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ZED URL 2010-02-03 (水) 23:30

いやあすごいですねえ。こんな人が岩波でも本を出してる訳でしょ? こんなんでよく日本近代史の専門家などと言えると思いますが、この人は宇都宮太郎が何者かもロクに知らない時点でかなり終わってますね。宇都宮太郎が御指摘の通り3.1運動を武力鎮圧した弾圧将軍だった事は日帝時代の歴史をある程度知ってる者なら常識なのに。しかも太郎の息子が宇都宮徳馬で、彼が親父の悪行を悔いて韓国の民主化運動を支援した後の歴史的経過も全く知らんでしょうな。
こんな人の本を出してる岩波書店も本当に終わってます。金曜日との倒産ダービーはどちらが先にゴールするでしょうか。いずれにせよ両社は草思社があの世で待ってますよ。

m_debugger URL 2010-02-04 (木) 22:51

>ZEDさん

ブログでエントリーをご紹介くださり、ありがとうございます。

>この人は宇都宮太郎が何者かもロクに知らない時点でかなり終わってますね。

いや、実際はさらに終わっていて、本書には宇都宮太郎が3.1独立運動を弾圧した責任者だということは、ちゃんと書いてあるんですね。なので、加藤はそれも承知で太郎を賞賛しているわけなんです。そういう意味でも、加藤は真性の帝国主義者だと考えるのが妥当だと思います。

>太郎の息子が宇都宮徳馬で、彼が親父の悪行を悔いて韓国の民主化運動を支援した後の歴史的経過も全く知らんでしょうな。

これはたぶん知らないような気がしますが、知っていても「親父の悪行を悔いて」の部分は無視するのではないでしょうか。日本人のおかげで朝鮮に鉄道ができて韓国も民主化された、という流れに(行間を読むと)なるのかと。

>こんな人の本を出してる岩波書店も本当に終わってます。

今、岩波の『シリーズ日本近現代史』を読んでいるのですが、8.15以後の現代史も凄まじいですよ。ざっと読んだ限りでは、8.15以後の「シリーズ」では「在日朝鮮人」という言葉は一度も見かけませんでした。「在日(の人々)」という表現が2、3回出てきますが、それがまたひどい扱いで。

朴慶植氏が中村政則編『年表昭和史』(岩波書店、1989年)を批判していたように、岩波が他民族不在の歴史書を出すのは、今に始まったことではないのですが、これはもう岩波書店による「国民の正史の立ち上げ」と理解するべき現象かもしれません。近日中に叩きましょう。

>金曜日との倒産ダービーはどちらが先にゴールするでしょうか。

どちらも上層部が一番有利なタイミングで会社を潰すと思いますよ。というか、金光翔さんの裁判が終わるまで岩波書店ってあるんですかね?

jimpower URL 2010-02-12 (金) 01:40

どうもこんにちは。

北海道新聞の元記事が見付けられず余所様のブログの孫引きで恐縮なのですが、
http://d.hatena.ne.jp/mahounofuefuki/20100202

「日本をどうにか愛したいんだけれども愛し方がわからない」という言い方はなかなか味わい深いと思います。
本来人間にとってもっとも自発的・能動的な行為であるはずの「愛」に「どうにか」といった無理やり感の漂う修飾語がくっつくこと自体私には理解不能なのですが(笑)、ともあれそういうイミフな"需要"があってそれに対してお手軽な排外主義や都合の良い物語としての歴史が"供給"されている、ということにはなるほど納得もできるかなという気がいたします。

m_debugger URL 2010-02-12 (金) 13:27

>jimpowerさん

コメントありがとうございます。
なかなか興味深い記事ですね。
歴史ブームが不況ビジネスだというのは感覚的にもわかりますが。昔は三丁目の夕日でしたっけ?あんな感じですか。

このシリーズはまだ途中なので、次回で加藤の本が売れると思う理由を書いていきます。

takamm URL 2010-11-07 (日) 11:23

 評判になっているので読んどいたほうがよいかと思っていたのですが、三・一独立運動について
「朝鮮独立運動が起こったのです」
 などという、「残念なことに起こってしまった」という含意ありありな箇所一つで、買ってまで読む価値なしと判断できました。ありがとうございます。
 前稿(2)で引用されていた
「一般的に、知的訓練を受け、社会科学的な知識を持っている人間は、外国への偏見が少なく外国に対する見方が寛容になる傾向があります。」
という認識はスゴイですね。加藤氏自身がその見事な反証となってしまっていることも含めて。
こういう特権的な感覚をもった人物の歴史観なのだからこういう内容になると納得しました。

Executor URL 2011-01-23 (日) 15:03

>>外国への偏見が少なく外国に対する見方が寛容になる傾向があります

ここでの「外国」はあくまで「欧米」なんでしょう。

m_debugger URL 2011-01-23 (日) 23:05

>Executorさん

> ここでの「外国」はあくまで「欧米」なんでしょう。

確かに欧米以外はもとより眼中になさそうですね・・・。

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Home > スポンサー広告 > 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』がそれでも売れるわけ (3)

『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』がそれでも売れるわけ (3)

 前回、加藤は「日本近代史」と銘打った著作においてすら朝鮮・台湾の抗日運動をまったくと言ってよいほど取り上げていない、と書いたが、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』の第3章には、「三・一独立運動」という節があり、堤岩里(チェアムリ)の虐殺についても取り上げられている。ところが、それがまたしみじみとひどい代物なのだった。加藤は、宇都宮太郎(朝鮮駐屯日本軍司令官)の当時の日記を引いて、次のように述べている。


 この日記を読んで、一つだけ、ああ、あの事件はやはり本当だったのか、と思いあたる記述がありました。日本軍が三・一運動の鎮圧に際して起こした残虐な事件の一つに、堤岩里(ていがんり)〔原文ルビ〕事件というものがあったのですが、日記にこの事件の詳細が書かれていて、事件の真相につき、政府に対してどのように弁明するか、どこまで真相を隠すかについて、朝鮮総督府と朝鮮軍司令部の間で調整していた事実が明らかになりました。(加藤陽子、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』、朝日出版社、2009年、pp.234-235)


 三・一独立運動を徹底的に弾圧し、かつ堤岩里(チェアムリ)に象徴される、朝鮮民族に対する虐殺を組織的に隠蔽した張本人の日記を読んでようやく、「ああ、あの事件はやはり本当だったのか」などと「思いあた」ってみせる加藤は、帝国主義者としては超弩級なのかもしれないが、歴史家としては、はっきり言って、ゴミである。堤岩里(チェアムリ)に、日本語読みで「ていがんり」というルビをご丁寧に振ってみせる振る舞いも、まさしく日帝そのものだ。チェアムリを「ていがんり」と呼んで(呼ばせて)恥じない歴史観に立つ加藤は、8.15以後もなお、いくつもの「チェアムリ」で殺されたアジアの民衆に敵対し続けていると私は思う。

 事実、加藤は、宇都宮があたかも「リベラル」な思想を持って朝鮮「統治」に当たっていたかのように、この人物を持ち上げて、史実を大幅にリニューアルしているのである。


 宇都宮太郎は実にまともな軍人でした。日記においては、数千から一万人以上の群集が「独立の宣言書を撒布(さっぷ)し、独立万歳を叫びつつ街路を練り」歩くさまが描かれています。宇都宮は運動の主導勢力を、天道(てんどう)教徒・キリスト教徒・学生をはじめとする「新進有為(しんしんゆうい)」(前途が楽しみな優秀で若い)の朝鮮人であると判断しており、これは研究史的にも正しい判断だと思われます。また、宇都宮は独立運動の要因を、日本が「無理に強行したる併合」に求め、併合後の朝鮮人への有形無形の差別に起因すると率直に書いていました。つまり、日本が無理に併合を強行し、併合後の朝鮮人を差別的に扱ったから独立運動が起きてしまったのだと分析していたのです。(p.234)


 三・一独立運動に参加した朝鮮人が「新進有為(しんしんゆうい)」であることを喝破して(?)、彼ら・彼女らを虐殺した責任者が「実にまともな軍人」である、という論理からしてさっぱり理解不能だが(とりあえず、加藤の脳内に人権という概念がないらしいことは確かだろう)、だいたい宇都宮の日記のどこをどう読めばこんな破廉恥な論理が展開できるのだろうか?あまりにも意味がわからない。

 「宇都宮は独立運動が始まると、日本政府の武断統治(軍隊や警察などの武力による強圧統治)を批判し、「朝鮮人の怨嗟動揺は自然」と日記で指摘した。また3.1運動は「キリスト教徒、民族宗教の天道教徒、学生らが主導し、外国人宣教師が後援して蜂起したもので、根が深い」と評価した。しかし抵抗が次第に激しくなると、宇都宮は「もはや姑息な鎮圧手段では到底効果を上げることはできない」とし、朝鮮総督に軍動員の承認を受けて鎮圧に乗り出したと、同紙は伝えた。

 その後、宇都宮は‘文化政治’(親日派育成・利用政策)導入を主張し、朝鮮人の民族運動家、宗教指導者らと会い、懐柔作業を繰り広げたことが分かった。翌年5月には日本陸軍大臣に書簡を送り「今後は朝鮮に日本式の‘府県制’や自治を認める‘自治植民地’を作らなければならない」と提案した事実も明らかになった。」

 中央日報:「日本の堤岩里虐殺隠ぺいを立証する朝鮮軍司令官の日記発見」
 http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=85039&servcode=400%81%98code=400

 ちなみに、今日の韓国の冷戦勢力につながる親日派勢力が最初に拡大したのは、日本帝国主義による朝鮮民族分断政策が敷かれた、「文化政治」の時代においてであった。(軍事力の発動を前提とした)「文化政治」を礼賛しているらしい加藤のメンタリティは、大日本帝国と完全に地続きである。

 lmnopqrstuの日記:「姜萬吉の韓国冷戦勢力批判(1)」
 http://lmnopqrstu.blog103.fc2.com/blog-entry-2.html

 本書からの引用を続けよう。


 三・一独立運動

 〔ウィルソン米大統領の提唱した「民族自決」の原則に〕大きな希望を抱いた地域の一つの例が、日本統治下の朝鮮でした。ウィルソンは朝鮮に関して民族自決の原則が適用されるとは考えていませんでした。ランシング〔米国務長官〕の懸念〔「この宣言はダイナマイトを積んでいる。決して実現されない希望を呼び起こす。」(pp.232-233)〕が現実のものとなります。朝鮮独立運動が起こったのです。一九一〇(明治四十三)年以降、日本の植民地とされた朝鮮では、ウィルソンの意図を拡大解釈することで独立への希望をつなぎます。(p.233)


 行間を見ると、「民族自決」の原則を真に受けたおバカな朝鮮民族が舞い上がって、無駄に独立運動をした、と書いてあるように読める。三・一独立運動をウィルソンのダブルスタンダードからの「逸脱」として捉えるような帝国主義者には、三・一独立運動に参加した当時の朝鮮人のことも、そうした抗日の歴史を集団的な記憶の参照軸とする、同時代のアジアの民衆のことも、何一つわからないままだろう。さらに言えば、(日本の右傾化という)時流に無駄に舞い上がっているのは加藤の方である。


 同時期の一九一九年、高宗(こうそう)という、大韓帝国時代の皇帝だった人物が崩御(ほうぎょ)します。三月三日に予定されたお葬式を外形的なカモフラージュに使いながら、同年の三月一日を期し、数千から一万以上の人々がソウルで独立運動を起こしたのです。(p.233)


 本書では高宗(コジョン)は死後にようやく登場している。ここで加藤が高宗(コジョン)を突然持ち出してきた意図は、三・一独立運動への読者の理解を妨げ、得体の知れない「朝鮮」という表象を捏造することにあるとしか思えない(もっとも、本書以上に得体の知れない日本を表象する書物もあまりないと思うが)。

 三・一独立運動に限らず、基本的に加藤の叙述は、最良の場合でも官憲資料の忠実な反映にすぎず、そうでない(つまりたいていの)場合は官憲資料のご都合主義的な引用と歪曲に満ちている。上記で言えば、「数千から一万以上の人々がソウルで独立運動を起こした」というくだりが、後者の典型例である。日本官憲の資料によってさえ、三月中の検挙者が1万3157人、死亡者が553人、負傷者が1409人とされている(▼8)のだから、三・一独立運動の参加者が「数千から一万以上」どころではありえないことは明らかである。三・一独立運動のうねりを見くびり、その時間軸を1919年3月1日に、参加者を「数千から一万以上」に、主導勢力を「新進有為」の朝鮮人(いわゆるインテリ層)に、さらに舞台をソウルに限定するような矮小化は、すべて「研究史的にも正し」くない(▼9)

 アジアの民衆の抗日運動に対する加藤の眼差しが、大日本帝国の官憲のそれとほとんど変わらないことは、加藤が、義和団運動を、「一九〇〇年の北清(ほくしん)事変(清朝政府が、国民のなかから起こった義和団の排外主義運動に乗っかってしまって、列強に挑戦した事件)」(p.259)などと定義していることにも、端的に伺える。義和団はこれではまるで「在特会」ではないか。



▼8 「日本軍警の武力弾圧による朝鮮人の被害は当時の状況では調査が不可能であったし正確な統計数字はでていない。当時の外国人新聞記者、宣教師などの見聞調査などから資料を綜合して書かれた朴殷植の『韓国独立運動之血史』およびヘンリ・チョン(鄭翰景)の『朝鮮事情』(Henry Chung; The Case of Korea)に全国的な統計数字がある。これらの統計も多くの資料的制約があったから実際はそれ以上と思われる。

 『血史』にある被害数(三月一日―五月末日)は次の通りである。

 死亡人数 七五〇九
 被傷者数 一万五九六一
 被囚者数 四万六九四八
 毀焼教会堂数 四七
 毀焼学校数 二
 毀焼民戸数 七一五

 また鄭翰景の『朝鮮事情』にあるものは次の通りである(一九一九年三月―一九二〇年三月)

 死亡者数 七六四五
 被傷者数 四万五五六二
 被逮捕者数 四万九八一一
 教会焼失数 五九
 学校焼失数 三
 民家焼失数 七二四

  逮捕者処分

 憲兵の即決処分による笞刑 九〇七八  控訴受理 一八三八
 略式裁判による笞刑 一五一四  執行猶予 二八二
 懲役刑判決 五一五六  釈放 七一一六
 起訴 八九九三

 日本憲兵隊の資料として『朝鮮騒擾事件経過概覧表』などがあるが概して死傷数字は非常に少なく記されている。これは日本官憲による発表であるから意識的に対外的影響を考慮して少なく発表したものである。それによると三月中に検挙人員一万三一五七人、死亡人員五五三人、負傷人員一四〇九人となっている。

 また逮捕・検事処分数は次の通りである。

  逮捕・検事処分数統計(一九一九年三月一日―十二月三十一日)

 運動回数 三二二〇回
 逮捕総数 二万八四四三名
 検事処分数 一万九五二五名
 起訴者数 九四四一名

  (保安法違反六五二七、大正八年制令違反三五五、騒擾罪二二七五、その他九八)」(朴慶植、『日本帝国主義の朝鮮支配 上』、青木書店、1973年、pp.191-193)

▼9 「独立運動は三月一日ソウルをはじめとして、平壌、鎮南浦、安州、義州、宣川、元山などの地域で同時におこり、つづいて同じく民族代表の出身地である北朝鮮の平安南・北道、黄海道、咸鏡南・北道へと全国一三道に波及していった。また三月六日には中国の西間島で、一三日には北間島でおこり、さらに沿海州、アメリカでも展開された。このように急速に、全国的に、国外にまでも独立運動が広汎に展開できたのは基本的には朝鮮人民の民族独立を希求し、決起するだけの主体的条件が熟していたからである。しかしそれが殆ど時期を同じくして全国的に決起できたのは決して自然発生的にではなくて前述したように民族代表の準備計画が綿密に進められ、天道教、キリスト教、仏教などの宗教団体及び学校などの組織があずかって大きな役割を果たしていることは疑いない事実である。独立宣言書は宗教家、学生らを通して組織的に配布されたが、高宗国葬参加者の帰郷と宣言書伝達の影響が大きい。宣言書の枚数の少ない地域ではさらに謄写で数百、数千と増刷をしているので全体で数十万ないし数百万ともいわれている。檄文、新聞あるいは宣言書もソウルをはじめ地方で独自的につくったものも多く、これらの動員的役割も無論無視できない。〔中略〕

 全国的に運動展開の傾向をみると、初期には都市を中心に宗教家、学生、教師らのインテリが運動の中心となっていたが、三月中旬以後から四月にかけて運動が広汎に、そして激烈になるにつれて、農民、労働者、商工人、官吏、両班らのあらゆる階層が参加し、またその指導もインテリに限定できなくなった。特に農村では地域によってはインテリの指導がなされていたが、農民らの主導的力量で闘争がつづけられている。全般的にみて天道教は主として中・北部の六道で、キリスト教は北部地域、学生・農民は南部で中心的に活動している。また地方での蜂起では必ずといっていいくらい大衆動員の条件のいい市日が利用されており、それも一回だけでなく、市日のある毎に繰り返される場合が多かった。」(朴慶植、『在日朝鮮人・強制連行・民族問題――古稀を記念して』、三一書房、1992年、pp.417-418)

Comments:7

ZED URL 2010-02-03 (水) 23:30

いやあすごいですねえ。こんな人が岩波でも本を出してる訳でしょ? こんなんでよく日本近代史の専門家などと言えると思いますが、この人は宇都宮太郎が何者かもロクに知らない時点でかなり終わってますね。宇都宮太郎が御指摘の通り3.1運動を武力鎮圧した弾圧将軍だった事は日帝時代の歴史をある程度知ってる者なら常識なのに。しかも太郎の息子が宇都宮徳馬で、彼が親父の悪行を悔いて韓国の民主化運動を支援した後の歴史的経過も全く知らんでしょうな。
こんな人の本を出してる岩波書店も本当に終わってます。金曜日との倒産ダービーはどちらが先にゴールするでしょうか。いずれにせよ両社は草思社があの世で待ってますよ。

m_debugger URL 2010-02-04 (木) 22:51

>ZEDさん

ブログでエントリーをご紹介くださり、ありがとうございます。

>この人は宇都宮太郎が何者かもロクに知らない時点でかなり終わってますね。

いや、実際はさらに終わっていて、本書には宇都宮太郎が3.1独立運動を弾圧した責任者だということは、ちゃんと書いてあるんですね。なので、加藤はそれも承知で太郎を賞賛しているわけなんです。そういう意味でも、加藤は真性の帝国主義者だと考えるのが妥当だと思います。

>太郎の息子が宇都宮徳馬で、彼が親父の悪行を悔いて韓国の民主化運動を支援した後の歴史的経過も全く知らんでしょうな。

これはたぶん知らないような気がしますが、知っていても「親父の悪行を悔いて」の部分は無視するのではないでしょうか。日本人のおかげで朝鮮に鉄道ができて韓国も民主化された、という流れに(行間を読むと)なるのかと。

>こんな人の本を出してる岩波書店も本当に終わってます。

今、岩波の『シリーズ日本近現代史』を読んでいるのですが、8.15以後の現代史も凄まじいですよ。ざっと読んだ限りでは、8.15以後の「シリーズ」では「在日朝鮮人」という言葉は一度も見かけませんでした。「在日(の人々)」という表現が2、3回出てきますが、それがまたひどい扱いで。

朴慶植氏が中村政則編『年表昭和史』(岩波書店、1989年)を批判していたように、岩波が他民族不在の歴史書を出すのは、今に始まったことではないのですが、これはもう岩波書店による「国民の正史の立ち上げ」と理解するべき現象かもしれません。近日中に叩きましょう。

>金曜日との倒産ダービーはどちらが先にゴールするでしょうか。

どちらも上層部が一番有利なタイミングで会社を潰すと思いますよ。というか、金光翔さんの裁判が終わるまで岩波書店ってあるんですかね?

jimpower URL 2010-02-12 (金) 01:40

どうもこんにちは。

北海道新聞の元記事が見付けられず余所様のブログの孫引きで恐縮なのですが、
http://d.hatena.ne.jp/mahounofuefuki/20100202

「日本をどうにか愛したいんだけれども愛し方がわからない」という言い方はなかなか味わい深いと思います。
本来人間にとってもっとも自発的・能動的な行為であるはずの「愛」に「どうにか」といった無理やり感の漂う修飾語がくっつくこと自体私には理解不能なのですが(笑)、ともあれそういうイミフな"需要"があってそれに対してお手軽な排外主義や都合の良い物語としての歴史が"供給"されている、ということにはなるほど納得もできるかなという気がいたします。

m_debugger URL 2010-02-12 (金) 13:27

>jimpowerさん

コメントありがとうございます。
なかなか興味深い記事ですね。
歴史ブームが不況ビジネスだというのは感覚的にもわかりますが。昔は三丁目の夕日でしたっけ?あんな感じですか。

このシリーズはまだ途中なので、次回で加藤の本が売れると思う理由を書いていきます。

takamm URL 2010-11-07 (日) 11:23

 評判になっているので読んどいたほうがよいかと思っていたのですが、三・一独立運動について
「朝鮮独立運動が起こったのです」
 などという、「残念なことに起こってしまった」という含意ありありな箇所一つで、買ってまで読む価値なしと判断できました。ありがとうございます。
 前稿(2)で引用されていた
「一般的に、知的訓練を受け、社会科学的な知識を持っている人間は、外国への偏見が少なく外国に対する見方が寛容になる傾向があります。」
という認識はスゴイですね。加藤氏自身がその見事な反証となってしまっていることも含めて。
こういう特権的な感覚をもった人物の歴史観なのだからこういう内容になると納得しました。

Executor URL 2011-01-23 (日) 15:03

>>外国への偏見が少なく外国に対する見方が寛容になる傾向があります

ここでの「外国」はあくまで「欧米」なんでしょう。

m_debugger URL 2011-01-23 (日) 23:05

>Executorさん

> ここでの「外国」はあくまで「欧米」なんでしょう。

確かに欧米以外はもとより眼中になさそうですね・・・。

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