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民主党を勝手に応援する会:護憲部 (後半)

【11/26 追記】金光翔さんからいただいた批判については、11月26日付のエントリーをご覧ください。

■目次
(1) 小泉政権のように「がんばり抜いたら光が見える」?
(2) 沖縄の反基地闘争闘争に見る国民主義
(3) 労働・環境運動における「国益」論的価値観の浸透
(4) 改憲政党に進んで寄り添う護憲論
(5) 渡辺治の「新自由主義」観とその論理の変質

(2) 沖縄の反基地闘争闘争における国民主義

 前半からだいぶ間が空いてしまったが、『週刊金曜日』10月23日号の特集「NGOは新政権に何を期待するか」を取り上げる。特集では、「憲法・防衛・労働・司法・福祉・環境・教育・財政」に関して、「それぞれの分野で足腰の強い活動を展開しているNGOの中から七団体」(▼5)(財政に関しては経済学者)が寄稿している。内容は、以前書いたように、「自らを民主党に対する「優秀」な叱咤激励役(主観的には教師役のつもりなのだろうが、有体に言えば単なる応援団である)として再編している」ものがほとんどで(ただし「司法」の寄稿者は「民主党政権に期待することなど何もない」(▼6)と言い切っているが)、総じて国民主義を消極的あるいは積極的に容認するものばかりである。

 例えば、「防衛」をテーマにした記事は、本土が米軍基地の75%を沖縄に押しつけてきた歴史的経緯に続けて、次のように語っている。


 こうした歴史から、戦後長らく与党の座にあった自民党(及びそれと連立した公明党)は、おそらく沖縄は米国の所有物であって、日本の領土とは思っていなかったのではないか。だからこそ世界で例がないほど属国的な「地位協定」で沖縄での米兵の犯罪や事故を野放しにし、無数の基地被害を見て見ぬふりをしてきたのだろう。(▼7)(強調は引用者による)


 「日本人よ、君たちは沖縄のことに口を出すな」として、富村順一が東京タワーの展望台を占拠したのは、1970年7月のことだったが、富村の「告発と糾弾が、究極のところ国家と国家権力を拒絶し、みずから国民として在りつづけることを拒絶する論理を内在させることで、国家を成り立たせる権力による体制秩序の論理を、同じく国家を成り立たせる構成基盤を形成する極小単位としての<個>の部分から鋭く撃つことによって、国家と国家権力の側の論理を内側から突き崩し、腐敗させていく行為」(▼8)(強調は著者による)であったとすれば、上記の主張は、端的に言って、「みずから国民として」(本土の日本人マジョリティに)承認されることを求める論理を内在していると言える。私は沖縄の反基地闘争を否定する気はまったくない(以前も書いたように米軍基地は東京に集中させるべきだと思っている)が、一方で、沖縄の運動の多く(無論すべてではない)が論理内在的に国民主義的な限界を持つことは否定できないと考える(もちろん、その限界を沖縄に強いているのは、本土の日本人マジョリティであるわけだが)。

 記事はさらに以下のように続く。


 これまで沖縄で反基地・平和を闘ってきた勢力は、あえて民主党政権を応援し、支えるサポーターになろうと考えている。三党合意にも普天間基地の名前は出てこないが、これに取り組もうとする意欲を読み取ってきたつもりだ。同時に注文すべきことは注文し、叱咤激励していく。

 だがもしこれまでの自民党のような卑屈きわまる対米従属外交を変わらずに続けるようであれば、その時は容赦はしない。県民の怒りも爆発するだろう。(▼9)(強調は引用者による。以下同様)


 福島みずほは、本日(11月8日)沖縄で開かれた「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」に欠席したとのことである。基地問題に限らず、主観的な願望を投影して民主党政権の「意欲を読み取っ」たところで、現実的な効用はまったく期待できないと思うのだが・・・。


 一度は「出席」とした福島氏。6日夕には記者団に「党の主張は全く変わらない。県外・国外移設のために全力をあげる」と、党首としての姿勢を強調した。だが、大会を欠席する説明にはなっておらず、党内から「最初から行くなんて言わなきゃよかった」(幹部)との声が漏れた。


 朝日新聞 [11/6]:「福島党首、沖縄県民集会への出席取りやめ 内閣に遠慮」
 http://www.asahi.com/politics/update/1106/TKY200911060371.html


(3) 労働・環境運動における「国益」論的価値観の浸透

 民主党政権に対する(私には根拠のよくわからない)こうした期待は、「労働」の記事でも繰り返し表明されている。


 しかし、注意していかなければならない。政党に限らないが、組織というものは時間が経てば大抵腐っていく。その点では、私たちは常に民主党を見続け、政策提言を行ない、おかしなことをしていれば口出しをすることが大切だと思っている。それでも民主党が腐敗し、自民党のような政権になってしまって、人の命や生活さえ守れない国になるのなら、国境という概念などもういらないと思う。そんな私もやはりアナキストなのかもしれないが(笑)。(▼10)


 (先進国の)国境を維持すべき理由が(国内で)「人の命や生活」が守られていることだとする(先進国の国民による)主張は、アナーキズムではなく端的に国民主義そのものであり、排外主義にも直結すると思うのだが・・・。これでは民主党政権が現時点ですでに十分「腐敗」していることに気づかないのも無理はないのかもしれない。

 「環境」についての記事も遺憾なくひどい。


 (注:「一二月にデンマークで開かれる国連気候変動枠組条約第一五回締約国会議」での)交渉を控え、日本が留意しなければならない点は、世界の排出量削減と、欧米亜などの公平な企業間の競争条件の確保は切り離せないことだ。オバマ米大統領は、積極的に温暖化対策に取り組むとしているが、二〇年までに九〇年比〇%としか表明していない(注)。日本と同等の削減義務を欧米各国が負わない場合、日本企業の国際競争力の低下や、海外の排出枠購入のため税金の過大な国外流出を招く恐れがある。失業増加や賃金低下などで最も深刻な被害を受けるのは低所得者層である。公平な枠組が構築できない場合は、日本の中間目標見直しも検討すべきだ。(▼11)


 ここで述べられている「国益」論的立場は、「世界銀行は公害産業を開発途上にもっと移転することを推奨すべきである」とするサマーズ・メモの論理を、少なくとも部分的に肯定するものであると言えるだろう。「日本企業の国際競争力」とやらが、第三世界の政府を恫喝・懐柔して労働者の基本的権利を奪い続けること(組合員の大量解雇や国家警察によるストライキ弾圧、非正規雇用の拡大とそれを利用した御用組合の結成、軍隊による脅迫と監視など)によって維持されてきたことは、『トヨタ・イン・フィリピン―グローバル時代の国際連帯』(▼12)などを読めばよくわかる。「日本企業の国際競争力」は、「最も深刻な被害を」第三世界にアウトソーシングすることで初めて確保できるのであり、『金曜日』はそうした構造的暴力を積極的に肯定する「NGO」の提言をわざわざ(依頼して)掲載しているわけである。

 『金曜日』の北村編集長は、石坂啓の連載(「ピョンタくんの楽しい戦争」)を、「あんな漫画を楽しみにしている読者はいない」と言って、強引に打ち切ったそうだが、現在の『金曜日』の水準からすれば、もう全項ピョンタに差し替えでよいんじゃないだろうか(あまりちゃんと読んでいなかったから、もしかすると間違っているかもしれないが、ピョンタは見るからに無害そうだという一点で、個人的には大いに評価できる連載だった)。


(4) 改憲政党に進んで寄り添う護憲論

 というように、いろいろと突っ込みどころのある特集なのだが、私が最も問題だと思ったのは、高田健氏が寄稿している「憲法」の記事である。高田健氏と言えば、「許すな!憲法改悪・市民連絡会」の事務局次長で、「九条の会」事務局員でもある。その高田氏が、護憲派ジャーナリズムである(と一般に見なされている)『週刊金曜日』で、次のような楽観論を語っているというのは、一体どういうことなのか?こうした記事が、民主党政権への読者の警戒心を解く結果にしかならないことは、あまりにも明らかではないのか?


 民主・社民・国民新党の「政策合意」において、「平和主義」「国民主権」「基本的人権の尊重」という憲法三原則の遵守をうたっている以上、現連立政権下で明文改憲はないと見ている。少なくとも来年の参議院選挙までは大丈夫だ。この三党はこの五月に衆議院の憲法審査会の規程が自公によって強行採決されたときも、反対に回った。

 来年の五月には改憲手続き法の凍結部分が同法成立から三年を経て解除されるが、附則にある投票権者の年齢の問題や、同法が参院で採決された時の附帯決議も未処理のままだ。憲法審査会は始動すらしていない。同法がこのように実効性を持たないのだから、改憲論議がすぐに始まることはないのではないか。

 先日、『毎日新聞』が今回の選挙に立候補した全候補者に対して行なったアンケート調査によると、当選した三〇八人の民主党議員のうち、一九〇人が九条改憲に反対と答えている。特に新人議員に「九条改憲必要なし」と考える人が多い。もちろん鳩山由紀夫首相と小沢一郎幹事長はともに改憲を明言してきた人たちだ。鳩山氏は『新憲法試案』(PHP研究所)という著作もあり、昨年三月以来、新憲法制定議員同盟の「顧問」を務めている。しかし今回の選挙で民主党は「改憲」ではなく「生活第一」を掲げて戦った。小沢氏も世論に敏感であるだけに、強引に改憲に手をつけることはないのではないか。鳩山首相には先月、議員同盟顧問の辞職要請と署名を事務所に提出した。回答はまだない。

 現政権に望むことは、この一〇年、自公政権で強まった明文改憲の動きを、「政策合意」で確認したような立場で清算してほしいということだ。(▼13)


 国民投票法(改憲手続法)が施行されるのが2010年5月18日なのだから、来年の7月に予定されている参院選までは「明文改憲はない」と言い切ってみたところで、たいして何かを言っていることにはならないと思うのだが・・・。佐高による福島みずほのインタビューがそうであったように、高田氏の文章も、こうした楽観論を当人が本気で信じているわけではないことを示唆するような記述が多い。「改憲論議がすぐに始まることはないのではないか」「強引に改憲に手をつけることはないのではないか」といった表現が、あまり説得力のない論理に続いていることなどからも、そうしたことが伺えると思う。

 私が特に気になったのは、民主党幹事長の小沢一郎が10月7日の記者会見で(解釈改憲を可能にする)内閣法制局長官の答弁禁止を打ち出したことについて、高田氏が一切触れていないことである。以下のくだりを読む限り、この記事が執筆された時期は、早くとも10月6日以降であることがわかる。


 先日、長島昭久防衛政務官が国会承認を条件に給油を容認するような発言を行ない、福島みずほ消費者・少子化担当相が牽制、北沢俊美防衛相が最終的に火消しに回った。この政権は実に微妙な力関係のもとに成り立っている。NGOが国会議員に対する働きかけを強め、よい方向にもっていくことが重要だろう。(▼14)


 高田氏が管理しているブログ「許すな!憲法改悪・市民連絡会」では、10月8日付で「憲法解釈 内閣法制局長官の答弁禁止 小沢氏が意向」というエントリーが掲載されているが、仮に、この記事が執筆されたのが10月6日か10月7日のいずれかだとすれば、(解釈改憲を可能にする)民主党の国会法改定案について、『金曜日』の記事執筆時点で高田氏が取り上げなかったのは当然と言えるだろう。ところが、高田氏は10月26日付の「NPJ通信」の連載記事(「高田健の憲法問題国会ウォッチング」、初出は10月25日)でもこの問題に触れておらず、むしろ民主党および小沢一郎が(明文改憲はもちろん)解釈改憲にさえ一貫して反対してきた(いる)かのような(印象を読者に与える)議論を展開しているのである。以下に引用してみよう。


 自衛隊の海外派兵をやめさせる課題も切実である。欧米諸国のアフガン戦争を支援する自衛鑑艦のインド洋での給油活動をやめさせ、海賊対処に名を借りたアフリカ東海岸周辺への自衛隊の派兵を撤回する課題である。すでに長島昭久防衛政務官が国会承認条項を付加して給油法を延長するという案を語って、福島国務相などから抗議されているし、政権内では派遣された自衛官を東アフリカの海賊対処に振り向ける(福山哲郎外務副大臣、長島昭久防衛政務官) などという案も語られている。あらためて詳細な議論は必要がないと思うが、この「自衛艦による外国軍艦への給油」 については民主党も野党時代に反対していたものであるし、当時、小沢幹事長は 「憲法違反だ」とまで厳しく指摘していた (雑誌 『世界』 2007年11月号掲載論文) のであり、自衛艦の撤退は自明の理である。


 NPJ通信 高田健の憲法問題国会ウォッチング:「臨時国会をめぐる鳩山内閣の動向と市民運動の対応」
 http://www.news-pj.net/npj/takada-ken/006.html

 誤解のないように書き添えておくと、私は高田氏の護憲(反改憲)運動そのものを批判しようとしているわけではない。そうではなく、護憲(反改憲)勢力における高田氏の位置を重く見るからこそ、高田氏が民主党に融和的な楽観論を唱えることが、『金曜日』や「NPJ」(のような一般には護憲派ジャーナリズムと見なされるメディア)の読者にどのような質的および量的な影響を与えるかということについて、危惧しないわけにはいかないのである。


 私どもが当面行なうべきことは、インド洋での自衛隊による給油活動や米軍再編にともなう基地の強化など、解釈改憲の具体化の動きをとめることだ。そのためにロビーイングや国会外の運動を積極的に展開している。参議院選挙後を睨んでは、どんな事態になっても明文改憲の動きが出てこないような力を、草の根につくっていくことが重要だと思っている。(▼15)


 民主党政権下において「解釈改憲の具体化の動きをとめる」ためには、安全保障基本法に代表される民主党の基本的な路線をこそ、徹底的に批判していかなければならないのではないか。民主党政権との敵対ではなく協力によってこそ改憲を阻止することができるとでもいうような、こうした論理が護憲(反改憲)派に浸透してしまえば(もうしているような気もするが)、護憲(反改憲)派の自壊はよりいっそう雪崩れを打って進行することになるだろう。

 そもそも、高田氏のような(護憲派界隈で)著名な人物が<佐藤優現象>の中心的な担い手である『金曜日』のような雑誌に投稿すること自体が、すでに十分問題であるわけで、高田氏の『金曜日』への今回の寄稿は、その形式においても内容においても、批判に値すると私は考える。

 ところで、どうでもよいのだが、『金曜日』のこの特集では、それぞれの記事にイラストがついていて、「憲法」の記事には、植え込みのある二階建ての小奇麗なマンションの表通りで、父親と母親と娘の家族3人が、寄り添って微笑んでいるというイラストが描かれている。完全に余計なお世話だろうが、こういう不気味な(家族イデオロギーの押し付けなどという以前に普通に怖い)センスも、読者を引かせるのに一役買っているということを、『金曜日』編集部は自覚した方がよいのではないだろうか。


(5) 渡辺治の「新自由主義」観とその論理の変質

 以上、『金曜日』の記事について見てきたが、民主党を勝手に応援する人々は、何も『金曜日』の関係者に限らない。岩波書店はわざわざ『世界』の増刊号を出して民主党にエールを送っている(本屋で流し読みをしたが、いくつかの記事を除いては読むに耐える文章はなさそうである)し、リベラル・左派系雑誌全般が似たような状況のようである。

 その中でもとりわけ見過ごせないのが、渡辺治の『現代思想』10月号の「鳩山政権と新自由主義の行方」および『世界』12月号の「新自由主義転換期の日本と東京」だろう。詳しくは別エントリーに譲る(予定である)が、これらの記事において、渡辺は、リベラル・左派が民主党政権に取り込まれることを積極的に肯定する理論を提供している。

【11/9 追記】 当初は続きがあったのですが、わかりづらかったため、近日中に別エントリーに差し替えます。すみません。


(▼5) 「NGOは新政権に何を期待するか」、『週刊金曜日』2009年10月23日号、pp.10-19

(▼6) 藤田正人、「部分改良の余地はない、裁判員制度は即刻廃止を」、『週刊金曜日』2009年10月23日号、p.14

(▼7) 安次富浩、「普天間県内移設を拒否し対米従属外交の大転換を」、『週刊金曜日』2009年10月23日号、p.12

(▼8) 新川明、「一人の表現者」、『反国家の兇区』、社会評論社、1996年、pp.57-58

(▼9) 安次富浩、「普天間県内移設を拒否し対米従属外交の大転換を」、『週刊金曜日』2009年10月23日号、p.12

(▼10) 小林蓮実、「フリーランスの労働者も安心して生きられる社会に」、『週刊金曜日』2009年10月23日号、p.13

(▼11) 足立治郎、「場合によっては、中長期目標見直しも視野に」、『週刊金曜日』2009年10月23日号、p.16

(▼12) 遠野はるひ・金子文夫 、『トヨタ・イン・フィリピン―グローバル時代の国際連帯』、社会評論社、2008年

(▼13) 高田健、「自公政権で強まった明文改憲の動きを清算せよ」、『週刊金曜日』2009年10月23日号、p.11

(▼14) 同上

(▼15) 同上

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