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風鈴草 重症ですね URL 2010-02-26 (金) 15:35

>伊勢崎は自分が何を言っているかを理解しているのだろうか?伊勢崎を支持する(あるいは否定できない)左派は、自分が何を読んでいるかを理解しているのだろうか?

思ったよりかなり重症ですね。こうなるとやはりカルトの域かと。少なくとも伊勢崎氏には、一部の人たちを惹きつけて思考停止させてしまうオーラみたいなものだけはあるのかもしれません。

金光翔氏の「私にも話させて」は前にちょっとだけ覗かせて頂いていたこともあり、「佐藤優現象」という言葉も、一部で言われているのは知っていたのですが、ここまで来ているとは知りませんでした。

例の熱烈な伊勢崎信徒の護憲派ブロガー氏なども、御自分では“左派”と名乗っておられましたが、コメント欄の投稿者とのやり取りを見て来た限りでは、どうも左派よりは右派の人たちと気質が合うような感じでした。(かつて、ある右派ブロガー氏による“反日ブログリスト”に載せてもらえないのをたいへん残念がっておられましたが、それも当然でしょう)

だいたい、伊勢崎氏は口ではペシャワール会と中村哲氏のことを尊敬するようなことを言いながら、アフガニスタンについて語っていることは中村氏のお考えとはほとんど真逆でしょう?伊勢崎ファンの左派の人たちも、ペシャワール会と中村氏のことは支持するようなことを言ったりしているのに、この矛盾に向き合うつもりはないらしいですね。本当にアフガニスタンの人々のことを第一に考えるならば、伊勢崎氏より中村氏の言葉に耳を傾けるべきだと思うのですが。

「アフガニスタンの人たちのことは二の次三の次、何より、先進諸国の中での日本の立場を良くするのと、復興利権に与るのが目的だ」というのなら、また話は別です。日本人ならば、死にかけている他国の人より自国の利益を優先すべき、という「国益主義」に走るなら、伊勢崎氏を取るというのもわかりますが。

m_debugger URL 2010-02-27 (土) 13:55

>風鈴草さん

コメントの反映が遅れてすみません。

>思ったよりかなり重症ですね。こうなるとやはりカルトの域かと。

後半は明日アップしますが、後半も相当すごいです。

>金光翔氏の「私にも話させて」は前にちょっとだけ覗かせて頂いていたこともあり、「佐藤優現象」という言葉も、一部で言われているのは知っていたのですが、ここまで来ているとは知りませんでした。

「私にも話させて」はぜひチェックされるとよいですよ。伊勢崎と佐藤の共通項は、左派をある意味で正しくナメていることだと思います。ですから、<佐藤優現象>が進行するにつれて、伊勢崎の発言もどんどん大胆になってきているわけで、昔はさすがにあれほどカルトじみてはいなかったと思います(もちろんその兆候はありましたが)。

>伊勢崎ファンの左派の人たちも、ペシャワール会と中村氏のことは支持するようなことを言ったりしているのに、この矛盾に向き合うつもりはないらしいですね。
>日本人ならば、死にかけている他国の人より自国の利益を優先すべき、という「国益主義」に走るなら、伊勢崎氏を取るというのもわかりますが。

まさにそこなんですよね。<佐藤優現象>を推進する左派は、「平和」や「人権」といった表象を掲げつつ、実質的には戦争や差別を否定しなくなっています。伊勢崎の言説がそうであるように、「平和」と戦争、「人権」と差別の、凄まじいダブルスタンダードがデフォルトになっているというか。こうした人たちは、「左」から来る批判に対しては、「平和」や「人権」という建前を掲げてそれを回避する一方、「右」から来る批判に対しては、「国益主義」や「愛国心」という本音でそれを回収するわけです。

>例の熱烈な伊勢崎信徒の護憲派ブロガー氏なども、御自分では“左派”と名乗っておられましたが、コメント欄の投稿者とのやり取りを見て来た限りでは、どうも左派よりは右派の人たちと気質が合うような感じでした。

もうすべてが馴れ合いですよね。少なくとも、伊勢崎の言説を否定できない左派には、何も期待できることはないと思います。

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「在特会」化する「平和国家」日本 (前半)――伊勢崎賢治著『アフガン戦争を憲法9条と非武装自衛隊で終わらせる』所感

 伊勢崎賢治の新刊『アフガン戦争を憲法9条と非武装自衛隊で終わらせる』(かもがわ出版、2010年)を読み終えた。過去2回(「「伊勢崎構想」とは何か――「平和国家」日本にしかできない「対テロ戦争」」「「伊勢崎構想」で何が問われているのか――植民地支配・侵略戦争・戦後責任」)にわたって、伊勢崎と伊勢崎を支持する(あるいは否定できない)左派を散々批判してきたつもりだったが、新刊を読んでわかったことは、あの程度の批判ではまだ甘かったらしい、ということである。もしかすると、私の側にかれらに対する「美しい誤解」があったのかもしれない。

 というわけで、以下に伊勢崎賢治著『アフガン戦争を憲法9条と非武装自衛隊で終わらせる』の所感を取り上げる。なお、本書を読み、過去2回のエントリーに訂正するべき箇所がない旨確認したことを付記しておく。


●「伊勢崎構想」とは何か――「平和国家」日本にしかできない「対テロ戦争」で大儲けのススメ

 いきなり下劣な見出しで恐縮だが、本書で提唱されている「伊勢崎構想」を簡潔にまとめるなら、それは、「平和国家」日本にしかできない「対テロ戦争」で大儲けのススメである、と言える。表現が下劣なのは、実態が下劣だからであるとしか、この場合は言いようがない。以下にその理由を述べる(本書引用部の強調はすべて引用者による)。

 「伊勢崎構想」の目玉(として伊勢崎が日本国内外でロビー活動に励んでいる)のが、以前にも紹介した、「非武装の軍事監視団」への自衛隊の参加による「シェアード・セキュリティ・ゾーン(支え合う安全な場)」の構築、すなわち「支えあう安全保障ゾーン(SSゾーン)の構想」(p.78)である。伊勢崎は、本書で新たに、「SSゾーン」を「半永久的」な「経済特区」にすることを提唱している。どうやら伊勢崎の俗物力は佐藤優とタメを張れるレベルにあるらしい。心の底からげんなりするが、とりあえず引用していこう。


 ●タリバンの嫌がるインフラを敢えてつくる

 同時に、SSゾーンには、開発援助の英知を最大限に集める。とにかく政府開発援助(ODA)を集中させて、「短期集中効果プロジェクト」(Quick Impact Project: QIP)を実施する。電力、そして教育施設を中心に、とにかく「開く」

 特に、「タリバンが嫌がりそうな」、そして「タリバンがすぐに壊しに来るような」プロジェクト敢えて最初に、集中して実施するのだ。学校建設、特に女子教育のそれだ。

 そして、コミュニティに、「自分たちの財産だから自分たちで守る」という意識を、「逆療法的」に刺激するのだ。逆転の発想である。(pp.56-57)


 『マガジン9条』のインタビューでは、伊勢崎は、「SSゾーン」について、「もちろん、いくらコミュニティを味方につけても、タリバンが攻撃してくるだろうというリスクはある。人命が失われることも確かです。それでもやらなくちゃいけない」と語っていたわけだが、何のことはない、「タリバンが攻撃してくるだろうというリスク」と「人命が失われることも確か」な状況は、伊勢崎自身ががせっせとお膳立てをしているのであった。

 要するに、伊勢崎は、タリバンにアフガニスタンの民衆(や「非武装」自衛隊員)を殺させるよう仕向けることで、「人心掌握の戦い」に勝利しようとしているのである。まさに佐藤優の「インテリジェンス」を彷彿とさせる卑劣な策謀であり、しかも、そのことを著書で堂々と公言しているのだから、もう呆然とするしかない(この饒舌さも佐藤そっくりである)。「逆療法」だか「逆転の発想」だか知らないが、この発言を問題視しない左派は、いくらなんでも終わりすぎではないのだろうか。

 ・・・・・・気が滅入るが、引用を続けよう。


 更に、このSSゾーンを「経済特区」にもする。

 ここで生産され輸出されたものに対して、それを輸入する先進各国は、関税をかけないようにする。こうしてODAだけでなく、民間の投資を誘導していくのだ。

 はたして、このSSゾーンで何が獲れるのか。そんなことは、後で考えればいい。まず、関税をゼロにする法律を先進各国に作ってもらいたい。政府、国家としてアフガニスタンの和平に「半永久的」に関与するという政治姿勢を、まず法律として確固としたものにするのだ。それを日本がまず率先して実行する。

 とにかく「時間」と「見える効果」が課題だ。凝り固まった発想しかできない「開発援助専門家」だけに任せてはいられない。民間の起業・創造力に頼るのだ。そのための法的枠組みを、まず作るのだ。

 最初の小さなSSゾーンで実績を作り、そして、それをアフガン国内、特に隣接する他のコミュニティに効果的に広報し、だんだんと対象地域をひろげる。そして、ゆくゆくは、SSゾーンを国境地域の全体に及ぼしていくというのが、この構想である。(p.57)


 言うまでもなく、「先進各国」が「アフガニスタンの和平に「半永久的」に関与」し、「民間の起業・創造力に頼る」ための「法的枠組みを」「作る」ということは、「先進各国」がアフガニスタンの「半永久的」な支配と収奪を「挙国一致」で(官民挙げて)進めていくことを意味している。なお、「11.23東京会議」(2009年11月23日から3日間にわたって東京で開催された非公式会議。主催関係者は伊勢崎や犬塚直史・民主党議員ら。参加者は、アフガニスタン、パキスタン、サウジアラビア、イランの各政府担当者、およびNATOの閣僚・司令官クラスの実務者)でも、「SSゾーン」で「「経済特区」的な国際経済支援を実施すること」(p.126)が決定された(▼1)という。

 さらに、「SSゾーン」構想は、米軍・NATO軍の犯罪的な役割を、アフガニスタンの民衆に肩代わりさせる、帝国主義的・植民地主義的プロジェクトでもある。まさに帝国主義者・植民地主義者の「英知を最大限に集める」プロジェクトであるわけだ。


〔前略〕SSゾーンが設置されたら、まずそこから米軍・NATO軍が撤退するのである。そして、アフガン国軍と、前述の日本の「交番システム」のように「人身掌握」のための特別な訓練を受けた優良なアフガン警察に、全責任を引き継いでいく。

 そして、この措置を効果的に広報、啓蒙するのだ。SSゾーンが拡大していけば、米軍・NATO軍が撤退する地域も広がっていく。それをわかってもらうのだ。(p.63)


 伊勢崎によれば、「SSゾーン」構想が成功する条件は、「信頼される中立国による停戦監視」(p.63)であり、したがって、「わが自衛隊を「信頼醸成」の要として、非武装で、このSSゾーンに派遣する」ことが「SSゾーン構想の重要な中身」(p.133)になるのだそうである。さらに恐ろしいことに、伊勢崎は、「SSゾーン」構想を実現するためには、アフガニスタン―パキスタン国境が「朝鮮半島みたいにな」「らないよう」な「工夫が必要だ」、と述べている。


 克服すべき問題の一つは、国境をまたぐ今のアフガニスタン新国軍とパキスタン軍が、歴史上、両者だけの環境では、実践レベルでの対話をしたことがないということだ。しかも、アフガン国軍の中の旧北部同盟の連中は、基本的に、タリバンを支援したパキスタンに対する深い不信感がある。

 その結果、下手をすると、一発の銃声で、この国境が朝鮮半島みたいになる可能性がある。そうならないよう、両軍の間の信頼醸成のための工夫が必要だ。(p.63)


 伊勢崎はそもそも朝鮮がなぜ分断されているのかも知らないのかもしれないが、さすがに左派が知らないはずはないだろう。かれらはなぜ、よりによって自衛隊の海外派兵を正当化する文脈で朝鮮分断を持ち出す伊勢崎の暴言を、そのまま許していられるのだろうか?「朝鮮半島みたいにな」「らないよう」、「わが自衛隊」がアフガニスタンに介入しなければならない、という伊勢崎の「構想」を、朝鮮・日本の近現代史を知った上で批判しようとしないのなら、それはもう頽落というほかないと思う。

 伊勢崎の非客観的・非科学的な主張は、この後も延々と続き、ついには「非武装自衛隊の派遣は憲法九条の具体化だ」(p.132)という啓示が下される(▼2)に到る。ここまでくると、もはや神がかった感があるが、伊勢崎をカルトの教祖か何かだと思えば、オチとしてはむしろ相応しいのかもしれない。

 以上が、「伊勢崎構想」の核心となる、「非武装の軍事監視団」への自衛隊の参加による「SSゾーン」構築の概要である。「伊勢崎構想」が、「平和国家」日本にしかできない「対テロ戦争」で大儲けのススメであることについては、後半でさらに裏づけするが、これまでの分析からも、かなりの程度明らかにできたのではないかと思う(というか伊勢崎が勝手に明らかにしてくれているわけなのだが)。


●伊勢崎賢治妄言録

 ところで、本書を読んで改めて痛感したのは、伊勢崎の言説を批判しないまま、本書の制作・宣伝に一役買っている左派の脳内は、一体どうなっているのか、ということだった。左派が黙認、容認、あるいは支持している、伊勢崎の妄言のごく一部を、ここで紹介しておこう。

1.「「敵」は民衆から生まれ、民衆を巣とする」(p.3)

 伊勢崎は、米国のアフガニスタン・イラク侵略は、米国がアルカイダに「誘い出」された、つまりハメられた結果であり、したがって、「対テロ戦争」の「「敵」は民衆から生まれ、民衆を巣とする」と主張する。


 それは結果としてそうなったのか。

 それとも当初から彼らの戦略だったのか、定かではない。

 しかし、見事と言わざるを得ない。

 国際テロ組織アルカイダは、アメリカの本土に乗り込んで全面戦争をするなんて気は更々ないのだ。米本土へは、あくまあで、「金のかからない」テロ。そして、米国民を臨戦ヒステリアに陥れ、米軍を米本土から誘い出す。誘い出す先は、イスラムの地。タリバンと手を組んでアフガニスタン。そしてイラクへ。

 そこでは、米軍は、どんなに取り繕っても「異教徒の征服者」にしか見えない。「敵」は民衆から生まれ、民衆を巣とする。強硬な軍事作戦は、「民族浄化」との謗りとの板挟みで「消耗」する……。(p.3)


 ・・・・・・素朴に不思議なのだが、伊勢崎は自分が何を言っているかを理解しているのだろうか?伊勢崎を支持する(あるいは否定できない)左派は、自分が何を読んでいるかを理解しているのだろうか?ここで伊勢崎は、「対テロ戦争」が「敵」の狡猾な罠であり、侵略者である米国は、むしろ「敵」の「戦略」に釣られた被害者なのだ、と言っているわけである。単純な疑問として、かれらは侵略を悪いことだとは特に考えていないのだろうか?伊勢崎が「「敵」は民衆から生まれ、民衆を巣とする」という暴言を吐き、しかもそれを左派が批判しないという、日本の現在位置は、大日本帝国とどれだけ離れていると言えるのだろうか?

 「強硬な軍事作戦は、「民族浄化」との謗りとの板挟みで「消耗」する」とは、一体どういう意味なのか?米軍がアフガニスタンやイラクで行っていることは、民族浄化そのものではないのか?アフガニスタンやイラクの民衆が侵略に抵抗することは、「「民族浄化」との謗り」なのか?

 伊勢崎「教授」は、各地で意欲的に「講演」をこなし、こうした暴言を撒き散らしている(具体例)。もっとも、伊勢崎への批判を封印しているのは左派だけだろうから、伊勢崎はどうやらおかしいのではないか、という認識は、今後、一般的には少しずつでも広がっていくように思う。

2.「「イスラム対我々民主主義」みたいな文明の衝突的な構図」(p.75)

 次の発言も、伊勢崎が本格的におかしいらしいことを認識するきっかけになるだろう。


 対テロ戦というのは、僕らがこれまで経験してきたような、たとえばアフリカの小国の現政権と反政府ゲリラのような対立構造ではない。何せ、世界最大の民主主義国が始めたもので、「イスラム対我々民主主義」みたいな文明の衝突的な構図がある。しかも、我々が相手にしているのは、教義のために爆弾を身体に巻いて死も厭わない人々である。(p.75)


 「世界最大の民主主義国」というのがネタではなくベタらしいことにも驚くが、ブッシュでさえ撤回せざるを得なかった、「「イスラム対我々民主主義」みたいな文明の衝突的な構図」という妄言を、堂々としてのける厚顔無恥には、ひたすら恐れ入る。この妄言を読み流せる左派は、建前はどうあれ本音では、「対テロ戦争」を「文明の衝突」として捉えているのかもしれない。「我々が相手にしているのは、教義のために爆弾を身体に巻いて死も厭わない人々である」という伊勢崎の台詞は、そのまま「我々は、自らの利益のために他国を侵略し、他国民を虐殺することも厭わない人々である」と読み替えるべきだろう。

3.「家族を失った者は・・・タリバンに寝返る」(p.60)

 伊勢崎は、「対テロ戦争」の「「敵」は民衆から生まれ、民衆を巣とする」ことについて、次のように語っている。


〔前略〕今、この地域〔アフガニスタン―パキスタン国境地域〕のアフガニスタン側ではNATO軍が治安を担っている。これは、イスラム社会の側からすれば、「異教徒の征服者」に見える。学校建設や医療事業など人道援助に心を配っても、表面的な感謝はされるが、やはり、異教徒が軍事力を使ってイスラムの地に君臨するという構図は変わらず、根本的な嫌悪感を拭うことはできない。

 しかも、このコミュニティが、掃討作戦の戦場になっているのである。やればやるほど二次被害を生みだし、一般住民が戦闘の犠牲になる。家族を失った者は、アメリカとNATOに対する怒りから、タリバンに寝返る。(p.60)


 どうしてアフガニスタンの民衆が「タリバンに寝返る」ことができるのか?まったく意味がわからない。「寝返る」というからには、「寝返る」前には彼ら・彼女らは米軍とNATOの「側」だった、と伊勢崎が認識していることを示しているが、侵略軍の占領下に置かれた民衆が、たとえ部分的・一時的にしろ、侵略者の「側」に立つことを当然視するような、この感性はいったいどこから湧いて出てくるのか?

 「寝返る」という言葉を正しく使うなら、伊勢崎の言説を無批判に受容している日本の左派こそが、アジアの、そして世界の民衆を裏切って、「アメリカとNATOに」「寝返」った、と正確に言うべきだ。もっとも、伊勢崎の発言を違和感なく流せる日本人は、日本の植民地支配・侵略戦争を本音では反省していない可能性が高いので(本当に反省しているのなら、これほど冒涜的な発言の数々を野放しにはできないだろう)、わざわざ「寝返る」までもなく、徹頭徹尾アジアと世界の民衆に敵対しているのかもしれないが。

 念のため書いておくと、私は、アフガニスタンの民衆はタリバンの側に立っている、などと憶測しているのではない。タリバンが誰の側に立ち、誰に敵対しているのか、米軍とNATOが誰の側に立ち、誰に敵対しているのかは、アフガニスタンの民衆が一番よく知っているはずだ、と言っているのである。アフガニスタンの民衆を、米軍とNATO、あるいはタリバンによる、一方的な「人心掌握」の対象として貶め、彼ら・彼女らの主体性・民族自決権を一切認めようとしない伊勢崎の発言(▼3)は、あまりにも恥知らずであると思う。


▼1 

 「11.23会議」においては、当然、SSゾーン構想も扱われた。議論された骨子は以下の通りである。

 ――地元コミュニティの強化が先決。しかし、それは「非合法民兵の再武装・合法化」ではなく、優良な警察力との信頼醸成を図ることであること。

 ――それを土台として、治安の権限を、アメリカとNATOから優良なアフガン国軍・警察へ完全に移譲すること。

 ――国境上に駐留するアフガン国軍とパキスタン軍との間で信頼醸成を行うため、国連主導の非武装軍事監視団を創設すること。

 ――以上の治安維持装置下で「経済特区」的な国際経済支援を実施すること。(p.126)



▼2 

 護憲派は、この構想をどう受け止めるだろうか。自衛隊を派遣することは、どんなものであれ絶対にだめだと言うのだろうか。

 憲法前文には、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と書かれている。続いて、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して、他国を軽視してはならない」と宣言している。

 これを読めば、一国平和主義ではいけないと憲法は言っているのだとわかる。世界中から戦争をなくすため、日本はイニシアチブを発揮すべきだというのが、前文の立場である。現行憲法は、九条を使って前文の理念を実行しなさいと言っていると思うのだ。前文抜きで、九条の維持だけを目的化するのは「違憲行為」だと僕は思う。

 護憲派は、非武装自衛隊の派遣で実績ができたら、ゆくゆくは武装した自衛隊派遣につながるのではないかと、疑念をもつかもしれない。けれども、僕は、武装兵を出さないためにも、非武装の軍事監視員が必要だと思う。

 軍事監視には中立性が必要だから、地上部隊を出せば、特にアフガニスタンにおける対タリバンという文脈の中では、中立性が喪失する。そうなれば、自衛隊による軍事監視業務そのものが成り立たなくなるのだ。(pp.132-133)


 伊勢崎は、「武装兵を出さないためにも、非武装の軍事監視員が必要だ」と述べているが、呆れることに、伊勢崎がその根拠として本書で挙げているのは、自衛隊の「中立性が必要だから」という点に尽きる。自衛隊の「中立性」など始めから虚構であり(「対タリバンという文脈の中で」すでに「中立性」など「喪失」済みである)、「武装」であれ「非武装」であれ、自衛隊の派兵はその虚構をいっそう明らかにする結果を招くだろう。伊勢崎の弁明は始めから破綻している。

▼3 本書はこの手の発言のオンパレードである。伊勢崎は、米軍増派のもとで行われた、2009年8月のアフガニスタン大統領選挙の投票率低下について、民衆を侮辱する暴論を重ねている。


〔前略〕つまり、「投票に行くな、さもないと腕を切り落とす」というタリバンの脅しにアフガン有権者が負けぬよう治安を強化する。アメリカ国内外にアフガン政策の成功を印象づけ、アフガニスタンからの米軍撤退を正当化するセレモニーにしたい。これが増派の目的であった。

 しかし、蓋を開けてみれば、投票率は、二〇〇四年に行われた前回の選挙から半減。四割以下の投票率となった。特に、投票率低下が懸念されていたアフガン南東部、伝統的にタリバンを生んだ最大民族パシュトゥン族が暮らすパキスタンとの国境地帯、つまり対テロ戦の主戦場に、この増派は集中されたが、その投票率は逆に最低を記録した。

 タリバンの勝ちである。(p.12)


 伊勢崎は、大統領選挙が「アメリカ国内外にアフガン政策の成功を印象づけ、アフガニスタンからの米軍撤退を正当化するセレモニー」であることを認めつつ、投票率の低下は「タリバンの勝ち」などといった浅薄な民衆観を披露している。民衆への一貫した侮蔑は、本書に限らず、伊勢崎の言説の底流をなしている。伊勢崎にとって、アフガニスタンの民衆とは、米軍とタリバンの間をひたすらなびき続ける凧のような存在なのかもしれない。伊勢崎はいずれ、自らの発言のツケを払うことになるのではないか。

Comments:2

風鈴草 重症ですね URL 2010-02-26 (金) 15:35

>伊勢崎は自分が何を言っているかを理解しているのだろうか?伊勢崎を支持する(あるいは否定できない)左派は、自分が何を読んでいるかを理解しているのだろうか?

思ったよりかなり重症ですね。こうなるとやはりカルトの域かと。少なくとも伊勢崎氏には、一部の人たちを惹きつけて思考停止させてしまうオーラみたいなものだけはあるのかもしれません。

金光翔氏の「私にも話させて」は前にちょっとだけ覗かせて頂いていたこともあり、「佐藤優現象」という言葉も、一部で言われているのは知っていたのですが、ここまで来ているとは知りませんでした。

例の熱烈な伊勢崎信徒の護憲派ブロガー氏なども、御自分では“左派”と名乗っておられましたが、コメント欄の投稿者とのやり取りを見て来た限りでは、どうも左派よりは右派の人たちと気質が合うような感じでした。(かつて、ある右派ブロガー氏による“反日ブログリスト”に載せてもらえないのをたいへん残念がっておられましたが、それも当然でしょう)

だいたい、伊勢崎氏は口ではペシャワール会と中村哲氏のことを尊敬するようなことを言いながら、アフガニスタンについて語っていることは中村氏のお考えとはほとんど真逆でしょう?伊勢崎ファンの左派の人たちも、ペシャワール会と中村氏のことは支持するようなことを言ったりしているのに、この矛盾に向き合うつもりはないらしいですね。本当にアフガニスタンの人々のことを第一に考えるならば、伊勢崎氏より中村氏の言葉に耳を傾けるべきだと思うのですが。

「アフガニスタンの人たちのことは二の次三の次、何より、先進諸国の中での日本の立場を良くするのと、復興利権に与るのが目的だ」というのなら、また話は別です。日本人ならば、死にかけている他国の人より自国の利益を優先すべき、という「国益主義」に走るなら、伊勢崎氏を取るというのもわかりますが。

m_debugger URL 2010-02-27 (土) 13:55

>風鈴草さん

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>思ったよりかなり重症ですね。こうなるとやはりカルトの域かと。

後半は明日アップしますが、後半も相当すごいです。

>金光翔氏の「私にも話させて」は前にちょっとだけ覗かせて頂いていたこともあり、「佐藤優現象」という言葉も、一部で言われているのは知っていたのですが、ここまで来ているとは知りませんでした。

「私にも話させて」はぜひチェックされるとよいですよ。伊勢崎と佐藤の共通項は、左派をある意味で正しくナメていることだと思います。ですから、<佐藤優現象>が進行するにつれて、伊勢崎の発言もどんどん大胆になってきているわけで、昔はさすがにあれほどカルトじみてはいなかったと思います(もちろんその兆候はありましたが)。

>伊勢崎ファンの左派の人たちも、ペシャワール会と中村氏のことは支持するようなことを言ったりしているのに、この矛盾に向き合うつもりはないらしいですね。
>日本人ならば、死にかけている他国の人より自国の利益を優先すべき、という「国益主義」に走るなら、伊勢崎氏を取るというのもわかりますが。

まさにそこなんですよね。<佐藤優現象>を推進する左派は、「平和」や「人権」といった表象を掲げつつ、実質的には戦争や差別を否定しなくなっています。伊勢崎の言説がそうであるように、「平和」と戦争、「人権」と差別の、凄まじいダブルスタンダードがデフォルトになっているというか。こうした人たちは、「左」から来る批判に対しては、「平和」や「人権」という建前を掲げてそれを回避する一方、「右」から来る批判に対しては、「国益主義」や「愛国心」という本音でそれを回収するわけです。

>例の熱烈な伊勢崎信徒の護憲派ブロガー氏なども、御自分では“左派”と名乗っておられましたが、コメント欄の投稿者とのやり取りを見て来た限りでは、どうも左派よりは右派の人たちと気質が合うような感じでした。

もうすべてが馴れ合いですよね。少なくとも、伊勢崎の言説を否定できない左派には、何も期待できることはないと思います。

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