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ZED あの伊勢崎の新刊はマガジン9条のスタッフだか関係者だかがまとめた本でしたっけ? URL 2010-02-16 (火) 01:16

現物をまだ読んでいないのですが、概要を見るとアフガンについて書いている割にはペシャワール会の事を不自然にスルーしているような気がしてなりませんでした。同書を書評しているブログなどもほとんどが絶賛か「難しい問題なので自分には判断出来ない」などといって逃げる卑怯な連中ばかり。そうした書評もみんなペシャワール会の事について示し合わせたかのごとく触れないようにしている訳です。不思議なくらい。
その理由は私の思っていた通りでもありましたが、やはりそうした平和的なNGOを伊勢崎がウザがっていたからだったんですね。「人道援助が現状悪化の一因」って遠まわしに言ってますが、これってあからさまにペシャワール会などの人道援助NGOに対するあてこすりでしょ。伊勢崎は多分ペシャワール会の事をものすごく嫉妬してるんじゃないですか? 
徒手空拳のままアフガンのように危険な紛争地域に渡り、医療活動や井戸掘りを粘り強くやって民衆から大きな信頼を勝ち得たペシャワール会に比べて、自分は国連の看板を背負って紛争地域で偉そうにふんぞり返って軍隊をあごで指図しながら今までまともに問題を解決出来なかった訳ですから。でもそんな個人感情に振り回されて犠牲になる紛争地域の民衆はたまったもんじゃありません。
それにアフガンが麻薬大国だって言ってますが、その麻薬原料のケシ栽培を厳しく禁じていたのはタリバン政権時代だったんですが。アメリカの報復戦争でタリバンが追われてから北部同盟などの地方軍閥がケシ栽培を再開させて現在に至っているのに。つまりアメリカの対テロ戦争のせいでアフガンは麻薬大国になっちゃったって事です。それをものの見事にスルーしている所もすごい。あまつさえアフガニスタンの政治腐敗を人道援助のせいにするってどこまでとんでもない嘘をつけば気が済むのやら。伊勢崎賢治は発展途上国を見下した戦争好きであるだけでなく大変な嘘つきでもありますな。
佐藤優といい、伊勢崎賢治といい、こんな連中にコロっとたぶらかされていいように利用される日本の左派達はどこまで人を見る目がないのやら。

m_debugger Re: あの伊勢崎の新刊はマガジン9条のスタッフだか関係者だかがまとめた本でしたっけ? URL 2010-02-17 (水) 12:03

>ZEDさん

『マガジン9条』がまとめた本は、また別にあって、『伊勢崎賢治の平和構築ゼミ』(『マガジン9条』編、大月書店、2009年)です。
http://www.magazine9.jp/books/
ウェブでも読めますが、私はほとんど読んでいません。

>同書を書評しているブログなどもほとんどが絶賛か「難しい問題なので自分には判断出来ない」などといって逃げる卑怯な連中ばかり。

そうみたいですね。でも、どこが「難しい問題」なんでしょうね?むしろ、それを説明する方が「難しい」のでは?

>「人道援助が現状悪化の一因」って遠まわしに言ってますが、これってあからさまにペシャワール会などの人道援助NGOに対するあてこすりでしょ。伊勢崎は多分ペシャワール会の事をものすごく嫉妬してるんじゃないですか?

実際、伊勢崎の嫉妬は相当だと思います。伊勢崎は、「日本のNGOも、戦地に行くようになるならば、軍人との話し方を知る必要があるし、最低限の軍事的な知識、特に軍事組織とはそもそも脅威をどう観るのか、このくらいの知識は持たなければならない。そして、それらの情報を自分たちの危機管理にどう役立てるかを考えなければならない。」(p.13)などと、どこまでもマッチョな主張をしていて、これも、あからさまにペシャワール会に対するあてこすりですよね。ペシャワール会は、いかなる軍事組織とも距離を取ることが最大の危機管理であると公言していますから。

>つまりアメリカの対テロ戦争のせいでアフガンは麻薬大国になっちゃったって事です。それをものの見事にスルーしている所もすごい。

これくらいスルー力がないと、『アフガン戦争を憲法9条と非武装自衛隊で終わらせる』なんて本は、とても恥ずかしくて書けないでしょう。というか思いつきもしません。

>あまつさえアフガニスタンの政治腐敗を人道援助のせいにするってどこまでとんでもない嘘をつけば気が済むのやら。

そのうち「北朝鮮が腐敗しているのも人道援助のせいだ」とか言い出しそうですね(もう言っているのでしょうか)。

>佐藤優といい、伊勢崎賢治といい、こんな連中にコロっとたぶらかされていいように利用される日本の左派達はどこまで人を見る目がないのやら。

伊勢崎は、佐藤と違って、自分で言っていることを本気で信じていそうな感じがして、そこがまた怖いのですが、中身は佐藤と同じで空っぽのような気がします。こんな連中に騙される方が逆にリテラシーがいるんじゃないかと思いますが・・・。

jimpower URL 2010-02-17 (水) 12:11

どうもこんにちは。

それって「名ばかり管理職」ならぬ「名ばかり護憲」じゃん、と突っ込むのは野暮というものでしょうか。

ところで問題の伊勢崎本の制作に関わり他のいくつかのブログにその書評を頼んで回っている某ブロガー氏(個人的には何も知らないのですが「代表的な9条護憲ブログとしてけっこう人気が高かった」らしい)は確か、昨年の総選挙の時には保坂展人氏の落選を嘆くと同時に城内実氏の当選を喜ぶという良くわからない発言をしていて、その点に限っては私も「行動原理が謎だな~」と思ったものです。

m_debugger URL 2010-02-17 (水) 12:40

>jimpowerさん

>それって「名ばかり管理職」ならぬ「名ばかり護憲」じゃん、と突っ込むのは野暮というものでしょうか。

まあそのままですから(笑)。

>某ブロガー氏

私も個人的には何も知りませんが、確かに「代表的な9条護憲ブログとしてけっこう人気が高かった」らしいですね。「護憲」とレイシズムが共存する文章は、個人的には一番嫌いです。90年代の朝日新聞とかもそうだった気がしますが。

風鈴草 伊勢崎氏への疑問 URL 2010-02-17 (水) 14:10

伊勢崎賢治氏の『自衛隊の国際貢献は憲法九条で』は、以前、私も某護憲派ブロガー氏が熱心に薦めておられたのを見て購入してみました。(たぶん、jimpowerさんの言われる「いくつかのブログにその書評を頼んで回っている某ブロガー氏」と同じ方でしょう。私も(別ハンドルで)時々訪問していたこともあったのですが、どうもあの方とは感覚が違うと思っていたところ、「城内擁護」でついに愛想を尽かした口です)

憲法九条と自衛隊、しばしば相反するもののように言われて来たこの二つを抱き合わせて国際貢献が出来て、日本の国際社会における地位も上がり、アメリカからも文句が付けられないような言い訳が出来れば、一石三鳥、こんなうまい手はないよ…という話ですよね。常々、「左派だけの護憲であってはいけない、右派までもが納得できるような護憲でなければ憲法は守れない」と言っておられた件のブロガー氏が激賞されるのも無理はないとは思いました。しかし私自身は読み始めてすぐに本の内容に、いささか疑問を持ってしまい、それ以来、伊勢崎氏自身のこともあまり信頼を置けないような気がしてしまっています。

伊勢崎氏の“売り”のひとつは国連の「東ティモール暫定行政機構上級民政官」として、いまだ紛争の治まりきらない東ティモールで県知事を務めたことだと聞いていましたが、本の初めに出て来た、その県知事時代の話を読んで失望してしまったからです。

以前よく読んでいたフリージャーナリストで写真家の、中司達也氏の「報道写真家から」というブログには東ティモールについての多くの記事があるのですが、その一部だけを抜き出して比べてみても伊勢崎氏の記述には非常に違和感を感じました。特に当時から東ティモールの治安維持に当たる国連平和維持軍を主導していた、オーストラリアとその軍隊については、伊勢崎氏は無邪気にも絶大の信頼を寄せておられるようなのですが(P28「文民が軍を統括する姿を見せつけるのだ」)しかし、中司氏の記事によれば、とてもじゃないが、オーストラリアは東ティモールに対して公正中立な立場を保って来たような国ではないからです。

報道写真家から 東ティモールと石油
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/7e7b590506bf7f6d85d60ed994527872

報道写真家から 石油のためなら国際法も無視
(ティモール海の石油をめぐるオーストラリアの歴史的動き)
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/b0e4db99598701d7ca944d7caab6c78d

報道写真家から ミニミニ・フセインとミニミニ・アメリカ
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/4a7cefdaf277316a97d85b2d0e7ebbb5

中司氏以外の記事としては、こちらも「報道写真家から」の記事ではありますが、オーストラリア出身のジャーナリスト、ジョン・ピルジャー氏の記事の翻訳があります。

「東ティモール:世界が見逃したクーデター」
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/380071a383cba22fe0ba2c7dc00b0421

ジョン・ピルジャー氏は、m_debuggerさんも訪問されていた藤永茂氏のブログ、「私の闇の奥」で以下のように紹介された方です。
>皆さん、John Pilger というジャーナリスト兼ドキュメンタリー映画製作者を御存知でしょうか。権力に抗して屈しない立派さでは、アウン・サン・スー・チーさんやネルソン・マンデラさんにも比せられる人物です。ノーベル文学賞受賞の硬骨漢ハロルド・ピンターも『ジョン・ピルジャーは、鋼のような注意力で、事実を、不潔な真実を、明るみに出す。私は彼に挙手の礼を捧げる』と書いています。
(「私の闇の奥」 2008/06/25 オバマ氏の正体見たり(1) より)

こちらはJANJANに載っていたオーストラリアのメディアの翻訳です。
「オーストラリア - 平和維持者か石油略奪者か」
http://www.news.janjan.jp/world/0606/0606286909/1.php

伊勢崎氏が県知事として赴任したのは2000年、中司氏が記事を書いているのは2006年に再び勃発した暴動の頃ですが、当然ながら歴史はつながっていますし、2008年発行の伊勢崎氏の本にも2006年の暴動の話は載っていました。しかし伊勢崎氏は本の中では、東ティモールで起こって来た紛争は、そうした資源とはあくまで無関係のものであるかのように、東ティモール海の石油や天然ガスと、それ等を狙ってきたオーストラリアとインドネシア、二つの強大な隣国の思惑については何も触れられてはいません。

「しかも、東チモールの場合、そもそも何から国を守るのか。あんな小さな国を侵略するような外敵とは、いったい何か、という話だ。」「インドネシア自体で着実な民主化が進んでいるこの国際情勢の中で、東チモールを再び軍事占領しても何の国益も見いだせないだろう。インドネシアが敵でなければ他に攻めてくる敵など存在しない。これは僕だけの見解ではなかった。僕の県に配属された国連平和維持軍司令官(前に紹介したオーストラリア軍の准将)とも共通した意見であったのだ。」 (P36「コスタリカ方式でという僕の提案は抹殺された」より)

伊勢崎氏の経歴を見ても、そうした事実を知らないということは、たぶんあり得ないはずで(だと思うのですが・・・)あえてそうした事情に触れない理由は何であるのか?私が伊勢崎氏を御本人がおっしゃるような「プロの紛争解決人」として本当に信頼して良いのだろうかと疑問に思っている理由の一つです。

ブリーチャー・バム URL 2010-02-17 (水) 20:53

はじめまして。
熱心な読者という程でもありませんが、いろいろ勉強させてもらっています。
ただ以前から2009年2月26日にmedia_debuggerさんが書かれた「ストーカー化するリベラル・左派論壇(1)」のことで気になっており、当該記事のコメント欄に投稿してきました。
お返事をいただければ幸いです。

ただ、投稿の際、1回目は画像認証で失敗し、2回目に投稿した後も「承認待ちです」との記述も無く投稿する前の状態ですが、これで大丈夫でしょうか?

おぴょぴょ ものすごい余談で URL 2010-02-18 (木) 04:12

ものすごい余談で水を差すようかもしれませんが・・・。ペシャワール会で思い出したんですが、
現地代表の中村哲があの忌々しい「天皇在位20周年記念式典」に何の躊躇なく出席していたのが個人的になんか納得できません。
たとえば↓のブログは所謂「サヨク」なブログですがこのことを賞賛しています。しかも天皇を「平和の象徴」と断言し仰々しい敬語を使いまくっています。
http://blog.goo.ne.jp/fenetre39/e/a28b84a7f877441dc74322a7872bcce8
中村哲も、天皇や皇族を「平和の象徴」で、「すばらしいお人」だ。かつての戦争は今の天皇制や皇族には全く関係ない。と思ってるんでしょうか。
金光翔氏の言う「リベラル・左派の天皇制活用論」がホントに蔓延してしまったんですかね・・・。

m_debugger Re: 伊勢崎氏への疑問 URL 2010-02-18 (木) 23:17

>風鈴草さん

記事のフォローありがとうございます。いろいろ勉強になります。
東ティモールに対してオーストラリアがしてきたことは、強盗そのものですよね。日本を筆頭にすべての「先進国」の歴史的責任をスルーするところに、伊勢崎の言説の特徴がはっきり見えると思います。

>私が伊勢崎氏を御本人がおっしゃるような「プロの紛争解決人」として本当に信頼して良いのだろうかと疑問に思っている理由の一つです。

この点、最新のエントリーで取り上げました。結論としては、こんな人物を信頼される必要はないと思います。

m_debugger URL 2010-02-18 (木) 23:19

>ブリーチャー・バムさん

コメントありがとうございます。当該記事にお返事します。すみませんが、もうしばらくお待ちください。

>2回目に投稿した後も「承認待ちです」との記述も無く投稿する前の状態ですが、これで大丈夫でしょうか?

たまにアダルトサイトのDMが普通に紛れ込んでくるので、コメントは承認制にしています。ですので、いただいたコメントの反映が遅れることもありますが、どうかご了承ください。

m_debugger Re: ものすごい余談で URL 2010-02-18 (木) 23:27

>おぴょぴょさん

>現地代表の中村哲があの忌々しい「天皇在位20周年記念式典」に何の躊躇なく出席していたのが個人的になんか納得できません。

この件、余談ではまったくないと思いますが。私も実はペシャワール会の会員なのですが、ペシャワール会は当初から「日の丸」を掲げてアフガニスタンで活動していて(今は危機管理上掲げていないというだけです)、良くも悪くも、中村さんが変節したわけではなく、もともと天皇制に親和性があったと思います。日本で最も良心的なNGOの一つであるペシャワール会が、「日の丸」を断ち切れていないところに、「戦後日本」のあり方が端的に反映されていると感じます。

>金光翔氏の言う「リベラル・左派の天皇制活用論」がホントに蔓延してしまったんですかね・・・。

というわけで、私は中村さんが変節したとは考えていませんし、「国益」論的再編成が進むリベラル・左派一般とは分けて評価していますが、ペシャワール会でさえ天皇制を認めているのだから・・・という認識が一般になされることで、「リベラル・左派の天皇制活用論」が加速して、リベラル・左派一般のいっそうの変質が促されたかもしれないとは思います(まあ、これ以上変質の余地があるのか?という感じですが)。その意味でも、「式典」に参加した中村さんの責任はやはり重い、と批判せざるを得ません。

>たとえば↓のブログは所謂「サヨク」なブログですが

すみません。せっかくご紹介いただいたので、頑張って読もうと思いましたが、怖くて挫折しました・・・。

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Home > スポンサー広告 > 「伊勢崎構想」とは何か――「平和国家」日本にしかできない「対テロ戦争」

「伊勢崎構想」とは何か――「平和国家」日本にしかできない「対テロ戦争」

 前々回のエントリーで「伊勢崎構想」に心酔する人物のコメントを一蹴してしまったが、伊勢崎賢治の新刊『アフガン戦争を憲法9条と非武装自衛隊で終わらせる』(かもがわ出版、2010年)が話題になっているようなので、この「伊勢崎構想」について改めて論じてみたい。

 といっても、私はまだ新刊を読んでいないので、以下の内容は、同じ出版社から伊勢崎が2008年3月に出した『自衛隊の国際貢献は憲法九条で――国連平和維持軍を統括した男の結論』(何だこのマッチョなタイトルは?)による。本書でも、序章「「護憲宣言」の前と後」、第二章第2節「アフガニスタンでまたもや武装解除に挑む」、第三章「憲法九条は日本外交の資産だ」、第四章「財政面の国際貢献も憲法九条で」、第五章第2節「武力紛争を終わらせる日本の役割から考える」、第六章「九条でアフガニスタン問題に挑む」、資料「衆議院テロ特別委員会における証言と質疑」、あとがき・・・と、全159ページ中114ページにわたって、アフガニスタンにおける「対テロ戦争」への「自衛隊の国際貢献」の必要性とやらが長々と説かれている。2年前の著作でもあり、内容的にも新刊とも重なる点が多いと思うので、本書を参照して暫定的に語ってみたい。

 では、さっそく結論に入るが、いわゆる「伊勢崎構想」は、「非武装」の自衛隊を「平和構築」に活用する、という論理でもって、護憲派の一部に肯定的に受け止められている向きもあるが、こうした風潮はあまりにも無責任かつ無神経にすぎると私は思う。伊勢崎自身が臆面なく語っているように、「伊勢崎構想」の本質は、米国と「対テロ戦の根本のところの協力関係を崩さない」(p.126)まま、「先進国の中では日本だけが持っている特質である」「中立、もしくは人畜無害な経済大国というイメージ」(p.102)、すなわち日本に対する「美しい誤解」を背景に、「軍事を非軍事的にやる」(p.121)ということにある。私見によれば、「伊勢崎構想」とは、「対テロ戦争」を「終わらせる」という触れ込みで、憲法9条を掲げて日本が「主体的」に行う、もう一つの「対テロ戦争」である。

 「軍事を非軍事的にやる」とは、一言でいえば、「平和国家」日本という欺瞞的な表象を最大限に利用しながら、「効率」よく「対テロ戦争」を軍事的に(も)支えることである。本書で伊勢崎が積極的に提言している軍事「貢献」の例を挙げておこう(文中の強調はすべて引用者による)。


1.「武装勢力から武器を取り上げる」(p.41)

 伊勢崎は、小泉政権時代に外務省が国連から引き受けたDDR(武装解除、動員解除、社会復帰)(▼1)の責任者として、「元北部同盟側の軍閥勢力六万数千人」に対する「武装解除」を行った。伊勢崎自身が述べているように、DDRは紛れもない軍事活動であり(▼2)、「アメリカと一緒にタリバン・アルカイダ戦を戦った北部同盟の軍閥たち」が、「タリバン政権崩壊後」、「アフガニスタン国内治安に対する脅威になった」と見なす、「アメリカのテロ戦略」(p.59)を前提とした軍事活動であった。

 伊勢崎は、自らが責任者となった、当時の日本の軍事活動について、「武装解除は完了したが、治安改革の分野では、武装解除が生んだ力の空白が埋められず、タリバンが復活して治安情勢が極端に悪化している」(p.58)と「自己批判」する一方で、次のように、驚くべき恥知らずな自画自賛をしている。


 今、タリバンと地上で戦っている主力は、日本が武装解除することによってつくられたアフガニスタン新国軍である。僕らが回収した武器を使い、改革された国防省のもとにつくられた国軍なのである。米兵やNATO軍の死者が大きく報道されているが、国軍や警察に属するアフガニスタン人の死者の方が、はるかに多いのだ。

 DDRと国防省改革がなかったら、カルザイ政権は、形をなすことはなかった。日本のおかげで、アメリカの対テロ戦の地上戦が一応、今のところ維持できているのである。

 テロ特措法の延長が大きな問題になってきたが、自衛隊を派遣しないと国際貢献ではないという議論は、対テロ戦を非常に表面的にしか見ていない。日本は、アメリカに対して最大の貢献を、それも軍事的な貢献を、自衛隊を使わずにしたのである。

 それは、アメリカの軍事関係者が一番よく知っている。ブッシュさんが何と言おうと、軍事関係者は一番よく知っているのである。

 もし、この「美しい誤解」がなくなれば、アメリカがこの日本の特性を利用することもできなくなる。(pp.68-69)


 「対テロ戦争」における米軍の犯罪的役割をアフガニスタン人に肩代わりさせ、アフガニスタン人同士に殺し合いをさせることを、日本の「国際貢献」と言い放つ、伊勢崎の感性を、私は心の底から軽蔑する。第三世界の民衆に殺し合いをさせることを通じて、「憲法九条は日本外交の資産だ」などと宣伝してみせる、「護憲派」の存在を、私は絶対に許したくない。


2.「平和のためなら軍事用途にも日本の血税を使う」(p.77)

 伊勢崎は無原則に自衛隊の海外派兵を主張しているわけではないが、それは、日本が「パキスタンとかバングラディシュ、ネパールのようないわゆるPKO大国」のように、「外貨稼ぎのために兵を出す」(▼3)必要がないからなのだそうである。(いちいち第三世界を愚弄しなければ気が済まないらしい)伊勢崎によれば、「われわれ先進国」は、「お金を出すだけで済ますのでなく、その使い方にどう条件をつけるかによって、こちらの主張の重みを確立することが大事なのだ」(p.81)そうだ。


例えば、お金を出すと同時に、数人の将官を多国籍軍の司令部に送るのも手である。そして軍事作戦に関与する。「日本国民が出した血税が、平和を確立するような軍事作戦にちゃんと使われているかどうか監視する義務がある」。そんな理由付けをして。(pp.81-82)


 ・・・・・・とりあえず、「対テロ戦争」を拒否する人間には、伊勢崎を「監視する義務があ」りそうだな。このブログでも呼びかけておこう。


3.自衛隊の「非武装の軍事監視団参加」(p.99)

 そして、新刊のタイトルの由来になっている提言が、「非武装の軍事監視団」への自衛隊の参加である。これについては、2月3日号の『マガジン9条』でも取り上げられているので、そちらから紹介してみよう。


セキュリティゾーンの構築による開発援助を

〔前略〕ちょうど2年ほど前から、犬塚議員とともに、「シェアード・セキュリティ・ゾーン(支え合う安全な場)」をつくろう、という発想でロビー活動をしてきました。

 どういうことか。まず、主戦場となっているアフガンとパキスタンとの国境エリアに、小さな「ゾーン」をつくります。そこでは、過激派の一番の戦争の口実になっている多国籍軍の存在をなくして、アフガン国軍に完全な責任委譲をする。パキスタン側も同じようにします。

 もちろん、アフガンとパキスタン、もともと仲の悪い両国の軍が国境をはさんでにらみ合うことになりますから、一発の銃声で全面戦争になる可能性もあります。それを防ぐために、国連が非武装の軍事監視団を置いて、信頼醸成を行う。これは賛否両論あると思いますが、僕はここに日本の自衛隊も非武装で加わればいいと思っています。大切なのは、地元からの反発が少ない非西洋諸国が軍事監視をするということです。

 さらに、アフガン警察と協力して、たとえば日本の交番制度みたいなものをつくる。そうして地元とのかかわりを深めて信頼醸成をしながら、そこに重点的な開発援助を行っていく。

 こうしたことを、まず失敗しようのないような小さなゾーンでやって、それが成功したら次々に広げていくという発想です。もちろん、いくらコミュニティを味方につけても、タリバンが攻撃してくるだろうというリスクはある。人命が失われることも確かです。それでもやらなくちゃいけない。

 マガジン9条:「アフガニスタン問題は、今。」
 http://www.magazine9.jp/other/isezaki/index3.php

 こうした伊勢崎の「ロビー活動」に対しては、「非武装自衛隊をタリバンに殺させて本格的な武力行使の口実でも作りたいのでしょうか」という批判が挙げられているが、私もちょうど同じことを考えていた。というのも、伊勢崎は、「対テロ戦争」に参加する「先進国」が、自国の兵士から死者を出した場合に、「武器使用基準の現場運用を緩め」て「掃討作戦」を始めることや、国民をさらなる「対テロ戦争」に動員することを、本書で(どちらかといえば)肯定的に捉えていたからである。少し長いのだが、重要な箇所だと思うので、以下に引用する。伊勢崎は、東ティモールで「県知事として国連平和維持軍を統括」(p.25)していた当時の出来事を、次のように語っている。


 ある日、僕が統括していた国連平和維持軍の一部隊が国境付近をパトロールしていた時に、併合派民兵に襲撃され、二人の兵士が死亡した。ニュージーランド兵とネパール兵だった。東チモールでは多くの兵士が殉職したが、ほとんどは車両の事故や銃の整備をしている際の暴発などが原因で、戦闘で死んだというのはその二人だけである。国境地帯だったから避けられなかったという要素があったかもしれない。

 ネパール軍は、そういう問題が起きても、わりあい冷静に対応していた。国連平和維持軍らしさを守っていた。

 一方、ニュージーランド軍は、自分たちの兵士が殺されたということで、かなり感情的になり、「自衛」という基準からすれば、やり過ぎ感のある掃討作戦をやり始めた。その結果、侵入してきた併合派民兵の部隊を一人も捕獲せずに全員射殺してしまう。ネパール中隊の隊長が僕のところに来て、「ニュージーランド軍はおかしい。殺気立ち過ぎている」と訴えたほどだ。

 東チモールの状況なんて、軍事的にはそんなに難しいものではない。民兵といっても、たかだかチンピラヤクザの集団を少し強暴にしたくらいのものだ。次に出てくるアフガニスタンの軍閥やタリバンとは、軍事組織としての統制も武器の性能も全然比べ物にならない。

 でも、同胞が殺されたということで、ニュージーランド軍の要請で、武器使用基準の現場運用を緩めることになった。こういう言い方をするべきじゃないのだが、ネパールのような発展途上国の兵が一人死ぬのと、先進国の兵が一人死ぬのと、それぞれの社会での“重み”、社会的インパクトが違う。先進国では、こういう自国の兵士の死亡がメディアに大きく取り上げられると、世論が沸騰するので、派遣された軍隊も常にそれを気にしながら対応するというところがある。だから、「悪者に殺された自国のヒーロー」、「それを弔うための男としての復讐」みたいに舞い上がる。こういう状況では、皆殺しにされた民兵側の人権を考える余地はなくなる。

 ただ、そういう対応が効果的にはたらいて、この事件以後、併合派民兵の活動が急速に減っていったのも事実だ。その後、併合派民兵の攻撃による死亡事故はずっとゼロが続く。それを契機として、国連平和維持軍は、規模縮小を決定すること〔原文ママ〕なる。(pp.32-33)
 

 伊勢崎は、「アフガンの出兵をそのまま維持したい、それぞれの世論と闘いながらアフガンへの貢献を維持したいという国会議員の集まり」(p.129)に日本代表として招待されるような人物であり、上記の『マガジン9条』でも、「「対テロ戦」は人心掌握の戦い」であると言い切っている。

 伊勢崎にとってはおそらく、「非武装の軍事監視団」への自衛隊の参加という試みが、実際に成功しようが失敗しようが、どちらでもよいのではないだろうか。作戦が仮に成功すれば、それは伊勢崎にとってはめでたいことであるし、仮に失敗して「非武装」の自衛隊員に死者が出れば、それは「人心掌握の戦い」、「世論と」の「闘い」への伊勢崎の勝利を意味するから、伊勢崎にとっては、やはりめでたいことなのではないだろうか。


4.「強力な内政干渉」(p.114)

 本書の引用を続けるのは大変不快な作業だが、もう少しだけ頑張ってみよう。伊勢崎によれば、アフガニスタンには今以上に「強力な内政干渉」が必要なのだそうだ。これは必ずしも軍事的な「貢献」とは言えないが、伊勢崎の提言は「非軍事的」なものであっても、軍事力を前提としなければ、最初からとても考えつかないようなものが多い。以下はその一例である。


NGO出身の人間としては大変言いにくいし、誤解されるのを承知の上で言うのだが、現在のアフガニスタンでは、人道援助が現状悪化の一因となってしまう状況に近づきつつある。後述するように、今のアフガニスタンは「史上最強の麻薬国家」である。強力な内政干渉をしない限り、援助は悪用され、腐敗が固定化する。タリバン政権の時代も、国連の援助組織や国際NGOの援助が強権政権に“余裕”を持たせ、その政治生命を長引かせたという反省がある。今の内政状況は、もしかしたらタリバン政権時以上に問題を抱えているかも知れないのだ。(p.114)


 カルザイ政権の腐敗どころか存在そのものが、「対テロ戦争」という、これ以上ないほどの「強力な内政干渉」の結果であり、このあたりはもう何を言っているかも不明だが、伊勢崎の辞書に「植民地主義」や「帝国主義」という言葉がないらしいことだけは、とりあえずよくわかる。ちなみに、伊勢崎は、「一九八八年から約四年間」(p.23)滞在していたというシエラレオネについても、こんなことを書いている。


〔前略〕シエラレオネは、四半世紀以上、ずっと世界最貧国であった。子どもが産まれても、四人に一人は五歳まで生きられない。食料も乏しく、医療施設も少ない。だからこそ、NGOの役割も大きかった。

 なぜそんなことになるかといえば「腐敗」である。国の富は、外国企業やそれらと結びついた一部の政治家、官僚によって国外に持ち出されていく。賄賂を出せばダイヤの密輸など簡単である。(pp.44-45)



 僕は、あの国がいかに腐敗していたのかを知っていて、内戦は当然起こるべくして起こったことがわかる。(p.51)


 どうやら伊勢崎の辞書には「歴史認識」という言葉もなさそうだ。こんな人物の提言をありがたがって拝聴している左派も、相当どうかしているのではないか。


 以上、ざっと見てきたが、いわゆる「伊勢崎構想」なるものには、「平和国家」日本という欺瞞を、より徹底的・暴力的に重ねていこうという、伊勢崎の明白な意思が示されている、と私は思う。そして、「平和国家」日本という欺瞞を欺瞞として認識しようとしない左派の多くは、「対テロ戦争」を「憲法9条」によって積極的に補完する「伊勢崎構想」を、否定することはできないように思う。2月14日の朝日新聞の社説も、自衛隊の派兵こそ主張していないが、こうしたラインに沿って書かれたものである。

 「カルザイ政権が試みている穏健派タリバーンとの和解でも日本は調停役を担えるはずだ。軍事介入のらち外にあったので当事者たちを説得しやすい。かつて日本が軍閥の武装解除を成功させたのも中立的な立場が支えだった。

 また、政権内のひどい腐敗もなんとかしなければならない。国連によると、年間25億ドルが汚職で無駄遣いされているという。これが改善されなくては支援の実は上がるわけがない。

 であれば、会議で設置が決まった外国専門家らが汚職・腐敗対策の監視にあたる機関へ、日本からも要員を派遣してはどうか。また、インドネシアなどと検討している警察官の育成や訓練の計画も進めるべきだろう。」

 朝日新聞:「アフガン支援―日本にできる事がある」
 http://blog.goo.ne.jp/freddie19/e/77d5c255a92becd7189fdb1494a3c468

 余談だが、ネット上の書評を読む限り、新刊の方が本書よりも「対米自立」や「愛国心」を強調する傾向が強いようである。伊勢崎は、ここ数年で加速度的に進んだ、左派の「国益」論的再編成の風潮に媚びているのだろう。

 また、伊勢崎は「九条が武力紛争解決に役立つとわかれば、そしてそういう現実を共有できれば、護憲派と護憲的改憲派の人びとは手を握ることができると、僕は思う。そうすれば大きな勢力ができあがると確信する」(pp.18-19)とも述べている。「大きな勢力」とは、もちろん「対テロ戦争」を支える「平和国家」日本の「国民戦線」である。私は「そういう現実」の「共有」を絶対に拒否する。


▼1 「DDRというのは、この本で何回も触れるが、武装解除(Disarmament)、動員解除(Demobilization)、社会復帰(Reintegration)のことである。武力紛争を終わらせるには、紛争当事者が停戦に合意するだけではダメであって、戦闘員・武装組織から武器を取り上げ(武装解除)、戦闘員たちが再び動員される可能性をなくすため、その指揮命令系統を解体し(動員解除)、経済的理由が再動員の理由にならないよう手に職をつけてあげる(社会復帰)ことが不可欠である。」(伊勢崎賢治、『自衛隊の国際貢献は憲法九条で――国連平和維持軍を統括した男の結論』、かもがわ出版、2008年、p.24)

▼2 「こんな仕事を日本が受け持ったのは、ちょっとした驚きである。憲法九条があって、軍事にかかわること全てに消極的だったのに、かかわるどころか日本が主体になってやるのである。

 引き受けたのは川口順子外務大臣(当時)。たぶん当時の外務省は、DDRのことをよく理解していなかったのだろう。DDRといえば、最後のR、社会復帰が主要な仕事だと思っていた気配がある。」(前掲書、p.56)

 「そもそも、外務省がつくったODA(政府開発援助)大綱を見れば、その勘違いがわかる。そこでは、DDRのことが「元兵士の武装解除、動員解除及び社会復帰」と定義されている。

 「元」兵士。

 これは明らかな間違い。元兵士だったら武装解除する必要がない。正直に「兵士」と書いたら、日本のODAを軍事組織に使うのかと野党に糾弾されるから、意識的に誤訳したのだと思う。

 ODAにそう書き込んだ人間は、日本の政局と世論の質をよくわかっていただろうし、頭のいい人間だったのだろう。でも、よく事情のわからない他の外務省の人間は、そこに書かれている通りに理解してしまったようだ。だから、アフガニスタンでDDRを引き受けてくれないかと持ちかけられた時、復員事業だと思って、決めてしまったのだ。DDRで一番大変なのは最初のDの武装解除で、これは軍事オペレーションであり、当時のアフガニスタンでは不可能と言われていた作業であり、だから国連でさえRを先にやるべきだと“逃げ”の戦略を考えていたのに、日本はババ抜きのババを引かされたようなものだった。」(前掲書、pp.57-58)

▼3 「国際貢献というと、必ず人か金かという議論になる。この問題では、発展途上国と先進国では違いがあることを、リアルに見ておく必要がある。

 発展途上国は外貨稼ぎのために兵を出す。国連の場合、平和維持軍に兵力を出せば、リンバースメントという制度があり、出した歩兵の数、装備の数でお金が戻ってくるようになっている。だから、パキスタンとかバングラディシュ、ネパールのようないわゆるPKO大国は、言い方は悪いが、外貨稼ぎのために兵を出す。殉教者が多く出ているから、平和のために頑張っていると言うかもしれないが、これは冷たい現実なのである。発展途上国では、人か金かという議論にはならない。人しか出せないわけだから。」(p.81)

 「日本は、アフガニスタンのDDRのため、総計で九〇〇〇万ドル、約一〇〇億円を拠出したのである。とにもかくにも、アフガニスタンの軍閥が武装解除されたのは、日本のお金があったからである。」(前掲書、p.73)

 「日本の外務省は、被援助国に条件をつけて援助することについて、「主権侵害」だとか「内政不干渉の原則に反する」と言う。内政不干渉の原則が大切だということに異論はない。しかし、ODA外交で条件をつけることは、内政干渉には当たらない。なぜかというと、相手国には援助を拒否するという自由があるからだ。相手国の自由を侵害してはいないのだ。」(前掲書、p.80)

Comments:10

ZED あの伊勢崎の新刊はマガジン9条のスタッフだか関係者だかがまとめた本でしたっけ? URL 2010-02-16 (火) 01:16

現物をまだ読んでいないのですが、概要を見るとアフガンについて書いている割にはペシャワール会の事を不自然にスルーしているような気がしてなりませんでした。同書を書評しているブログなどもほとんどが絶賛か「難しい問題なので自分には判断出来ない」などといって逃げる卑怯な連中ばかり。そうした書評もみんなペシャワール会の事について示し合わせたかのごとく触れないようにしている訳です。不思議なくらい。
その理由は私の思っていた通りでもありましたが、やはりそうした平和的なNGOを伊勢崎がウザがっていたからだったんですね。「人道援助が現状悪化の一因」って遠まわしに言ってますが、これってあからさまにペシャワール会などの人道援助NGOに対するあてこすりでしょ。伊勢崎は多分ペシャワール会の事をものすごく嫉妬してるんじゃないですか? 
徒手空拳のままアフガンのように危険な紛争地域に渡り、医療活動や井戸掘りを粘り強くやって民衆から大きな信頼を勝ち得たペシャワール会に比べて、自分は国連の看板を背負って紛争地域で偉そうにふんぞり返って軍隊をあごで指図しながら今までまともに問題を解決出来なかった訳ですから。でもそんな個人感情に振り回されて犠牲になる紛争地域の民衆はたまったもんじゃありません。
それにアフガンが麻薬大国だって言ってますが、その麻薬原料のケシ栽培を厳しく禁じていたのはタリバン政権時代だったんですが。アメリカの報復戦争でタリバンが追われてから北部同盟などの地方軍閥がケシ栽培を再開させて現在に至っているのに。つまりアメリカの対テロ戦争のせいでアフガンは麻薬大国になっちゃったって事です。それをものの見事にスルーしている所もすごい。あまつさえアフガニスタンの政治腐敗を人道援助のせいにするってどこまでとんでもない嘘をつけば気が済むのやら。伊勢崎賢治は発展途上国を見下した戦争好きであるだけでなく大変な嘘つきでもありますな。
佐藤優といい、伊勢崎賢治といい、こんな連中にコロっとたぶらかされていいように利用される日本の左派達はどこまで人を見る目がないのやら。

m_debugger Re: あの伊勢崎の新刊はマガジン9条のスタッフだか関係者だかがまとめた本でしたっけ? URL 2010-02-17 (水) 12:03

>ZEDさん

『マガジン9条』がまとめた本は、また別にあって、『伊勢崎賢治の平和構築ゼミ』(『マガジン9条』編、大月書店、2009年)です。
http://www.magazine9.jp/books/
ウェブでも読めますが、私はほとんど読んでいません。

>同書を書評しているブログなどもほとんどが絶賛か「難しい問題なので自分には判断出来ない」などといって逃げる卑怯な連中ばかり。

そうみたいですね。でも、どこが「難しい問題」なんでしょうね?むしろ、それを説明する方が「難しい」のでは?

>「人道援助が現状悪化の一因」って遠まわしに言ってますが、これってあからさまにペシャワール会などの人道援助NGOに対するあてこすりでしょ。伊勢崎は多分ペシャワール会の事をものすごく嫉妬してるんじゃないですか?

実際、伊勢崎の嫉妬は相当だと思います。伊勢崎は、「日本のNGOも、戦地に行くようになるならば、軍人との話し方を知る必要があるし、最低限の軍事的な知識、特に軍事組織とはそもそも脅威をどう観るのか、このくらいの知識は持たなければならない。そして、それらの情報を自分たちの危機管理にどう役立てるかを考えなければならない。」(p.13)などと、どこまでもマッチョな主張をしていて、これも、あからさまにペシャワール会に対するあてこすりですよね。ペシャワール会は、いかなる軍事組織とも距離を取ることが最大の危機管理であると公言していますから。

>つまりアメリカの対テロ戦争のせいでアフガンは麻薬大国になっちゃったって事です。それをものの見事にスルーしている所もすごい。

これくらいスルー力がないと、『アフガン戦争を憲法9条と非武装自衛隊で終わらせる』なんて本は、とても恥ずかしくて書けないでしょう。というか思いつきもしません。

>あまつさえアフガニスタンの政治腐敗を人道援助のせいにするってどこまでとんでもない嘘をつけば気が済むのやら。

そのうち「北朝鮮が腐敗しているのも人道援助のせいだ」とか言い出しそうですね(もう言っているのでしょうか)。

>佐藤優といい、伊勢崎賢治といい、こんな連中にコロっとたぶらかされていいように利用される日本の左派達はどこまで人を見る目がないのやら。

伊勢崎は、佐藤と違って、自分で言っていることを本気で信じていそうな感じがして、そこがまた怖いのですが、中身は佐藤と同じで空っぽのような気がします。こんな連中に騙される方が逆にリテラシーがいるんじゃないかと思いますが・・・。

jimpower URL 2010-02-17 (水) 12:11

どうもこんにちは。

それって「名ばかり管理職」ならぬ「名ばかり護憲」じゃん、と突っ込むのは野暮というものでしょうか。

ところで問題の伊勢崎本の制作に関わり他のいくつかのブログにその書評を頼んで回っている某ブロガー氏(個人的には何も知らないのですが「代表的な9条護憲ブログとしてけっこう人気が高かった」らしい)は確か、昨年の総選挙の時には保坂展人氏の落選を嘆くと同時に城内実氏の当選を喜ぶという良くわからない発言をしていて、その点に限っては私も「行動原理が謎だな~」と思ったものです。

m_debugger URL 2010-02-17 (水) 12:40

>jimpowerさん

>それって「名ばかり管理職」ならぬ「名ばかり護憲」じゃん、と突っ込むのは野暮というものでしょうか。

まあそのままですから(笑)。

>某ブロガー氏

私も個人的には何も知りませんが、確かに「代表的な9条護憲ブログとしてけっこう人気が高かった」らしいですね。「護憲」とレイシズムが共存する文章は、個人的には一番嫌いです。90年代の朝日新聞とかもそうだった気がしますが。

風鈴草 伊勢崎氏への疑問 URL 2010-02-17 (水) 14:10

伊勢崎賢治氏の『自衛隊の国際貢献は憲法九条で』は、以前、私も某護憲派ブロガー氏が熱心に薦めておられたのを見て購入してみました。(たぶん、jimpowerさんの言われる「いくつかのブログにその書評を頼んで回っている某ブロガー氏」と同じ方でしょう。私も(別ハンドルで)時々訪問していたこともあったのですが、どうもあの方とは感覚が違うと思っていたところ、「城内擁護」でついに愛想を尽かした口です)

憲法九条と自衛隊、しばしば相反するもののように言われて来たこの二つを抱き合わせて国際貢献が出来て、日本の国際社会における地位も上がり、アメリカからも文句が付けられないような言い訳が出来れば、一石三鳥、こんなうまい手はないよ…という話ですよね。常々、「左派だけの護憲であってはいけない、右派までもが納得できるような護憲でなければ憲法は守れない」と言っておられた件のブロガー氏が激賞されるのも無理はないとは思いました。しかし私自身は読み始めてすぐに本の内容に、いささか疑問を持ってしまい、それ以来、伊勢崎氏自身のこともあまり信頼を置けないような気がしてしまっています。

伊勢崎氏の“売り”のひとつは国連の「東ティモール暫定行政機構上級民政官」として、いまだ紛争の治まりきらない東ティモールで県知事を務めたことだと聞いていましたが、本の初めに出て来た、その県知事時代の話を読んで失望してしまったからです。

以前よく読んでいたフリージャーナリストで写真家の、中司達也氏の「報道写真家から」というブログには東ティモールについての多くの記事があるのですが、その一部だけを抜き出して比べてみても伊勢崎氏の記述には非常に違和感を感じました。特に当時から東ティモールの治安維持に当たる国連平和維持軍を主導していた、オーストラリアとその軍隊については、伊勢崎氏は無邪気にも絶大の信頼を寄せておられるようなのですが(P28「文民が軍を統括する姿を見せつけるのだ」)しかし、中司氏の記事によれば、とてもじゃないが、オーストラリアは東ティモールに対して公正中立な立場を保って来たような国ではないからです。

報道写真家から 東ティモールと石油
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/7e7b590506bf7f6d85d60ed994527872

報道写真家から 石油のためなら国際法も無視
(ティモール海の石油をめぐるオーストラリアの歴史的動き)
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/b0e4db99598701d7ca944d7caab6c78d

報道写真家から ミニミニ・フセインとミニミニ・アメリカ
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/4a7cefdaf277316a97d85b2d0e7ebbb5

中司氏以外の記事としては、こちらも「報道写真家から」の記事ではありますが、オーストラリア出身のジャーナリスト、ジョン・ピルジャー氏の記事の翻訳があります。

「東ティモール:世界が見逃したクーデター」
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/e/380071a383cba22fe0ba2c7dc00b0421

ジョン・ピルジャー氏は、m_debuggerさんも訪問されていた藤永茂氏のブログ、「私の闇の奥」で以下のように紹介された方です。
>皆さん、John Pilger というジャーナリスト兼ドキュメンタリー映画製作者を御存知でしょうか。権力に抗して屈しない立派さでは、アウン・サン・スー・チーさんやネルソン・マンデラさんにも比せられる人物です。ノーベル文学賞受賞の硬骨漢ハロルド・ピンターも『ジョン・ピルジャーは、鋼のような注意力で、事実を、不潔な真実を、明るみに出す。私は彼に挙手の礼を捧げる』と書いています。
(「私の闇の奥」 2008/06/25 オバマ氏の正体見たり(1) より)

こちらはJANJANに載っていたオーストラリアのメディアの翻訳です。
「オーストラリア - 平和維持者か石油略奪者か」
http://www.news.janjan.jp/world/0606/0606286909/1.php

伊勢崎氏が県知事として赴任したのは2000年、中司氏が記事を書いているのは2006年に再び勃発した暴動の頃ですが、当然ながら歴史はつながっていますし、2008年発行の伊勢崎氏の本にも2006年の暴動の話は載っていました。しかし伊勢崎氏は本の中では、東ティモールで起こって来た紛争は、そうした資源とはあくまで無関係のものであるかのように、東ティモール海の石油や天然ガスと、それ等を狙ってきたオーストラリアとインドネシア、二つの強大な隣国の思惑については何も触れられてはいません。

「しかも、東チモールの場合、そもそも何から国を守るのか。あんな小さな国を侵略するような外敵とは、いったい何か、という話だ。」「インドネシア自体で着実な民主化が進んでいるこの国際情勢の中で、東チモールを再び軍事占領しても何の国益も見いだせないだろう。インドネシアが敵でなければ他に攻めてくる敵など存在しない。これは僕だけの見解ではなかった。僕の県に配属された国連平和維持軍司令官(前に紹介したオーストラリア軍の准将)とも共通した意見であったのだ。」 (P36「コスタリカ方式でという僕の提案は抹殺された」より)

伊勢崎氏の経歴を見ても、そうした事実を知らないということは、たぶんあり得ないはずで(だと思うのですが・・・)あえてそうした事情に触れない理由は何であるのか?私が伊勢崎氏を御本人がおっしゃるような「プロの紛争解決人」として本当に信頼して良いのだろうかと疑問に思っている理由の一つです。

ブリーチャー・バム URL 2010-02-17 (水) 20:53

はじめまして。
熱心な読者という程でもありませんが、いろいろ勉強させてもらっています。
ただ以前から2009年2月26日にmedia_debuggerさんが書かれた「ストーカー化するリベラル・左派論壇(1)」のことで気になっており、当該記事のコメント欄に投稿してきました。
お返事をいただければ幸いです。

ただ、投稿の際、1回目は画像認証で失敗し、2回目に投稿した後も「承認待ちです」との記述も無く投稿する前の状態ですが、これで大丈夫でしょうか?

おぴょぴょ ものすごい余談で URL 2010-02-18 (木) 04:12

ものすごい余談で水を差すようかもしれませんが・・・。ペシャワール会で思い出したんですが、
現地代表の中村哲があの忌々しい「天皇在位20周年記念式典」に何の躊躇なく出席していたのが個人的になんか納得できません。
たとえば↓のブログは所謂「サヨク」なブログですがこのことを賞賛しています。しかも天皇を「平和の象徴」と断言し仰々しい敬語を使いまくっています。
http://blog.goo.ne.jp/fenetre39/e/a28b84a7f877441dc74322a7872bcce8
中村哲も、天皇や皇族を「平和の象徴」で、「すばらしいお人」だ。かつての戦争は今の天皇制や皇族には全く関係ない。と思ってるんでしょうか。
金光翔氏の言う「リベラル・左派の天皇制活用論」がホントに蔓延してしまったんですかね・・・。

m_debugger Re: 伊勢崎氏への疑問 URL 2010-02-18 (木) 23:17

>風鈴草さん

記事のフォローありがとうございます。いろいろ勉強になります。
東ティモールに対してオーストラリアがしてきたことは、強盗そのものですよね。日本を筆頭にすべての「先進国」の歴史的責任をスルーするところに、伊勢崎の言説の特徴がはっきり見えると思います。

>私が伊勢崎氏を御本人がおっしゃるような「プロの紛争解決人」として本当に信頼して良いのだろうかと疑問に思っている理由の一つです。

この点、最新のエントリーで取り上げました。結論としては、こんな人物を信頼される必要はないと思います。

m_debugger URL 2010-02-18 (木) 23:19

>ブリーチャー・バムさん

コメントありがとうございます。当該記事にお返事します。すみませんが、もうしばらくお待ちください。

>2回目に投稿した後も「承認待ちです」との記述も無く投稿する前の状態ですが、これで大丈夫でしょうか?

たまにアダルトサイトのDMが普通に紛れ込んでくるので、コメントは承認制にしています。ですので、いただいたコメントの反映が遅れることもありますが、どうかご了承ください。

m_debugger Re: ものすごい余談で URL 2010-02-18 (木) 23:27

>おぴょぴょさん

>現地代表の中村哲があの忌々しい「天皇在位20周年記念式典」に何の躊躇なく出席していたのが個人的になんか納得できません。

この件、余談ではまったくないと思いますが。私も実はペシャワール会の会員なのですが、ペシャワール会は当初から「日の丸」を掲げてアフガニスタンで活動していて(今は危機管理上掲げていないというだけです)、良くも悪くも、中村さんが変節したわけではなく、もともと天皇制に親和性があったと思います。日本で最も良心的なNGOの一つであるペシャワール会が、「日の丸」を断ち切れていないところに、「戦後日本」のあり方が端的に反映されていると感じます。

>金光翔氏の言う「リベラル・左派の天皇制活用論」がホントに蔓延してしまったんですかね・・・。

というわけで、私は中村さんが変節したとは考えていませんし、「国益」論的再編成が進むリベラル・左派一般とは分けて評価していますが、ペシャワール会でさえ天皇制を認めているのだから・・・という認識が一般になされることで、「リベラル・左派の天皇制活用論」が加速して、リベラル・左派一般のいっそうの変質が促されたかもしれないとは思います(まあ、これ以上変質の余地があるのか?という感じですが)。その意味でも、「式典」に参加した中村さんの責任はやはり重い、と批判せざるを得ません。

>たとえば↓のブログは所謂「サヨク」なブログですが

すみません。せっかくご紹介いただいたので、頑張って読もうと思いましたが、怖くて挫折しました・・・。

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