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佐藤優、「これは戦争である」

 先日の記事で、佐藤優が率先して煽り、マスコミやネット上にもすでに浸透している、原発作業員や自衛隊員らを顕彰する言説と、靖国の論理の同質性に触れたが、さっそく佐藤がその正しさを実証する発言を重ねてくれている。佐藤は福島原発の事故(人災)をめぐる一連の事態を「戦争」と呼び、明治天皇の「御製(和歌)」まで持ち出して、次のように述べている(強調は引用者による)。


日本国家と日本人の存亡はここ数日間の菅直人首相の事態に対する認識、評価、そして決断にかかっている。日本国民1人1人がこの重要な瞬間に、自分でできることを考え、菅首相を支えることが重要だ。福島第一原発事故の対策本部に全国民が参加しているという認識を持ちたい。節電、食料やガソリンの買い溜めをしないことで菅首相を支え、当面の危機からわれわれ日本人の力を結集することで脱ようではないか。米国も国際原子力機関(IAEA)も誠実に日本を支援している。しかし、外国や国際機関の人々が、自らの命を捨ててまで日本を守ることはしない。この現実を冷徹に認識することだ。

 この危機を脱出するために、生命を日本国家と日本人同胞のために差し出さなくてはならない人がでてくる。私は日本人の力を信じる。


 【佐藤優の眼光紙背】:「菅直人首相は官邸から動いてはならない」
 http://news.livedoor.com/article/detail/5426825/

 まさに「一億一心」「ぜいたくは敵だ」「偲ぶ戦線、感謝で作業」の世界である。大震災直後に打診された米政府からの支援を、原子炉の廃炉化を避けたいがために拒否した、日本政府と東電の「対策本部」は都内にあるし、原子力安全・保安院の職員はすでに(住民への避難・退避指示を大幅に上回る)福島原発から50キロ圏外にまで遁走している。佐藤は「自衛官、警察官、消防士、東京電力と関連会社の原子力専門家による文字通り生命を賭けた放水活動により、事態が改善し始めている」などと語っているが(前回の記事よりも自衛隊が前面に出てきているので、そのうち「頑張れ自衛隊!」というようなベタな記事も更新されるのではないか)、少なくとも福島原発をめぐって最も死を強制されている(きた)のは、繰り返すが、外国人労働者や野宿者を含む最末端の労働者であろう。

 日本国家・日本社会に貫徹するこの差別構造を不問に付して(もちろん外国人労働者と野宿者に対する差別は同じ次元で語ることはできないが)、彼らを(一般的な、そしてそれゆえ「英雄的」な)「日本人」として表象し、「生命を日本国家と日本人同胞のために差し出さなくてはならない人」として顕彰する佐藤は、かつて日本人のみならず植民地支配下の朝鮮人や台湾人をも自国の兵士として(「日本人」として)侵略戦争に動員した日本帝国主義のイデオローグを私に思い起こさせる。無論それこそが靖国の論理である。


〔中略〕福島第一原発の危機のために命を差し出する〔ママ〕人を公募すれば、多くの日本人が馳せ参じる。ただし、この任務には専門知識が必要とされる。東京電力と関連会社の専門家、大学や研究機関の専門家 無限責任を負う公務員である自衛官、警察官、消防士たちが、専門家的知見と日本人としての良心によって行う選択に委ねるのが最善の策だ。〔中略〕

 空本氏〔引用者注:「統合対策本部」の空本誠喜衆議院議員〕にお願いがある。現在のオペレーションは、福島第一原発に送電がなされた場合、緊急炉心冷却システムが稼働し、高圧注水による冷却が始まるという前提でなされている。現場の専門家は大丈夫だという自信をもっているのだろう。しかし、技術がわかる政治家は別の思考をしなくてはならない。送電が再開してもシステムが稼働しない場合の代替策の研究だ。いま現場の専門家が行っているオペレーションと完全に切り離し、専門家のプライドを傷つけず、現場のオペレーションのラインを崩さずに、セカンドオプションを準備しておくことだ。


 「日本人としての良心」とは要するに日本ナショナリズムのことだろうが、では「送電が再開してもシステムが稼働しない場合の代替策」「セカンドオプション」とは何なのか。佐藤は明示していないが、これは被爆線量の上限を事実上撤廃する「特攻」のことではないのか(逆に言えば、そうでなければ佐藤がこれほど執拗に死を顕彰する必然性はないだろう)。しかし、この「特攻」(にまつわる日本人マジョリティの歴史認識)は、個人に死を迫る「極限情況」を人災というより宿命として見せやすい点で、佐藤のような人間にとっては極めて都合がよいが、一方で自らを安全圏に置きながら他人に「特攻」を強いる者たちの無能ぶり(「軍部の暴走」!)にはさすがに批判が集まる可能性がある。そこで佐藤はこうした批判を前もって次のように牽制する。


 ここで重要なのは、対策本部長である菅直人首相が首相官邸から動かないことである。複数の新聞記者から、「菅首相がもう一度、福島第一原発の現場を視察することを考えている。いちどあきらめたが、また行こうという気持ちを漏らし始めている」という情報が入ってきた。これは戦争である。「大将は動いてはならない」という危機管理の大原則に忠実に従って欲しい。現場の細かい事項について、大将が自ら知ろうとしてはならない。部下を信頼して、職務を委ねる勇気を持って欲しい。


 「戦時体制」への惨めな屈服を再び繰り返してはならない。

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