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翻訳記事:「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」(キース・ハーモン・スノー)⑤

 だいぶ間が空いてしまったが、表題記事の翻訳はこれが最後。「ヘリコプターに乗ってきた悪魔」("THE DEVIL CAME IN A HELIOCOPTER")という章題は、2007年にブライアン・スティードル(Brian Steidle)元米海兵隊大尉が執筆し、同年には映画化もされて多くの賞を受賞した「ドキュメンタリ」、『馬に乗ってきた悪魔』("The Devil Came on Horseback")をスノーが皮肉ったものである。アフリカで起こっている「ジェノサイド」の真の加害者は、馬に乗るジャンジャウィードでも、マチェーテ(大鉈)を振るうフツでもなく、ロジャー・ウィンターのようにヘリコプターに乗った(あるいはヘリコプターにも乗っていないかもしれない)先進諸国の帝国主義者たちであるからだ。

 10月14日、オバマ米大統領は、来月にもウガンダ、南スーダン、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国(DRC)に100人規模の米軍(特殊部隊)を派兵すると発表した(STOP NATO [2011/10/15]: "AFRICOM’s New War: Obama Deploys Troops To Four Central African Nations")。派兵の名目は、ウガンダを始めとする上記諸国の「神の抵抗軍」(LRA: Lord’s Resistance Army)との戦闘を支援することであるが、米国の主要な動機は、コンゴに対する実効支配を一段と進めることにあると考えられる。

 コンゴは米国および周辺の親米国家――とりわけウガンダとルワンダ――の侵攻を受けて、石油資源の豊富な北東部を軍事占領下に置かれている。南スーダンと中央アフリカ共和国への米軍の派兵は、米国と同盟国がコンゴの北国境側を完全な包囲態勢に置くことを意味している(アフリカの地図を参照)。

 1987年からウガンダのムセヴェニ政権に対する低強度戦争を続けている「神の抵抗軍」と、その指導者ジョゼフ・コニー(Joseph Kony)は、先進諸国のメディアでは概して「狂信的キリスト教カルト」民兵として扱われているが、スノーによれば、「神の抵抗軍」は先進国の世論を操作し、無秩序を維持することで、国際的な支援を継続的に獲得するためのムセヴェニ政権の道具であると広く見なされているという。米国防省の発表によると、「神の抵抗軍」に対する「掃討作戦」のためにムセヴェニ政権が2008年以降に米国から受けてきた資金は3300万ドルに上る。米国はまた、ウガンダ北部の石油・ウラン資源の「開発」を支援しているが、スノーは、ムセヴェニ政権が開発と称して北部のアチョリ(Acholi)、テソ(Teso)、ランゴ(Lango)の人々に対するジェノサイドを実行し、その責任を「神の抵抗軍」になすりつけていると批判している

 「この世に悪魔がいるかどうかという問いを、あなたが一度でも考えたことがあるのなら、悪魔はまさにジョゼフ・コニーという人間とその組織の中に実在すると言おう。」――カーター・F・ハム陸軍大将/AFRICOM司令官(2011年10月4日)


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■「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」(キース・ハーモン・スノー)

【原文】
 Dissident Voice [2009/03/06]: "Africom’s Covert War in Sudan"
 http://dissidentvoice.org/2009/03/africoms-covert-war-in-sudan/


●ヘリコプターに乗ってきた悪魔

 ロジャー・ウィンターは、1989年にワシントンが組織化し、1990年以降、アフリカのグレート・レイク地域で1000万人から1200万人以上もの人々を死に至らしめた、ルワンダ愛国戦線のゲリラ戦争を根底から支えてきた。ウィンターはルワンダ愛国戦線およびその同盟者の代弁者として活動し、公共放送サービス(PBS)やCNNといった米国の主要な報道番組にゲストとして登場した。ニューヨーカー誌のフィリップ・グレヴィッチ記者とロジャー・ウィンターは、ルワンダ愛国戦線に代わって、米国メディア――特にワシントンポストやニューヨークタイムズ、タイム誌――と関わってきた。

 ロジャー・ウィンターは、ルワンダ愛国戦線が侵攻を繰り広げる傍ら、ルワンダを渡り歩き、カガメ率いるルワンダ愛国戦線のテロ作戦に協力する、ペンタゴンと米国務省の要人として、密かな戦争の最前線で活躍した。1990年から1994年にかけて、ウィンターはルワンダ愛国戦線の支配区域とワシントンD.C.を行き来して、米軍および米情報機関、政府高官と協同して活動や支援の指示・調整を行った。

 ロジャー・ウィンターはUSAID(米国国際開発局)とも密接なつながりがあり、スーザン・ライス――元米国務次官補(1997年~2001年)、クリントン大統領特別補佐官(1995年~1997年)、国家安全保障会議メンバー(1993年~1997年)――の長年の盟友でもある。スーザン・ライスはオバマ政権の国連大使で、ウマル・アル=バシールを執拗に敵視している。

〔訳注:原文記事のコメント欄には、スーザン・ライスの1996年の発言が紹介されている。「歴史はハルトゥームに理解できる言語がただ一つしかないことを実証している。それは確実な脅威か軍事力の行使である。迅速な外交協議の後、米国はスーダンに最後通牒を突きつける――1週間以内に無条件の国連軍進駐を受諾しなければ軍事的な帰結を招くという――国連決議を要請すべきである。」〕

 ロジャー・ウィンターはまた、スーダン・ダールフールの「ジェノサイドを止めろ」運動を推進している主要な民主党議員である、ドナルド・ペイン米下院議員の強力な支持者であもる。ペインはダールフール・ジェノサイド責任法(Darfur Genocide Accountability Act)の発議者であり、スーダン政府に対する抗議活動を〔訳注:在米スーダン大使館前で〕行ったために、キリスト教連帯インターナショナル(Christian Solidarity International)のジョン・エイブナーと共に、2001年6月に逮捕された。

〔訳注:「ダールフール・ジェノサイド責任法」は"Darfur Peace and Accountability Act"として2006年に成立した。附則的に発布された大統領命令の眼目は、ハルトゥーム政権に対する経済「制裁」を強化しつつ、南スーダン自治領(当時)における米企業の活動を促進させることにある。〕

 キリスト教連帯インターナショナルと、スーダンの「平和」と「宗教」との関係は、極めて破滅的なものであり、キリスト教連帯インターナショナルは、奴隷制を敷いているとしてアル=バシール政権を告発して売り歩いている主要な団体の一つである。スーダンの「奴隷制」は、キリスト教連帯インターナショナルや、「善きサマリア人の財布」(Samaritan's Purse)、「奉仕者の精神」(Servant’s Heart)、「自由の探求インターナショナル」(Freedom Quest International)といったスーダンで活動しているユダヤ教原理主義およびキリスト教原理主義のNGO・布教団体によって、概して誇張・情報操作され、とりわけ論争・論議の的となっている問題である。

 ウガンダの人権活動家、レミギウス・キントゥによると、「ロジャー・ウィンターは、1990年半ばには早くも〔訳注:ルワンダ愛国戦線の〕ツチの後方支援部門の監督になっていた」という。「そして1994年に勝利するまで、ウィンターらはワシントンD.C.のマサチューセッツ通り北西1717番地から指揮を執っていた。ロジャー・ウィンターは、当時〔1994年〕の南スーダン亡命者〔名前は伏せられている〕に対して、『ルワンダを安定化した今、次はスーダンに全力を傾けることにしよう』と語っている。実際、ウィンターはその後ルワンダを店仕舞いし、スーダンで活動するべく〔訳注:スーダンの隣国ウガンダの首都〕カンパラに拠点を移した。数年後にはダールフールが爆発し、ルワンダは――ウィンターにそそのかされて――紛争地に真っ先に軍隊を派兵した。私が得た情報によれば、〔アフリカ連合の傘下で活動している〕ルワンダ国防軍は民衆を殺害して、その責任をスーダン政府軍になすりつけるために、御用メディアを従軍させている。」

 まさにこれこそ、カガメとムセヴェニのテロ装置が、ウガンダやルワンダ、コンゴ民主共和国(DRC)で行ってきたことである。1990年代にルワンダで行われたウガンダ人民国防軍とルワンダ愛国戦線のテロ作戦の多くは、ヒューマン・ライツ・ウォッチ専門員のアリソン・デフォージュ(2009年2月死去)とヴァッサー大学アフリカ研究・政治学准教授のティモシー・ロングマンによって包み隠されてしまった。

 同様に、南スーダン――現在はダールフール――での長年の戦争を通じて、米国に敵対する勢力によってなされた残虐行為が誇張され、注目を浴びているのに対して、米国が支援する勢力によってなされた残虐行為は軽視、忘却ないし無視されてきている。また、ウガンダ人民国防軍とルワンダ国防軍の犯罪行為――偽装し、「敵」に罪をなすりつけた大虐殺など――を鑑みれば――それらについては現在では記録の積み重ねがあるが――〔訳注:スーダンの場合には〕真に独立した調査が存在しないため、スーダン政府や「ジャンジャウィード」民兵が決まって責任を問われている大虐殺を実際に誰が行っているのかは判然としない。

 あるスーダン南部の教授は、私に対して最近、ジャンジャウィード――アラブ人による黒人に対するジェノサイドにおいて常軌を逸した殺害行為を糾弾されている、いわゆるアラブ民兵――に武器支援を施しているのは、スーダン政府ではなく、むしろウガンダ人民国防軍とSPLA(スーダン人民解放軍)であると語っている(この「アラブ人による黒人に対するジェノサイド」とやらは、以前から相当疑わしいものである。)

 ティモシー・ロングマン教授とアリソン・デフォージュは、ルワンダの「ジェノサイド」に関する分厚い学術論文――「証言者を皆殺しにしろ(Leave None to Tell the Story)」(1999年刊行)――を共同で執筆した。ロングマンとデフォージュは、コンゴ(ザイール)とルワンダ、ブルンジでの1995年から2008年にかけての実地調査に基づいて、おびただしい文書を生産し、独立で公平な人権報告書であるとして強力な売り込みを図ったが、事実は隠された利害によって常に歪められていた。ロングマンもデフォージュも、米国務省や国家安全保障会議、ペンタゴンと関わりがあり、さらにUSAIDの常設顧問を務めており、スーダンにおけるペンタゴンの秘密兵器であるロジャー・ウィンターとも確実に協働していた。

 2008年9月25日、ウクライナの貨物船がソマリア沖で「海賊」に占拠され、2009年2月5日に身代金320万ドルが支払われた後に解放された(ソマリア沖への国際的な有毒〔さらにおそらくは核〕廃棄物の不法投棄によって公民権を奪われたソマリアの漁師たちは、自らの権利と自由のために闘うとき、「海賊」というレッテルを貼られることになる)。MVファイナ号はベリーズに登録され、パナマの登録企業が所有し、ウクライナ人が運航している。MVファイナは33台ものソヴィエトT-72戦車と、グレネードランチャー(擲弾発射器)、対空機関砲、弾薬を積んで、アフリカ東海岸に位置するペンタゴンの主要な基地、ケニア・モンバサに向かっていた。

 米海軍第5艦隊は、少なくとも6隻の米軍艦と4隻の欧州軍艦の包囲下にあったMVファイナを、四カ月間にわたって離れて監視していた。貨物船の所有者は、タックス・ヘイヴンのフロント会社を通じた秘密裏の活動とマネーロンダリングに従事するモサド工作員と目されている、イスラエル国籍のヴァディム・アルペリン(通称ヴァディム・オルトリーナ・アルペリン)である。貨物船は2月12日にモンバサで積荷を降ろし、兵器はさらに南スーダンのジュバに運ばれた。

 複数のメディアが、兵器の中には致死性の劣化ウラン弾を搭載した戦車用弾薬が含まれ、最終的な受取人はイスラエルが支援するダールフールの「反乱軍」――「正義と平等運動」(JEM)――であると報じている。スーダンは以前から、ダールフールの戦争で「反乱軍」を支援しているとして、イスラエルを非難している〔訳注:コメント欄で紹介されているように、2009年1月には在ジブチ米軍基地から出撃したイスラエル空軍が39人のスーダン人を殺害する事件も起こっている〕。国際的な武器密売組織や武器商人は、下請け民兵や政権が関与する、スーダンやウガンダ、コンゴ、ソマリア、エチオピア、ケニア、ルワンダでの密かな軍事作戦を含む国際的組織犯罪のために、決まって「ソヴィエト時代」の武器を運び込んでいる。


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 キース・ハーモン・スノーは、戦争報道に携わる記者・フォトグラファー・独立調査員であり、プロジェクト・センサード(Project Censored)賞〔訳注:「もう一つのピューリッツァー賞」〕を四度(2003年、2006年、2007年、2010年)受賞している。スノーは、カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校の「法と社会」2009年度特別講師でもあり、10年以上におよぶ学会外部での業績――国連やその他の機関でのジェノサイド調査員としての活動および、戦争犯罪と人道に対する罪、ジェノサイドをめぐる公式な言説への対抗――で知られている。カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校の最初の――1960年の――特別講師はオルダス・ハクスリーであり、他にもマーガレット・ミード、ピーター・マシーセン、メレディス・モンクらが招かれている。キースの他の記事はこちら、キースのウェブサイトはこちら。〔訳注:スノーのサイトはいくつもある。以前の主なサイトはこちら。〕


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