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「国民の正史」を立ち上げる岩波書店 (2)

■目次(随時更新)
(1) はじめに
(2) 大日本帝国との連続性の賞賛――雨宮昭一『占領と改革』
 (2-1) 大日本帝国との連続性を賞賛する岩波書店の著者
 (2-2) 日本国憲法と天皇制と日本人の「主体性」をめぐる屁理屈
 (2-3) 「司馬史観」を超える「雨宮史観」の独善性
 (2-4) 他民族を無視する「国民の正史」
 (2-5) 「はてな」右派ブログで自説を補強?
(3) 植民地支配責任・侵略戦争責任の黙殺――武田晴人『高度成長』
 (3-1) 植民地支配による搾取を否定する「経済学」者
 (3-2) 植民地支配責任・侵略戦争責任を黙殺する「歴史」叙述


(2-2) 日本国憲法と天皇制と日本人の「主体性」をめぐる屁理屈

 引き続き、雨宮の歴史認識の独善性を鑑賞していこう。雨宮は、「占領改革があろうとなかろうと、遅かれ早かれ改革はなされる条件と主体と内容が「発見」されなければならない」(p.91)と述べている。これは奇妙な日本語である。占領改革は実際にあったのだから、その「条件」はともかくとして、「主体と内容」を事後的に「発見」するというのは、詰まるところ歴史の偽造にすぎないのではないか?

 別の例で考えてみよう。実際にはドラえもんに片付けてもらった宿題について、「宿題をやってもらおうとやってもらうまいと、遅かれ早かれ宿題はなされる条件と主体と内容が「発見」されなければならない」とのび太が述べたとすれば、どうだろう?それは、どう考えても、宿題を自分でやらなかったことの言い訳をしているにすぎないのではないだろうか(もっとも、のび太もここまで稚拙な言い訳はしないだろうが)。

 それでは、雨宮が「発見」したという、戦後改革の「なされる条件と主体と内容」を以下にざっと見ていこう。

1.日本国憲法――「押しつけ」論の否定

 なかなか笑えることに、その一つは日本国憲法の草案作りなのであった。雨宮は、憲法草案作成における米国の関与を過小評価しようとするあまり、日本国憲法の草案は「憲法草案づくりに携わったアメリカの若者や軍人が自ら考え出せるはずはな」かった、などと滅茶苦茶なことを言っている。


 〔日本国憲法の〕国民主権、生存権、象徴天皇制などの条項を憲法草案づくりに携わったアメリカの若者や軍人が自ら考え出せるはずはなく、福沢諭吉や吉野作造などの思想、日本側の案、イギリスも含む世界の知識、知恵を集めている(原前掲書〔原秀成『日本国憲法制定の系譜』Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ(日本評論社、2004-2006年)〕、小西前掲書〔小西豊治『憲法「押しつけ」論の幻』〕、中村政則『戦後史と象徴天皇』、坂野潤治『明治デモクラシー』など)点ではけっして「押しつけ」ではないが、その手続きにおける関係は明白に支配、被支配関係にもとづいている。(p.90)


 それを言うなら、「福沢諭吉や吉野作造などの思想」こそ欧米の影響を色濃く受けており、彼らが「自ら考え出」したものではないだろうと思うのだが、日本人を歴史の主体としてひたすら特権化する雨宮にとっては、そんなことはどうでもよいらしい。雨宮は当時の各党の憲法草案を紹介して、「最も保守的な政党さえも自己改革が可能であったことが確認できよう」(p.88)と豪語している。もちろん、当該部分を読むと、進歩党や自由党の憲法草案がろくなものでないことが改めて「確認でき」るようになっている。雨宮のいう「自己改革」とは、他人を踏みつけにしている自分の靴が汚れてきたからといって、他人を踏みつけにしたまま、新しい靴に履き替えてみせる程度の代物なのかもしれない(▼4)

2.天皇制の存続――だってアメリカが余計なことするんだもん 

 中でもひどいのが、天皇の植民地支配責任・侵略戦争責任に関する記述である。雨宮は、「天皇の戦争責任について言うと、少なくとも占領期にはその意思があったにもかかわらず、アメリカによって阻止され、政治体としての自立性を奪われた」(p.47)、「天皇退位問題に対する日本人、とくに天皇自身やリーダーたちの見解は、責任をとる主体的条件が十分存在していた」(p.151)などと述べている。ところが、雨宮がその根拠として挙げているのは、基本的に以下の四点にすぎない(p.150)。

①東京裁判の「判決とともに天皇は退位すべきとの動きがあった」こと

②「天皇自らも「過去数年の日本の運命を左右する決定を下したことへの責任を感じ」退位したい意向を四八年六月に駐日イギリス代表部のガスコインに人を介して伝え(古関前掲論文〔古関彰一「占領政策の転換と中道内閣」、『新憲法の誕生』〕)、宮内庁も退位の方法を模索していた」こと

③「政府内、三淵忠彦最高裁長官、さらには佐々木惣一京大教授、政治学者大山郁夫、国際法学者横田喜三郎などの学者や外電も退位の必要性を述べたり、伝えていた」こと

④「『読売新聞』が〔1948年〕八月七日から九日にかけて全国三〇八〇人(無作為抽出)に対しておこなった調査によると、天皇制存続九〇・三%、廃止四・〇%、天皇が在位された方がよい六八・五%、退位されて皇太子にゆずられる一八・四%、退位されて天皇制を廃した方がよい四・〇%であった(『読売新聞』四八年八月一五日)」こと

 そもそも天皇の植民地支配責任・侵略戦争責任が退位問題(国民に対する「敗戦責任」)に矮小化されている時点でおかしいが、「天皇自身やリーダーたち」が米国と結託して植民地支配責任・侵略戦争責任から遁走し続けた証拠なら山のようにあるのだし、④の世論調査にしても雨宮の主張の反証であるとしか思えない。ドラえもんに宿題を片付けてもらっておきながら、「僕一人でも宿題はできたんだ」と強がりを言い、宿題の答えが間違っていることを他人に指摘されると、「だってドラえもんが余計なことするんだもん」と開き直るのは、あまりにも恥ずかしい振る舞いであると思うのだが・・・(繰り返すが、私はのび太に対しては他意はない。念のため)。


▼4 一例を挙げれば、1946年8月17日の衆議院各派交渉委員会において、椎熊三郎・進歩党代議士は、「第三国人の傍若無人な振舞いにたいする処置」と称して、GHQ・日本政府による朝鮮人・台湾人に対する弾圧の徹底化を煽動する、極めて醜悪な民族差別演説をぶち上げた。同年11月20日の『解放新聞』社説によれば、「日本共産党を除く各政党――進歩党、自由党、協同党あるいは社会党までもがこの演説内容を検討し支持した」だけでなく、「このような演説を草案として出した背景には、日本政府のそそのかしがあったという」(朴慶植、『解放後在日朝鮮人運動史」、三一書房、1989年、p.123)。

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