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「アイヌの権利尊重」としての北方領土「返還」?

(1) 「求めるマイノリティ」から「求められるマイノリティ」へ

 『週刊金曜日』は毎号立ち読みで済ませているが、毎回驚くべき記事が掲載されていて、いつもびっくりする。最新(10月9日)号では、なんと「結婚予備校」のルポが紹介されていた。「結婚予備校」とは、婚活ブームに便乗した人材育成事業で、「結婚したい自分」から「結婚されたい自分」に生まれ変わるための自己啓発センターなのだとか。私の記憶が正しければ、『金曜日』は結婚制度を批判する記事を載せることもある(あった)はずだから、そうした批判は(編集部レベルでは)ネタとして消費されている(いた)ということになる。もっとも、護憲派ジャーナリズムの大方は、本音では改憲にすら反対していないのだから、この程度のダブルスタンダードなど取り立ててあげつらう必要もないかもしれないが。

 実際、この記事の著者は、単に他誌(『週刊新潮』やら『週刊文春』やら)の仕事にあぶれて、『金曜日』に寄稿しているだけの人物であるように思われる。以下に記事の(無)内容を一部引用してみよう。


 婚カツの問題点は「傷つきやすい・傷つきたくない男性」の問題だと彼は言う。
 「服装を変えましょうよと言うと、それじゃ僕じゃなくなってしまうなんて言う。そういう頑なさは傷つきたくないという気持ちと裏腹なんです」(大橋氏)


 ・・・というように、あまりにもどうでもよい話なのだが、読んでいて気になったのは、この「結婚予備校生」たちが「結婚したい自分」から「結婚されたい自分」を目指して日々鍛錬(?)しているように、日本では様々なマイノリティ集団が「求めるマイノリティ」から「求められるマイノリティ」になるために切磋琢磨している(させられている)のではないかと思えることだ。沖縄で本土以上に<佐藤優現象>が強力に推進されているのも、その一例だろう。


(2) 「アイヌの権利尊重」としての北方領土「返還」――国籍の帝国主義的利用法

 というわけで、話を佐藤優に移す。佐藤は最新号の「飛耳長目」でこんなことを言っている。


 筆者は、中国、中央アジア、コーカサス地域におけるイスラーム原理主義に基づく脅威などを防ぎ、エネルギー資源、ハイテク技術などの分野を中心にして、日露関係を総合的に発展させるなかで北方四島の日本への返還を探ることが現実的と思う。


 佐藤が「北方四島の日本への返還」を本気で主張しているとは考えにくいので(北方領土は「二島(以上四島未満)返還」の路線で交渉が進むだろうから)、重要なのは前半部分だろう。佐藤はここで、日本が「国益」論的立場に立って、東北アジアから中央アジア、さらにはコーカサスにまで及ぶ「対テロ戦争」に参加する必要性を訴えているのである。佐藤は、2007年1月19日号の『金曜日』ですでに、「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」と述べており、今回の発言と合わせて「対テロ戦争」全般を肯定していることがよくわかる(これは「東アジア共同体」路線とも矛盾しない)。

 佐藤が『金曜日』(や『世界』)でイスラエル擁護の論陣を張らないのは、単に計算づくの保身にすぎないだろう。逆に言えば、イスラエル―パレスチナ問題に関心を寄せる日本のリベラル・左派の多くが、他者のシオニズムを非難するだけで、自らのシオニズムとその帰結(の一つ)である「対テロ戦争」を批判できないことを、佐藤は正確に見越しているのである。

 その証拠に、と言えると思うのだが、佐藤は、ロシアが北方領土を日本に「返還」するべき大義名分は「アイヌの権利尊重」であると述べている。北方領土の先住民たるアイヌは、その圧倒的多数が「日本国民」であるから、北方領土は日本に帰属するのが相応しいのだそうだ。この主張から真っ先に思い起こされるのは、日本が朝鮮を植民地化し、朝鮮人を日本人以上に日本国籍に強く縛りつけることで、朝鮮人を「満州」侵略の、文字通り踏み台にしてきた歴史である。以下に梶村秀樹から引用しておこう(強調は著者による)。


 在日朝鮮人とは、一九一〇年日本帝国主義の朝鮮植民地化とともに好むと好まざるとにかかわらず、朝鮮(当時の呼称では大韓帝国)の国籍を奪われて日本国籍を強要され、一九四五年日本の敗戦後は、また自己の意志にかかわらず、日本に永年住んでいようとどうであろうと自動的に日本国籍をとりあげられた人々である。

 しかも、一九一〇年~四五年、「日本人」であった間は、奇妙なことに、朝鮮人一般が日本人以上に強く日本国籍にしばりつけられていた。日本本国では、一九二四年に国籍法が施行され、その条文によって日本人は少なくとも形式的には自由に日本国籍を離脱することができた。ところが、朝鮮人のばあいは、朝鮮内に居住するばあいはもちろん、日本本国に住もうと、例えば満洲などの外国に住もうと、絶対に「日本国籍」を離脱できないしくみになっていた。(▼1)




 国籍問題が特に現実的であったのは、一九二〇年代末、三〇年代初にかけて、中国の国権回復運動とも関連して、在満朝鮮人のばあいだった。中国国民党政権が帰化を条件としなければ朝鮮人の土地所有を認めなかったので、もともと国を追い出された在満朝鮮人農民の中には日本国籍からの離脱によって生活の安定を望む人々も少なくなかった。それに対して日本帝国主義は、二重国籍になっても離脱を認めようとはしなかった。一般の農民であれば統治の対象として、また独立運動にたずさわる「不逞鮮人」であれば、それはそれとして討伐の対象として、いずれにせよ在満朝鮮人の日本国籍にしばりつけられての存在そのものを、満洲侵略の足がかりとして利用しつくすために。在満朝鮮人の国籍離脱を認めれば、日本帝国主義にとってそのように利用することができなくなるというわけだ。そしてそのような法的地位のために在満朝鮮人農民は現実に板ばさみの苦難をなめたのだった。(▼2)


 アイヌの「日本国籍にしばりつけられての存在そのものを」、北方領土「返還」の「足がかりとして利用しつく」そうとする佐藤の主張もまた、徹頭徹尾、帝国主義・植民地主義の発想だと言えるだろう。本記事には、「アイヌの権利尊重で」という例によってふざけたサブタイトルもついており、佐藤と編集部の(自覚的/無自覚的)帝国主義者・植民地主義者ぶりをさらけ出しているように思う。何はともあれ、日本のリベラル・左派もマイノリティも、佐藤に求められたいと思うようになったら(大半はもうそうなっていると思うが)終わりではないだろうか?


(▼1) 「在日朝鮮人にとっての国籍・戸籍・家族(上)」、梶村秀樹、『梶村秀樹著作集 第六巻 在日朝鮮人論』、明石書店、1993年、p.253

(▼2) 同上、p.254-255

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