スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Comments:-

ZED URL 2010-05-03 (月) 02:08

確か去年の今頃は昭和天皇の「御真影」をデカデカと表紙に載せてたんじゃありませんか? 週刊金曜日は。
そもそも佐高信だって昔は「天皇・皇族の人権」などという妄言に対して「あれは人権ではなく特権だ」と言い返してたはず。十年一昔とは言え、今みたいな金曜日の姿は見たくありませんでした。これ以上醜悪な姿は見たくないから早くつぶれてくれた方がいいです。
それと前に金曜日に載った在特会・桜井のインタビューをやったライターの素性が暴かれてますね。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20100502/1272774407

辛淑玉についても訳分かんない記事でしたが、実はこの号が出る少し前に私は彼女と会って色々と話を聞きました。彼女は普段「在日朝鮮人の人権や差別問題」を口にして商売してるくせに、実際には他の朝鮮人同胞に対して恐ろしく冷淡ですよ。自分の金儲けや売名の時だけ「朝鮮人」である事を前面に出す卑劣な臆病者が在日の代弁者のような顔をしないでもらいたいものだと思いました。左派・リベラル系メディアもとりあえず辛淑玉を出しておけば在日問題を考えているというスタンスが出来るから彼女を手ごろに利用するのですが、それが本人を勘違いさせている部分もあるかもしれません。

jimpower URL 2010-05-03 (月) 04:31

しかし「週刊金曜日」の名が挙がると「極左雑誌」などと返してくる人はまだまだいるようです。バカですねえ(笑)。


>ぼんやりと“あるのかねー”な曖昧な概念そのもの

初めて覚えた日本語が「テンノー、ロームシャ、バカヤロー」だったりするインドネシア人がこれを聞いたら果たしてどう思うんでしょうか。

>「天皇らしさ」なるものを背負い、生きにくさを露呈し続けている

そういう「生きにくさ」があるのはなるほど事実なのだろうけど、それは同じ次元で語れる事柄ではないでしょうに。
そんな事を言うんだったら、マフィアのボスにだって悩みの種はたくさんあるだろうし、結婚詐欺師だって容姿の維持や話術の鍛錬に日々苦労をしているだろうし。


金曜日の「ご乱心」はともかくとしても、「リベラル・左派の天皇制批判」は昔はこんな無惨なものではなかったと思うのですが、果たしてどこでどうしてこうなったのか……。

m_debugger URL 2010-05-04 (火) 10:47

>ZEDさん

『週刊金曜日』の退廃ぶりには際限がないようですね・・・。「カタリバ大学はやっぱりトンデモだった」( http://sgwse.dou-jin.com/Entry/55/ )読ませていただきました。日本財団がスポンサーな時点で終わっていますが(日本財団と「和解」したらしい太田昌国もですが)、想像を絶するホラーな展開でしたね。お疲れさまです(笑)。

>彼女は「世間ではどうか知らないが私はあのタイトルを差別的とは思っていない」と開き直りですよ。もう何と言うか、あのマガジン9条という所の編集者達は根本的な思考が完全に狂ってしまっているんですね。

ところで、この問題なんですが、私もキムソンハの知人にタイトルがおかしいだろうと言ったのですが、その人も「あのタイトルは面白いと思う」と答えてきて、気が遠くなりました。『週刊金曜日』やマガジン9条の読者って、もうほとんど確信犯しかいないのでは?と思います。


辛淑玉の件ですが、

>川人に対して腹が立たないのかと聞いたら「彼とは過労死裁判の頃からの旧知だが、色々な活動を通してああいう考えに変わったのだろう。その気持ちはよく分かる」とやけに物分りの良い答えです。

これはひどいですね。私は知人があんな醜態を晒すようになったら迷わず叩き潰しますけど・・・。

m_debugger URL 2010-05-04 (火) 11:16

>jimpowerさん

>初めて覚えた日本語が「テンノー、ロームシャ、バカヤロー」だったりするインドネシア人がこれを聞いたら果たしてどう思うんでしょうか。

こういう「想像力の欠如」(テッサ・モーリス=スズキ)こそ問題だと思うんですけどね。ご本人も含め。

>そんな事を言うんだったら、マフィアのボスにだって悩みの種はたくさんあるだろうし、結婚詐欺師だって容姿の維持や話術の鍛錬に日々苦労をしているだろうし。

ほんとにそうですよね。『ロスジェネ』なんかが典型的ですが、女にモテない日本人男性へテロの生きづらさとやらを延々と語られても、どうしようもないというか。

>、「リベラル・左派の天皇制批判」は昔はこんな無惨なものではなかったと思うのですが、果たしてどこでどうしてこうなったのか……。

北原の例はやや極端なケースだとは思いますが、私がリベラル・左派雑誌の天皇制特集で多少なりとも興味を持って読んだ最後の記事は、『前夜』10号(2006年12月)だったので、90年代半ばからのバックラッシュを背景としつつ、安倍政権以降の急速な右旋回が決定的な分岐点になっているように感じます。

「サヨク」は「左翼」に立ち返れ URL 2010-06-22 (火) 00:02

>jimpowerさん

>初めて覚えた日本語が「テンノー、ロームシャ、バカヤロー」だったりするインドネシア人がこれを聞いたら果たしてどう思うんでしょうか。

日本人の太平楽と品性の下劣さがよくわかりますね。

>「リベラル・左派の天皇制批判」は昔はこんな無惨なものではなかったと思うのですが、果たしてどこでどうしてこうなったのか……。

桐山襲氏の『パルチザン伝説』は、「象徴天皇制」の欺瞞を鋭く抉り出し、貝原浩氏の反天皇制漫画には、ユーモラスな画風の中にも強烈な「毒」がありましたね。泉下の両氏は、今の左翼の惨状をどのように見ているのでしょう・・・

「サヨク」は「左翼」に立ち返れ URL 2010-06-22 (火) 21:48

>>子どものころからテレビや雑誌でよく見聞きし、また結婚の騒動もそれなりに追ってきた「親戚のお兄さん」のような人が天皇になるという事態を迎えたとき、この国は「天皇」と、どのように「対話」していくのだろうか。天皇のイメージはどう変わるのか。

>北原さん、「天皇のイメージ」よりご自分のイメージ(の転落)を気にされた方がよくないですか?

「茶色い戦争の時代の大元帥から、戦後のものやさしげな家庭人へと、巧妙に退却していったあの男は、戦中と戦後を生きたすべての「大人たち」の最も見事なモデルとでもいうべきものにほかならなかったのである」
(桐山襲『パルチザン伝説』)

「サヨク」諸君は、「左翼」としての初心に立ち返るべきですね。そのためには、厚顔無恥な「大人たち」の仲間入りをしてしまっている、自分達の惨めな姿を直視すべきでしょう。

m_debugger URL 2010-06-23 (水) 09:56

>「サヨク」は「左翼」に立ち返れさん

お返事遅れてすみません。
『週刊金曜日』でも矢崎泰久が反(?)天皇制をテーマに連載をするという話が昔ありました。関係者によれば「右翼対策」で潰れたとのことですが、北村編集長って右翼とかなり仲が良いような気が・・・。だからでしょうか?

takamm URL 2010-09-30 (木) 00:18

週刊金曜日の編集長ってこんなんだったんだ。笑えてためになるすばらしい情報です。

m_debugger URL 2010-09-30 (木) 08:36

>takammさん

下記のエントリーも合わせてお読みください。もうめちゃくちゃです。

アンチナショナリズム宣言:「『週刊金曜日』編集長、極右TVに出演」
http://electric-heel.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-b2b2.html

アンチナショナリズム宣言:「『週刊金曜日』北村編集長の天皇制擁護論」
http://electric-heel.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-b3e6.html

takamm URL 2010-10-02 (土) 01:58

 ご教示いただいたページ読みました(そうして「アンチナショナリズム宣言」は自分のアンテナに入れました。
 週刊金曜日がここまでひどいとは思っていませんでした。なんだか浦島太郎のような気持ちです。
 さる事情から、天皇制や歴史修正主義の問題から離れ、しかもブッシュが降り、オバマになってホッとしてしまい、問題意識が弛緩してしまっていましたが、今回の尖閣における一億総ネトウヨ化、リベラル派の知的退廃に触れ、目が覚めました。
 週刊金曜日なんて創刊時は期待したものですが・・・。創刊に深く関わった本多勝一っていまどのような言動をしているのでしょうか。まあこれもダメダメなんでしょうかね・・・

 

m_debugger URL 2010-10-02 (土) 11:32

>takammさん

>今回の尖閣における一億総ネトウヨ化、リベラル派の知的退廃

これ、本当に怖いですよね・・・。後日取り上げようと思いますが、リベラル・左派の一部はすでに、日本の「平和勢力」が果たすべき役割は中国の民主化を「支援」することである、と言い出しています。もっとも、これは今に始まった話ではなく、太田昌国が『「拉致」異論』で言っていること(植民地支配責任と国交正常化を「拉致」問題の解決と北朝鮮の「民主化」よりも優先すべきだという左派は決定的に間違っている、という言説)と殆ど変わらないわけですが。

>創刊に深く関わった本多勝一っていまどのような言動をしているのでしょうか。まあこれもダメダメなんでしょうかね・・・

最近の本多勝一ですか・・・もう本格的にダメなんじゃないでしょうか。
http://sgwse.dou-jin.com/Entry/139/

takamm URL 2010-10-06 (水) 01:26

 酩酊していたため、どこの文章にコメントしたのか忘れてしまい、レスいただいていたのに気づきませんでした。ありがとうございました。
 本多勝一については、北方領土問題に関しては昔からこの程度のことは書いていたので、これだけでは堕落度合いはハッキリしないと思うのですが、北村某とか佐高信とかと同じ仲間にくくられることを拒否していない一点(これは決定的な一点です)において、もう終わっているのだと思いました。(もう私の視界からは消し去ります。)
 このブログやアンチナショナリズムさんの文章を読み5年ぶりに目が覚めました。私も書くべき事を書いていきたいと思います。
 本ブログの竹内好批判は、まだ精読していませんが、ショックです。もうちょっとで、ちくまの「日本とアジア」の文章を自分のブログに引用して好ちゃんのことを称揚するところでした。嗚呼。
 本件に関しては本ブログを精読し、必ずレスしたいと思っています。

おぴょぴょ URL 2012-03-20 (火) 02:03

お久しぶりです。
2年近く前のエントリですが、過去のm_debugger氏の本ブログを漁っていてこの話題にぶつかり、思い立ったことがあったので書かせて頂きます。
上記のコメントでm_debugger氏が「最近の」本多勝一は本格的にダメなんじゃないかと書かれてますが、
彼は1997年の段階で現天皇明仁への厚遇な配慮、そして「リベラル天皇」を既に妄想していた、既にダークサイドに堕ちていた人間でした。
http://www.shonan.ne.jp/~kuri/aala/aala_1.html#anchor403122
「サヨク」は「左翼」に立ち返れ氏のコメントにも名前が上がってますが、
皇室パロイラストで活躍した貝原浩氏の週刊金曜日に掲載するはずだった、明仁をパロディにした正直どうってことないイラストを「不敬」と判断して掲載中止に追い込んだ顛末が書かれております。
貝原氏に宛てた本多の手紙が掲載されてますが呆れ果てる内容と同時に、最近のリベラル・左派の明仁や天皇家への擁護・支持風潮を先取りしている内容が興味深いです。
本多は天皇個人のプライバシー侵害や侮辱(名誉棄損)に類することは、一般人の場合と同じくやるべきではないといい、人権侵害や侮辱ではないか?と庇いまくっています。
大体皇室自体が一般人ではない公人であり、今まで散々下らない「美談」に仕立てたプライベート話を切り売りして話題や支持を集めてきたくせに、不都合な自体になると「プライバシーガー」てのはムシがいい。
そして、この頃から既に「アキヒト氏はどちらかというと平和主義者で、右翼もその点で困っている」なんて抜かしてるのですから、
それから10数年経っても「君が代を強制しないようテンノーヘーカのお力におすがりする・・・」とその流れで言い放ってるのは筋金入りの「リベラル天皇」信者なんでしょう。
そもそも週刊金曜日は創立メンバーの久野収は昭和末期に天皇制を「他民族を含む国家のシンボル」として再定義しての存続と唱えた人物です。
「他民族を含む国家のシンボル」なんて八紘一宇のリメイクに過ぎないんですがねえ・・・。
(しかしこれも最近の一部リベラルは「他民族を寛容に受け入れる国家のシンボル」として天皇制を肯定しようという思考が以前より違和感なく受け入れる姿勢
(2008年初頭に朝日に載った苅部直の意見などが好例で悪例)が増えてきていると思います・・・。)
まあとりあえず、創刊時から週金なんて天皇制に真正面に徹底糾弾することなんてハナからする気なかった雑誌だったんだと思います・・・。
それでは。

m_debugger URL 2012-03-22 (木) 22:12

>おぴょぴょさん

お久しぶりです。
お返事遅れてしまいましたが、コメントありがとうございます。

ご紹介いただいた「『週刊金曜日』への抗議と要請」を読むと、「最近の」というのは、少なくとも「ここ十数年の」と訂正すべきところですね。反省しています。
1970年代から1980年代半ばまでの「天皇報道のジャーナリストたちへ」や「天皇在位60年について思う」ではさすがにもう少しまともなことを言っていたと記憶していますが、ヒロヒトが死んだら(死ぬ前から?)天皇(制)に屈服するというのでは、この時期の発言も再考するべきかもしれません。

近いうちにこれらの記事を読み返して、またお返事します。

m_debugger URL 2012-04-29 (日) 21:17

>おぴょぴょさん

お返事遅れすぎてまったく申し訳もありません・・・。自分のブログからコメントが送れなくなり、しかも図書館からも大幅に延滞してしまいましたが、(1)・(2)を読み直しました。

(1)「天皇在位六〇年について思う」(山住正己・内海愛子との鼎談/『貧困なる精神18』収録/初出は『教育』1986年5月号)
(2)「天皇報道のジャーナリストたちへ」(『新編 事実とは何か』収録/初出は『潮』1975年12月号)

読み返してみると、けっこう突っ込みどころがありました。

-----------------------------------------------------------
「本多 たとえば中国の場合で言いますと、いろいろなひどい目に遭った事実、それらがすべて、究極的には天皇の名で行なわれてきたわけですね。だから、たとえば原爆にしても、中国から見ればあれは天罰だというふうに理解されているんですよ。天皇というのはそういう侵略――具体的には虐殺とか日常的搾取とか、やられた側にしか理解できないことなんですが――の象徴としてあるわけです。それが六〇年健在だという。六〇年ということは、戦前と戦後を区別していないということですね。その間に境をつけるならともかく、境をつけていないということは、この間の靖国神社問題と同じで、戦前の犯罪を認めたことになると思うんです。これは、侵略された側の目から見れば恐るべきこと、なんとも形容できないぐらいすごい現象に見えるでしょう。」〔(1)、p.28〕
-----------------------------------------------------------

たとえ「境をつけ」て「天皇在位六〇年」を「象徴天皇在位四一年」と言い換えようが、天皇(制)を寿ぐことが侵略を正当化している事実に変わりはないですよね。その後の本多の言説を見る限りでも、本多(および多くのリベラル・左派)の中では、ヒロヒトが死んで「元号」が「平成」になったことをもって、勝手に「境」がついてしまったんじゃないでしょうか。まさに「恐るべきこと、なんとも形容できないぐらいすごい現象」ですが。

こんな台詞もありました。

-----------------------------------------------------------
「本多 〔中略〕『過ぎ去ったからいいじゃないか』とやられた側が言うのならいいけど、やった側が言うというのは鈍感というか無神経というか……。」

「山住 八二年夏の教科書問題のときには、香港の学生もずいぶん怒り、燃えたらしいですね。
内海 そうですね、ええ。
山住 香港であんなに学生の反応があるとは思わなかった。
本多 香港はあるんですよ。あそこは相当神経質になっていますね。」〔(1)、p.40〕
-----------------------------------------------------------

日本が「鈍感というか無神経」なのはその通りでしょうが、それは「正義」や歴史に対して倫理的に鈍感・無神経なのであって、被害者を「神経質」呼ばわりするのは、それこそ非倫理的ですね。

本多はこの頃から、天皇制を日本の本質的な問題というより、本質的な(別の)問題の象徴的な一例として捉えるようになっています。それが「メダカ民族」言説ですが、結局はこれが、アメリカになびくな、という「反米愛国サヨク」路線に「発展的解消」?を遂げたように思います。

-----------------------------------------------------------
「本多 私は以前は、天皇制という確固たるものがあって、そのお陰でみんながそういうふうになっているんじゃないかと思ったけど、最近は、むしろ反対ではないかと思うんです。要するに、何でも周囲の動きと同じ方向へなびいちゃう。」〔(1)、p.37〕

「本多 極端なことを言いますと、戦後進駐軍がきたとき、もしマッカーサーが天皇を死刑にしちゃったら、ごく一部の人を除いて、案外みんな認めちゃったんじゃないかと思う。あのときの最高権力はマッカーサーなんだから、それがやったんだからしょうがないじゃないか、ということになったんじゃないかと思いますね。」〔(1)、pp.37-38〕
-----------------------------------------------------------

他にもいろいろありますが、(2)から一点だけ。

-----------------------------------------------------------
「なにも天皇批判までしなくともよい。せめて黙殺するていどのことが、どうしてできないのだろう。八月一五日は、そのような態度の集積として来たのだ。」〔(2)、p.213〕
-----------------------------------------------------------

天皇制を肯定し続けてきた最大の「ツケ」を「八月一五日」という日本の敗戦に見るのであれば、(ありえないことですが)もし日本が勝ってしまっていた場合には、(今よりもさらに膨大になっていたはずの)「ツケ」がこの言説では軽量化してしまうと思います。「八月一五日」ではなく、「八月二九日」でも「四月一五日」でも「九月一八日」でも「七月七日」でも、より相応しい日付はいくらでもあるはずです。

結論として、本多の天皇(制)関連言説は、私が思っていたよりもずっと昔から問題があったようですね。

おぴょぴょ URL 2012-05-05 (土) 01:30

ご返事ありがとうございます。
返答にはずれた内容に成ってしまうかもしれませんが、ご了承ください。
ただいまGWですが、それら祝日にまつわる事ででいろいろ考えさせられました。
数日前、「昭和の日」という「祝日」でした。が、最近はすっかりそれに反対する行動はほとんど見られなくなってしまいましたね・・・。
「日本共産党」は成立まで反対してたそうですが、
http://suzuran.aik.co.jp/jcp/?szquery=%E6%98%AD%E5%92%8C%E3%81%AE%E6%97%A5&sort=&num=10&cmd=search&submit=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&radio=2
制定された2007年以降は記事にもなってないあたり、この党の軽薄さと同時に、
施行されれば権力者の思うまま、そしてすっかり定着化してしまうという事実を叩き付けられた印象です。
一昨日は「憲法記念日」でしたが、半年前の11月3日は「文化の日」という祝日です。
現憲法が公布されたのを記念して1948年に祝日になったと公式にはなってますが、子供の頃は、
憲法が施行された日はともかく、「お知らせする」という意味でしか無い公布の日まで祝日にする必要があるのか?と疑問に思ってました。
しかし後になってその日は戦前「明治節」という明治天皇の誕生日の祝日であったことを知り、
この国は「戦前の反省」なんてこれっぽっちも思っていないんだな、と心に深く刻まれた衝撃でした。
現憲法は「明治節」を巧妙に復活させるために11月3日に公布を合わせたんじゃ無いかと。偶然では無く、権力者は計算したのでしょう。
現憲法は、産まれた時から明治憲法の「亡霊」に憑依されたまま誕生したんじゃないでしょうか・・・。
同年には天皇の宮中祭祀である新嘗祭もアメリカの感謝祭に日付が近いという理由で勤労感謝の日に制定されました。
その後も1966年には紀元節の復活版、建国記念日が制定されました。
(もちろんこれらを反対する批判があったのは事実ですが。)
日本はここ最近になって急速に大日本帝国への復元を始めたのでは無くて、
文化の日の制定に見るように終戦からたった3年で帝国再生への種まきをじわじわ行ってきた国なんです。
日本ほど、帝国再生が容易い国はは無いでしょうね。ドイツはいくらネオナチが幅を効かせてもヒトラーは再生できませんから。
kscykscy氏のブログで自民党憲法草案批判の護憲派の愚劣さを批判されてますが、
「中国や北朝鮮のような国になりたいのか」という左派の差別比喩に呆れかえるばかりです・・。
大日本帝国という明確なモデルになる国が想像出来なくなったのでしょうか。

おぴょぴょ URL 2012-05-08 (火) 02:37

>(もちろんこれらを反対する批判があったのは事実ですが。)

勢いで書いていて投稿前に文読み返すの忘れてましたが、これむちゃくちゃ誤解を招く文章になってますね。↓に訂正しておきます。

(もちろんこれらを反対する政党や人々もいたのは事実ですが。)

・・・正直しょうもない文を投稿してしまったかな・・と反省してます。失礼しました。

m_debugger URL 2012-05-09 (水) 22:37

>おぴょぴょさん
長らくお待ちくださり、こちらこそ本当にありがとうございます。

日本の祝日は「旗日」ですから、それこそ天皇制とは切り離せないですよね。「春分の日」は「春季皇霊祭」が、「秋分の日」は「秋季皇霊祭」がそれぞれ起源ですしね。

>「日本共産党」は成立まで反対してたそうですが、
>http://suzuran.aik.co.jp/jcp/?szquery=%E6%98%AD%E5%92%8C%E3%81%AE%E6%97%A5&sort=&num=10&cmd=search&submit=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&radio=2
>制定された2007年以降は記事にもなってない

これ、笑い事ではないのでしょうが、つい笑ってしまいました。「既成事実への屈服」というより、むしろ「既成事実の忘却」と言った方がよいかもしれないくらいですね。

>現憲法は「明治節」を巧妙に復活させるために11月3日に公布を合わせたんじゃ無いかと。
>偶然では無く、権力者は計算したのでしょう。
>現憲法は、産まれた時から明治憲法の「亡霊」に憑依されたまま誕生したんじゃないでしょうか・・・。

そうですね。現憲法施行日の前日に、明治憲法下での最後の「勅令」として「外国人登録令」を出し、旧植民地出身者を引き続き差別的な治安・管理の対象としたことからも、「亡霊」というのは比喩ではなく実際にそうなのではないかと思います。

>kscykscy氏のブログで自民党憲法草案批判の護憲派の愚劣さを批判されてますが、
「中国や北朝鮮のような国になりたいのか」という左派の差別比喩に呆れかえるばかりです・・。

あの連中は差別を差別として認識していない(らしい)ので、「差別の何が悪い」と居直る保守派よりも愚劣だと思います。もう「護憲」などやめて、放射性物質を吸い込みながら皇居の周りをジョギングでもすればよいんじゃないでしょうか。

おぴょぴょ URL 2012-05-15 (火) 02:28

またまた、すいません。
ここで登場している北原みのりですが、この場に登場させるのは不適切な人物だったのではないでしょうか。
今は無き「論座」では、紀宮が結婚で民間人になることを惜しんでたコメントを載せていた記憶があります。
昨年のネトウヨのフジデモでもこんなコメントを残しています。
http://www.news-postseven.com/archives/20110927_32118.html
>国歌とか君が代とか汚さないでくれとあたしが思いましたもん(笑)。
皮肉で言ってるようですが北原自身は日の丸君が代にどうでもよいという現れなのでは無いでしょうか。
それに、「不細工な男」とかこれが男では無く女だったら性差別で問題になりそうですが男にはどうでもいいようです。
最近も記事になって2ちゃんの連中に叩かれましたが、私から見てもこの人はフェミニストじゃ無く「男性差別主義者」なんじゃ?と思ってました。
http://www.wa-dan.com/article/2012/05/post-609.php
男性の記者が「女性に足りないのは性的なエロスだ」なんて記事を書けば却下だし乗ったら社会的に処分されるでしょう・・・。
こんな人物は天皇制のみならず政治的なものにコメント求めてほしくないですね・・・。

m_debugger URL 2012-05-17 (木) 22:21

>おぴょぴょさん
こんばんは。お返事が遅くて申し訳ないですが、コメントはいつでも歓迎です。

北原みのりは正直ちゃんと読んだことがなかったので、これは迂闊でした。
>http://www.news-postseven.com/archives/20110927_32118.html

「反・韓流デモ」を、日本の植民地主義という歴史的な文脈から捉えずに、「人と意見が違うことをつきつめない特有の人間関係」という「20代から30代前半」の世代論に矮小化してる時点でどうかと思いますし(ここでいう「人」も日本人だけのような気がしますが)、「国歌とか君が代とか汚さないでくれとあたしが思いましたもん(笑)」って、汚れてない「日の丸」や「君が代」など「古きよきアメリカ」並みに妄想の産物なんですから、ネタでもベタでもいただけないですよね。

>でも男って、自分が幸せでないと女を虐めるからいやなんですよね(笑)。モテナイ君とか不細工な男の怨念て凄いですから。日本の政治家ってみんな不細工だから権力志向なんだと思いますよ。イケメンの政治家が増えないとこの国の政治は変わらないだろうなあと思う。

この発言は女性にとっても問題だと思いますよ。だって、この理屈で言えば、社会的な女性差別を解消ないし緩和するためには、
(1)ヘテロ男性は女性にモテるよう自助努力すべきである
(2)女性はヘテロ男性をモテさせてあげるべきである
という戦略(?)のどちらかを取らなければならず、女性にできるのは当面(2)、ということになりませんか?

>女の人は自分磨きとかありましたけれど、男の人もやったらいいんですよね。「ありのままの自分を見て欲しい」とかダメですよ。髪の毛とかも綺麗にして、努力すべきですよ。反・韓流デモなんて、どこかで自分を肯定しきれない人たちの叫びでしょ。

個人的には女性の「自分磨き」こそジェンダー圧力の臨床例だと思いますが、北原先生、そこはどうなんでしょうか・・・。
「嫌韓流」は自己ではなく大日本帝国を肯定しきれるところに問題があるわけですしね。

>http://www.wa-dan.com/article/2012/05/post-609.php

これを読んで、以前韓国人男性と付き合っていた知人が「男は兵役経験がなければダメだ」と言っていたのを思い出しました。ちなみに彼女は当時から「嫌韓流」でした。「戻る場所」はレイシズムで、しかもそれはいつも「日本の女」と共にあるという例証です。

Comment Form

Trackback+Pingback:-

TrackBack URL for this entry
http://mdebugger.blog88.fc2.com/tb.php/87-d2306302
Listed below are links to weblogs that reference
スポンサーサイト from media debugger
Trackback from アンチナショナリズム宣言 2010-05-04 (火) 07:05

天皇制擁護者週刊金曜日編集長の「反天皇制運動」への忠言

 media_debuggerさんの最新のブログ記事「民族差別を批判しない天皇制 (more…)

Home > スポンサー広告 > 民族差別を批判しない天皇制「批判」を批判する

民族差別を批判しない天皇制「批判」を批判する

●民族差別を批判しない天皇制「批判」を批判する

 最新(4月30日)号の『週刊金曜日』で天皇制特集が組まれているので、一応目を通してみた。北村編集長は日々益々ご乱心のようであり、「今週号の注目記事」が「独自の視座で日本の近代を問う『天皇とアメリカ』(共著、集英社新書)を出した」テッサ・モーリス=スズキへのインタビューであることも寒いが(▼1)、それらは今に始まったことでもないので措いておく。

 気になったのは(これも今に始まったことではないだろうが)、リベラル・左派の天皇制批判が、民族差別批判を徹底的に回避することで、姑息な「生き残り」を図ろうとしているように見えることである。より具体的に言えば、近年のリベラル・左派に支配的な論調は、ただでさえ天皇制に親和的なものであるが、その中でも天皇制に従来批判的であった(はずの)人々が、天皇制に反対する根拠として、「天皇・皇族の人権」の尊重を挙げる傾向が強まってきているように思う。先日のエントリーで批判した吉見の言説がその典型であるが、一言でいえば、「天皇家の人々自身」が天皇制の最大の被害者であるという、例のあれである。

 こうした立場から天皇制を「批判」する人々は、天皇制が女性差別であることについては、「皇太子妃」雅子など皇族女性の「生きづらさ」を取り上げて熱弁をふるってくれるのだが、天皇制が民族差別であり、植民地支配責任・侵略戦争責任の不履行の象徴であることには、ほとんどあるいはまったく触れようとはしない。当たり前のことだが、民族差別・植民地支配責任・侵略戦争責任について語ってしまえば、「天皇家の人々自身」が天皇制の最大の被害者であるという、彼ら・彼女らの天皇制「批判」の前提が派手に崩壊するからである。

 民族差別・植民地支配責任・侵略戦争責任への沈黙の上に成り立つ天皇制「批判」は、リベラル・左派と保守・右派との馴れ合いをいっそう加速し、天皇制存続の基盤をより強固にするものであると思う。


●民族差別を批判しない天皇制「批判」すらしない北原みのりを批判する

 というわけで、『金曜日』の記事を具体的に見ていこう。今号の特集記事で天皇制を扱ったものは、以下のように6本ある。

1.齊藤笑美子、「個人の尊厳・両性の平等と天皇制――24条が届かない1章」

2.北原みのり、「週刊誌報道に見る「一家へのまなざし」の変容――「憧れ」から「同情・共感」へ」

3.本誌取材班 、「皇室報道の舞台裏――「宮内記者会」の常識、非常識」

4.辛淑玉、「誰も責任をとらないじゃんけんシステム社会――「グー・チョキ・パーのてんのう制」」

5.「芸人・松元ヒロさんに聞く体育会の世界――「三年生天皇、一年生奴隷」」

6.社納葉子、「言葉遣いから見る皇室なるもの――理想的家族というファンタジー」

 「暮らしにひそむ天皇制」という特集タイトルや各記事の見出しからも示唆されるように、天皇制をジェンダーの視点から批判した(だけの)ものが多い(▼2)。ここでは、突っ込みどころが最も満載な北原みのりの記事を紹介しよう(強調はすべて引用者による)。

 まずは記事のリードから。


皇室に向けられる国民のまなざしは、この一〇年間で様変わりした。週刊誌をにぎわすゴシップ記事には、生身の人間が抱える「不自由さ」への同情、共感が入り混じる。誰も説明ができない「天皇らしさ」なるものを背負い、生きにくさを露呈し続けている皇太子夫妻がその矛盾を象徴している。天皇のイメージはどう変化していくのか。


 北原が民族差別を批判しない天皇制「批判」すらしていないことは、早くもネタバレした。したがって、後はすべて蛇足のようなものである。テッサといい、北原といい、フェミニストとして著名な人物が、天皇(制)のイメージと無駄に戯れているのは、大変いただけないと思う。


【蛇足】

 記事中で北原は、「天皇制の是非論や天皇批判は絶対しないまま、天皇性を受容した中で皇室に関するゴタゴタで盛り上がる私たち」(p.16)と、「天皇制反対を唱えてきた人たち」を対比して、「天皇制反対を唱えてきた人たち」も、今の天皇に対しては「以前のような強い調子で「天皇制反対」と言うことは難しくなってい」るのではないか、と他人事として述べている。なぜなら、北原の私見によれば、昭和天皇は「戦争責任という十字架」を背負っており、「聞こえてくるエピソードもとうてい「人間」とは思えないものだった」ため、「バッシングしやすい存在であった」が、今の天皇には戦争責任もなく、「「美智子さんの夫」としての人柄が伝わってきているように感じる」し、「リベラルな思想を持ちながら天皇であり続けることの矛盾をもしかしたらもっとも感じられているのではないかとも想像できる余地がある」(p.17)からだそうである。

 真面目に反論するのもバカバカしいので、とりあえず「天皇制」を「女性差別」に置き換えて文章を変換してみた。いまいち意味不明な箇所もあるが、あまり気にしないでいただきたい。

 「女性差別反対を唱えてきた人たち」も、今どきの男子に対しては「以前のような強い調子で「女性差別反対」と言うことは難しくなってい」るのではないか。なぜなら、一昔前の男性は「女は男が食わせるものという自惚れ」を背負っており、「聞こえてくるエピソードもとうてい「フェミニスト」とは思えないものだった」ため、「バッシングしやすい存在であった」が、今どきの男子には経済力もなく、「「草食系」としての人柄が伝わってきているように感じる」し、「女子っぽい感性を持ちながら男子であり続けることの矛盾をもしかしたらもっとも感じられているのではないかとも想像できる余地がある」からである。

 ・・・余計に訳がわからなくなった気もするので、やっぱり真面目に反論しよう。

 北原は、自らの誤った歴史認識や「素朴」な実感にもとづいて、天皇制廃絶がその主張の根拠を失ってきているのではないかと述べている。北原は、昭和天皇の植民地支配責任・侵略戦争責任の追及を「バッシング」と呼んでいるが、昭和天皇に戦争責任があることは北原自身も認めているのだから、彼女は犯罪者を処罰するべきであるという主張を自覚的に「バッシング」呼ばわりしていることになる。北原が刑法の全廃を訴えているという話はまだ聞いたことがないが、この記事はその前兆なのだろうか?

 (8・15直後を別にすれば)昭和天皇の生前・死後を通じて、日本人はいまだに天皇制廃絶を多数世論としうる契機さえつかめずにいるし、天皇の植民地支配責任・侵略戦争責任は、昭和天皇が死んだからといって解除されない。北原にとっては、自らの天皇家萌えが、日本人による民族差別の克服と植民地支配責任・侵略戦争責任の履行よりも優先されるべきだと思っているのかもしれないが、それはあまりにも恥ずかしい勘違いだろう。

 しかし、北原の勘違いは続く。


「天皇性」なんてものの正体は、女性が女性性が何であるか実感できないのと同じように、ぼんやりと“あるのかねー”な曖昧な概念そのものだ。それなのに「天皇らしさ」というものを背負い、それ故に生きがたさを露呈し続けている皇太子夫妻には、天皇性の深い闇を見るような思いである。(p.17)


 「天皇性」とは大日本帝国との連続性そのものであり、それによって人間としての尊厳や命を侵されてきた(いる)のが、アジアの他民族であり、女性であり、被差別部落民ではないのか。天皇(制)の歴史的責任をジェンダーの視点から無化するような発言をするフェミニストや、そうしたフェミニストの見解を流布しようとする『週刊金曜日』のような左派メディアこそ、「天皇性の深い闇を見る」ためのお勧めスポットであると言えるだろう。

 ちなみに、記事の結論はというと、こちら。北原は本当に大丈夫なのか?


 子どものころからテレビや雑誌でよく見聞きし、また結婚の騒動もそれなりに追ってきた「親戚のお兄さん」のような人が天皇になるという事態を迎えたとき、この国は「天皇」と、どのように「対話」していくのだろうか。天皇のイメージはどう変わるのか。(p.17)


 ・・・・・・あれほど金遣いの荒い、いい年した無職男なんて、私の親戚には一人もいませんけどね(▼3)。北原さんの「親戚のお兄さん」はそういう方なんでしょうか?僭越だとは思いますけど、北原さん、「天皇のイメージ」よりご自分のイメージ(の転落)を気にされた方がよくないですか?


▼1 本橋哲也との対談形式であり、あまりにも無内容すぎて突っ込みどころもない。ちなみに、先ほど『週刊金曜日』公式サイトを見たところ、「今週号の注目記事」は別の記事に変わっていた。なんだか適当だな。

▼2 辛淑玉は日本軍「慰安婦」について言及しているが、天皇の植民地支配責任・侵略戦争責任にはまったく触れていない。さらに残念なことに、「グー・チョキ・パーのてんのう制」が何なのかということは、記事を最後まで読んでもまったくわからなかった。

▼3 ニート批判ではありませんので、念のため。

Comments:20

ZED URL 2010-05-03 (月) 02:08

確か去年の今頃は昭和天皇の「御真影」をデカデカと表紙に載せてたんじゃありませんか? 週刊金曜日は。
そもそも佐高信だって昔は「天皇・皇族の人権」などという妄言に対して「あれは人権ではなく特権だ」と言い返してたはず。十年一昔とは言え、今みたいな金曜日の姿は見たくありませんでした。これ以上醜悪な姿は見たくないから早くつぶれてくれた方がいいです。
それと前に金曜日に載った在特会・桜井のインタビューをやったライターの素性が暴かれてますね。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20100502/1272774407

辛淑玉についても訳分かんない記事でしたが、実はこの号が出る少し前に私は彼女と会って色々と話を聞きました。彼女は普段「在日朝鮮人の人権や差別問題」を口にして商売してるくせに、実際には他の朝鮮人同胞に対して恐ろしく冷淡ですよ。自分の金儲けや売名の時だけ「朝鮮人」である事を前面に出す卑劣な臆病者が在日の代弁者のような顔をしないでもらいたいものだと思いました。左派・リベラル系メディアもとりあえず辛淑玉を出しておけば在日問題を考えているというスタンスが出来るから彼女を手ごろに利用するのですが、それが本人を勘違いさせている部分もあるかもしれません。

jimpower URL 2010-05-03 (月) 04:31

しかし「週刊金曜日」の名が挙がると「極左雑誌」などと返してくる人はまだまだいるようです。バカですねえ(笑)。


>ぼんやりと“あるのかねー”な曖昧な概念そのもの

初めて覚えた日本語が「テンノー、ロームシャ、バカヤロー」だったりするインドネシア人がこれを聞いたら果たしてどう思うんでしょうか。

>「天皇らしさ」なるものを背負い、生きにくさを露呈し続けている

そういう「生きにくさ」があるのはなるほど事実なのだろうけど、それは同じ次元で語れる事柄ではないでしょうに。
そんな事を言うんだったら、マフィアのボスにだって悩みの種はたくさんあるだろうし、結婚詐欺師だって容姿の維持や話術の鍛錬に日々苦労をしているだろうし。


金曜日の「ご乱心」はともかくとしても、「リベラル・左派の天皇制批判」は昔はこんな無惨なものではなかったと思うのですが、果たしてどこでどうしてこうなったのか……。

m_debugger URL 2010-05-04 (火) 10:47

>ZEDさん

『週刊金曜日』の退廃ぶりには際限がないようですね・・・。「カタリバ大学はやっぱりトンデモだった」( http://sgwse.dou-jin.com/Entry/55/ )読ませていただきました。日本財団がスポンサーな時点で終わっていますが(日本財団と「和解」したらしい太田昌国もですが)、想像を絶するホラーな展開でしたね。お疲れさまです(笑)。

>彼女は「世間ではどうか知らないが私はあのタイトルを差別的とは思っていない」と開き直りですよ。もう何と言うか、あのマガジン9条という所の編集者達は根本的な思考が完全に狂ってしまっているんですね。

ところで、この問題なんですが、私もキムソンハの知人にタイトルがおかしいだろうと言ったのですが、その人も「あのタイトルは面白いと思う」と答えてきて、気が遠くなりました。『週刊金曜日』やマガジン9条の読者って、もうほとんど確信犯しかいないのでは?と思います。


辛淑玉の件ですが、

>川人に対して腹が立たないのかと聞いたら「彼とは過労死裁判の頃からの旧知だが、色々な活動を通してああいう考えに変わったのだろう。その気持ちはよく分かる」とやけに物分りの良い答えです。

これはひどいですね。私は知人があんな醜態を晒すようになったら迷わず叩き潰しますけど・・・。

m_debugger URL 2010-05-04 (火) 11:16

>jimpowerさん

>初めて覚えた日本語が「テンノー、ロームシャ、バカヤロー」だったりするインドネシア人がこれを聞いたら果たしてどう思うんでしょうか。

こういう「想像力の欠如」(テッサ・モーリス=スズキ)こそ問題だと思うんですけどね。ご本人も含め。

>そんな事を言うんだったら、マフィアのボスにだって悩みの種はたくさんあるだろうし、結婚詐欺師だって容姿の維持や話術の鍛錬に日々苦労をしているだろうし。

ほんとにそうですよね。『ロスジェネ』なんかが典型的ですが、女にモテない日本人男性へテロの生きづらさとやらを延々と語られても、どうしようもないというか。

>、「リベラル・左派の天皇制批判」は昔はこんな無惨なものではなかったと思うのですが、果たしてどこでどうしてこうなったのか……。

北原の例はやや極端なケースだとは思いますが、私がリベラル・左派雑誌の天皇制特集で多少なりとも興味を持って読んだ最後の記事は、『前夜』10号(2006年12月)だったので、90年代半ばからのバックラッシュを背景としつつ、安倍政権以降の急速な右旋回が決定的な分岐点になっているように感じます。

「サヨク」は「左翼」に立ち返れ URL 2010-06-22 (火) 00:02

>jimpowerさん

>初めて覚えた日本語が「テンノー、ロームシャ、バカヤロー」だったりするインドネシア人がこれを聞いたら果たしてどう思うんでしょうか。

日本人の太平楽と品性の下劣さがよくわかりますね。

>「リベラル・左派の天皇制批判」は昔はこんな無惨なものではなかったと思うのですが、果たしてどこでどうしてこうなったのか……。

桐山襲氏の『パルチザン伝説』は、「象徴天皇制」の欺瞞を鋭く抉り出し、貝原浩氏の反天皇制漫画には、ユーモラスな画風の中にも強烈な「毒」がありましたね。泉下の両氏は、今の左翼の惨状をどのように見ているのでしょう・・・

「サヨク」は「左翼」に立ち返れ URL 2010-06-22 (火) 21:48

>>子どものころからテレビや雑誌でよく見聞きし、また結婚の騒動もそれなりに追ってきた「親戚のお兄さん」のような人が天皇になるという事態を迎えたとき、この国は「天皇」と、どのように「対話」していくのだろうか。天皇のイメージはどう変わるのか。

>北原さん、「天皇のイメージ」よりご自分のイメージ(の転落)を気にされた方がよくないですか?

「茶色い戦争の時代の大元帥から、戦後のものやさしげな家庭人へと、巧妙に退却していったあの男は、戦中と戦後を生きたすべての「大人たち」の最も見事なモデルとでもいうべきものにほかならなかったのである」
(桐山襲『パルチザン伝説』)

「サヨク」諸君は、「左翼」としての初心に立ち返るべきですね。そのためには、厚顔無恥な「大人たち」の仲間入りをしてしまっている、自分達の惨めな姿を直視すべきでしょう。

m_debugger URL 2010-06-23 (水) 09:56

>「サヨク」は「左翼」に立ち返れさん

お返事遅れてすみません。
『週刊金曜日』でも矢崎泰久が反(?)天皇制をテーマに連載をするという話が昔ありました。関係者によれば「右翼対策」で潰れたとのことですが、北村編集長って右翼とかなり仲が良いような気が・・・。だからでしょうか?

takamm URL 2010-09-30 (木) 00:18

週刊金曜日の編集長ってこんなんだったんだ。笑えてためになるすばらしい情報です。

m_debugger URL 2010-09-30 (木) 08:36

>takammさん

下記のエントリーも合わせてお読みください。もうめちゃくちゃです。

アンチナショナリズム宣言:「『週刊金曜日』編集長、極右TVに出演」
http://electric-heel.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-b2b2.html

アンチナショナリズム宣言:「『週刊金曜日』北村編集長の天皇制擁護論」
http://electric-heel.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-b3e6.html

takamm URL 2010-10-02 (土) 01:58

 ご教示いただいたページ読みました(そうして「アンチナショナリズム宣言」は自分のアンテナに入れました。
 週刊金曜日がここまでひどいとは思っていませんでした。なんだか浦島太郎のような気持ちです。
 さる事情から、天皇制や歴史修正主義の問題から離れ、しかもブッシュが降り、オバマになってホッとしてしまい、問題意識が弛緩してしまっていましたが、今回の尖閣における一億総ネトウヨ化、リベラル派の知的退廃に触れ、目が覚めました。
 週刊金曜日なんて創刊時は期待したものですが・・・。創刊に深く関わった本多勝一っていまどのような言動をしているのでしょうか。まあこれもダメダメなんでしょうかね・・・

 

m_debugger URL 2010-10-02 (土) 11:32

>takammさん

>今回の尖閣における一億総ネトウヨ化、リベラル派の知的退廃

これ、本当に怖いですよね・・・。後日取り上げようと思いますが、リベラル・左派の一部はすでに、日本の「平和勢力」が果たすべき役割は中国の民主化を「支援」することである、と言い出しています。もっとも、これは今に始まった話ではなく、太田昌国が『「拉致」異論』で言っていること(植民地支配責任と国交正常化を「拉致」問題の解決と北朝鮮の「民主化」よりも優先すべきだという左派は決定的に間違っている、という言説)と殆ど変わらないわけですが。

>創刊に深く関わった本多勝一っていまどのような言動をしているのでしょうか。まあこれもダメダメなんでしょうかね・・・

最近の本多勝一ですか・・・もう本格的にダメなんじゃないでしょうか。
http://sgwse.dou-jin.com/Entry/139/

takamm URL 2010-10-06 (水) 01:26

 酩酊していたため、どこの文章にコメントしたのか忘れてしまい、レスいただいていたのに気づきませんでした。ありがとうございました。
 本多勝一については、北方領土問題に関しては昔からこの程度のことは書いていたので、これだけでは堕落度合いはハッキリしないと思うのですが、北村某とか佐高信とかと同じ仲間にくくられることを拒否していない一点(これは決定的な一点です)において、もう終わっているのだと思いました。(もう私の視界からは消し去ります。)
 このブログやアンチナショナリズムさんの文章を読み5年ぶりに目が覚めました。私も書くべき事を書いていきたいと思います。
 本ブログの竹内好批判は、まだ精読していませんが、ショックです。もうちょっとで、ちくまの「日本とアジア」の文章を自分のブログに引用して好ちゃんのことを称揚するところでした。嗚呼。
 本件に関しては本ブログを精読し、必ずレスしたいと思っています。

おぴょぴょ URL 2012-03-20 (火) 02:03

お久しぶりです。
2年近く前のエントリですが、過去のm_debugger氏の本ブログを漁っていてこの話題にぶつかり、思い立ったことがあったので書かせて頂きます。
上記のコメントでm_debugger氏が「最近の」本多勝一は本格的にダメなんじゃないかと書かれてますが、
彼は1997年の段階で現天皇明仁への厚遇な配慮、そして「リベラル天皇」を既に妄想していた、既にダークサイドに堕ちていた人間でした。
http://www.shonan.ne.jp/~kuri/aala/aala_1.html#anchor403122
「サヨク」は「左翼」に立ち返れ氏のコメントにも名前が上がってますが、
皇室パロイラストで活躍した貝原浩氏の週刊金曜日に掲載するはずだった、明仁をパロディにした正直どうってことないイラストを「不敬」と判断して掲載中止に追い込んだ顛末が書かれております。
貝原氏に宛てた本多の手紙が掲載されてますが呆れ果てる内容と同時に、最近のリベラル・左派の明仁や天皇家への擁護・支持風潮を先取りしている内容が興味深いです。
本多は天皇個人のプライバシー侵害や侮辱(名誉棄損)に類することは、一般人の場合と同じくやるべきではないといい、人権侵害や侮辱ではないか?と庇いまくっています。
大体皇室自体が一般人ではない公人であり、今まで散々下らない「美談」に仕立てたプライベート話を切り売りして話題や支持を集めてきたくせに、不都合な自体になると「プライバシーガー」てのはムシがいい。
そして、この頃から既に「アキヒト氏はどちらかというと平和主義者で、右翼もその点で困っている」なんて抜かしてるのですから、
それから10数年経っても「君が代を強制しないようテンノーヘーカのお力におすがりする・・・」とその流れで言い放ってるのは筋金入りの「リベラル天皇」信者なんでしょう。
そもそも週刊金曜日は創立メンバーの久野収は昭和末期に天皇制を「他民族を含む国家のシンボル」として再定義しての存続と唱えた人物です。
「他民族を含む国家のシンボル」なんて八紘一宇のリメイクに過ぎないんですがねえ・・・。
(しかしこれも最近の一部リベラルは「他民族を寛容に受け入れる国家のシンボル」として天皇制を肯定しようという思考が以前より違和感なく受け入れる姿勢
(2008年初頭に朝日に載った苅部直の意見などが好例で悪例)が増えてきていると思います・・・。)
まあとりあえず、創刊時から週金なんて天皇制に真正面に徹底糾弾することなんてハナからする気なかった雑誌だったんだと思います・・・。
それでは。

m_debugger URL 2012-03-22 (木) 22:12

>おぴょぴょさん

お久しぶりです。
お返事遅れてしまいましたが、コメントありがとうございます。

ご紹介いただいた「『週刊金曜日』への抗議と要請」を読むと、「最近の」というのは、少なくとも「ここ十数年の」と訂正すべきところですね。反省しています。
1970年代から1980年代半ばまでの「天皇報道のジャーナリストたちへ」や「天皇在位60年について思う」ではさすがにもう少しまともなことを言っていたと記憶していますが、ヒロヒトが死んだら(死ぬ前から?)天皇(制)に屈服するというのでは、この時期の発言も再考するべきかもしれません。

近いうちにこれらの記事を読み返して、またお返事します。

m_debugger URL 2012-04-29 (日) 21:17

>おぴょぴょさん

お返事遅れすぎてまったく申し訳もありません・・・。自分のブログからコメントが送れなくなり、しかも図書館からも大幅に延滞してしまいましたが、(1)・(2)を読み直しました。

(1)「天皇在位六〇年について思う」(山住正己・内海愛子との鼎談/『貧困なる精神18』収録/初出は『教育』1986年5月号)
(2)「天皇報道のジャーナリストたちへ」(『新編 事実とは何か』収録/初出は『潮』1975年12月号)

読み返してみると、けっこう突っ込みどころがありました。

-----------------------------------------------------------
「本多 たとえば中国の場合で言いますと、いろいろなひどい目に遭った事実、それらがすべて、究極的には天皇の名で行なわれてきたわけですね。だから、たとえば原爆にしても、中国から見ればあれは天罰だというふうに理解されているんですよ。天皇というのはそういう侵略――具体的には虐殺とか日常的搾取とか、やられた側にしか理解できないことなんですが――の象徴としてあるわけです。それが六〇年健在だという。六〇年ということは、戦前と戦後を区別していないということですね。その間に境をつけるならともかく、境をつけていないということは、この間の靖国神社問題と同じで、戦前の犯罪を認めたことになると思うんです。これは、侵略された側の目から見れば恐るべきこと、なんとも形容できないぐらいすごい現象に見えるでしょう。」〔(1)、p.28〕
-----------------------------------------------------------

たとえ「境をつけ」て「天皇在位六〇年」を「象徴天皇在位四一年」と言い換えようが、天皇(制)を寿ぐことが侵略を正当化している事実に変わりはないですよね。その後の本多の言説を見る限りでも、本多(および多くのリベラル・左派)の中では、ヒロヒトが死んで「元号」が「平成」になったことをもって、勝手に「境」がついてしまったんじゃないでしょうか。まさに「恐るべきこと、なんとも形容できないぐらいすごい現象」ですが。

こんな台詞もありました。

-----------------------------------------------------------
「本多 〔中略〕『過ぎ去ったからいいじゃないか』とやられた側が言うのならいいけど、やった側が言うというのは鈍感というか無神経というか……。」

「山住 八二年夏の教科書問題のときには、香港の学生もずいぶん怒り、燃えたらしいですね。
内海 そうですね、ええ。
山住 香港であんなに学生の反応があるとは思わなかった。
本多 香港はあるんですよ。あそこは相当神経質になっていますね。」〔(1)、p.40〕
-----------------------------------------------------------

日本が「鈍感というか無神経」なのはその通りでしょうが、それは「正義」や歴史に対して倫理的に鈍感・無神経なのであって、被害者を「神経質」呼ばわりするのは、それこそ非倫理的ですね。

本多はこの頃から、天皇制を日本の本質的な問題というより、本質的な(別の)問題の象徴的な一例として捉えるようになっています。それが「メダカ民族」言説ですが、結局はこれが、アメリカになびくな、という「反米愛国サヨク」路線に「発展的解消」?を遂げたように思います。

-----------------------------------------------------------
「本多 私は以前は、天皇制という確固たるものがあって、そのお陰でみんながそういうふうになっているんじゃないかと思ったけど、最近は、むしろ反対ではないかと思うんです。要するに、何でも周囲の動きと同じ方向へなびいちゃう。」〔(1)、p.37〕

「本多 極端なことを言いますと、戦後進駐軍がきたとき、もしマッカーサーが天皇を死刑にしちゃったら、ごく一部の人を除いて、案外みんな認めちゃったんじゃないかと思う。あのときの最高権力はマッカーサーなんだから、それがやったんだからしょうがないじゃないか、ということになったんじゃないかと思いますね。」〔(1)、pp.37-38〕
-----------------------------------------------------------

他にもいろいろありますが、(2)から一点だけ。

-----------------------------------------------------------
「なにも天皇批判までしなくともよい。せめて黙殺するていどのことが、どうしてできないのだろう。八月一五日は、そのような態度の集積として来たのだ。」〔(2)、p.213〕
-----------------------------------------------------------

天皇制を肯定し続けてきた最大の「ツケ」を「八月一五日」という日本の敗戦に見るのであれば、(ありえないことですが)もし日本が勝ってしまっていた場合には、(今よりもさらに膨大になっていたはずの)「ツケ」がこの言説では軽量化してしまうと思います。「八月一五日」ではなく、「八月二九日」でも「四月一五日」でも「九月一八日」でも「七月七日」でも、より相応しい日付はいくらでもあるはずです。

結論として、本多の天皇(制)関連言説は、私が思っていたよりもずっと昔から問題があったようですね。

おぴょぴょ URL 2012-05-05 (土) 01:30

ご返事ありがとうございます。
返答にはずれた内容に成ってしまうかもしれませんが、ご了承ください。
ただいまGWですが、それら祝日にまつわる事ででいろいろ考えさせられました。
数日前、「昭和の日」という「祝日」でした。が、最近はすっかりそれに反対する行動はほとんど見られなくなってしまいましたね・・・。
「日本共産党」は成立まで反対してたそうですが、
http://suzuran.aik.co.jp/jcp/?szquery=%E6%98%AD%E5%92%8C%E3%81%AE%E6%97%A5&sort=&num=10&cmd=search&submit=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&radio=2
制定された2007年以降は記事にもなってないあたり、この党の軽薄さと同時に、
施行されれば権力者の思うまま、そしてすっかり定着化してしまうという事実を叩き付けられた印象です。
一昨日は「憲法記念日」でしたが、半年前の11月3日は「文化の日」という祝日です。
現憲法が公布されたのを記念して1948年に祝日になったと公式にはなってますが、子供の頃は、
憲法が施行された日はともかく、「お知らせする」という意味でしか無い公布の日まで祝日にする必要があるのか?と疑問に思ってました。
しかし後になってその日は戦前「明治節」という明治天皇の誕生日の祝日であったことを知り、
この国は「戦前の反省」なんてこれっぽっちも思っていないんだな、と心に深く刻まれた衝撃でした。
現憲法は「明治節」を巧妙に復活させるために11月3日に公布を合わせたんじゃ無いかと。偶然では無く、権力者は計算したのでしょう。
現憲法は、産まれた時から明治憲法の「亡霊」に憑依されたまま誕生したんじゃないでしょうか・・・。
同年には天皇の宮中祭祀である新嘗祭もアメリカの感謝祭に日付が近いという理由で勤労感謝の日に制定されました。
その後も1966年には紀元節の復活版、建国記念日が制定されました。
(もちろんこれらを反対する批判があったのは事実ですが。)
日本はここ最近になって急速に大日本帝国への復元を始めたのでは無くて、
文化の日の制定に見るように終戦からたった3年で帝国再生への種まきをじわじわ行ってきた国なんです。
日本ほど、帝国再生が容易い国はは無いでしょうね。ドイツはいくらネオナチが幅を効かせてもヒトラーは再生できませんから。
kscykscy氏のブログで自民党憲法草案批判の護憲派の愚劣さを批判されてますが、
「中国や北朝鮮のような国になりたいのか」という左派の差別比喩に呆れかえるばかりです・・。
大日本帝国という明確なモデルになる国が想像出来なくなったのでしょうか。

おぴょぴょ URL 2012-05-08 (火) 02:37

>(もちろんこれらを反対する批判があったのは事実ですが。)

勢いで書いていて投稿前に文読み返すの忘れてましたが、これむちゃくちゃ誤解を招く文章になってますね。↓に訂正しておきます。

(もちろんこれらを反対する政党や人々もいたのは事実ですが。)

・・・正直しょうもない文を投稿してしまったかな・・と反省してます。失礼しました。

m_debugger URL 2012-05-09 (水) 22:37

>おぴょぴょさん
長らくお待ちくださり、こちらこそ本当にありがとうございます。

日本の祝日は「旗日」ですから、それこそ天皇制とは切り離せないですよね。「春分の日」は「春季皇霊祭」が、「秋分の日」は「秋季皇霊祭」がそれぞれ起源ですしね。

>「日本共産党」は成立まで反対してたそうですが、
>http://suzuran.aik.co.jp/jcp/?szquery=%E6%98%AD%E5%92%8C%E3%81%AE%E6%97%A5&sort=&num=10&cmd=search&submit=%E6%A4%9C%E7%B4%A2&radio=2
>制定された2007年以降は記事にもなってない

これ、笑い事ではないのでしょうが、つい笑ってしまいました。「既成事実への屈服」というより、むしろ「既成事実の忘却」と言った方がよいかもしれないくらいですね。

>現憲法は「明治節」を巧妙に復活させるために11月3日に公布を合わせたんじゃ無いかと。
>偶然では無く、権力者は計算したのでしょう。
>現憲法は、産まれた時から明治憲法の「亡霊」に憑依されたまま誕生したんじゃないでしょうか・・・。

そうですね。現憲法施行日の前日に、明治憲法下での最後の「勅令」として「外国人登録令」を出し、旧植民地出身者を引き続き差別的な治安・管理の対象としたことからも、「亡霊」というのは比喩ではなく実際にそうなのではないかと思います。

>kscykscy氏のブログで自民党憲法草案批判の護憲派の愚劣さを批判されてますが、
「中国や北朝鮮のような国になりたいのか」という左派の差別比喩に呆れかえるばかりです・・。

あの連中は差別を差別として認識していない(らしい)ので、「差別の何が悪い」と居直る保守派よりも愚劣だと思います。もう「護憲」などやめて、放射性物質を吸い込みながら皇居の周りをジョギングでもすればよいんじゃないでしょうか。

おぴょぴょ URL 2012-05-15 (火) 02:28

またまた、すいません。
ここで登場している北原みのりですが、この場に登場させるのは不適切な人物だったのではないでしょうか。
今は無き「論座」では、紀宮が結婚で民間人になることを惜しんでたコメントを載せていた記憶があります。
昨年のネトウヨのフジデモでもこんなコメントを残しています。
http://www.news-postseven.com/archives/20110927_32118.html
>国歌とか君が代とか汚さないでくれとあたしが思いましたもん(笑)。
皮肉で言ってるようですが北原自身は日の丸君が代にどうでもよいという現れなのでは無いでしょうか。
それに、「不細工な男」とかこれが男では無く女だったら性差別で問題になりそうですが男にはどうでもいいようです。
最近も記事になって2ちゃんの連中に叩かれましたが、私から見てもこの人はフェミニストじゃ無く「男性差別主義者」なんじゃ?と思ってました。
http://www.wa-dan.com/article/2012/05/post-609.php
男性の記者が「女性に足りないのは性的なエロスだ」なんて記事を書けば却下だし乗ったら社会的に処分されるでしょう・・・。
こんな人物は天皇制のみならず政治的なものにコメント求めてほしくないですね・・・。

m_debugger URL 2012-05-17 (木) 22:21

>おぴょぴょさん
こんばんは。お返事が遅くて申し訳ないですが、コメントはいつでも歓迎です。

北原みのりは正直ちゃんと読んだことがなかったので、これは迂闊でした。
>http://www.news-postseven.com/archives/20110927_32118.html

「反・韓流デモ」を、日本の植民地主義という歴史的な文脈から捉えずに、「人と意見が違うことをつきつめない特有の人間関係」という「20代から30代前半」の世代論に矮小化してる時点でどうかと思いますし(ここでいう「人」も日本人だけのような気がしますが)、「国歌とか君が代とか汚さないでくれとあたしが思いましたもん(笑)」って、汚れてない「日の丸」や「君が代」など「古きよきアメリカ」並みに妄想の産物なんですから、ネタでもベタでもいただけないですよね。

>でも男って、自分が幸せでないと女を虐めるからいやなんですよね(笑)。モテナイ君とか不細工な男の怨念て凄いですから。日本の政治家ってみんな不細工だから権力志向なんだと思いますよ。イケメンの政治家が増えないとこの国の政治は変わらないだろうなあと思う。

この発言は女性にとっても問題だと思いますよ。だって、この理屈で言えば、社会的な女性差別を解消ないし緩和するためには、
(1)ヘテロ男性は女性にモテるよう自助努力すべきである
(2)女性はヘテロ男性をモテさせてあげるべきである
という戦略(?)のどちらかを取らなければならず、女性にできるのは当面(2)、ということになりませんか?

>女の人は自分磨きとかありましたけれど、男の人もやったらいいんですよね。「ありのままの自分を見て欲しい」とかダメですよ。髪の毛とかも綺麗にして、努力すべきですよ。反・韓流デモなんて、どこかで自分を肯定しきれない人たちの叫びでしょ。

個人的には女性の「自分磨き」こそジェンダー圧力の臨床例だと思いますが、北原先生、そこはどうなんでしょうか・・・。
「嫌韓流」は自己ではなく大日本帝国を肯定しきれるところに問題があるわけですしね。

>http://www.wa-dan.com/article/2012/05/post-609.php

これを読んで、以前韓国人男性と付き合っていた知人が「男は兵役経験がなければダメだ」と言っていたのを思い出しました。ちなみに彼女は当時から「嫌韓流」でした。「戻る場所」はレイシズムで、しかもそれはいつも「日本の女」と共にあるという例証です。

Comment Form

Trackback+Pingback:1

TrackBack URL for this entry
http://mdebugger.blog88.fc2.com/tb.php/87-d2306302
Listed below are links to weblogs that reference
民族差別を批判しない天皇制「批判」を批判する from media debugger
Trackback from アンチナショナリズム宣言 2010-05-04 (火) 07:05

天皇制擁護者週刊金曜日編集長の「反天皇制運動」への忠言

 media_debuggerさんの最新のブログ記事「民族差別を批判しない天皇制 (more…)

Home > 侵略責任 > 民族差別を批判しない天皇制「批判」を批判する

Recent Comments
Recent Trackback
Search
Meta
Links
Feeds

Page Top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。