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民主党主導政権下における「慰安婦」立法の行方

【10/12 追記】説明不足の点があったため、一部加筆しました。
【10/24 追記】再度加筆・修正しました。
【12/23 追記】下記エントリーにまとめ直しました。
 http://mdebugger.blog88.fc2.com/blog-entry-38.html

(1) 民主党主導政権下における「慰安婦」立法の行方

 日本軍による戦時性暴力被害者(「慰安婦」)への謝罪と賠償を定めた法案を新政権下で制定しようという働きかけが始まっている。近年の戦後補償運動の実情については、正直知らないことが多すぎて、しばらくは情報収集に専念しようと思っていたのだが、どうやらそんなぬるく構えている場合ではないようである。というわけで、とりあえず、現時点で思うことを書き留めておくことにする。お気づきの点があればご指摘いただきたい。

 前回のエントリーでは直接触れなかったが、国家公安委員長・拉致問題担当大臣兼任という人事は、それが従来の自公政権下でなされたものであれば、リベラル・左派からの批判がここまでタブー化しなかったことは間違いないだろう。新政権下でこの人事が(リベラル・左派によっても)黙認ないし容認されているのは、端的に言って、リベラル・左派が、自分たちの望む政策を民主党主導政権下で実現するために、在日朝鮮人の人権を賭け金にしている証である(もちろん、リベラル・左派にそんな権利があるはずもないのだが)。

 当然のことながら、日本軍による戦時性暴力被害者(「慰安婦」)に対する謝罪と賠償を求める立法への動きも、こうした文脈から捉え直す必要があるだろう。これは何も難しい問題ではない。そもそも、本来なら真っ先に国家による謝罪と賠償の対象となるべき在日朝鮮人を(意図的に)犠牲にした上での「戦後補償」など、論理的にも倫理的にも破綻の極みでしかありえないのだから。けれども、仮に在日朝鮮人への弾圧という主要な側面を抜きにしても、「慰安婦」立法に向けた動きには警戒するに足る根拠がある、と私は考える。以下はそのラフなスケッチである。

●民主党主導政権下での「慰安婦」立法は、東アジア共同体の推進を円滑にするための近隣諸国との「和解」の演出を超えるものにはなりえない。言い換えれば、それは、日本の植民地支配・侵略戦争の責任追及の第一歩になるどころか、むしろその幕引きとなる可能性が極めて高い。

 以下にその理由を挙げる。


(2) 戦後補償問題を考える弁護士連絡協議会(「弁連協」)の「現実」路線

 戦後補償問題を考える弁護士連絡協議会(「弁連協」)とは、1992年に結成され、日本での戦後補償訴訟を担当するほぼ全弁護団が参加する協議会である。弁連協は過去に「慰安婦」立法を提言し、現在も民主党主導政権への働きかけにおいて中心的な役割を担っている。

 弁連協は「国民基金」については批判的であるが、新政権下での立法の実現を図るため、東北アジアの安全保障という、民主党にとっての優先的な政策課題の一環として、「慰安婦」立法を戦略的に位置づけようとしているようである。つまり、民主党をその気にさせるためには、東アジア共同体の推進における同法のコストパフォーマンスを訴えなければならない、という「現実」路線である。

 けれども、こうした論理は、弁連協の主観がどうあれ、結果としてアジアの「反日」感情を最小限のコストで黙らせるための「慰安婦」立法――日本の植民地支配・侵略戦争の責任追及の幕引き――に行き着かざるを得ないように思う。これは日本軍による性暴力被害者以外の被害者の切り捨てにも無理なくつながるだろう。これでは「国民基金」における和田春樹らの「現実」路線を批判しているどころではなくないか。もちろん、こうした「現実」路線への変質は、弁連協に限らず、新政権に宥和的な(おそらく主観的には戦略的な)政策提言をする、すべてのリベラル・左派に言えることであるが。

 弁連協については、事務局通信などを読む限り、「花岡和解」の総括がなされていないらしいことも、気になるところである(弁連協には「花岡和解」の原告弁護団である故・新美隆弁護士、田中宏教授、内田雅敏弁護士らが参加している)。この点については、率直に言って深刻な不信を覚えざるを得ない(「花岡和解」については、野田正彰著『虜囚の記憶』(▼1)「私の戦後処理を問う会」に詳しい)。


(3) 過去の法案のザルぶり

 過去に提出された法案(戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案)を読んでみたが、あまりにもザルすぎてびっくりした。気になる点はいくつもあるのだが、とりあえずは被害(者)の定義をした第二条を取り上げてみよう。


第二条 この法律において「戦時における性的強制」とは、今次の大戦及びそれに至る一連の事変等に係る時期において、旧陸海軍の直接又は間接の関与の下に、その意に反して集められた女性に対して行われた組織的かつ継続的な性的な行為の強制をいう。


 まず、「今次の大戦及びそれに至る一連の事変等に係る時期」というのがいつを指すのか不明である(相変わらず植民地支配時代は問題にされていない)。さらに、「旧陸海軍の直接又は間接の関与の下に、その意に反して集められた女性に対して行われた組織的かつ継続的な性的な行為の強制」という定義にいたっては、被害者間の分断を意図しているのではないかと疑ってしまう。この定義に該当する被害者への謝罪と賠償が必要なのは言うまでもないが、現在名乗り出ている被害者の中でも、「慰安所」に連行されずに、日本軍兵士から性暴力を振るわれた人は少なくない。しかも、「継続的」というのが一体どの程度の期間を想定しているのかも謎である(一回限りでは謝罪にも賠償にも値しないというのだろうか)。

 実際、「慰安婦」裁判の原告の中には、日本軍の占領地で一日から二日ほどの内に集団的な強姦を受けた女性もいる。こうした被害は、中国やフィリピン、マレーシアに多いが、「旧陸海軍の直接又は間接の関与の下に、その意に反して集められた女性に対して行われた組織的かつ継続的な性的な行為の強制」という定義には必ずしも当てはまらない(日本軍が占領地の村を直接攻撃して女性に性暴力を振るった場合には、被害者が「その意に反して集められた」わけではなく、また「組織的」ではない軍の「逸脱行為」と見なされる余地がある)ため、こうした諸国からは、自国の被害者が取り残されるのではないかという懸念が表明されている。

 無論、過去の法案は自公政権下で民主・共産・社民が共同で提出したものであり、新たに上程される法案がこれを踏襲するとは限らないが、先に述べた「現実」路線の先にザルでない法案が成立するだろうとは考えにくい。


(4) そもそも日本は植民地支配・侵略戦争の罪を反省していない

 まあ、冒頭で述べたように、リベラル・左派が在日朝鮮人の人権を賭け金にする取り引きに乗っている(取り引きをする権利が自分たちにあると思っている)時点で終わっているのだが、日本が植民地支配・侵略戦争の罪を反省していない物的証拠は腐るほどある。以下に三点だけ挙げておく。

A.天皇制の存続

 これは説明不要だろう。参議院で国会中継のバイトをしている友人の話によると、国会の開会式が参議院で行われるのは、参議院に天皇の「玉座」があるからで、この間、議員が天皇に背を向けることは一切許されないそうである(唯一の例外は天皇の先導役なのだそうだ)。天皇制の存続は、植民地支配と侵略戦争の責任を自ら検証せずにきた(いる)、日本国家・日本人の非倫理性のまさに「象徴」であると思う。


この時期の代表的な建築である国会議事堂の工事(一九二〇~三六年)には延二五〇余万人の労働者が動員されているが、その大半はやはり同胞であった。議事堂の中央の六五メートルの高いところに石を担いであがったのも同胞であった。当時の体験者にきくと、ずいぶん危険な仕事で、死亡者や負傷者がだいぶでているとのことであった。また議事堂で使用されている大理石は朝鮮からもってきたものが多い。(▼2)



 B.教育

 例えば、歴史教科書から「慰安婦」記述が削除されるような状況で、日本政府が彼女たちに謝罪と賠償を行ったとして、それが誠実な謝罪と賠償であるとはとても思えない。では、これらの記述が復活しさえすれば、他方で『嫌韓流』のようなレイシズムの書が売れまくろうが、それが誠実な謝罪と賠償になりえるのかと言えば、それも違うだろう。戦後日本において、植民地支配と侵略戦争の責任を掘り下げる(義務)教育が行われたことは、一度もないのであり、こうした教育のあり方を変えることなく、戦後補償が成り立つという考え(幻想)は、根本的に間違っていると思う。

 天皇制に関しても言えることだが、新政権における「慰安婦」立法は、日本が本質的にまったく変わらずに済むどころか「普通の国」への転身を可能にする限りにおいてのみ成立する公算が高い。もちろん、戦後補償運動に関わる人々の多くは、こうしたことは承知の上で「慰安婦」立法を支持していくと思われる。

 C.ジブチ共和国との地位協定

 以前のエントリーでも取り上げたが、日本はソマリア沖への自衛隊派兵に当たってあらかじめ自らの戦争責任・戦後責任を回避する地位協定をジブチ共和国政府に押しつけている。少なくとも、民主党主導政権が、この協定を破棄しないまま「慰安婦」立法を成立させるなら(その可能性は高いと思うが)、それは、アフリカに対しては何をしようが謝罪も賠償も必要ないと言っているに等しいだろう。

 民主党主導政権においてリベラル・左派が取りうる「現実」路線が、結局のところ他者――在日朝鮮人や第三世界の人々――の人権の否定の上に敷かれるものである以上、そこでは切り捨てられるものこそが問題の本質であると思う。「慰安婦」立法で何が切り捨てられるのか、引き続き警戒が必要だろう。


▼1 「人倫としての花岡蜂起」、野田正彰、『虜囚の記憶』、みすず書房、2009年、pp.86-143

▼2 朴慶植、『朝鮮人強制連行の記録』、未来社、1965年、p.148

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