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おぴょぴょ URL 2011-05-08 (日) 01:06

こんな話見つけました。既読でしたらすいません。

豊かな海づくり大会から見えてくる天皇制と原子力政策
http://www.jca.apc.org/~maki_t/2000kaku.htm

m_debugger URL 2011-05-08 (日) 11:17

>おぴょぴょさん

コメント感謝いたします。
上記の情報もありがとうございます。大変読み応えがありました。
原発を押しつけられる地域に天皇がやってきて、「「海の環境を良くするために、人々が力を合わせていることを心強く思う」などといって稚魚を放流」するというのは、人をバカにするにも程がありますね。

まあ、天皇(制)の存在自体が極めて差別的なものなので、振る舞いがそうなるのは当然なのでしょうが。

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Home > スポンサー広告 > 「電力会社に群がる原発文化人」に群がるリベラル・左派メディア

「電力会社に群がる原発文化人」に群がるリベラル・左派メディア

 連休前からしばらくバタバタしていて、ブログの更新が滞ってしまったが、この間にもリベラル・左派メディアの腐乱は着実に進行していたようである。『週刊金曜日』2011年4月15日号では「電力会社に群がる原発文化人の罪」と題する特集が組まれ、同誌社長改め編集委員の佐高信が「電力会社に群がった原発文化人25人への論告求刑」(pp.14-17)なる記事を書いている。この記事は『週刊金曜日』2011年4月26日臨時増刊号にも再掲され(▼1)@syukan_kinyobi上で絶賛宣伝中である。

 ところで、佐高のこの記事の後には、(佐高の意向を汲んで)編集部が作成した(「原発文化人25人」を含む)「電力会社が利用した文化人ブラックリスト」が2ページ(pp.18-19)にわたって掲載されている(これも4月26日臨時増刊号に再掲され、同様に@syukan_kinyobiで絶賛されている)。さっそくリストを拝見してみよう。

kinyobi20110415_19.jpg

kinyobi20110415_18.jpg

 ↑↑↑よく見えないので拡大してみよう。↓↓↓

kinyobi20110415_sato.jpg

 ・・・・・・・・・『週刊金曜日』は「電力会社が利用した文化人」として自ら認定する佐藤優を散々重用しておきながら、そのことを一片も自己批判せずに、「反原発」を得意気に謳っているのであった。まったく驚愕的なおめでたさである。もちろん、このおめでたさは「岩波原理主義者」たちのそれに通じるものである。

 ちなみに、第45回「原子力の日」記念シンポジウムにおける佐藤の発言(の一部)は、日本原子力文化振興財団のサイトで確認することができる。ざっと観察しておこう(強調は引用者による。以下同様)。


佐藤 ロシア人に言われたのですが、「日本で原子力発電の依存が三二%くらいあることを、何でもっと積極的に使わないのだ。中国や韓国、北朝鮮、IAEAにしても常に日本は核兵器をつくる可能性があるのではないかと見ている。明かに能力はある。しかし原子力発電に三〇%も依存している国がもしそんなことをして、今のNPT体制の下でウランを買えなくなったら、産業が完全に崩壊してしまう。だから日本は核保有しない。なぜこういう説明をしないのだ」と。確かにそうだなと思ったことがあります。



佐藤 原子力の平和利用の問題は国家の根幹で、これなしに生きていけないわけですから、もう少し冷静に議論をする。そして、アレルギーがある人のところに切り込んでいく努力をする必要があると思うのです。その場合に有識者がちょっとだけ勇気をもつ必要がある。納得してくれる人がいる居心地の良いところでだけで話をするのではなく、納得しない人のところに出ていって、「こうじゃないのか」と。
そして日本の技術者、専門家のレベルは高いわけですから、その人たちを信頼する。信頼する感覚はやはり政府がきちんとつくっていかないといけないし、マスコミも国民が興味をもつ話を書かないといけないと思うのです。



佐藤 〔「原子力の必要性や安全性」に対する「漠然とした信頼感」を〕打ち立てなければ、国家と日本人は生き残れない。日本の国はだらしないように見えますが、コンセンサスをつくろうという内側からの力が働いてくる国なのです。アジアの中で唯一植民地にされなかった国です。こういう国であるにもかかわらず、今、ちょっとセンサーシステムが鈍っている。


 財団法人 日本原子力文化振興財団:「原子力文化 2008年12月号 特集」
 http://www.jaero.or.jp/data/03syuppan/genshiryokubunka2008/tokushu/bunka0812tokushu.html

 佐高は『週刊金曜日』2011年4月1日号のコラム「編集委員から東日本大震災で被災された方々へ」(4月26日臨時増刊号に再掲)で、「原発文化人を徹底糾弾する」として、「養老孟司、茂木健一郎、弘兼憲史、荻野アンナ、幸田真音、勝間和代、森山良子、渡瀬恒彦等々、ノーテンキな原発おじさんや原発おばさんだが、私はこれらの人間を許すことができない。彼らは福島原発の事故現場に行って率先して放水に協力するだけでなく、事故のために避難しなければならなかった住民に深く謝罪すべきだろう」と述べている。

 上記の佐藤の発言は、到底「ノーテンキな原発おじさんや原発おばさん」では済まされない醜悪な代物であるが、もちろん、『週刊金曜日』編集部にとっては、佐藤および佐藤を重用する『週刊金曜日』は、あらかじめ免罪されているらしいのであった。冒頭特集号の編集長後記を読んでみよう。


 ほとんどのメディアが企業広告に支えられている。広告も情報などと言う輩もいるが、言論にとって広告費は、時にウランやプルトニウムである。一見「効率的」「安定的」だが、言論を侵蝕する猛毒だ。『週刊金曜日』を原子力によって動かすつもりはない。今週号では電力会社のPRマネーを食ってきた人、原子力を推進してきた人を批判した。ただ異論を承知で言うならば原発の危険性を認識して原子力推進を公言してきた一部の輩の理屈は通っている。在日米軍や死刑制度への賛成論と同様、到底受け容れられないが、理屈の先に横たわる価値観こそ問題視したい。一方で原発は安全・クリーンと発言したり、リスクから目をそらしたり、それ以前にリスクに気づかないで、原発神話に加担してきた連中は情報発信者として構造的に重大な欠陥を抱えている。あなたの感性や、放射線のように可視化困難な言説は今後も社会に深刻なリスクを拡散させていくだろう。無責任な言論活動をした輩は早く運転を停止していただきたい。危なすぎる。(平井康嗣)


 週刊金曜日 編集長ブログ:「ほとんどのメディアが企業広告に支えられている。」
 http://www.kinyobi.co.jp/henshucho/articles/kouki/20110415-843.html

 なかなかお茶目な文章であるが、おそらく最大の見所は、平井編集長が「原発の危険性を認識して原子力推進を公言してきた一部の輩の理屈は通っている」として、そうした人々と、「原発は安全・クリーンと発言したり、リスクから目をそらしたり、それ以前にリスクに気づかないで、原発神話に加担してきた連中」とを区別した上で、前者の社会的責任を(相対的に)軽減ないし無化している点だろう。平井編集長の「理屈」からすれば、もし佐藤が「原発の危険性を認識し」た上で「原発推進を公言してきた」のであれば(上の発言からはとてもそうは思えないが)、佐藤は「情報発信者として構造的に重大な欠陥を抱えている」「原発神話に加担してきた連中」ではなく、「社会に深刻なリスクを拡散させていく」「無責任な言論活動をした輩」でもないのだから、「運転を停止」する必要もない、したがって佐藤を重用している『週刊金曜日』も自己批判などする必要はない、ということになりそうである(▼2)

 『週刊金曜日』のこの論理を一般論に拡張すれば、ある言説や政策にまつわる「危険性」を「認識」していることが、それに加担する人物の社会的責任を(相対的に)軽減するということになるだろうが、こうした論理は、端的に言って、侵略の「リスクに気づかないで」アジア侵略に「加担してきた連中」も、侵略の「危険性を認識して」アジア侵略を「公言してきた一部の輩」も、侵略される側からは見分けがつかないという事実をスルーすることによってのみ成り立つものではないだろうか。

 もっと言えば、平井編集長は「原発の危険性を公言して原子力推進を公言してきた一部の輩の理屈は通っている」とは言っていないのだから、「原子力推進を公言してきた」人物が、「原発の危険性を認識して」いたかどうかは、本人の(事後的な)自己申告ないし『週刊金曜日』などの「反原発」リベラル・左派メディアの判断によって左右される、ということにもなりかねない(したがって、ここに佐藤が含まれる余地が生じるわけである)。賭けてもよいが、<佐藤優現象>を積極的に推進することによって「社会的に深刻なリスクを拡散させ」、「無責任な言論活動」を続けてきた『週刊金曜日』が、経営破綻ではなく(すでに経営は破綻しているようだが)、自己批判から「運転を停止」する可能性は殆どまったくないだろう(▼3)

 ところで、この間リベラル・左派メディアはほぼ「反原発」一色であり、大震災をめぐる天皇一族のパフォーマンスについても、口先ですら殆ど批判しなくなっているが、私は戦後日本における「原子力平和利用」神話の国民的浸透は、天皇制の存続なしには難しかったのではないかと思う。8・15以後、被爆者の多くが裕仁の広島・長崎訪問を歓迎し、原子力の「平和利用」を祝福したように、日本国民にとって、象徴天皇制および「原子力平和利用」神話への新たな屈服は、原爆投下を天皇制国家によるアジア侵略の帰結として捉える歴史認識を拒み、天皇(制)を免罪することで自らの侵略責任を回避しようとする欲望に下支えされていた(いる)からである。中曽根「大勲位」は、天皇制と「原子力平和利用」神話の、この結託を見事に体現していると言える。次回は2010年代の大日本帝国について考える。


【追記】 『週刊金曜日』(佐高信)の「原発文化人ブラックリスト」については、「一撃筆殺仕事人:佐高信先生追っかけブログ」の記事が傑作なので紹介する。未読の方はぜひ全文をお読みいただきたい。


 4月15日号週刊金曜日、完売店舗も多かったようですがその特集の内の一つの「原発文化人25人アンケート」「電力会社が利用した文化人ブラックリスト」がちょっと話題になりました。

佐高信さんもそれに対する「論告求刑」を発表されましたが、佐高信さん自身も東京電力福島第二原発から協賛を受けていた、その立地自治体である福島県富岡町の観光協会主催の「桜にまつわる想い出の手紙」コンクール、「桜文大賞」の選考委員を勤めておられた ことが少し話題になりましたね。

まぁそれが「原発文化人」にあたるかどうかは議論を呼ぶところではあります。そしてそれに関連して少し前に月刊誌「創」5,6月号での原発PR協力した漫画家の弘兼憲史さん批判に関連して、佐高信さんがナチュラリストのC.Wニコルさんを「原発文化人、原発安全PR文化人」に認定したところ、ニコルさんから抗議、謝罪訂正要求が出ていることも話題になっています。


 一撃筆殺仕事人:佐高信先生追っかけブログ:「週刊金曜日「電力会社が利用した文化人」考」
 http://ameblo.jp/sataka/entry-10878977711.html


(▼1) 同号の「巻頭言」(平井康嗣編集長執筆)には次のようにある。


 今回の臨時増刊は『週刊金曜日』で過去に掲載された記事を中心に再編集しています。「原発震災」を特集した本年三月二五日号の掲載記事が多いのはこの号が売り切れてしまい、希望される方に届けられなかったからです。


 後述するichigekiさんのブログ記事によれば、「週刊金曜日は震災以来完売続き」であるらしい。同じく原発特集を組んだ岩波書店の『世界』2011年5月号も「緊急増刷」されたそうなので、リベラル・左派メディアの自己陶酔ぶりはますます手がつけられなくなるだろう。

(▼2) 「原発の危険性を認識して原子力推進を公言してきた一部の輩の理屈」とは、結局のところ「安全な原発推進論」を肯定する論理に収斂すると思われる。


今回の小佐古の政府批判に対して、「これで小佐古氏は『原子力村』を追われることになるのではないか」と心配している人たちもいるが、そんなことにはならないと私は思う。エネルギー政策に関して、旧「原子力村」はいくつかに分かれると思うが、反原発論を含めてもっとも世間の支持を得るのは、おそらく「『安全な原発推進』村」だろうと彼らは予想しているのだ。そして、その入村資格を得ようと彼らは必死になっている。


 kojitakenの日記:「武田邦彦、小佐古敏荘、江川紹子らに頭痛がする」
 http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20110430/1304147154

 もっとも、「危険な原発推進論」が「世間の支持を得る」はずがない以上、原発推進論は常に「安全な原発推進論」であるとすら言えるのだが。

(▼3) むしろ『週刊金曜日』上層部はあからさまに「原発震災特需」を目論んでいるように見える。


現在、定期購読者数は一万六〇〇〇部を割り込んでいます。永田町や霞ヶ関、あるいは電力会社を含めた財界に対しさらなる影響力をもつために、少なくとも二万部を達成しようと努力してきましたが、届いていません。被災された定期購読者の方も多く、瞬間的には一万五〇〇〇部を下回ることも覚悟しています。

 何としても、どんなことがあっても『週刊金曜日』の灯は絶やしません。その思いはきっと、読者の方々にも共有していただいていると思います。心よりのお願いです。お一人で結構ですので、友人、知人の方に定期購読を勧めていただけないでしょうか。もちろん、決して期待を裏切らない誌面をつくることをお約束します。

 手前味噌ながら、『週刊金曜日』が元気になることで、いつの日か、被災者の方に「春」を届けられるのではないかと思っております。

 なお、福島原発をめぐる最近の記事と過去記事を集めた『臨時増刊 原発震災』を四月二六日に発行します。こちらは書店売りです。保存版として手に取っていただければ幸いです。(発行人・北村肇)


 週刊金曜日:「金曜日から(2011/4/22)」
 http://www.kinyobi.co.jp/backnum/data/from/data_from_kiji.php?no=1963

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おぴょぴょ URL 2011-05-08 (日) 01:06

こんな話見つけました。既読でしたらすいません。

豊かな海づくり大会から見えてくる天皇制と原子力政策
http://www.jca.apc.org/~maki_t/2000kaku.htm

m_debugger URL 2011-05-08 (日) 11:17

>おぴょぴょさん

コメント感謝いたします。
上記の情報もありがとうございます。大変読み応えがありました。
原発を押しつけられる地域に天皇がやってきて、「「海の環境を良くするために、人々が力を合わせていることを心強く思う」などといって稚魚を放流」するというのは、人をバカにするにも程がありますね。

まあ、天皇(制)の存在自体が極めて差別的なものなので、振る舞いがそうなるのは当然なのでしょうが。

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