良心的な議論をされているとも思うが、そうであれば一層、浅井氏の相対主義的・本質主義的な日本ナショナリズム批判が、帝国主義的・植民地主義的な日本ナショナリズムをかえって温存させてしまう危険性について、見過ごすわけにはいかないだろう。

 日本国民も中国国民もお互いの立場を理解して歩み寄れば、民衆レベルでの日中友好が実現する、といった類の一般論(日本人と在日朝鮮人の関係にも応用可)は、たとえ理解するべき「お互いの立場」に歴史的経緯を含むとしても、結局は歴史を軽視・無化する方向に作用する。浅井氏の主張の結論部分が、「尖閣諸島は日本の領土」であると断じる毛利正道氏の見解の結論部分とほとんど変わらないことからもわかるように、今や左派は、問題の歴史的経緯にどこまで踏み込むかに関わらず、ほぼ似たような論理に帰着するという事態が珍しくないほどに、本格的に自壊しているのではないだろうか(▼3)。つまり、左派にとって、日本のアジア侵略の歴史の重みが、(反侵略という「普遍的」立場からすれば)耐えられないほど軽くなっているのである。

【10/18 補足】少々わかりにくかったので補足すると、私の言う「毛利正道氏の見解の結論部分」とは、「中国に「日本領有」が理解されるか」の結論部分4――「歴代日本政府が述べているような「領土問題は存在していない」との態度ではなく、領土問題についても中国側と真摯に協議していく姿勢が日本政府に求められる。内容としての解決策として、国境の価値が薄れゆく後の世代までは、実質棚上げにして共同で管理していくことも選択肢に入れるべきではないか」――である。

 浅井氏は記事(3)で次のように主張されている。


私自身は外務省にいるときから、尖閣(釣魚)問題だけでなく、千島問題も竹島(独島)問題も含め、日本としては国際司法裁判所(ICJ)に付託して解決を求める立場を明らかにし、中国、ロシア及び韓国に正式に提案するべきだと思ってきましたし、いまもその意見に変わりがありません。ICJの場で、日本政府の立場を堂々と展開し、判断を国際司法に委ねるということが、日本を含めた各国の偏狭なナショナリズムの暴走を抑え、すべての当事国が納得して結果を受け入れる最善の道筋だと確信します。また、そういう姿勢・政策こそが国際的な支持を期待できる所以でしょう。


 つまりは、「日本政府の立場を堂々と展開し」て、それに対する「国際的な支持」を取りつけることの戦略的重要性(日本政府の主張が世界に向けて「堂々と展開」するに足るものであるという前提)を、浅井氏自身も疑っていないわけである。こうした浅井氏の言説が、「オール・ジャパン」現象への有効な歯止めにならないことは明らかだろう。それにしても、浅井氏が尖閣=釣魚島の歴史的経緯をほぼ正確に踏まえた上でなお、日本による尖閣=釣魚島の「実効支配」が不当であるとは考えていないらしいこと(▼4)には、率直に言って、なんとも気の滅入る思いがする。「侵略はよくないことである」ということを、それを知っているはずの人々に対して、私は一から説明するべきなのだろうか?


●追記1

 もう一点、記事(5)で特に気になったのは、以下の箇所である。


とにかく、国際関係では双方の合意づく、納得づくで物事を進めるということは最低限のルールであり、マナーです。その最低限さえ守ろうとしない日本側の対応では、中国国内で大衆感情が激発するとしても、中国政府としては無理矢理押さえ込みようがないし、そういう大衆感情の動きを測りながら事態が収拾つかない状況に追い込まれないように舵取りを余儀なくされる中国の指導者も大変だろうと、私は若干同情せざるを得ません。


 「「中国的民主」についての所感 」と合わせて読むと、より鮮明になるが、浅井氏の議論の特徴の一つは、中国政府の内政および外交政策の合理性を極めて高く評価する点にあると思う。もちろん、私も浅井氏の分析から学ぶことは多いのだが、尖閣=釣魚島に関する一連の記事を読んでいるうちに、中国政府に対する浅井氏の好意的評価は、中国政府の親日ぶりによる部分が大きいのではないか、と思うようになった。これは邪推かもしれないが、実際問題として、中国の政治体制が民衆の意思をより強く代弁するものであれば、「和解論」じみた浅井氏の言説は、当の中国政府によって批判されることになりかねず、浅井氏が今のような形で中国政府を「擁護」することは難しくなるだろうと思われる。

 中国民衆の「反日」は、中国の民主化と「オール・ジャパン」現象の激化に伴って強まっていくだろうから、日本国内の今後の論調としては、左右の合作による中国批判に加えて、左派の一部が、民衆とは違って大いに親日的である中国政府を戦略的に擁護する、という対立構図が顕在化するかもしれない。これは、かつて日本の左派が韓国の民主化を支援した際とは一部逆にも見える構図だが、いずれも日本の侵略責任を極小化し、日中双方のラディカルな民主化を歓迎しないという点で、左右の、あるいは左派内部における、見かけ上の対抗軸はあらかじめ融解している、と私は思う。


●追記2

 このエントリーを書き終わった後に、「ヘイトスピーチに反対する会」の記事を読んだので、紹介しておきたい。前編は私よりもずっと懇切丁寧に歴史的経緯を説明しており、後編は一部先を越された感があり、大変ありがたい記事である。

 ヘイトスピーチに反対する会:「釣魚台/尖閣をめぐる日本の国ぐるみの排外主義に抗議します・前編(歴史編)」「釣魚台/尖閣をめぐる日本の国ぐるみの排外主義に抗議します・後編(現状編)」

 
▼1 中には今回の事件を「食料自給の大切さ」を学ぶ教訓にするべきだという、「高度国防国家」体制への待望論じみた主張まである。

 そりゃおかしいゼ:「レアーアースに学ぶ食料問題」
 http://okaiken.blog.ocn.ne.jp/060607/2010/10/post_efe2.html

▼2 それでは物足りないという方は、本多勝一のコラム(「貧困なる精神」)でもつまみにしていただきたい(強調は引用者による)。


 どうやら中国は領土問題となると、大国でありながら(いや「大国だからこそ」かな?)かなり強引な言動(言葉と行動)に走るようですが、ふと思ったのは、かの周恩来が生きていたら、今回のような大騒動にはしなかったのではないかという感慨です。チベット侵略にしても。(「民衆の生活圏から尖閣諸島を考える」、『週刊金曜日』2010年10月1日号、p.45)


 尖閣=釣魚島の帰属問題を「棚上げ」する地ならしをした「かの周恩来が生きていたら」、今回の日本政府の「強引な言動(言葉と行動)」に対して激怒して当然だと思うのだが・・・。「チベット侵略」を「大騒動」にさせない「知恵」を中国政府に期待するかのような発言も、なんだか恐ろしげである。

 その翌週のコラム。


 先週号で尖閣諸島問題を書いたが、その中で「中国人の生活圏だった記録はないようですが、前記『沖縄大百科事典』中巻五八二頁には……」として、一八九六年(明治二九)からの魚釣島などにおける沖縄からの移住者が「定着して開拓事業に従事」したことなどに触れた。

 しかしこの問題について、これまで私は調べたり考えたりしたことが全くなかったので、たまたま入手した手近な文献として、古いものでは井上清『「尖閣」列島――釣魚諸島の史的解明』(現代評論社・一九七二年)、新しくは本格的論考として八年前に刊行された浦野起央『尖閣諸島・琉球・中国日中国際関係史〈分析・資料・文献〉』(三和書籍・二〇〇二年)を瞥見した。ほかに調査団による学術調査報告として尖閣諸島文献史料編纂会『尖閣研究――高良学術調査団資料集』(上下二巻・二〇〇七年・データム=レキオス=那覇市)など。

 これらの瞥見だけで驚かされたのは、尖閣問題の歴史の長さと国際関係上の複雑さ、したがって文献の多さであった。「たまたま入手した手近な文献」ていどで論ずるべきではあるまい。ここでは問題の入口まで紹介しただけでよしとして本論に戻るとしよう。 (「「4割得票で6割の議席」の小選挙区制」、『週刊金曜日』2010年10月8日号、p.60)


 「この問題について、これまで私は調べたり考えたりしたことが全くなかった」というなら、先週号のコラムについても訂正なり保留なりがあってよさそうなものだが、そんなものはまったくないのであった(もっとも、浦野起央尖閣諸島文献史料編纂会の文献に依拠するのであれば、訂正は不要だろうが)。それにしても、本多は中国に知己がいるはずなのだから、中国側の近年の代表的な文献(鞠徳源著『日本国窃土源流 釣魚列嶼主権辨』など)について問い合わせることもできるだろうに、そうした発想は「問題の入口」にはないのだろうか。

▼3 そして、こうした現象が加速度的に進行しているからこそ、歴史修正主義者と戦後補償運動関係者が中国の「反日デモ」に対して足並みを揃えるといったことが可能になっているわけである。弁連協(戦後補償裁判を考える弁護士連絡協議会)の事務局主任を務める木喜孝弁護士の発言を、その典型例として引いておこう(強調は著者による)。


ごく最近の運動として明確なものには、2005年、北京と上海で大変な反日暴動がありました。私たちもこの問題については非常に重視しており、「戦後補償問題は反日運動ではなく、日中友好の基本の上に解決されるべき問題だ」ということを中国サイドに常々申し上げているし、働きかけを続けています。(木喜孝、「概説「戦後補償裁判の現況と今後の課題」」、『軍縮問題資料』2010年9月号、p.66)


 弁連協は今回の「反日デモ」についても当然「中国サイド」に抗議をしたと考えられるが、素朴な疑問として、弁連協のいう「中国サイド」とは何を指すのだろうか。原告側も運営に参加する、「花岡和解」の「基金」の受け皿となった中国紅十字会や、「西松・信濃川和解」の「信濃川平和基金」に対しても「申し入れ」をしているのだろうか。弁連協ならやりかねないとも思うが、そうだとすればあまりにも恥知らずではないのだろうか。

▼4 浅井氏は、記事(1)で次のように述べている。


 私には、尖閣諸島周辺での中国漁船操業(したがっていわゆる「領海侵犯」)が何らかの政治的意図を背景にしたものかどうかを判断する材料は何一つありません。しかし、日中関係のあり方に関するビジョンも戦略もない日本の現実を前提にした場合、何らの事前の指示・指針も受けていなかったであろう海上保安庁が「領海侵犯」し、巡視艇に「体当たり」してきた中国漁船と船長以下の船員を、国内法令に基づいて拘留したのは当然の成り行きだったと思います。問題の根本は、民主党政権の日本政府が、十分に予想範囲内であった今回のような起こるべき事態に対するほんの少しの想像力も備えていなかったということ、したがって海保庁の「独走」をチェックすることができず、成り行き任せになってしまったということです。しかもご丁寧なことに、中国側から起こるべき強硬な反応もまったく想定もできないまま、首相、官房長官を含め、「粛々と国内法に基づいて対処する」とノンキに構えていたということでした。私が、今回の事件は起こるべくして起こった、という所以です。


 民主党政権の作為ではなく不作為を「問題の根本」に据えるのは、明らかに誤りではないかと思うが、浅井氏の分析の奇妙さは、浅井氏が民主党政権の不正義ではなく無能さを批判の重点に置かれていることの表れなのかもしれない。

Comments:9

Rawan URL 2010-10-18 (月) 04:50

>「日本国内における私たちの議論が他者感覚を備えない、」

他者感覚の欠如を指摘していながら、自分自身は「第三者」になってどうするんでしょうかね。

m_debugger URL 2010-10-18 (月) 09:19

>Rawanさん

多分、自分はナショナリズムのような非理性的な情動(?)とは無縁だ、と考えていると、「第三者」になってしまうと思うんですよね。その点、右派の議論が「第三者」的であることは殆どないですね。

これは前田朗氏批判で触れますが、先進国の左派は、反帝国主義・反植民地主義と切り離しがたくある、被抑圧民族やディアスポラのナショナリズムをも、否定的・冷笑的に見ようとする傾向が強いと思います。それらは先進国の国民のナショナリズムと同じ言葉で呼ぶのが不当なほど、「普遍性」に開かれていると思うのですが、日本の左派には難民の「民族主義」に対して説教する人までいますね。あなたはもっと視野を広く持つべきだと思う、とか何とか。お前がな、って話です。

Rawan URL 2010-10-18 (月) 15:04

上滑りしているんですよね。
ナショナリズムや民族にアイディンティティや生活の場を見出さなければならない状況を生み出し放置していながら「視野を広く持て」なんて。
そんなのは、置かれている状況が等価である前提があっての話ですからね。

- URL 2010-10-20 (水) 22:13

国内反中国デモはひどい! 排外主義と差別的言辞をまきちらし、中国観光客に罵声
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201010201321423

popper URL 2010-10-22 (金) 16:37

戦後左派は沖縄の帰属についても一貫して詐欺を働いてきました。中国人の友人とも話すのですが、沖縄はそもそも中国に帰属してたわけです。それを日本が領土拡張主義によって奪い取ったわけです。植民地主義の第一歩はここから始まります。左派が今まで以上に根本的な問題提起をしていかないと尖閣問題ごときで争っても意味がありません。さしあたって外国人参政権を導入して領土の歴史的是正を促すべきです。

m_debugger URL 2010-10-23 (土) 10:22

>Rawanさん
お返事遅れてすみません。帝国主義は(帝国主義諸国間における)侵略のインターナショナリズムでもあるわけなので、それに対抗する側の論理が民族主義、ナショナリズムの形態を取ることは自然であり、また正当でもある、と私は思います。

>-さん?
例の「デモ」は、在日朝鮮人・中国人へのジェノサイドを煽動するような超レイシスト団体の主催によるもので、ネオナチも恥じ入るような言動を繰り返していますが、左派の中にもこの「デモ」を「健全なナショナリズム」の現れとして持ち上げている連中もいますね。

>popperさん
「沖縄はそもそも中国に帰属してた」という点は、そのまま同意できませんが、日本が侵略によって琉球を自国の領土に組み込んだことは明らかであり、本土「復帰」前の沖縄では、独立論や、歴史的なつながりの深い中国に帰属する可能性も検討されていました。ただ、それが結局不可能であったことと、尖閣=釣魚島の帰属問題は、決して無関係ではなく、むしろ密接な関わりがあると思います(この点については後日取り上げますが、とりあえず以下など)。

尖閣列島に関する琉球立法院決議および琉球政府声明
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPUS/19700831.O1J.html

ですから、「尖閣問題ごときで争っても意味がありません」という点には、必ずしも賛同できません。もちろん外国人参政権は日本が侵略責任を果たすためにも不可欠であると思います。

Rawan URL 2010-10-24 (日) 00:40

>帝国主義は(帝国主義諸国間における)侵略のインターナショナリズムでもあるわけなので、

そもそも被抑圧者は「侵略のインターナショナリズム」にさらされることで、その視野を持たざるを得ないわけなのだから、
「あなたはもっと視野を広く持つべきだと思う」なんて説教、それこそ「お前がな」ですよね。

URL 2010-11-26 (金) 21:35

「オールジャパン」の頭に、
(中国側の立場を理解する意思のある)浅井氏をいれたのは良くないとおもいます
(叩くのであればまず、国会に議席を有する排外主義共産党、社民党でしょう)。
「何らの事前の指示・指針も受けていなかったであろう海上保安庁」という、
浅井氏の認識は絶対違うと,私も思いますが(前原が意図的に中国漁船の拿捕を指令した)。

m_debugger URL 2010-11-28 (日) 22:19

>Kさん
コメントの反映が遅れて申し訳ありません。

この連載の趣旨は冒頭で述べたように、「<佐藤優現象>に疎遠あるいは批判的な人々でさえ、尖閣=釣魚島をめぐる「オール・ジャパン」現象に併呑されつつある」という事態を検証することにあります。社民党が<佐藤優現象>推進政党であり、共産党が「オール・ジャパン」現象の旗振り役であることは比較的明らかなので、ここでは扱いませんでした(批判する必要がないということではまったくありません)。

私は浅井基文氏には敬意を持っていますが、(それゆえ)浅井氏が「中国側の立場を理解する意思のある」ことを理由に批判を避けるべきという立場は取りません。例えば、ある男性に「女性の立場を理解する意思」があるからといって、その人がジェンダーに関する批判を免れるわけではないでしょう。

僭越な言い方になってしまいますが、浅井氏の中国観の問題点は、浅井氏が中国政府に対して信を置きながら、中国民衆に対してはそれができないところにあるのではないかと思います。このことは藤永茂氏のブログと読み比べるとわかりやすいかもしれません。藤永氏の言説がブレないのは、藤永氏が第三世界の民衆への深い信頼や尊敬に支えられた明晰さを持っているからだと私は思います。自戒も込めて、浅井氏にはこの点が弱いのではないかと考えます。

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