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湯浅誠と佐藤優の「対話集会」観察録(後半)

 ところで、この「対話集会」で一般参加者の誰からも佐藤の放言を批判する声が挙がらなかった理由は、最初に佐藤に威圧され、次に湯浅のフォローによって佐藤の「正しさ」が「客観的」に容認されたことで(←ここ重要)、合理的な批判を一蹴する<空気>が「対話集会」に充満したからであることは間違いない。けれども、本当にそれだけなのだろうか?そうであるなら、「対話集会」後に佐藤や湯浅の対応を批判する(とまではいかなくても疑問視するような)意見が挙がっていてもよさそうなものだが、私の知る限りでは、ネット上でそのような感想を述べている参加者は皆無である。なぜか?それは、(佐藤の読者層とも重なる)参加者の少なくとも一部の人々にとって、佐藤の著作を読んだこともない「無知」で「身の程知らず」な発言者が佐藤に罵倒される有様は、一方では非常に優越感をくすぐられる出来事だったからではないだろうか。

 なぜなら、佐藤はこの発言者を「対話」の場から一方的に切り捨てることで(「私は答える必要ないと判断する!私の書いたものをきちんと読んでからもう一回来なさい!」)、実は佐藤の読者に向けては、彼ら・彼女らが自らの「対話」者に値するというサインを送っているからである。したがって、そのサインを佐藤の読者が「正しく」受け取ったと考えることは、あながち邪推ではないと思う。つまり、彼ら・彼女らは、佐藤がこの発言者を罵倒したにもかかわらず、ではなく、むしろ罵倒したことを通じて、自らの優越性を承認してくれた(と感じられる)佐藤に親近感すら抱いたのではないだろうか(もともと佐藤のファンも多いだろうが)。実際、佐藤はこの後のやり取りで会場を頻繁に笑わせることに成功している(爆笑と言ってよいものまである)が、これは参加者の多くが、佐藤に対して反感よりも好意を持っているからこそ可能なのであって(私なら絶対に笑わない)、佐藤に応える会場の笑いが、この発言者をいっそう孤立させる効果を持つものであることは、疑いようもない。

 思うに、佐藤はこうした振る舞いにもかかわらず、ではなく、実はまさにこうした振る舞いゆえにこそ、自己の優越感を持て余している人々を見事に魅了する(している)のではないだろうか(この手のくだらない優越感を最も豊富に所有していると思われるのが、<佐藤優現象>を推進しているリベラル・左派メディア関係者だろう。彼ら・彼女らは、佐藤に対して社会的な説明責任ではなく自己のプライドの承認を求めるようになっている)。もちろんそれは、佐藤が言論の自由を否定するがゆえに、彼ら・彼女らが佐藤に魅了される、ということではなく、佐藤が言論の自由を脅かす、そのやり口は、彼ら・彼女らの空疎なプライドを手なずけることにおける佐藤の特殊技能と分かちがたく結びついている、ということである。私は今回初めて動いている佐藤(2次元だが)を見たのだが、今さらながらつくづく感じたことは、佐藤がいかに周囲の<空気>を読み(▼1)、露骨な恫喝と甘言を駆使して他者を操作する能力に長けているか(▼2)、ということだった。

 ところで、読者の中には、湯浅誠と佐藤優という組み合わせを奇異に思われた方もいるかもしれない(いや、実はいないのか?)。私自身は、湯浅は佐藤との絡みを意識的に避けているのだろうと考えていたので、このイベントのことを知ったときには意外に思ったものである(管見の範囲では、このイベント以前に二人の対談が行われたことはないようである)。実際、湯浅と佐藤の人脈の共通性やメディア露出度(需要)、佐藤がこれまでに湯浅の歓心を買おうとする発言を大盤振る舞いしてきたこと(例えば2009年3月26日付『毎日新聞』夕刊の「中島岳志的アジア対談」(▼2)などを考えれば、そうした事情なしには、これまで対談が組まれずにいた理由は説明できないように思う。

 では、そうであるとすればなぜ、湯浅は今回佐藤との対談を了承したのか、という話になってくる。もちろん、佐藤のゴリ押しに湯浅が折れたということでも一応説明はつくのかもしれないが(▼3)、湯浅と佐藤は、この「対話集会」の「2年ちょっとくらい」前から「ときどき連絡取ったり会ったりしてる」(01:40-)付き合いが続いているそうなので、そうであればなおさら、その時期が2010年9月であったことの政治的・社会的意味については、佐藤の思惑と共に、分析する必要があると思われる(対談の企画が最初に告知されたのは9月2日のようである)。

 話を戻すと、この対談が「対話集会」という形式を取ったのは、おそらく湯浅の希望に基づく妥協の産物だったのではないかと私は推測している。というのは、佐藤の発言に対する湯浅のリアクションの多くは、(1)相槌を打っているが、相槌を打っているだけ(「はい」「うん」以外の言葉を発しない)、(2)相槌も打っていないが、異論を唱えるわけでもない、(3)本質をずらした発言で応じる、という3パターンのいずれかだからである(▼4)。湯浅のこの対応ぶりは、佐高や金子との対談での様子とは相当かけ離れていると言わざるを得ない(佐高との対談の内容については後日述べる)。この対談が企画されてから実施されるまでの期間には、周知の通り、尖閣諸島=釣魚島問題や民主党代表選での小沢一郎の敗北、鈴木宗男の実刑確定、村木厚子・元厚労局長の無罪判決(の確定)といった「事件」が山積し、佐藤はいつにも増して長広舌を振るっていた。したがって、佐藤の国家主義的・排外主義的な持論に対して、なるべく同意も批判もせずに済み、しかも党派的な問題に深入りせずに済むような対談形式を湯浅が望んだがゆえに、「対話集会」という建前が取られた可能性は高いのではないだろうか(実際に、尖閣諸島=釣魚島問題を始め、多くの問題が、佐藤の言いっ放しで終わっている)。

 佐藤の言う「打ち合わせ」の実態は概ねそんなものだろうと私は想像するが、佐藤はそうした事情すらも逆に利用して、「〔湯浅と〕二人で」「打ち合わせをずっとして」「対話集会」という「今までにない試み」をすることになった、と述べることで、自分と湯浅との親密さを参加者に印象付けようとしたのではないか。まあ、これはあくまで推測の域を出ないが、佐藤のこの発言のくだりで湯浅が浮かない表情をしている(ように見える)のも事実である。

 というわけで、佐藤が一般参加者を執拗に吊るし上げた、この「対話集会」では、そもそもの発端から何やら怪しげな駆け引きが存在していたのではなかろうか、と私は勘繰っているのだが、そうした「駆け引き」があろうがなかろうが、そのことが佐藤の言論弾圧行為を湯浅が容認したことの免罪符になるはずもない。言論の自由を嘲笑する行為を重ねている佐藤を改めて最大限批判するとともに、佐藤の言論弾圧行為を目の当たりにしながら、主催者として佐藤をフォローする側に回った湯浅の責任も強く指摘したい。「このような人物を周辺のあれこれの人間、集団(それも世間では善なる人間、善なる集団・組織として通っている)がひとかどの言論人のごとくおだて、おもねり、支持・支援している現実に恐怖をおぼえずにいられない」というyokoitaさんの言葉に心から同感する。

 横板に雨垂れ:「金光翔さんの裁判に不当判決が出されたとのことです」
 http://yokoita.blog58.fc2.com/blog-entry-125.html


【追記】 昨日判決が出された金光翔さんの裁判については、片山貴夫さんのブログに速報が出ているが、「(佐藤優の責任を問わないばかりか)週刊新潮側を完全に擁護する」今回の判決は、『週刊新潮』記事の作成の発端になった(と被告が主張する)「岩波関係者」なるものについて、岩波書店が金さんの要請弁護士会照会にまともに回答していれば、まったく違ったものになっていた可能性が高いと思う。今回の判決に岩波書店上層部は胸を撫で下ろし、佐藤はせこい勝利感に酔っているかもしれないが、裁判を通じて明るみに出された多くの事柄は、決して再び包み隠すことはできない。何より佐藤自身が(少なくとも裁判の正確な経緯を踏まえた形では)この「勝利」について一般の人々に向けて何一つ語る言葉を持たないところに、今回の裁判の本質がある。名誉棄損訴訟において、勝訴したことにすら沈黙を続ける(であろう)被告を勝たせた今回の判決に、一片の理もないことは明らかである、と強く思う。


(▼1) 佐藤は、「公共圏っていうのは意見表明をあなたがするだけだったら、それは街頭でやればいいわけ」、「一人一人の意見表明をあなたがするってことだったら、この公共の場所であなたがその時間を全部使ってやっておかしな話なの」、などと言っているが、会場から最初に発言をした女性は、この発言者の三倍以上の時間をかけて「意見表明」をした(04:11-07:01)後にも、再び発言を始めて湯浅にさえぎられている(「「えーと、すみません。ちょっと他の方にも発言させていただいてよろしいですか?」(20:48-20:53))。上記の佐藤の言葉を真に受けるなら、佐藤はこの女性に対しても罵声を浴びせていなければならないはずだが、貧困問題の実態を訴えるこの女性に対して佐藤が「寛容」であった理由の一つには、会場の<空気>を正確に読んでいたことが挙げられるだろう。

(▼2) 参考までに、この「対話集会」で湯浅に向けて降り注がれた佐藤の甘言(の一端)を見てみよう。


佐藤:「湯浅さんのやってる反貧困ネットワークであるとか、この、雨宮処凛さんのやっている、この、仕事っていうのは、あの非常に尊敬しているわけですね、それはどうしてかというと、ニッポンの社会を非常に強化するっていう意味において、こういう活動は重要であると。それからあともう一つ、湯浅さんの場合っていうのは客観的に見て、これ本人は嫌がるかもしれないんですけれども、大変エリートなわけですよ。それですから大学の先生になってもよかったと。あるいは官僚になってもよかったし、あるいは政治家になってもよかったと。ところが、何かあの、肩に力が入る形じゃなくて、この活動家っていう道を、あの選んでいると・・・運動家っていう道を選んでいると。この生き方っていうのは大変によろしいんじゃないかと思います。」(01:58-02:42)

湯浅:「ありがとうございます(笑)。あんまりよろしいって言ってくれる人がいない(笑)」(02:42-)




佐藤:「湯浅さん、学者さんとしては、学者さんの卵としては(笑)、思想史ですよね。それも」(35:28-35:34)
湯浅:「昔です(笑)、はい(笑)」(35:33-35:34)
佐藤:「菅さんの思想をどう思います?」(35:35-35:36)


 佐藤優の処世術 ~Lesson1~:「人と同じ褒め方をするな」「その人のツボを何度も褒めろ」

(▼3) この対談が佐藤のゴリ押しによって実現したことを匂わせる状況証拠としては、(1)湯浅は佐高および金子とのセッションではゲストを自分の希望で選んだ旨を最初に述べているが、佐藤とのセッションではそうした振りが一切ない(さらにゲスト紹介ではなく佐藤に自己紹介させるなど、冒頭の進行やモチベーションが、他の二回とは傍目にも明らかに異なっている)、(2)湯浅はTwitterでも佐藤とのセッションは事前告知していない(金子とのセッションも告知していないが、これは佐藤の回を宣伝しなかった手前、それに合わせざるを得なかったのだと思われる)、(3)佐藤とのセッションだけが通常の対談ではなく参加者を交えた「対話集会」という形式になっている、といったことが挙げられる。佐藤はジュンク堂「作家書店」の九代目「店長」でもあり、ジュンク堂書店の担当者を通じて、自分を押し売りすることも容易かったはずである(あるいは佐高あたりも一枚噛んでいたかもしれないが)。

(▼4) パターン(3)の例として、以下のやり取りを挙げておく。後半は湯浅が全面的な賛同を示す数少ない展開になっており、なかなか興味深い。


佐藤:「社会が弱ってきているから、今は、その官僚の中でたくさんの、あの、紛争が起きてると。だから僕は、〔大阪地検特捜部と村木厚子・元厚労省局長をめぐって〕今回の検察庁〔=「力の省庁」©佐藤優〕と、あの国交省、あ、ごめんなさい、厚生労働省〔=「再分配の省庁」©佐藤優〕の間で起きてることっていうのは、いわば陸軍の中の統制派と皇道派の間のですね、やり合いであって、国民とは全く関係のない話だと思うんですよ。そのへんのところっていうのが、あの、民主党政権になってから激しくなってきたような感じがするんですよね。」(18:29- 19:00)

湯浅:「うーん、私は権力、力の方の省庁ってのは、あの、あまりお付き合いがないですけど(笑)。」(19:01-19:12)

佐藤:「でも湯浅さんの方が付き合ってなくても、湯浅さんの行動は行動記録から公安部が完全につけてるはずですからね。ですからその意味においては、湯浅さんに対して払われている予算というのは相当あるわけなんですよ。〔会場爆笑〕」(19:12-19:22)

湯浅:「でも、政府の役割っていうのは、私、基本的に所得再分配だと、市場とは別の原理で分配することだと思うので、えー、そこがなんかこう、機能不全に陥っていることが、まあ、むしろ問題なんじゃないかっていうふうに思うんですけどね。」(19:32-19:47)

佐藤:「あのー、まさにその通りなんですけども、これやっぱり、政府の機能はその機能と、それと同時に外交安全保障。その機能っていうのが、まさに暴力装置ですよね。それが混然として存在しているってところだと思うんですよ。それで実は小さい政府っていうのは、強暴な政府ってことなんですよね。湯浅さんが関与しているところの政府の部分っていうものを、どんどんどんどん縮小して、それで『力の省庁』の部分の、あの、比率を高めていくってことなんですよね。」(19:48-20:16)

湯浅:「それはその通り。仰る通り」(20:16-20:18)

佐藤:「それをどうやって阻止していくか。どうやって抗していくかってことだと思うんですよね。」(20:18-20:23)

湯浅:「はい。」(20:24)

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