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nessko 小説全部読んでから感想をお書きになった方がいいのでは? URL 2009-10-30 (金) 18:48

その小説はまだ連載中なんですよね。
せめて一通り全部読まないと、あなたが予想しているような方向に収斂するかどうかわからないじゃないですか。
それと、女性には、自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない傾向が、男性より強いのかもしれない、そういうことも想像してもらいたいですよね。

m_debugger Re: 小説全部読んでから感想をお書きになった方がいいのでは? URL 2009-10-31 (土) 22:07

>nesskoさん

率直なコメントありがとうございます。

では、私もはっきり書きますが、よりによって「慰安婦」が日本軍兵士に「恋」をして、兵士との行為によって性的な快楽を得る(初めて知る)という描写は、小説におけるその位置づけ(その後の展開を含む)とは無関係に、批判に値するのではないですか。
小説をすべて読んだ方が評価に説得力が増すのはわかりますが、これ以上読めないという自分の感性と判断が不当だとは思えません。

>それと、女性には、自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない傾向が、男性より強いのかもしれない、そういうことも想像してもらいたいですよね。

すみませんが、エントリーとの関連が理解できないのですが(そういうところが鈍感だというご指摘を受けそうですが)・・・。

これは、
・イベントに参加した女性(の一部)が佐高の発言に笑ったのは、佐高に象徴される日本人マジョリティ男性に「自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない」からではないかと、私は想像するべきである。
ということでしょうか?

それとも、
・この小説は、日本軍兵士に「自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない」「慰安婦」の微妙な心理をうまく捉えているのではないか。
というご指摘なのでしょうか?

あるいは、
・アジアの被害者に「自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない」からこそ、「慰安婦」と日本軍兵士との「恋愛」に希望を見出す日本人女性の心理を、私はもっと配慮するべきである。
というご意見なのでしょうか?

もしくはどれでもないのでしょうか?
申し訳ありませんが、教えていただければ助かります。

nessko 返信ありがとうございます URL 2009-10-31 (土) 23:47

まず、よくわからないと言われた点について。
私の言いたかったことは

>・アジアの被害者に「自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない」からこそ、「慰安婦」と日本軍兵士との「恋愛」に希望を見出す日本人女性の心理を、私はもっと配慮するべきである。

になります。別に慰安婦と日本軍兵士が恋愛することに希望を見出す必要はありませんが、元慰安婦から「日本人全体を憎んでいるわけではない」と受け取れる言葉が出ると、日本人である自分が日本人だからといって憎しみや嫌悪の対象にされるわけではないと感じて、元慰安婦のようなアジアの被害者に関わっていくことへの心配や不安が薄まる、ということはあると思うんですね。「希望がある」という言い方をされると大仰過ぎると私も感じるんですが、ハルモニに直接会って話を聞いたりする女性ほど、相手が自分に嫌悪感を持っていないかどうかが気になったりするかもしれないので。

女性の場合、日常、相手に嫌われるというのが即具体的に自分の不利益になってはね返ってくることが多かったりするので、男性よりそういうちょっとしたことで妙に安心することがあってもおかしくないかなと。まあこれも私個人の感想でしかないですけど(そう言った当の女性は、「私はそんなつもりで言ったんじゃない!」、そう答えるかもしれませんよね)、あんまりその台詞そのまま受け取ってかんたんに決めつけないで欲しいかな、と。

小説については、こんなのは読んでられないと思われたのなら、もう仕方ないかな、だって、言われてみれば自分も好き嫌いで読むかどうか決めてるし、というところでしょうか。

梁石日『めぐりくる春』は、日本軍が慰安婦に対してどういうことをしていたかを描いていますので、小説を読むとそれがわかる、という点は評価してもいいのではないでしょうか。歴史書や史料みたいな形式だと読みづらいけれども小説なら読める、そういう人も多いでしょうから。

後、冒頭にある佐高信の上坂冬子に対しての発言ですが、私はリンクされた記事ではなく、WiLLで秦郁彦との対談での上坂氏の発言として知っております。そのWiLLですが、NHKと朝日がもめていた時期に出たもので、バウネットが主張していた従軍慰安婦の存在自体を否定する、あの時期ウヨがネット上で盛んに煽っていた論調を「正論」として雑誌全体で後押しするような内容になってました。その一部として上坂は対談で、元慰安婦の申し立てそのものをナンセンスだとする趣旨の話を秦郁彦と共にしていたのです。

当時、私自身、ウヨ言説がめずらしくて、今となっては恥ずかしいのですが、そのWiLLも買って読んで、こういう見方もあるのかと思ったりして、新しいことを知ったような気になったりしていました。当時は、あの上坂のような発言が、それなりに力を持って、無知な者に影響を与えていたのです。

そういう事情があったことを踏まえると、佐高信にしてみれば、バウネットが取り上げた従軍慰安婦問題そのものをなきものにする意図を持って、下品な言い方で元慰安婦をおとしめるような発言を公の場でしていた上坂に、下品には下品で反撃する、ということであえてああいう言い方をしたのではないか。だから、佐高のあの発言だけで佐高及びその場にいた人たちを切り捨てるのは、早計ではないか、と思います。

m_debugger Re: 返信ありがとうございます URL 2009-11-01 (日) 11:52

>nesskoさん

ご丁寧なお返事ありがとうございます。
nesskoさんがおっしゃることはだいたい理解できたと思います。

>ハルモニに直接会って話を聞いたりする女性ほど、相手が自分に嫌悪感を持っていないかどうかが気になったりするかもしれない

個人的な関係を作るときには、相手の感情は当然気になってきますよね。
その傾向が(日本人)男性よりも女性の方が強いということも、おっしゃる通りだと思います。

その上で、

>元慰安婦から「日本人全体を憎んでいるわけではない」と受け取れる言葉が出ると、日本人である自分が日本人だからといって憎しみや嫌悪の対象にされるわけではないと感じて、元慰安婦のようなアジアの被害者に関わっていくことへの心配や不安が薄まる、ということはあると思う

というご指摘は、理解はできますが、戦争責任・戦後責任を主体的に引き受けようとするなら、(戦後補償運動に関わる日本人女性に多いかもしれない)そうした心理は、やはり批判しなければならないと考えます。

なぜなら、そうした心理を配慮・肯定してしまえば、日本人が日本の植民地支配・侵略戦争の被害者に関わろうとしないこと、戦争責任・戦後責任を果たそうとしないことが、被害者の日本(人)への憎しみや嫌悪ゆえだという「論理」が成立してしまう余地があるからです。
簡単に言えば、「日本人全体を憎んでいるわけではない」という被害者と、「日本人全体を憎んでいる」という被害者のうち、前者に対する戦後補償を優先するような権利は日本人にはない、ということですが。

さらに言えば、日本国家に法的な戦争責任・戦後責任を一切果たさせずにここまできてしまった国民は、アジアの民衆に憎悪・軽蔑されて当然だと私は思っています。
そうした状況を変えるためにも戦後補償が必要なわけで、それが果たされない状態で、アジアの被害者に憎まれたり嫌われたりしない権利が日本人にあるとは思えません。

>あんまりその台詞そのまま受け取ってかんたんに決めつけないで欲しいかな、と。

確かに私の文章は断定調が多いので、もう少しいろいろと配慮が必要ですね。
ただ、同じことは、元「慰安婦」の朝鮮人女性が語る日本軍兵士との「恋愛」を、朝鮮人と日本人との人間的な関係性として、そのまま受け取ってしまう、日本人に対しても言えるのではないでしょうか。

>そういう事情があったことを踏まえると、佐高信にしてみれば、バウネットが取り上げた従軍慰安婦問題そのものをなきものにする意図を持って、下品な言い方で元慰安婦をおとしめるような発言を公の場でしていた上坂に、下品には下品で反撃する、ということであえてああいう言い方をしたのではないか。

佐高の意図はご指摘の通りだと思いますが、その「下品」さが結局は差別的なジェンダー観を肯定しているのが問題だと思うのですよね。

例えば、今日も日本人レイシスト集団が朝鮮大学校に押しかけているのですが、「朝鮮大学校はこれまでも様々な凶悪犯罪者を日本国内に送り出しており、国内治安を脅かす元凶となっている」というかれらの言説に対して、「「在特会」の方が朝鮮人よりもよっぽど「国益」を損なっている」という言説で「反撃」することはできるでしょうか。
こうした言説は、結局は「国益」論的価値観を「在特会」と共有しているのですから、その点を叩かなければ有効な対抗言論にはならないでしょう。
佐高の発言も同じことだと思います。

以上です。長くなってすみません。

ZED 「めぐりくる春」は金曜日共々沈没の可能性大 URL 2009-11-04 (水) 10:33

梁石日の小説が完結する前に週刊金曜日のXデーが来るかもしれません。くわしくは以下を参照下さい。
井上静氏のブログ「楽なログ」
http://ruhiginoue.exblog.jp/
とそのリンク先の角田裕育氏のブログ
http://blog.livedoor.jp/abudala777/archives/51321191.html

m_debugger Re: 「めぐりくる春」は金曜日共々沈没の可能性大 URL 2009-11-04 (水) 22:12

>ZEDさん

素敵な情報ありがとうございます。

> 『週刊金曜日』愛読者の方やライター仲間に水を差すようで悪いのですが、私は当分の間、執筆・情報協力を一切ボイコットをする旨、『週刊金曜日』編集部に伝えました。
> 理由は色々ありますが何と言っても一番の理由は、ライターや編集者から預かった取材対象者の名刺を基に定期購読を呼びかける営業活動を行い、ライターを中心に現場は大混乱したこと。

>大体、取材対象者の名刺を参考に営業活動を行うなど目茶苦茶です。この話を他誌の編集者にすると、
> 「末期症状でしょう」 
> と呆れてました。

http://blog.livedoor.jp/abudala777/archives/51320616.html

・・・いやー、ブラック・ジャーナリズム炸裂ですね。
さっそくエントリーでも紹介することにします。

K オカルト金曜日 URL 2010-08-23 (月) 08:58

週刊金曜日はいっそのこと
たま出版と合併してほしいです。
本多翁、いかがわしい東洋医学に嵌ってから、どんどんおかしくなっている。
 ↓
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ーー

『たんぽぽのなみだ~運営日誌』より


2010年08月21日
週刊金曜日が千島学説
http://taraxacum.seesaa.net/article/160172228.html


m_debugger Re: オカルト金曜日 URL 2010-08-26 (木) 22:19

>Kさん

お返事遅れてすみません。千島学説とやらは初めて知りましたが、こんな投稿を掲載するからには、『金曜日』編集部にとって、読者は単なる金ヅル+情報操作の対象でしかないのかもしれませんね。経営はカルト法人のようには甘くはないので、金曜日自体の廃業はそう遠くないんじゃないでしょうか。業界の癒着が一段と進行して、似たような雑誌は延命するのでしょうが。
http://katayamatakao.blog100.fc2.com/blog-entry-77.html

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梁石日『めぐりくる春』とその「癒し」の消費構造

 亀井静香が日本郵政の社外取締役に曽野綾子を指名したそうだ。個人的には亀井曽野に人間として期待するものは何もないが、このニュースを聞いて思い出したことがある。昨年5月に、友人に誘われて、『週刊金曜日』(!)の創刊15周年イベントに行ったときのことだ。


創刊15周年『週刊金曜日』PRESENTS vol5 in ASAGAYA/LOFT A

従軍「慰安婦」問題に迫る~梁石日『めぐりくる春』~

「慰安婦」問題とはなにか。日本政府が「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」(1993年、河野内閣官房長官談話)と明確に認めているのに、なぜ今も〝論争〟が絶えないのか。
『週刊金曜日』誌上で、小説「めぐりくる春」を連載している梁石日さんをはじめ、「慰安婦問題」に詳しい人々が問題の本質を話し合う。

【出演(予定者含む)】
梁石日(作家)
朴慶南(作家)
西野瑠美子(ジャーナリスト)
梶村太一郎(ドイツ在住ジャーナリスト)
糟谷廣一郎(㈱金曜日総合企画室長)
佐高信(『週刊金曜日』編集委員)

OPEN 18:30 / START 19:30
¥1,500(飲食代別)<当日のみ>


 私の記憶が正しければ、参加者はそこそこ多く(満席に近かったと思う)、ジェンダーバランスも決して悪くはなかった。年代に関しても、「今日は若い人たちが多い」と言って佐高信が喜んでいたのを覚えている(私にはあまりそうは思えなかったが)。なお、念のために補足しておくと、当時は友人も私も『週刊金曜日』の読者ではなく(今も私は購読者ではないが、当時はリベラル・左派系雑誌全般を読んでいなかった)、友人は梁石日の読者だったが、私はそうではなかった。

 さて、イベントが始まると、(『金曜日』主催なのだから考えてみれば当然だが)司会が佐高であることがわかった。佐高のジェンダー観についてはある程度予備知識があったので、今から思えばその時点で帰るべきだったのだろうが、何となく不吉な予感がしているうちに、佐高が上坂冬子の話を持ち出したのである。いわく、上坂は、私だったらお国のために喜んで「慰安婦」になっていただろうに、という発言をしたという(より具体的な内容はここで読める)。続けて、こともあろうに佐高はこんな言葉を吐いたのである。「上坂なんかが「慰安婦」になっても、日本軍兵士の方が相手にしてくれなさそうですよね(笑)」(「上坂なんかが「慰安婦」になったら、日本軍兵士だって迷惑ですよね(笑)」という表現だったかもしれない。要するにそういう内容の台詞だった。)

 ・・・・・・なんと、日本軍性奴隷制における強制性は、佐高の脳内では日本軍兵士の「好み」によって「解決」可能な問題だったらしいのである。そして、さらに信じがたいことに、佐高のこの発言によって、会場は笑いに包まれたのであった。当時、私は、『金曜日』(特に佐高)と佐藤優の関係も、佐藤自体も、ろくに知らずにいたのだが、これは、佐高個人と佐高を社長に据える『金曜日』(およびその一部読者)の終焉を、一瞬にして悟らざるを得ない出来事だったと言える。

 その後のイベントの流れはよく思い出せないのだが(もしかすると本当に放心していたのかもしれない。ゲストの誰かが佐高の発言に抗議するのではないかと期待もしたが、それもなかった)、梁石日が、被害者の女性に取材をしたときのことや、男性である自分が「慰安婦」問題をテーマに小説を書くことには困難も多いが、頑張って挑戦していきたい、というようなことを語っていたのを覚えている(というわけで、曽野綾子の話は実はまったく関係ないのだが、私の中では曽野と上坂は同じカテゴリーに収納されているため、冒頭のニュースを聞いて、以上のことを思い出したわけである)。

 そういうわけで、『金曜日』で連載が始まった梁の『めぐりくる春』についても、正直あまり読む気になれずにいたのだが、友人がこの連載だけは毎週欠かさず立ち読みをしているというので、私も試しに読んでみることにした。

 ・・・・・・が、これがまた、あまりにもひどい話なのだった。何がひどいって、主人公の「慰安婦」(もちろん朝鮮人女性)が、途中から日本軍兵士に「恋」をして、もう書くのも恥ずかしいのだが、その兵士を相手に「こんなの初めて・・・」という例のシーン(?)が描かれているのである(不快な表現で本当に申し訳ありませんが、どうか苦情は梁石日にお伝えくださるようお願いいたします)。「男性である自分が「慰安婦」問題をテーマに小説を書くことには困難も多い」とか何とか言っておいて、結局、落としどころは(日本軍兵士も共有していただろう)日本人マジョリティ男性の妄想への奉仕かよ!

 というわけで、『めぐりくる春』はこの時点で読むのをやめたのだが、『金曜日』自体は立ち読みをしているので、その後もつい目にしてしまうことが何度かあった。そのときの内容は、これまた書きながら悶絶しそうなのだが、主人公が妊娠して、相手がその日本軍兵士であることを願ったとか、別の「慰安婦」も日本軍兵士に「恋」をして、その兵士に触れられると思わず頬が赤くなってしまうとかいうものだった・・・・・・。今では私は『金曜日』を読むときには梁のページを絶対に開かないことにしている。それにしても、小説とはいえ、『金曜日』誌上で佐藤優の連載よりも生理的に読むに耐えない文章があるとは、空恐ろしい話である。

 ところで、梁石日の「慰安婦」観を受け入れるのは、せいぜい日本人男性の一部であって、女性の多くは反発するのではないか、という意見は当然あるだろう。私もそう思いたいところだが、話はそれほど単純ではないらしいのである。

 日本軍性奴隷制の被害者が当の日本軍兵士に「恋愛」感情を抱くことがあるという話は、それ自体が梁の創作というわけではなく、実際にそうしたエピソードを語る被害女性もいる(私自身も証言集会で聞いたことがあるし、梁は当然私よりもずっと詳しいだろう)。問題は、戦後補償運動関係者の中にも、こうしたエピソードをことさらに取り上げて、「ハルモニが、日本人にも良心的な人がいることを知って、日本人全員を憎まずに済んだことに希望がある」ということを本気で言っている日本人が少なくないらしいことである(私が知る限りでは、こういうことを言う人にはむしろ女性が多い)。どう考えても、希望どころか絶望を見る話だと思うのだが・・・。

 ところで、上記の見解は、結局は「日本人にも良心的な人たちがいる(いた)のだから、日本の植民地支配・侵略戦争の被害者も日本(人全体)を憎むべきではない」という主張に収斂していくと思われるが、こうした主張にはどこか聞き覚えがないだろうか?そう、これは「国民基金」における和田春樹らの論理と、見事に重なっているのである。一体これはどういうことなのか?彼ら・彼女らは「国民基金」を批判していたはずなのに、どうしてここまで「国民基金」と論理を共有しているのか?この問いについては改めて考えてみたいと思うが、ここでは差し当たり、彼ら・彼女らが「戦後日本」に回収されたと答えておこう。

 梁石日の『めぐりくる春』に関して、日本人として最も問題にすべきだと私が考えるのは、梁自身というより、日本社会における梁の消費構造である(もちろん梁を批判すべきでないと言っているわけではない)。リベラル・左派を含む日本人マジョリティが、アジア諸国および在日外国人からの対日批判を(過剰な「ナショナリズム」と「民族主義」に基づく)「反日」として切り捨てることへの欲望を持っている限り、日本のようなレイシスト国家において、その欲望に奉仕するマイノリティが生み出されるのは必然なのだから。梁石日は、他ならぬ「慰安婦」を、朝鮮人に「癒し」を求める現代の日本人マジョリティに媚びる存在として描いたことについて、彼自身の責任を負わなければならないだろう。だが、朝鮮人に「癒し」を求める日本人の責任は、梁個人の責任よりもはるかに重く、また徹底的に問われなければならない、と痛切に思う。

Comments:8

nessko 小説全部読んでから感想をお書きになった方がいいのでは? URL 2009-10-30 (金) 18:48

その小説はまだ連載中なんですよね。
せめて一通り全部読まないと、あなたが予想しているような方向に収斂するかどうかわからないじゃないですか。
それと、女性には、自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない傾向が、男性より強いのかもしれない、そういうことも想像してもらいたいですよね。

m_debugger Re: 小説全部読んでから感想をお書きになった方がいいのでは? URL 2009-10-31 (土) 22:07

>nesskoさん

率直なコメントありがとうございます。

では、私もはっきり書きますが、よりによって「慰安婦」が日本軍兵士に「恋」をして、兵士との行為によって性的な快楽を得る(初めて知る)という描写は、小説におけるその位置づけ(その後の展開を含む)とは無関係に、批判に値するのではないですか。
小説をすべて読んだ方が評価に説得力が増すのはわかりますが、これ以上読めないという自分の感性と判断が不当だとは思えません。

>それと、女性には、自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない傾向が、男性より強いのかもしれない、そういうことも想像してもらいたいですよね。

すみませんが、エントリーとの関連が理解できないのですが(そういうところが鈍感だというご指摘を受けそうですが)・・・。

これは、
・イベントに参加した女性(の一部)が佐高の発言に笑ったのは、佐高に象徴される日本人マジョリティ男性に「自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない」からではないかと、私は想像するべきである。
ということでしょうか?

それとも、
・この小説は、日本軍兵士に「自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない」「慰安婦」の微妙な心理をうまく捉えているのではないか。
というご指摘なのでしょうか?

あるいは、
・アジアの被害者に「自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない」からこそ、「慰安婦」と日本軍兵士との「恋愛」に希望を見出す日本人女性の心理を、私はもっと配慮するべきである。
というご意見なのでしょうか?

もしくはどれでもないのでしょうか?
申し訳ありませんが、教えていただければ助かります。

nessko 返信ありがとうございます URL 2009-10-31 (土) 23:47

まず、よくわからないと言われた点について。
私の言いたかったことは

>・アジアの被害者に「自分が憎まれたり嫌われたりしてないか過敏にならざるを得ない」からこそ、「慰安婦」と日本軍兵士との「恋愛」に希望を見出す日本人女性の心理を、私はもっと配慮するべきである。

になります。別に慰安婦と日本軍兵士が恋愛することに希望を見出す必要はありませんが、元慰安婦から「日本人全体を憎んでいるわけではない」と受け取れる言葉が出ると、日本人である自分が日本人だからといって憎しみや嫌悪の対象にされるわけではないと感じて、元慰安婦のようなアジアの被害者に関わっていくことへの心配や不安が薄まる、ということはあると思うんですね。「希望がある」という言い方をされると大仰過ぎると私も感じるんですが、ハルモニに直接会って話を聞いたりする女性ほど、相手が自分に嫌悪感を持っていないかどうかが気になったりするかもしれないので。

女性の場合、日常、相手に嫌われるというのが即具体的に自分の不利益になってはね返ってくることが多かったりするので、男性よりそういうちょっとしたことで妙に安心することがあってもおかしくないかなと。まあこれも私個人の感想でしかないですけど(そう言った当の女性は、「私はそんなつもりで言ったんじゃない!」、そう答えるかもしれませんよね)、あんまりその台詞そのまま受け取ってかんたんに決めつけないで欲しいかな、と。

小説については、こんなのは読んでられないと思われたのなら、もう仕方ないかな、だって、言われてみれば自分も好き嫌いで読むかどうか決めてるし、というところでしょうか。

梁石日『めぐりくる春』は、日本軍が慰安婦に対してどういうことをしていたかを描いていますので、小説を読むとそれがわかる、という点は評価してもいいのではないでしょうか。歴史書や史料みたいな形式だと読みづらいけれども小説なら読める、そういう人も多いでしょうから。

後、冒頭にある佐高信の上坂冬子に対しての発言ですが、私はリンクされた記事ではなく、WiLLで秦郁彦との対談での上坂氏の発言として知っております。そのWiLLですが、NHKと朝日がもめていた時期に出たもので、バウネットが主張していた従軍慰安婦の存在自体を否定する、あの時期ウヨがネット上で盛んに煽っていた論調を「正論」として雑誌全体で後押しするような内容になってました。その一部として上坂は対談で、元慰安婦の申し立てそのものをナンセンスだとする趣旨の話を秦郁彦と共にしていたのです。

当時、私自身、ウヨ言説がめずらしくて、今となっては恥ずかしいのですが、そのWiLLも買って読んで、こういう見方もあるのかと思ったりして、新しいことを知ったような気になったりしていました。当時は、あの上坂のような発言が、それなりに力を持って、無知な者に影響を与えていたのです。

そういう事情があったことを踏まえると、佐高信にしてみれば、バウネットが取り上げた従軍慰安婦問題そのものをなきものにする意図を持って、下品な言い方で元慰安婦をおとしめるような発言を公の場でしていた上坂に、下品には下品で反撃する、ということであえてああいう言い方をしたのではないか。だから、佐高のあの発言だけで佐高及びその場にいた人たちを切り捨てるのは、早計ではないか、と思います。

m_debugger Re: 返信ありがとうございます URL 2009-11-01 (日) 11:52

>nesskoさん

ご丁寧なお返事ありがとうございます。
nesskoさんがおっしゃることはだいたい理解できたと思います。

>ハルモニに直接会って話を聞いたりする女性ほど、相手が自分に嫌悪感を持っていないかどうかが気になったりするかもしれない

個人的な関係を作るときには、相手の感情は当然気になってきますよね。
その傾向が(日本人)男性よりも女性の方が強いということも、おっしゃる通りだと思います。

その上で、

>元慰安婦から「日本人全体を憎んでいるわけではない」と受け取れる言葉が出ると、日本人である自分が日本人だからといって憎しみや嫌悪の対象にされるわけではないと感じて、元慰安婦のようなアジアの被害者に関わっていくことへの心配や不安が薄まる、ということはあると思う

というご指摘は、理解はできますが、戦争責任・戦後責任を主体的に引き受けようとするなら、(戦後補償運動に関わる日本人女性に多いかもしれない)そうした心理は、やはり批判しなければならないと考えます。

なぜなら、そうした心理を配慮・肯定してしまえば、日本人が日本の植民地支配・侵略戦争の被害者に関わろうとしないこと、戦争責任・戦後責任を果たそうとしないことが、被害者の日本(人)への憎しみや嫌悪ゆえだという「論理」が成立してしまう余地があるからです。
簡単に言えば、「日本人全体を憎んでいるわけではない」という被害者と、「日本人全体を憎んでいる」という被害者のうち、前者に対する戦後補償を優先するような権利は日本人にはない、ということですが。

さらに言えば、日本国家に法的な戦争責任・戦後責任を一切果たさせずにここまできてしまった国民は、アジアの民衆に憎悪・軽蔑されて当然だと私は思っています。
そうした状況を変えるためにも戦後補償が必要なわけで、それが果たされない状態で、アジアの被害者に憎まれたり嫌われたりしない権利が日本人にあるとは思えません。

>あんまりその台詞そのまま受け取ってかんたんに決めつけないで欲しいかな、と。

確かに私の文章は断定調が多いので、もう少しいろいろと配慮が必要ですね。
ただ、同じことは、元「慰安婦」の朝鮮人女性が語る日本軍兵士との「恋愛」を、朝鮮人と日本人との人間的な関係性として、そのまま受け取ってしまう、日本人に対しても言えるのではないでしょうか。

>そういう事情があったことを踏まえると、佐高信にしてみれば、バウネットが取り上げた従軍慰安婦問題そのものをなきものにする意図を持って、下品な言い方で元慰安婦をおとしめるような発言を公の場でしていた上坂に、下品には下品で反撃する、ということであえてああいう言い方をしたのではないか。

佐高の意図はご指摘の通りだと思いますが、その「下品」さが結局は差別的なジェンダー観を肯定しているのが問題だと思うのですよね。

例えば、今日も日本人レイシスト集団が朝鮮大学校に押しかけているのですが、「朝鮮大学校はこれまでも様々な凶悪犯罪者を日本国内に送り出しており、国内治安を脅かす元凶となっている」というかれらの言説に対して、「「在特会」の方が朝鮮人よりもよっぽど「国益」を損なっている」という言説で「反撃」することはできるでしょうか。
こうした言説は、結局は「国益」論的価値観を「在特会」と共有しているのですから、その点を叩かなければ有効な対抗言論にはならないでしょう。
佐高の発言も同じことだと思います。

以上です。長くなってすみません。

ZED 「めぐりくる春」は金曜日共々沈没の可能性大 URL 2009-11-04 (水) 10:33

梁石日の小説が完結する前に週刊金曜日のXデーが来るかもしれません。くわしくは以下を参照下さい。
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m_debugger Re: 「めぐりくる春」は金曜日共々沈没の可能性大 URL 2009-11-04 (水) 22:12

>ZEDさん

素敵な情報ありがとうございます。

> 『週刊金曜日』愛読者の方やライター仲間に水を差すようで悪いのですが、私は当分の間、執筆・情報協力を一切ボイコットをする旨、『週刊金曜日』編集部に伝えました。
> 理由は色々ありますが何と言っても一番の理由は、ライターや編集者から預かった取材対象者の名刺を基に定期購読を呼びかける営業活動を行い、ライターを中心に現場は大混乱したこと。

>大体、取材対象者の名刺を参考に営業活動を行うなど目茶苦茶です。この話を他誌の編集者にすると、
> 「末期症状でしょう」 
> と呆れてました。

http://blog.livedoor.jp/abudala777/archives/51320616.html

・・・いやー、ブラック・ジャーナリズム炸裂ですね。
さっそくエントリーでも紹介することにします。

K オカルト金曜日 URL 2010-08-23 (月) 08:58

週刊金曜日はいっそのこと
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2010年08月21日
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m_debugger Re: オカルト金曜日 URL 2010-08-26 (木) 22:19

>Kさん

お返事遅れてすみません。千島学説とやらは初めて知りましたが、こんな投稿を掲載するからには、『金曜日』編集部にとって、読者は単なる金ヅル+情報操作の対象でしかないのかもしれませんね。経営はカルト法人のようには甘くはないので、金曜日自体の廃業はそう遠くないんじゃないでしょうか。業界の癒着が一段と進行して、似たような雑誌は延命するのでしょうが。
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