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Trackback from マスコミに載らない海外記事 2010-04-13 (火) 16:58

牙を抜かれて

Kathy Kelly 2010年3月30日 もしも、アメリカ国民が、アフガニスタンで過去十カ月の間に起きた、民間人に対する残虐行為を映し出す鏡を、しばらく、じっと眺めれば、アメリカ人に何の悪意も持たない無辜の一般市民に対して犯された戦争犯罪に、協力し、その為の資金を出し... (more…)

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日本――侵略する国の人びと

 先週、映画『アメリカ――戦争する国の人びと』(Episode 8)を観たのだが、上映後に行われたトークショーがなかなか凄まじかったので、内容を報告する。トークは毎回別のゲストが招かれており、私が聞いたのは、藤本幸久監督と谷山博史・日本国際ボランティアセンター(JVC)代表の対談だった(ちなみに、その3日前には岡本厚・『世界』編集長がゲストになっていた)。

 以下は当日の二人の発言に対する私の感想であり、作品そのものやJVCへの批判ではないことを、あらかじめ断っておく(作品についてはいくつか疑問を感じたが、ここでは取り上げない)。なお、タイトルの「日本――侵略する国の人びと」というのは、このトークショーに私が勝手につけた名前である。理由は後述する。


●侵略者が被侵略者を「啓蒙」するだって?

 この日のテーマは「最新アフガニスタンレポート」ということで、藤本氏がアフガニスタンについての「思い入れ」を語るところから始まった。藤本氏の話によれば、藤本氏が初めてアフガニスタンを訪れたのは、内戦が始まってから10年目のことで、藤本氏はそのとき多数の市民が爆殺された現場を取材したのだという。ここで私は藤本氏が最初にアフガニスタンを訪れたのは1998年のことだと思ったのだが、藤本氏はしばらく後にこんなことを言ったのだった(ただし、引用部は正確な再現ではないかもしれない。以下同様)。

 「アフガニスタンで内戦が始まってから31年になりますが、内戦は今も続いています。

 ???

 一瞬、聞き間違いかと思ったが、その後の話と合わせて考えてみるに、どうやら、藤本氏の脳内では、ソ連のアフガニスタン侵略戦争も、米国主導のアフガニスタン侵略戦争も、アフガニスタンの「内戦」という認識で片付けられているらしかった(後で調べてみたところ、藤本氏が最初にアフガニスタンを訪れたのは、1989年以前のソ連軍による占領時代であるらしいことがわかった)。さすがにそうではないと思うのだが、藤本氏は「大東亜戦争」も「大東亜」の「内戦」だったと考えているのだろうか?

 というわけで、出だしから呆気に取られてしまったのだが、そんな藤本氏にも谷山氏はまったく負けていなかった。事実、二人の「対談」は、ここから谷山氏の独壇場に変わる。谷山氏いわく。

 「いやー、この映画はアフガンの人々にこそ観てもらいたいですね。アメリカの貧しい若者たちが兵士にされてアフガンに送られて、帰国してからもホームレスやPTSDになって苦しんでいるという、この現実を、タリバンに共感してしまっているアフガンの人々にこそ見せてあげたい、と本当に強く思いましたね。」

 ・・・・・・「見せてあげ」てどうするんだ?被侵略者には侵略者の「苦悩」を理解したり知ろうとしたりする義理はない。それはあまりにも当たり前の話ではないのか。谷山氏の「思い」を敷衍すれば、日本軍によって(家族や友人、知人を)殺されたアジアの民衆は、(武器を手に取って)日本軍に抵抗する前に、「皇軍」の個々の兵士たちがいかに貧しく、軍隊内での差別に苦しんでいるか――つまり天皇制によってどれだけ抑圧されているか――を知(ろうとす)るべきだった、ということにならないだろうか。また、在日朝鮮人には、「在特会」を含む日本人レイシストがいかに「社会的弱者」であるかを理解して「自己批判」する義務が課されている、ということにならないだろうか。ふざけるのもいい加減にしてほしい。

 谷山氏は、「アフガンの人々」には「この映画」を「見せてあげ」られる(谷山氏によって「啓蒙」される)ことを拒否する正当な権利がある、ということさえまったく想像できないようである。さらに言えば、アフガニスタンの民衆にとっては、「民間企業」を含む外国の勢力が自らの利益のためにアフガニスタンを侵略していること、「アメリカの貧しい若者たち」(アフガニスタンの民衆よりも「貧しい」のだろうか?)が私利私欲のために自分たちを殺しにきていること(▼1)は自明であって、わざわざ谷山氏に教わるまでもないと思うのだが。

 谷山氏は、沖縄の人々に対しては、「アメリカの貧しい若者たちが兵士にされて沖縄に送られて・・・という、この現実を・・・見せてあげたい」とは、さすがに言い出さ(せ)ないと思う。では、なぜ谷山氏はアフガニスタンの民衆に対してこれほど傲慢な発言ができるのか。それは端的に、侵略・植民地支配責任の不履行によって日本社会が日々再生産している、アジア人に対するレイシズムの発露ではないのか(もっとも、谷山氏が沖縄のアジア人に対してはレイシズムを持ち合わせていないという保証もないと思うが)。

 ところで、上記の谷山発言は決して例外的なものではなく、リベラル・左派周辺では、似たような言説が、あたかも良心的であるかのようなパッケージを施されて、割合堂々と流通しているように思う(▼2)。今後、リベラル・左派が、ネット右翼の「社会的弱者」ぶりをテーマにした長編ドキュメンタリー(『アメリカ』に倣えば8時間14分)を制作して、在日朝鮮人に「見せてあげ」る外道なプロジェクトを発動することはないとしても、萱野稔人らの言説は、それに類似した社会的効果を実際に撒き散らしている。とりわけ9.17以降、日本人全体が「被害者」であるという集団妄想が日本社会で蔓延し、在日朝鮮人に対する弾圧の強化を正当化していることも、谷山氏のような発言がまかり通っている背景にあるのではないか。


●ニホン人種リベラル・サハ属イセザキ科

 さて、谷山氏によれば、英国機関が実施しているアフガニスタン世論調査の推移から、アフガニスタンのより多くの民衆が、米軍を「治安部隊」ではなく侵略軍と見なすようになってきていること、アフガニスタンが占領されているという「意識」を強く持つようになってきていること、すなわち「対テロ戦争」がここ数年行き詰ってきているという「事実」が明らかになっているという。どこから突っ込んでよいやらという感じだが、米軍は当初から侵略軍としてアフガニスタンを占領しようとしているという「事実」と、アフガニスタンの民衆がかつても今も自分たちを侵略している英国人に対して本音を語る筋合いはどこにもないという「事実」を、ごく凡庸に指摘しておく。

 上記の発言からも伺えるように、谷山氏はアフガニスタンの「対テロ戦争」に批判的ではあるが、それを否定しようとはしていない(侵略軍に対して武器を持って抵抗しようとする民衆を、谷山氏は「テロリスト」と呼んでいる)。谷山氏が批判しているのは、あくまで「対テロ戦争」の方法論にすぎない。谷山氏は、「タリバン政権が倒された当時は、アフガンの人々の心は悲喜こもごもでしたが、誰も米軍を批判したりはしていませんでした」(なぜ谷山氏が「アフガンの人々の心」を代弁できるのかは不明)、「今、アフガンから米軍が撤退することを想像すると、ぞっとします」(「うちのスタッフがタリバンに殺されるかもしれない」というのが、その理由とのことである)とも語っている。公正を期すために書いておくが、谷山氏(JVC)は米軍の人権侵害を告発する活動も行っている。けれども、谷山氏は同時に次のような主張をしているのである。

 「もうタリバンとは対話と和平交渉をするしかないと思います。「対テロ」戦争がうまくいっていれば、こんなことは考えずに済んだかもしれないのですが。

 「実は水面下で対話は進んでいました。ところが、2月にパキスタン軍がタリバンのナンバー2を拘束してしまったため、交渉は不可能になってしまいました。パキスタン軍のこの行為が、一体どれだけ戦争を長引かせ、多くの人の命を奪うことになるのかと思うと、私はもう本当に許せないっ・・・まったく腹立たしくて堪りません!」

 「皮肉なことに、タリバンの勢力が拡大している今となっては、タリバンが対話に乗ってこないと思います。

 なんだか既視感たっぷりの台詞である。「対テロ戦争」を否定できない「平和国家」のリベラル・左派が行き着く結論としては、谷山氏の見解はむしろ陳腐なものなのかもしれない。谷山氏の発言は続く。

 「ただ、希望もあると思います。我々のスタッフは、我々のような外国人と出会ったことで、対話と非暴力の価値〔ママ〕に初めて気づき、今では近所の人々に平和教育〔ママ〕を広めているそうです。暴力しか知らないアフガンの人々〔ママ〕が対話の重要性を学べるよう、我々日本人が支援を続けていく必要があります。

 ・・・・・・これは半ば営業トークかとも思うが、本気で言っているにせよ、アフガニスタンへの日本人の「関心」(寄付)を促すための戦略的なストーリーを語っているにせよ、同様にろくでもない、と言わざるを得ない。

 ここまで見てきたように、この「対談」――とりわけ谷山氏の発言――に顕著な、非歴史的で自己陶酔的な見解の数々は、「平和国家」に生きる現代の日本人が「侵略する国の人びと」の「正統」な系譜を継いでいることを、私たちに改めて教えてくれている。谷山氏個人が藤本氏のドキュメンタリー『アメリカ』(▼3)を観てアメリカ(人)への「連帯」や「希望」を感じるのは自由だが、その認識を侵略される国の民衆も共有するべきだと公言するからには、私は谷山氏を批判せざるを得ない。自分が感じているように相手も感じてくれるだろう(感じるべきである)という思考回路(それを拒否する相手に対して逆ギレする行動パターンを含む)は、端的にDV加害者に典型的な症例だろう。


●市民/支援/侵略

 繰り返すが、私はJVCに対する批判をしているわけでも、その支援者に対する批判をしているわけでもない。JVCの「活動目標」には次のようにある。


 JVCは、人々が自然と共存し、安心・安定して共に生きられる社会を築くために、

1. 困難な状況にありながらも、自ら改善しようとする人々を支援し、
2. 地球環境を守る新しい生き方を広め、対等・公正な人間関係を創りだすことに取り組みます。


 JVC:「JVCのビジョン」
 http://www.ngo-jvc.net/jp/aboutjvc/vision.html

 谷山氏の言説は、日本人によるアフガニスタンへの「支援」を可能にしている、「先進国」「平和国家」としての日本(人)の欺瞞的なあり方そのものへの批判的な視座を覆い隠すことで、「支援者」のアフガニスタンへの関心や平和への意志を誤った方向に誘導するものではないだろうか。JVCの代表である谷山氏が、これまで挙げてきたような発言を公然と行うことは、「地球環境を守る新しい生き方を広め、対等・公正な人間関係を創りだす」ためにこそ変えていくべき日本(人)のあり方を不問に付す社会的効果を多分に発揮すると思う。

 ネットで検索すればすぐにわかるが、谷山氏は、外務省とNGOの共催会議や協議会、憲法9条関連のイベントなどで意欲的に活動している。前者は、「「アフガニスタンPRT文民支援チーム」の派遣について」という外務省のプレスリリースとも無関係ではなく、軍官民を挙げたアフガニスタンの恒久的な占領のための親睦会的な要素が強いように思えるし、後者における谷山氏の発言は、伊勢崎の言説を「後方支援」して護憲派を「啓蒙」しようとするものであるように見える(▼4)

 ちなみに、谷山氏は、「アジア太平洋資料センター」が主催する「PARC自由学校」の2010年の講座(「07.平和のための「紛争」論」)でも講師役を務めている。他の講師には進藤榮一や犬塚直史、伊勢崎賢治、武内進一(JICA研究所・上席研究員)といったメンツが並んでおり(岡真理もいたりするが)、お世辞にも「オルタナティブな市民の学校」とは思えない趣が漂っている。「市民」による(主体的な)侵略を促進する運動や言論は、その公共性や社会的影響力が強いほど、徹底的に批判しなければならないだろう。「PARC自由学校」の公共性や社会的影響力のほどは私にはよくわからないが、とりあえず同講座への注意を呼びかけておく。


【追記】

 ところで、前述の講座には蓮池透も講師として名を連ねているのだが、「PARC自由学校」と縁の深い太田昌国は、蓮池との共著『拉致対論』(太田出版、2009年)で次のように述べている(強調は引用者による)。


〔前略〕付和雷同しがちな、いわゆる「民意」が、戦争を志向しないようにすることも重要です。どこかでミサイルを発射したということに対して、今の政府は、日常的な平和外交のための努力を一切しないままに、戦争志向の、対応的な政策を後知恵で示すということを一貫して続けています。アジアだけでなく、イラク、アフガニスタン、ソマリアでの事態に対する日本政府の動きを全部視野に入れて考えると、「いったいあなたたちは憲法九条を生かした積極的な平和外交を推進しようとしているのか?」と問うたならば、何も弁解できない外交政策しかしてきていません。戦後続いてきたこの政策を根本的に変えることからしか、本当の意味での拉致問題の解決はあり得ないでしょう。そういう原則的なことをまず言っておきたい。

 一つのあり方として、『週刊金曜日』二〇〇九年四月一七日号で佐藤優氏が書いているように、日本政府の連絡事務所を平壌に置くための努力くらいやってほしいものです。(p.180)


 よりによって日朝関係において「憲法九条を生かした積極的な平和外交を推進」するための「一つのあり方」として、読者をして佐藤優に学ばせようとする太田の口上は、ブラックジョークとしても最低の部類に入るだろう。太田は自らのブログでも佐藤を持ち上げる発言をしばしば行っている(例えば「軽視すべきでない新政権下の流動」など)。

 私は太田の発言を熱心に追っているわけではないが、佐藤に関する太田の発言内容とそのタイミングについては、いつも興味深く思っている。上の記事は、高校「無償化」法案における朝鮮学校排除問題がマスコミで最初に報道された日から4日後(2月25日)に執筆されている。

 太田は、(1)石川知裕議員の逮捕をめぐる佐藤の「分析」を、「そこに盛り込まれている情報の量と質の両面で、傾聴に値する」と持ち上げ、(2)『拉致対論』における自らの「希望的な観測」をやや軌道修正し、(3)「高校無償化法案で朝鮮学校を対象外とする政府内の動き」に対して「当方からの多角的な働きかけがまだまだ必要な課題」であるとして、(4)民主党政権の閣僚人事が必ずしもひどいものだけではないことを、千葉法相を引き合いにして述べた後、「自らが担う個別課題に即して考えていけば、新政権の政策を徹底的に批判する、あるいはそれを部分的に活用できる――などの具体性が浮かび上がってくる」と結んでいる。

 ここでは簡単に指摘するに留めるが、私の考えでは、太田は金光翔さんが前日(2月24日)にアップした記事「朝鮮学校排除問題と<佐藤優現象>」を読んで、佐藤を即座に擁護する必要に駆られたのではないかと思う。太田が記事を執筆した25日の時点では、佐藤の「外国人地方参政権と高校無償化問題」はまだ掲載されていなかった(翌26日に掲載された)ので、太田はこのように不自然なほど漫然とした記事を書いたのではないだろうか。

 仮にこの推測が外れており、太田がこの時点では金さんの記事を読んでいなかったとしても、朝鮮学校排除案が<佐藤優現象>の政治的可視化であるということは、太田のようにリベラル・左派論壇の維持に中心的に関わっている人物にとっては(も)、直感的に理解可能なことだったと思う。いずれにせよ、太田が『地域アソシエーション』誌およびブログの読者に対して、朝鮮学校排除問題を軽視していないことをアピールしつつ、問題を「軽視すべきでない新政権下の流動」の一つとして相対化することで、民主党政権が「部分的に活用できる」ように、「佐藤優の文章には、彼の立場に賛成するか否かは別として、そこに盛り込まれている情報の量と質の両面で、傾聴に値するものが、ときどき、ある」、だから民主党政権も佐藤優も決して否定してはならない、と必死に訴えていることは、ほぼ間違いないと思われる。

 最近の太田の言説(の劣化)については、下記の記事が参考になる。

 片山貴夫のブログ:「転向者・太田昌国 1」
 http://katayamatakao.blog100.fc2.com/blog-entry-69.html


▼1 もちろん私利私欲には「世界平和」も含まれる。藤本監督の最新ドキュメンタリー『ONE SHOT ONE KILL――兵士になるということ』によれば、米軍「海兵隊を志す個々人の動機は様々だ」が、「「自分自身の人生を切り開きたい」という思い」は共通しており、「★自分を変えて世界を変えたい★自分のキャリアと世界の平和のため★自分を充実させたい★自分を鍛えたい★世界が見てみたい★英語が勉強したい」若者がその典型であるらしい(星印は私の作為ではなく原文を単に引用しているのである。念のため)。端的に言って、彼ら・彼女らは、「アメリカン・ドリーム」を実現するために他国への侵略に加担しているのである。彼ら・彼女らの「アメリカン・ドリーム」には当然ながら自らの経済的・社会的地位の上昇が含まれている。

▼2 実は「似たような言説」どころか、森住卓氏も谷山氏と同様の発言をしている。


 上映期間中、毎日、ゲストの方にお越しいただいて、トークイベントを行っています。
 それぞれ素晴らしいお話ですが、この映画について、「イラク人に見せたい」(森住卓さん/報道写真家)、「アフガニスタンの人たちに見せたい」(谷山博史さん/JVC代表)と言っていただいた事は、とても嬉しいことでした。


 [アメリカばんざい~crazy as usual] [ONE SHOT ONE KILL] [アメリカ-戦争する国の人びと] 上映案内:「ONE SHOT ONE KILL いよいよ4月10日初日!(アップリンク)/「アメリカ-戦争する国の人びと」第4週・最終週」
 http://america-banzai.blogspot.com/2010/04/one-shot-one-kill-4104.html

 しかも、製作サイドが二人の発言を特に歓迎しているのだから、今後も「似たような言説」が量産されてリベラル・左派市場で普通に流通していくのではないか。

▼3 プログラムの一部しか見ていないので、やや正確さを欠くかもしれないが、この映画は堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波書店、2008年)の第4章をリニューアルして実写化したような作品であると思う。

▼4 例えば以下の集会での発言など。それにしても、「香山さんや湯浅さんの話はアフガンの紛争の現象〔ママ〕と同じ話」であり、「紛争をする人たち〔注:アフガニスタンの民衆〕の心の中に社会の病がある」という発言は、あまりにもすごすぎる。侵略は、侵略される側のメンタルヘルスに原因がある、という時系列をも無視した谷山氏の超没論理に対して、参加者は異議申し立てをしなかったのだろうか。

 JANJAN:「憲法9条、25条問題に帰結する心の病と貧困~生きたい!平和に 2008年11・3憲法集会」
 http://www.news.janjan.jp/government/0811/0811101186/1.php

 谷山氏は当日にも、「武装勢力が大きくなっている原因も貧困であり、タリバンがたくみにリクルート活動をしている現実があることに言及しながら、日本、アメリカ、アフガンの貧しい若者が戦場で相見える(あいまみえる)構造が浮かび上がってくる」という「指摘」をしていた。「平和運動」関係者が、侵略する側と侵略される側の絶対的な非対称性を無視ないし軽視して、「反貧困」による国内(外)の「連帯」を訴える差別的・独善的な傾向は、安倍政権あたりから顕在化し、民主党政権成立後より顕著になっていると思われる。

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