スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Comments:-

Comment Form

Trackback+Pingback:-

TrackBack URL for this entry
http://mdebugger.blog88.fc2.com/tb.php/53-c49cacf9
Listed below are links to weblogs that reference
スポンサーサイト from media debugger

Home > スポンサー広告 > 高橋哲哉「感情の錬金術」としての天皇訪韓肯定論 (前半)

高橋哲哉「感情の錬金術」としての天皇訪韓肯定論 (前半)

■目次
(1) はじめに
(2) 他者からの呼びかけの相対化
(3) 「正義」から「感情」への逃走
(4) 「感情の錬金術」としての天皇訪韓肯定論
(5) 法的責任の概念の隠蔽
(6) 道義的責任の無条件の肯定
(7) おわりに


(1) はじめに

 高橋哲哉の「2010年の戦後責任論」については、すでにブログで批判したが(「「慰安婦」立法と「国民基金」の連続性を問う」第2章第7節第8節)、それにしても高橋はいつからこんなことになってしまったのだろう?というわけで、高橋哲哉『状況への発言――靖国そして教育』(青土社、2007年)を読んでみた。

 本書には2004年4月から2007年9月までの間の高橋の論考が収められているが、その中で私が強い反発を覚えた最初の論考が、「2010年の戦後責任論」でも言及されている「応答の失敗」(初出は『現代思想』2005年6月号)である。この時期の高橋は、『靖国問題』が出版されたり(2005年4月)、『前夜』3号(2005年春号)でも「戦後」を再考する文章(「カヽル試練ナクシテハ……」)を寄稿し、中野敏男・中西新太郎・徐京植らと「徹底討論」(「「戦後」とは何だったのか」)をしていたりと、言説には一見ブレがなさそうであり、私もそう思っていたのだが、どうやらそれは間違いだったようだ。この「応答の失敗」で、高橋はなんと、天皇(訪韓)を日本の戦争責任・戦後責任の(履行における)決定打として肯定する論理を展開しているのである。

 「応答の失敗」は、①「民主化と対日批判」、②「90年代――応答の失敗」、③「ドイツと日本の戦後」、④「靖国」、という4つの章から成っている。どの章もそれなりに突っ込みどころが多いのだが、『戦後責任論』の論理からの変質という点で言えば、最大のポイントは以下の3つだろう。

1.他者からの呼びかけの相対化(1章)

 『戦後責任論』では他者との関係を作り直すための契機として肯定的に捉えられていた他者からの呼びかけが、「応答の失敗」においては他者の立場に単に配慮する必要性があるというレベルにまで相対化されている。

2.「正義」から「感情」への逃走(2章)

 『戦後責任論』では「正義」にもとづいて要請されていた応答可能性が、「応答の失敗」においては被害国・被害者の「感情」の取り扱い問題にすり替わっている。

3.法的責任の概念の隠蔽(2章、3章)

 『戦後責任論』では当然果たすべきとされていた法的責任が、「応答の失敗」においては隠蔽され、日本政府の責任が道義的責任に矮小化されている。

 天皇の訪韓を積極的に肯定する論理も、『戦後責任論』からのこれらの変質によって初めて可能になっていると思われる。順を追って説明していこう。


(2) 他者からの呼びかけの相対化

 高橋は冒頭で「韓国、中国との関係がにわかに緊張しています」と切り出し、「三・一独立運動記念日の演説で、盧武鉉大統領が異例に厳しい対日批判を行な」(p.15)ったこと、「その後、中国で「反日デモ」が起こり」、「歴史問題が対日批判という形で取り上げられ」(p.17)たことを語っている。高橋は、韓国・中国による対日批判を「行き過ぎ」や「反日」として非難する「朝日新聞」や「右派系のメディア」の論調とは表面的に距離を置きながらも、次のように驚くべき論理を展開していく。


竹島(独島)問題は以前からあり、これを領土問題とみなすと歴史教科書等の「歴史問題」とは別物のように見えます。しかし韓国から見れば、これは歴史問題の一つでもあるのです。(p.15)(強調は引用者による。以下同様)


 初っ端(本文4行目)から高橋の行く末が案じられる発言である。こんな「相対主義」をいったん掲げてしまえば、以下のようなバカげた主張にも実質的には対抗できなくなってしまうと思うのだが・・・。

 「躾(虐待)問題は以前からあり、これを愛情問題とみなすとDV等の「暴力問題」とは別物のように見えます。しかし被害者から見れば、これは暴力問題の一つでもあるのです。」


「今年(二〇〇五年)は一九〇五年に日本が韓国の外交権を奪い、事実上の保護国化した「第二次日韓協約」(乙巳条約)から百周年です。この条約に先立ち日露戦争中、日本軍が韓国全土を制圧する中で、同年二月二二日の島根県告示によって日本政府は、韓国政府に通告することなく、竹島を日本領に編入したとしました。したがって韓国側から見れば、島根県告示は、日露戦争から韓国併合条約(一九一〇年)に至る日本の韓国侵略プロセスの中で、最初の「併合」事件だったと見られるわけです。」(pp.15-16)


 「したがって被害者側から見れば、「誰のおかげで食えてると思ってるんだ」発言は、精神的虐待から身体的虐待に至る父親からの虐待プロセスの中で、最初の「DV」事件だったと見られるわけです。」


 その後、中国で「反日デモ」が起こりました。大方の予想を裏切って、主要大都市で大規模なデモが行なわれ、日本のメディアの表現では「一部暴徒化」して、日本大使館や日本領事館、日本企業などの被害が出た。そこでも同じように歴史問題が対日批判という形で取り上げられ、日本の常任理事国入りの問題、尖閣諸島の問題など、日中間の懸案も対日批判のテーマとして揃って取り上げられました。日本のメディアは韓国報道以上に、「反日暴動」という「一部暴徒化」の動きを強調することによって、日本政府の「謝罪と補償」の要求が最大の問題であるかのように報道しています。問題を掘り下げて分析しているメディアはほとんどありません。(p.17)


 中国バッシングに対する高橋の「分析」も、どこが「掘り下」がっているのか、私にはまったくわからない。日本政府による戦後補償の不在が中国の「反日デモ」の根底にあることは間違いないわけで、「日本のメディア」が「日本政府の「謝罪と補償」の要求が最大の問題であるかのように報道してい」ることは、「問題を掘り下げて分析している」かどうかは別として、それ自体は誤りではないと思う。

 それよりも、「「反日暴動」という「一部暴徒化」の動きを強調することによって、日本政府の「謝罪と補償」の要求が最大の問題であるかのように報道してい」ることが問題だとする高橋の論理の方が、私にはよほど不思議である。どうして、「「反日暴動」という「一部暴徒化」の動きを強調すること」が、実は本質ではない(と高橋が考えているらしい)「日本政府の「謝罪と補償」の要求が最大の問題であるかのよう」な報道につながる(と高橋は考えている)のか?もしかして、日本政府に「謝罪と補償」を要求する中国人は「暴徒」のような「理性」のない連中だけであり、「理性」的な中国人は「反日デモ」に参加するにしても別の思惑で動いている、という認識を、高橋も暗に共有しているということなのだろうか?


また民衆レベルで、市民社会が発展している韓国はもちろん、中国においても政府の統制の効かないところで自由な主張が出てくるようになった。それがインターネットなどで大勢の人々に即座に伝わり広がっていく。これは大きく言うと「民主化」です。民主化が進んだことが、逆説的に強い対日批判になって現われてきているのではないか。(p.17)


 どうして民主化と対日批判が逆説で結ばれなければならないのか?まるで意味がわからない。アジア諸国で民主化が進めば対日批判が高まるのは当然すぎるほど当然のことであって、そこに逆説の出る幕などないだろう。言い換えれば、「市民」が「強い対日批判」を行わない日本社会は、いまだに民主化されているとは言いがたいということである。高橋が民主化と対日批判を逆説でつないでいるのは、実は高橋自身が中・韓の対日批判を本音では疎ましいと思い始めていたことの表れではないだろうか?単純に言えば、アジア諸国の民主化は望ましいが対日批判は望ましくない、歓迎すべき現象によってかえって問題が生じている、そういう(無)意識が高橋にあるからこそ、両者の関係が逆説によって規定されているのではないだろうか?


韓国の場合、市民社会が中国よりも成熟していますから、日本人とのつきあいでもストレートに感情的に出てくるわけではない。ところが今回は、相当激しい批判が出てきた。それを日本人がどう受け止めるのかということが問題です。(pp.19-20)


 上記の「それ」は、韓国による対日批判であって、中国による対日批判は含まれないようである。これは高橋が少なくとも中国の「反日デモ」を内心では苦々しく思っていたことを伺わせる発言ではないだろうか。高橋は、それらを「反日」として切り捨てるところまでは行っていないが、せいぜい韓国や中国「から見れば」そうした「反日」は「歴史問題の一つでもある」として「配慮」を示しているにすぎないのだから、結局はアジアからの呼びかけを「増長」と見なす朝日新聞や右派系のメディアにも対抗できないだろう(▼1)

 いずれにせよ、高橋が、他者からの呼びかけを相対化することで、かつてのようにそれらを希望として、すなわち「侵略戦争や植民地支配を可能にしたこの社会のあり方を根本から克服し、日本を「日本とは別のもの」に開かれた「別の日本」に変革していく」(『戦後責任論』、講談社、1999年、p.51)契機として捉える論理と倫理をすでに失いつつあったことは、ここまででもある程度見えてきたと思う。


(3) 「正義」から「感情」への逃走

 では、高橋はなぜ他者からの呼びかけを相対化するようになってしまったのだろうか?それは前章で見たように、高橋自身が他者からの呼びかけをすでに希望として捉えられなくなりつつあったことがまず一つにあると思うが、これと関連して、高橋が応答可能性を「人間の社会的条件の本質」(ハンナ・アーレント)である「正義」の要請から、他者の「感情」の要請にすり替えていることが挙げられる。日本軍「慰安婦」問題(性奴隷制)について、高橋は次のように述べているのである。


 元「慰安婦」の人々の批判的な呼びかけは、「どうして半世紀も私たちを無視しつづけたのか、傷ついたままここまで来ている私たちに謝ってほしい、償いをして欲しい」という形で出てきました。それは、加害者のくせに何もしてこなかったではないか、という批判です。しかし同時に、いまここで心から謝ってくれればそれを受け入れようということでもあった。償いといっても別にお金が欲しいわけではない。謝ってほしい。心から謝ってもらいたい。元「慰安婦」のハルモニたちは盛んにそう言ってきました。(pp.20-21)


 これは、あたかも責任者処罰や真相究明、賠償を不要とする立場が被害当事者の総意であるかのように、読者に錯覚させようとする説明ではないだろうか。文中には姜徳景さんの名前も出てくるが、高橋は彼女の責任者処罰の要求については一言も触れていない。この奇妙な沈黙は、『戦後責任論』の読者にとっては実に不気味なものだろう。代わりに高橋が焦点化しているのは「感情」の問題である。


 この問題の感情的側面ということを強調しましたが、韓国や中国の人たちから、日本に対する控えめに言えば不満、強く言えば憤怒がふつふつと湧き上がっている。韓国の研究者と議論していて感じるのは、感情の問題です。事態を冷静に見て議論している研究者たちが、やはり感情の問題が大きいと言う彼ら彼女らが言うには、ハルモニたちもお金の問題ではないといっている。あるいは、日韓条約見直しと言っても、賠償を今からやり直せと本当に要求するかどうかは別問題である。そうではなくて、日本側の政治家が何度か「お詫び」をしたものの、そこには誠意が見られない。だから信用できない。一方で謝罪があると、他方でいつもそれを裏切る行為が行なわれる。もし誠意を感じさせてくれる何かがあれば、その不満や怒り、不信は、本当に春になって雪や氷が溶けるように溶けていくのではないかと言うわけです。(p.25)


 重要なのは、高橋が「この問題の感情的側面ということを強調」しているのは、高橋自身、あるいは自らの責任からの強烈な逃避願望を抱えている「日本国家/日本人」の感情の要請ではなく、あくまで被害国・被害者の感情の要請(を日本人の一人である高橋が「配慮」した結果)である、と高橋が繰り返しアピールしている点である。簡単に言えば、アジアの民衆が望んでいるのは、「日韓条約見直し」や「賠償」といった日本政府の法的責任の原則的な履行ではなく、自分たちの「不満や怒り、不信」を、「春になって雪や氷が溶けるように溶」かしてくれる、「誠意を感じさせてくれる何か」である、というわけだ。言いたいことはいろいろあるが、とりあえず引用を続けよう。


 三月末に私はソウル大学の韓国文化研究所で講演をしたのですが、招いてくださった李泰鎮教授は、韓国併合無効論、法的無効論で知られる歴史家です。その彼が、本当に賠償をするという話ではないだろうと言う。むしろ感情の問題という面がきわめて強く、硬く冷たい氷を一挙に溶かすような象徴的な行為が日本からまったく見えてこないのが残念だという言い方をしています。(pp.25-26)


 こんな一面的な紹介をされては本人も不本意だと思うので、正確な発言を引いておこう。10年以上前の論文だが、李泰鎮のこの間の言説を見ても、現在と立場が大きく変わっているわけでもなさそうである。

 「日本が韓国支配の不法性を認めれば、日本政府は三六年間の不法支配に対する賠償金を韓国に支払わねばならない。しかし両国間の「過去の問題」を、真実に基づいて解決策を見出さねばならないという主張〔注:韓国「併合」不成立論〕は、より多くの賠償金を受け取ろうとする意図を持っているのでは決してない。真実を尊重し不法性を認めるならば、賠償金問題は別の次元において解決策を得ることもできる。例えば韓国政府に対する日本の国家次元の賠償金は、一九六五年の協定に従って支払われた「経済協力金」を「独立祝賀金」ではなく「賠償金」に直して、明確にするという点で済ませ、個人に対する被害補償と北韓(朝鮮民主主義人民共和国)に関しては、原則的に解決する方案のようなものが提示され得る。大韓帝国の国権侵奪過程において犯した欺瞞と強制、三六年間の残酷を極めた「植民地」統治の過ちなどに対する日本国家の法的認定と、これに対する実践的表現としての賠償金の支払いがどのような形態であれ成されない限り、韓日両国の将来は決して明るくはないであろう。」(李泰鎮、「韓国併合は成立していない(下)」、『世界』1998年8月号、p.196)


(4) 「感情の錬金術」としての天皇訪韓肯定論

 それでは、(朝鮮人自身が求めていると)高橋が言う、朝鮮人の心の比喩である(と朝鮮人自身が考えていると高橋が捉えている)ところの「硬く冷たい氷を一挙に溶かすような象徴的な行為」とは、いったい何なのだろうか(くどい文章で申し訳ない)。それが天皇訪韓なのである。


 別の研究者は、ハルモニたちが日本大使館の前で水曜デモをしているところに天皇が行ってハルモニの手を握り、謝罪の言葉を述べるようなことがあれば、それは決定的な行為になるだろうと言います。およそ想像しにくい事態ですが、韓国側からするとやはり天皇だということでしょう。植民地時代、朝鮮総督は天皇に直令していましたし、日本軍の最高司令官もやはり天皇でした。だからこそそういう意見が研究者の中からも出てくる。ハルモニたちは天皇に謝って欲しいと言って出てきた。もしそういう象徴的な行為があれば、事態は劇的に変わるだろうと言うのです。(p.26)


 ・・・・・・朝鮮人の「不満や怒り、不信」=「硬く冷たい氷」を、「一挙に溶かすような象徴的な行為」=「春」の陽だまりは、天皇訪韓なのだそうだ。しかも、高橋によれば、天皇訪韓は朝鮮人自身が切望していることになっているのである(▼2)。なんだか目眩がしてくるが、もう少し続けてみよう。「硬く冷たい氷を一挙に溶かすような象徴的な行為」が天皇の訪問によって(のみ初めて)完成する、というこの論理は、何かと似ていないだろうか?結論から言えば、これは高橋が『靖国問題』で批判した「感情の錬金術」につながる問題であると私は思う。高橋は本書に収録された「まず憲法原則から考えよう」(初出は『世界』2006年10月号)という論考(インタビュー)で、「感情の錬金術」について以下のようなエピソードを交えて語っている。

 「靖国神社が国民意識に対してもった役割は、私は「感情の錬金術」(『靖国問題』第一章)と呼びましたが、戦死の悲しみを名誉心に変えていくものです。とくに遺族に果たした役割は大きく、靖国の臨時大祭に招かれた遺族が、天皇が参拝するのを見て、感激し、「でかした、わが息子」といって戦死を受け入れていくことになるのです。

 かつて「軍国の母」として顕彰された筒井松という高知県の女性は、三人の息子の戦死を聞いて「何とむごいことか」と悲しんでいましたが、英霊として靖国神社に祀られ、天皇の参拝を受けるのを見て「電気に打たれたように」晴れ晴れとした気持ちになったと述べています(『主婦の友』一九四四年一月号)。こういう例は無数にあり、当時、現人神であった天皇が参拝してこそ、靖国神社の意味はあったのです。」(p.81)

 もちろん、天皇の靖国神社参拝がかつての日本人に与えた影響と、天皇訪韓が朝鮮人に与える(と高橋が考えている)影響は、その歴史的文脈からもまったく異質なものであり、同列に扱うことはできない。ただ、少なくとも次のことは言えるのではないか。高橋においては、「天皇の参拝を受けるのを見て「電気に打たれたように」晴れ晴れとした気持ちになった」という「軍国の母」と、天皇の訪韓によって「硬く冷たい氷を一挙に溶かすような」<癒し>を得るはずである(と高橋が考える)朝鮮人は、どこかで重ね合わされているのではないか、と。高橋は『靖国問題』で次のように論じている。

 「先に、戦死者を出した遺族の感情は、ただの人間としてのかぎりでは悲しみでしかありえないだろう、と述べた。ところが、その悲しみが国家的儀式を経ることによって、一転して喜びに転化してしまうのだ。悲しみから喜びへ不幸から幸福へ。まるで錬金術によるかのように、「遺族感情」が一八〇度逆のものに変わってしまうのである。」(高橋哲哉、『靖国問題』、ちくま新書、2005年、p.43)(下線は原文の太字部分。以下同様)

 天皇訪韓を朝鮮人自身が望んでいると主張することによって、もしかして高橋は内心で次のように考えているのではないか、という疑惑を、私は簡単には捨てることができない。

 「先に、植民地支配をされた朝鮮民族の感情は、ただの人間としてのかぎりでは不満や怒り、不信でしかありえないだろう、と述べた。ところが、その怒りが天皇訪韓を経ることによって、一転して<癒し>に転化してしまうのだ。怒りから赦しへ不信から和解へ。まるで錬金術によるかのように、「反日感情」が一八〇度逆のものに変わってしまうのである。」

 とすると、次のような疑問が生じてくる。高橋は天皇の靖国参拝という「感情の錬金術」については散々批判しておきながら、天皇訪韓という「感情の錬金術」については、なぜこれほど肯定的かつ楽観的に受け入れることができるのだろうか?このことは、高橋が『靖国問題』において以下のように述べていたことから、いくらかは推測できるかもしれない。

 「靖国信仰から逃れるためには〔中略〕悲しいのに嬉しいと言わないこと。それだけで十分なのだ。まずは家族の戦死を、最も自然な感情にしたがって悲しむだけ悲しむこと。十分に悲しむこと。本当は悲しいのに、無理をして喜ぶことをしないこと。悲しさやむなしさやわりきれなさを埋めるために、国家の物語、国家の意味づけを決して受け入れないことである。」(同書、p.51)

 思うに、高橋の「応答の失敗」の論理が帰着するところは、こんなものではないか。日本に対して「不満や怒り、不信」という「最も自然な感情」を持ち続けている朝鮮人は、しかし同時にそれらからの<解放>や<癒し>を希求する「最も自然な感情」をも併せ持っている、だから彼ら・彼女らが天皇訪韓によって望み通り「癒される」のであれば、それは「国家が提供する物語、意味づけによって「喪」の状態を終わらせようと」(同書、p.51)する、天皇の靖国参拝という「感情の錬金術」とはまったく別物である、と。

 こうした論理は、和田春樹が提唱する、戦後補償の幕引きとしての天皇訪韓および「併合無効宣言」とも容易に結託する(している)。後述するように、「応答の失敗」では日本政府の法的責任については言及されていないため、高橋の言説は和田のそれとほとんど区別がつかなくなっている(▼3)。冒頭で述べたように、『戦後責任論』では「正義」にもとづいて要請されていた応答可能性が、「応答の失敗」においては被害国・被害者の「感情」の取り扱い問題にすり替わっているのである。高橋に限らず、こうした問題のすり替えは、「戦後補償」運動関係者には珍しくもないが、それはもとより「戦後補償」と呼んでよいのかどうかさえ不明な運動であると思う(▼4)


▼1 高橋による、こうした他者からの呼びかけの相対化は、例えば次の朝日の社説とどれだけ違うのだろうか。

 「ソウル中心部で昨年10月26日、一つの式典が盛大に開かれた。明治の元勲・伊藤博文を朝鮮の独立運動家、安重根が中国ハルビン駅で暗殺した事件から100年にあたる記念日だった。
 事件は韓国では「義挙」とたたえられている。」

 「日韓ともに、互いに学び合う姿勢が大切だ。意見は一致しなくても、違いの背景や相手の立場を知る。単眼でなく複眼で見て、冷静に対応していく努力が必要だろう。
 ことに歴史問題で、韓国は何かあると一枚岩のように反日に傾くきらいがあった。だが変化も見えている。
 冒頭に紹介したミュージカル「英雄」は、初代の韓国統監を務めた伊藤博文を単に朝鮮収奪を導いた悪者とはとらえていない。当時の日本が置かれた国際的な立場にも思いをめぐらし、彼の苦悩も描こうとした。
 演出した尹浩鎮さん(61)は「安重根も伊藤も、ともに祖国にとっては英雄であり、それぞれ東洋平和を思い描いていた。伊藤を侵略の元凶とだけ見ては全体はわからない」と語る。
 20年、30年前の韓国ではそんな描き方はできなかっただろうとも言う。
 韓国の経済発展と社会の成熟に伴う自信の表れでもあろう。ものごとを相対化して多様に見る。そんな姿勢を日本と韓国の両側で、もっと育てたい。

 [朝日社説] 韓国併合100年―アジアのための日韓築け (2010年1月10日)
 http://blog.goo.ne.jp/freddie19/e/16287636bcebe1051146604e68d6d150

▼2 2009年12月31日付の『ハンギョレ』による「韓国・日本両国の進歩的な学者,弁護士,市民団体活動家など」に対するアンケート調査結果も、高橋にとっては好ましいものだろう(もっとも、高橋自身も調査対象になっていると思うが)。それにしても、高橋の中では天皇訪韓と憲法の関係はどうなっているのだろうか?さすがに改憲するから問題ないという立場ではないと思うのだが・・・。

「韓国では日本政府が過去の問題を電撃的に解決するならば天皇が訪韓することもできるという‘条件付き賛成または条件付き反対’(15人・50%)意見が多かった。これに比べ日本では質問回答者らの進歩的指向を反映したように‘反対’(16人・61.5%)意見が圧倒的に多かった。一部の日本人たちは‘天皇制廃止’,‘天皇が実質的な外交権があるように行動するのは憲法違反’という意見を出した。」

▼3 例えば、以下の指摘はそのまま高橋にも当てはまるだろう。

「ただ、和田のいう「鳩山談話」は、無効宣言とバーターで日韓間の「歴史問題の完全解決」を図る、つまり一種の「終結」のセレモニーとなる可能性が非常に高い。私は、無効宣言は一つの「始まり」であると考えており、そうした観点から和田の提言に危惧しているのである。「併合無効」なんか宣言したら次は何を要求されるかわからないという右翼の危惧に、「いやいやそんなことありませんよ」と宥めるのが、和田流である。」

 日朝国交「正常化」と植民地支配責任:「併合無効宣言」と在日朝鮮人の「日本国籍」
 http://kscykscy.exblog.jp/11968733

▼4 実際、このあたりは「「慰安婦」立法と「国民基金」の連続性を問う」を書きながらもよく理解できない点だったのだが、確かに「一種の御霊信仰の実践と考えれば合理的に理解できる」。高橋は「エクソシスト」として天皇(制)を聖水(十字架でもよいが)として「有効活用」する道を選んだということだろうか。

「実際、加害者側である自分たち自身が過去から継承している暴力・攻撃性については否定・解体する気がないのに(国家の法的責任・責任者処罰等追求の放棄)、被害者側をいかにソフトに黙らせるか、被害者側の攻撃性(怒り、悲しみ、嘆き、訴え等々加害者側にとって攻撃性として現象するすべてのもの)をいかに解体するかにのみ専心している加害者側の運動は、倒錯というほかないが、一種の御霊信仰の実践と考えれば合理的に理解できる。」

 lmnopqrstuの日記:「memo091230」
 http://lmnopqrstu.blog103.fc2.com/blog-entry-8.html

Comments:0

Comment Form

Trackback+Pingback:0

TrackBack URL for this entry
http://mdebugger.blog88.fc2.com/tb.php/53-c49cacf9
Listed below are links to weblogs that reference
高橋哲哉「感情の錬金術」としての天皇訪韓肯定論 (前半) from media debugger

Home > 侵略責任 > 高橋哲哉「感情の錬金術」としての天皇訪韓肯定論 (前半)

Recent Comments
Recent Trackback
Search
Meta
Links
Feeds

Page Top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。