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Rawan URL 2011-02-24 (木) 00:49

>「外国人、カルト集団など、言語や文化を共有できない人間が周囲に目立つようになると、人間は不安に陥る。これらのアイデンティティに対する脅威も、生存のリスクに含まれる。」

瞬間的に「はい、アウト」。凄まじいね。

>素で言動の(単なる)前提にされているらしいことである。さすがは国立大学教授と言うべきか、そこらの不安定雇用層レイシストとの「格差」を見せつけてくれているかのようだ。

いやほんと、「上層部的レイシズム」ですな。

m_debugger URL 2011-03-01 (火) 23:11

>Rawanさん
お返事遅れてすみません。

> 瞬間的に「はい、アウト」。凄まじいね。

この前、宮本太郎の『福祉政治』(有斐閣Insight、2008年)の「あとがき」を読んでいたら、「神野直彦教授や同僚である山口二郎氏が現実と鋭く切り結ぶ姿勢に接していなければ、どこか隠遁傾向のある私がこのような主題を扱うことはなかったかもしれない」(p.189)と書いてあって吹きました。物は言いようですね。

クラーク URL 2011-11-28 (月) 16:53

頭の悪そうな記事ですね。

要約がまったく的を射てない上に、「山口は暗に推奨してる」とか、コンテクストから相当離れた解釈が何の恥ずかしげもなく平気でしてしまう新自由主義・親米右翼(笑)の頭の悪さが滲み出ている記事である。

m_debugger URL 2011-11-30 (水) 23:17

>クラークさん
すみませんが、コメントの意味がよくわかりません。

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Home > スポンサー広告 > 山口二郎、レイシストとして本格デビュー

山口二郎、レイシストとして本格デビュー

 最近、「社会保障改革に関する集中検討会議」のメンバーのインタビューやら著作やらを拾い読みしている。「社会保障と税の一体改革」のための「検討会議」が消費税増税の地ならしであることは、佐賀県警の論理の崩壊ぶりになまじ引けを取らないほど自明なため、あらかじめネタバレの推理小説を読んでいるような気分が味わえるが、個々のプロットにはそれなりに衝撃的な発見もあったりする。その筆頭が、宮本太郎「幹事委員」責任編集の『自由への問い②社会保障――セキュリティの構造転換へ』(岩波書店、2010年)に収録されている山口二郎の巻頭論文(「生活保障としての安全保障へ」)だろう。

 最初に、本シリーズの意図らしきもの(「編集にあたって」)を押さえておこう(強調は引用者による。以下同様)。


 本シリーズは、自由をキー・コンセプトとして現代社会の問題状況を具体的に明らかにするとともに、私たちが自由を相互に享受することを可能にする規範や制度のあり方を探求する試みです。〔中略〕社会統合、社会保障、公共性、コミュニケーション、教育、労働、家族、生という八つの問題領域において、どのような規範や制度が誰のどんな自由を可能にし、逆に誰のどんな自由を制約し奪っているのかを具体的に問い返しながら、同化や排除のない、より公正な自由はどのように考えられるべきかを構想するものです。

 各論考が、読者の皆様ご自身による「自由への問い」に少しでも資することを願います。

 編集委員一同(p.)


 次に、山口の「論考」を読んでみよう。


 本稿の目的は二つある。第一に、リスクを管理する仕組みがどのように確立され、それが一九九〇年代以降どのように変容しているかを分析する。第二に、リスクが普遍化している状況に対して、民主政治という手段によってどのようにリスクを共同管理する体制を再構築するかを考察する。

 高度な文明生活においては、リスクをゼロにすることはできない。しかし、リスクを適切に管理し、リスクが顕在化した時の災禍を受忍可能なものにすることはできるはずである。そのようなリスクの管理は、人間が自由に自己実現を追求するための必須条件である。生活の安全・安心がある程度確保されてこそ、人間は自由を追求できる。(p.30)

〔中略〕そこで、改めてリスクの全体構造について考えてみたい。

 リスクにはいくつかの段階がある。第一は、戦争、テロ、犯罪など人間生活の基本となる秩序を破壊し、生命や身体に対して脅威となるリスクである。これを「生存のリスク」と呼んでおく。直接身体を脅かすものでなくても、人間のアイデンティティを揺るがす脅威もある。たとえば、外国人、カルト集団など、言語や文化を共有できない人間が周囲に目立つようになると、人間は不安に陥る。これらのアイデンティティに対する脅威も、生存のリスクに含まれる。(p.40)


 ・・・・・・いつの間にか「外国人」と「カルト集団」が普通に同列化されて「人間」にとっての「生存のリスク」にされているのであった。こんな「論考」が「同化や排除のない、より公正な自由」を「構想」するために堂々と出版されているのだから、日本社会で「在特会」のような連中がはびこるのも当然である。どうやら山口も「外国人」の「増加」(人口割合からすれば極小)にアイデンティティ・クライシスをきたすレイシストの一人なのかもしれない(そんな「アイデンティティ」などさっさと崩壊すればよろしい)が、山口の恐ろしいところは、レイシズムが、(ネット右翼のように)言動の中核にあるのではなく、素で言動の(単なる)前提にされているらしいことである。さすがは国立大学教授と言うべきか、そこらの不安定雇用層レイシストとの「格差」を見せつけてくれているかのようだ(▼1)。本書の「編集委員一同」に名を連ねている(山口の同僚の)宮本太郎もなかなか只者ではないと思える(在日外国人に対する宮本の言説も近いうちに取り上げてみたい)。

 ところで、この「論考」における山口の結論は、「リスクの社会化の仕組みは、そのような普通人の身の丈にあった自由を支えるものとして再建されるべきであ」(pp.52-53)り、それは「所与性や自然の限界を自覚しつつ、主体的に所与性や自然の中に身を置く選択も許容するという形で自由を再構築すること」(p.52)を通じて実現される、というものである。といっても、これだけでは訳がわからないだろうから、少し長めに引用しよう。


政治や社会の諸制度を自然の所与と考えるのではなく、人間の作為によって構築されるものと考えるところに、近代的な思考が始まったと丸山眞男はいう(関谷 二〇〇三)。政治学を志す者にとってはおなじみの枠組みであるが、新自由主義時代に席巻した新自由主義的政策がもたらした社会経済の疲弊を考えるとき、これに対してある種の限界を感じざるを得ない。(p.51)

〔中略〕

 新自由主義イデオロギーに基づく地方分権論は、住処や仕事など、本来人間が自由に選択できるとは限らない事柄にも選択の自由というフィクションを当てはめる。〔中略〕

 生まれ育った地域に住み、家業を受け継いで地道にコミュニティを支えている人々が途方に暮れるような社会で、人々は地道に慎ましく暮らすという自由を奪われている。〔中略〕

 もちろん、身分、性別の上下関係をすべて自然の所与とみなすような時代に戻ることはありえない。今求められているのは、作為と自然の新たなバランスである。たとえば、長年住み慣れた地域であっても、そこの住民であることを時々選びなおすという思考実験をしてみる。地域のコミュニティに帰属し、家族と一緒に生活するといった一見所与の生活も、自らの意思によって選び取り、大事にするという感覚が生まれてくるはずである。所与性や自然の限界を自覚しつつ、主体的に所与性や自然の中に身を置く選択も許容するという形で自由を再構築することこそ、ポスト新自由主義の時代において自由を再生させる道であると考える。リスクの社会化の仕組みは、そのような普通人の身の丈にあった自由を支えるものとして再建されるべきである。(pp.52-53)


 ここでは「コミュニティ」という言葉が多用されているが、次のような山口の歴史観(「戦時」に日本のインフラを構築させられたのが誰か、「平時」の日本の「民間経済の発展」とアジアとの関係をめぐる歴史(要するに日本の侵略責任)は、まるで存在しないかのようである)や、山口の議論の適用範囲が先進国(の国民)に限定されている(▼2)ことからも、読者としては、多少なりとも行間を読んであげるのが親切というものかもしれない。


 もちろん、戦争は国民にとって生存を脅かす巨大なリスクである。しかし、戦時に構築された動員体制は、戦争終了後も、人々の生活に関わるリスクを管理する仕組みとして作用した。戦争目的で建設された道路、鉄道、空港などは平時に戻ると民間経済の発展を支える社会資本として機能した。戦争遂行のために構築された社会・経済の管理体制が、戦後は福祉国家を支える基盤となったのである。(p.34)


 山口は要するに、「人間」=日本人に対して、先進国の国民としての特権を「自然の与件」として、その「所与性や自然の限界を自覚しつつ、主体的に所与性や自然の中に身を置く選択も許容する」(日本国民としての排他的特権をあえて解体しないという「選択」=「主体的」なレイシズムを容認する)「という形で自由を再構築する」ことを暗に推奨しているのだと思う(単純に言えば、「日本はもう落ち目かもしれないけど、なんだかんだでやっぱり日本人に生まれてきてよかったなあ~」、と日本人が思える日本にこれからもしがみつこうよね、と仄めかしているのだと思う。何と言っても、山口にとって「これだけは譲れないという最後の一線」は「日本人の生活の安定」であるのだから)。

 日本の社会運動には、レイシズムの克服を怠った代償として、なし崩し的に体制に回収され、その補完物となっていくという、大日本帝国時代からの情けない「伝統」がある。本書が反貧困運動界隈でどれほど読まれているのかはわからないが(たいして読まれていないと思うが)、山口のようにレイシズムを明け透けに語る「政治学者」を内部できっちり潰していかなければ(潰すというのが言いすぎであれば、せめて公的に自己批判させない限り)、反貧困運動もその轍を踏むことになってしまうと思う。


(▼1) 念のために述べれば、山口はヨーロッパのレイシズムに批判的なことも何やら述べている。


 生存のリスクの強調による政治の転換は、ヨーロッパでも起こった。特に、中東やアフリカ系の移民の存在を強調して、身体的な恐怖感、アイデンティティの崩壊に対する危機感をあおる言説が流布されると、人々は雇用や年金など豊かで文化的な生活を送ることに関するリスクよりも、人間としての生存そのものに関心を持つようになる。(p.44)


 「外国人、カルト集団など、言語や文化を共有できない人間が周囲に目立つようになると、人間は不安に陥る。これらのアイデンティティに対する脅威も、生存のリスクに含まれる」という超差別言説を自ら流布したわずか4ページ後に、「アイデンティティの崩壊に対する危機感をあおる言説が流布される」ヨーロッパの情勢を他人事のように憂えるなど、白々しいにも程がある。

(▼2) 

〔中略〕なぜ二一世紀に入って、アメリカや日本で生活のリスクを管理する仕組みが解体され、それに対してむしろ政治的な支持が集まったのであろうか。

 最初に思い浮かぶ理由は、同時多発テロ以降、生存のリスクが強調され、これに対処するという議論が政府のあらゆる行動を正当化するようになったことである。〔中略〕グローバル資本主義の象徴のような高層ビルが自爆攻撃によってあっけなく崩壊したという事実が、少なくとも先進国の人間の秩序感を揺るがした点が重要である。

 先進国の文明的な生活にとって、安心して町を歩けることは基本的な前提である。また、公共交通機関、消費財の流通システムは不可欠である。同時多発テロは、そのような秩序や生活の基盤が、悪意をもった攻撃に対してはまったく無防備であり、脆弱であるという現実を見せつけた。〔中略〕悪意をもった攻撃に備えるためには、それまで先進国の市民が享受してきた様々な自由を大幅に制限することが必要になるという現実であった。

 リスクの階層構造の中で、生物としての人間にとって最も根源的な生存に対するリスクが高まったという意識を、「九・一一」を契機にアメリカをはじめ多くの先進国の人間が持つようになった。(pp.42-43)

Comments:4

Rawan URL 2011-02-24 (木) 00:49

>「外国人、カルト集団など、言語や文化を共有できない人間が周囲に目立つようになると、人間は不安に陥る。これらのアイデンティティに対する脅威も、生存のリスクに含まれる。」

瞬間的に「はい、アウト」。凄まじいね。

>素で言動の(単なる)前提にされているらしいことである。さすがは国立大学教授と言うべきか、そこらの不安定雇用層レイシストとの「格差」を見せつけてくれているかのようだ。

いやほんと、「上層部的レイシズム」ですな。

m_debugger URL 2011-03-01 (火) 23:11

>Rawanさん
お返事遅れてすみません。

> 瞬間的に「はい、アウト」。凄まじいね。

この前、宮本太郎の『福祉政治』(有斐閣Insight、2008年)の「あとがき」を読んでいたら、「神野直彦教授や同僚である山口二郎氏が現実と鋭く切り結ぶ姿勢に接していなければ、どこか隠遁傾向のある私がこのような主題を扱うことはなかったかもしれない」(p.189)と書いてあって吹きました。物は言いようですね。

クラーク URL 2011-11-28 (月) 16:53

頭の悪そうな記事ですね。

要約がまったく的を射てない上に、「山口は暗に推奨してる」とか、コンテクストから相当離れた解釈が何の恥ずかしげもなく平気でしてしまう新自由主義・親米右翼(笑)の頭の悪さが滲み出ている記事である。

m_debugger URL 2011-11-30 (水) 23:17

>クラークさん
すみませんが、コメントの意味がよくわかりません。

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