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「公的確認」がまるでできない文科省「公的確認」の論理

【3/11 追記2】 追記のMSNのニュースは、以下の首相「ぶら下がり」取材に依拠しているようである。したがって、「審議がこのまま進めば、政府が朝鮮学校の扱いについて言質を避けたまま、法案が採決・成立し、その後に朝鮮学校が排除される可能性が非常に高い」という見立ては現段階でも妥当であると考える。なお、明日の審議でも川端文科大臣は朝鮮学校の扱いについて言及しない可能性が高いと思う。


Q:高校無償化の対象に朝鮮学校を含めるよう求めている公明党の方針に対し、山岡(賢次)国対委員長は「修正は前向きに対処する」と発言しました。総理は川端(達夫・文部科学)大臣とも会談していましたが、朝鮮学校を対象に含めないという方針に変わりはないのでしょうか。

A:この問題に対して川端文科大臣がきょう来られて、説明をされていかれました。最終的には川端文科大臣が判断をされるということであります。そこで、一番大事なことはね、感情的なことで決するんではなくて、やはり制度ですから。制度に対してはきちっと判断はして、そして結論を出すという仕組みが必要だと思います。

 すなわち、大事なことは高校は無償化するわけですから、高校の課程に類似の課程というものを、これはやはり同類とみなして無償化にすると、支援をすると。それはどういう範疇(はんちゅう)かということについては、やはり、きちっとね、みなさんが認めていただけるようなものにしていくべきだと、そのように思ってまして。

 その中にいわゆる朝鮮学校が入るかどうかということは、その先の問題だと思っています。大事なことはやはり、国民のみなさんの税金を使わせていただくわけですから、やはり、しっかりとですね、みなさんが見てもこれならば納得するというような形で結論を出すことが大事だと、そのように思います。


 毎日新聞:「鳩山首相VS記者団 ◇高校無償化 朝鮮学校」
 http://mainichi.jp/select/seiji/primeminister/news/20100309mog00m010026000c3.html

 鳩山が、「子ども手当」法案の対象について、次年度からの外国人の排除を示唆する発言をしていることも、ここで付言しておく。


 また、子ども手当法案は、支給対象を日本人に限定しておらず、外国人でも日本に居住していれば母国などに住む子どもの手当を受け取ることができる。この点について、鳩山首相は10日の衆院厚生労働委員会で、2010年度は予定通り外国人にも支給する考えを示す一方、「国民に『こういう人まで(手当をもらえるのか)』という思いがあるかもしれないので、11年度についてはぜひ検討したい」と述べ、将来的な見直しに言及した。


 読売新聞(関西発):「子ども手当 修正案合意…与党3党と公明」
 http://osaka.yomiuri.co.jp/mama/society/ms20100311kk01.htm


【3/11 追記】 一部不正確な記述があったため修正した。『産経ニュース』は「政府関係者によると、首相と川端達夫文部科学相は9日の会談で、〔朝鮮学校を〕無償化の対象として適用することでおおむね一致した」と報道しているので、採決・可決が予定されている明日の衆院・文科委員会で、朝鮮学校の扱いについて、野党の質問を受けて、川端文科大臣がはっきり言及してくる可能性もある。


 民主党・山岡賢次国会対策委員長が、高校「無償化」法案の実質的な衆院審議を今週いっぱいで打ち切る意向を示している。


 民主党の山岡賢次国会対策委員長は9日、鳩山内閣の目玉政策である子ども手当と高校無償化の両法案について、「公明党から修正の要請が来ているので前向きに対処する。内閣、連立与党との協議で一致すれば講じたい」と記者団に語った。衆院で審議中の両法案は「修正の有無にかかわらず、今週中には委員会を通したい」と述べた。

 公明党は子ども手当について、法案が2010年度だけの支給に関するもので11年度以降の支給額や費用負担が示されていないことや、同党が主張する児童手当拡充と中身が同じだと指摘。高校無償化では朝鮮学校を対象に含めるよう求めている。同党の「修正」要求がこうした点について内閣の姿勢を明確にするよう求めるものなら、法案修正ではなく首相答弁などで対応できる可能性もある。


 朝日新聞:「子ども手当・高校無償化、法案修正も 民主、公明要請で」
 http://www.asahi.com/politics/update/0309/TKY201003090200.html

 目下、詳細な分析をする余裕がないので、本日までの審議について要点だけ述べる(ただし、さすがに審議録をすべて聞けてはいないので、一部見落としもあるかもしれない)が、文部科学省は自民党が要求する朝鮮学校の教育内容精査には応じようとしていない。これはもっぱら、現行の法体系では文科省にそうした権限がないという事情のためであり、今後も現行の法体系が維持される保証はないのだが、とりあえず、本法案に限って言えば、政府が朝鮮学校の教育内容の精査に踏み込む可能性はまずない、と言ってよいと思う。

 無論、これは政府が朝鮮学校を排除しないということを意味しない。川端文科大臣が一貫して(官僚)答弁しているのは「公的確認」の論理である。つまり、「高等学校の課程に類する課程を置く」ことが「客観的・普遍的」な基準によって確認できること(「授業内容と本国の教育課程が日本の学習指導要領におおむね合致していると確認できること」に該当しうる)が朝鮮学校を対象に含めるかどうかの「物差し」であり、その「客観的・普遍的」な基準は法案成立後に公布される文部科学省令で定めるとしている。川端文科大臣は、この「客観的・普遍的」な基準とやらについても、またそれを「確認」する方法についても、「国会の議論を踏まえながら最終的に決めたい」と繰り返すばかりなので、審議がこのまま進めば、政府が朝鮮学校の扱いについて言質を避けたまま、法案が採決・成立し、その後に朝鮮学校が排除される可能性が非常に高い。

 皮肉なことに、この「公的確認」の論理なるものの胡散臭さを追及しているのは自民党だけであり、自民党は「公的確認」の論理の具体的な内容を政府が明らかにしない以上、採決には応じられないと主張している(もっとも、自民党の場合は、朝鮮学校に対する排除基準の策定に自分たちを関与させるよう要求しているわけなのだが)。そして、川端は、「客観的・普遍的」なる基準を策定した際に、朝鮮学校がそれに該当するかどうかを「確認」する手段は現状では存在しない、と本日の衆議院・文部科学委員会で、馳浩・自民党議員の質疑に対して答弁している。

 冒頭の記事に戻る。こうした見通しとは逆に、政府が(公明党などの要求を入れて)朝鮮学校を法案の対象に含めた場合には、リベラル・左派は、これまでにも増して民主党政権を力強く応援していくことになると思うが、それがあくまで「寛容」の論理にもとづくものであり、誤った根拠によるということは、指摘・批判し続けなければならないだろう。朝鮮人に対する「寛容」を説く日本人の論理がどれだけ終わっているかは、歴史を見ればよくわかる。1913年に発行され、朝鮮人にも強制された教科書『普通学校修身書』(巻一)の第10課「テンノウヘイカ」の教授要領には、次のようにある(便宜上、片仮名は平仮名に改めた)。


天皇陛下は我が大日本帝国をお治め遊ばされ、臣民を子の様にあわれんで下さいます。我等は皆天皇陛下の御恩によって、安穏に暮すことが出来るのでございます。皆さんが学校で学ぶことの出来るのも、畢竟天皇陛下が教育を重んじ給う大御心に由るのでございます。臣民たるものは天皇陛下の御恩を有り難く思わなければなりません。(朴慶植、『日本帝国主義の朝鮮支配』上、青木書店、1973年、p.154)


 在日朝鮮人への「寛容」論を説く、2010年のリベラル・左派は、要するにこう言っているわけである。


日本国民は在日朝鮮人社会をお治め遊ばされ、在日朝鮮人を子の様にあわれんで下さいます。在日朝鮮人は皆日本国民の御恩によって、安穏に暮すことが出来るのでございます。皆さんが学校で学ぶことの出来るのも、畢竟日本国民が教育を重んじ給う大御心に由るのでございます。在日朝鮮人たるものは日本国民の御恩を有り難く思わなければなりません。


 もちろん、「寛容」論を説く人々の多くは「善意」であり、こうした指摘には当然憤慨するだろうが、「寛容」論は突き詰めれば必ずここまで行き着くのであって、その「効用」は現代版の「文化政治」を再生産するだけである。

 ところで、昨日の審議からは、なんと「国益と国民の生活を守る会」の城内実が質疑に立っている。今日は、北教組批判に絡めて独島は「日本固有の領土」であるとわめきちらし(これは政府の公式見解でもあるので、川端も大いに賛同していたが)、1992年4月号の『正論』に掲載された「在日朝鮮人学校の教科書分析」という記事を持ち出して、朝鮮学校ではキンニッセイ様(誰?)の個人崇拝が強制されていて、憲法の「思想・信条の自由」(正しくは「思想・良心の自由」)を侵害している、などという自説を開陳し、最後には、オウムに対する破壊活動防止法の適用に倣って、公安調査庁(!)が朝鮮学校の教育内容を調べるべきだ、と息巻いていた(これは流石に川端も軽くあしらっていた)。相変わらず最低なレイシストぶりだが、リベラル・左派の一部が支持する「寛容」論――「文化政治」が、あくまで城内の体現する「武断政治」の「改良版」にすぎないことは(無論その差異を軽視するわけではない。「武断政治」よりも「文化政治」の方が多くの面でより悪質であるとも言える)、繰り返し指摘しておきたい。

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