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「国民の正史」を立ち上げる岩波書店 (4)

■目次(随時更新)
(1) はじめに
(2) 大日本帝国との連続性の賞賛――雨宮昭一『占領と改革』
 (2-1) 大日本帝国との連続性を賞賛する岩波書店の著者
 (2-2) 日本国憲法と天皇制と日本人の「主体性」をめぐる屁理屈
 (2-3) 「司馬史観」を超える「雨宮史観」の独善性
 (2-4) 他民族を無視する「国民の正史」
 (2-5) 「はてな」右派ブログで自説を補強?
(3) 植民地支配責任・侵略戦争責任の黙殺――武田晴人『高度成長』
 (3-1) 植民地支配による搾取を否定する「経済学」者
 (3-2) 植民地支配責任・侵略戦争責任を黙殺する「歴史」叙述


(2-4) 他民族を無視する「国民の正史」

 「雨宮史観」の独善性の基調をなしているのは、日本人の「主体性」に対するナイーブな信仰と、それと対を成す徹底的なアジア人無視(「軽視」ではない)である。その端的な例が、植民地官僚に対する雨宮の手放しの評価だろう。

 雨宮は、「人々は敗戦をどのように迎えたのだろうか。呆然としていたとか、ホッとしたとか、皇居前で土下座をして天皇にお詫びをしたとか言われているが、これは情報がほとんど与えられない、あるいは情報をほとんど得ることができない人々の行動様式である。現実がどう動いていたかを考えるためには、さまざまなレベルの指導者たちの行動に着目する必要がある」(p.95)と述べ、「満州国などの支配管理をおこなってきた人々や外務官僚たちが、敗戦後を構想して、意外に早い段階で動きはじめている」(p.97)ことを、何やら好意的に紹介しているのであった。

 確かに「満州国などの支配管理をおこなってきた人々や外務官僚たち」は、「敗戦後を構想して、意外に早い段階で」、重要資料の隠蔽工作と植民地における財産の処分を済ませて、安全地帯への遁走を図っていたのだが・・・。「雨宮史観」の特徴の一つは、日本人が何か「主体的」に動いていさえすれば、それだけで肯定的な評価が与えられてしまう点にあるようだ。もうどうしようもないな。

 同様の例をもう一つ紹介しておくと、雨宮は、「戦後」の選挙法改定について、「内務官僚を中心にして立案されたもので、婦人参政権の付与、選挙権、被選挙権の年齢のそれぞれ二〇歳、二五歳への引き下げ、大選挙区制、制限連記制の採用、在日の旧植民地の人々の選挙権からの除外、などを骨子としたものであり、いずれも日本側が主導権をとっておこなった」(p.115)と述べており、朝鮮人からの選挙権剥奪を含む選挙法改定を、「占領がなくても改革は進行したという問題の主体的な条件」(p.94)の傍証として無批判に評価している。

 もっとも、「戦前」と「戦後」の連続性と、日本人の「主体性」を無条件に賛美するのであれば、雨宮がどこまでそれを表面化するかは別として、侵略と植民地主義、民族差別こそがその要にならざるを得ないだろう。雨宮は本書で「戦後の一〇年」(巻末年表では1944年から1956年まで)を扱っているが、本書には「朝鮮人」という言葉は一度も出てこない。当然ながら、解放後の在日朝鮮人運動とその弾圧(帰国運動、「政治犯」釈放運動、労働争議、「外国人登録令」反対闘争、南朝鮮単独選挙反対運動、生活権擁護闘争、民族教育、強制送還反対闘争、「韓日会談」反対運動・・・)についてもまったく触れられておらず(「外国人登録令」公布や阪神教育闘争、朝連の強制解散さえ完全に無視されている)、唯一、「1951(昭和26)10 出入国管理令公布」という一行が年表に見られるだけである(▼6)。もちろん、朝鮮民族以外の他民族に関する言及も皆無である。

 雨宮は「一九五〇年代の日本社会」を「ノスタルジアの対象」(p.181)として語っている(▼7)。雨宮の「ノスタルジア」には朝鮮戦争や日本政府による在日朝鮮人弾圧も含まれているのだろうか。1950年代を「ノスタルジアの対象」にすることは、植民地支配時代を懐かしむことと同様、日本人には決して許されないことである、と私は思う。

 なお、こうした他民族無視の歴史叙述――「国民の正史」の立ち上げ――は、雨宮に限らず、本シリーズの「戦後」史に通底する問題であるため、次章以降でも引き続き検討していく。


(2-5) 「はてな」右派ブログで自説を補強?

 やや蛇足的に付言しておくと、雨宮は本シリーズの⑩『日本の近現代史をどう見るか』の第7章で、本書に対して「合評会などを通しての学界は勿論、出版関係者、マスコミ、現役の高校や中学の先生方、各地域の近現代史研究会、学生、自治体や公民館の職員などの皆さん」から「いただ」いた「たくさんのご意見」(p.168)について言及している。要するに、「戦前」との連続性を絶賛する歴史観を読者に叩かれたために、ひたすらその言い訳をしているだけなのだが、その中でも一際浮いている一節があった。雨宮は以下で、自身の「研究」について言及した道場親信のコラムを取り上げているブロガーのエントリーを、自説を補強するために引用している。


 著者も最近では、協同主義社会が解体されて自由主義社会になるという捉え方よりも、前述のようにコミュニティーとアソシエーションは、共時的に存在しているという立場に立ちつつあります。〔中略〕一九五〇年代の、国家や資本から自立した多用な空間=コミュニティーが、サークルなどによってこの表現への欲望を出発点としつつ集団のダイナミズムにつながり、分断された個が欲望を通じて共同性を編み出していく、との指摘がありました(前掲、道場〔道場親信「五〇年代日本 サークル運動の意味」、『朝日新聞』2009年11月26日夕刊〕)。これに対し、最近のあるブログ(Katsunontheweb 二〇〇九年一一月二七日)では“まるでウェブ2.0〔双方向の通信〕について語っているみたいだ!”“「国家や資本から自立した多様な空間=コミュニティー」が仮に、21世紀になってウェブ上に勃興しているとすると”などとも指摘されています。このウェブにおける相互扶助もふくめたコミュニティーの存在、連続性、継続性は注目すべきことだと思います。(pp.176-177)


 ネットで検索すればすぐにわかるように、このブログは「はてな」である。「はてな」で自説(「ウェブにおける相互扶助もふくめたコミュニティー」の評価)を補強しようとする岩波書店の著者に対しては、個人的には哀愁を感じないこともないが、それ自体は別にどうでもよい。気になるのは、このブロガーがどのような人物であるかということである。同ブログの2010年2月13日付エントリーのコメント欄を覗いてみよう。


逆に言うと、「参政権を付与しない」程度のことじゃ、“反日勢力”の力を削ぐことはできませんよ。多分。
もっと踏み込んだ「反日勢力への対抗策」が必要なんだ、ということであれば、別の方法を探るべきだろう、というのがこのエントリーの主旨です。
スパイ防止法を作ろう、という議論があってもいいと思います。それは、参政権付与とのバーターであってもいいと思います。
アメリカの市民権獲得には、簡単なペーパーテストみたいなのがあって、あくまで文面上ですが、アメリカへの愛国心が問われる、という話を聞いたことがあります。そういう手続きが日本の帰化手続きにあってもいいと思います。


 チダカツ on the WeBLOG:「「外国人地方参政権」と「内政干渉」」
 http://d.hatena.ne.jp/katsuontheweb/20100213

 ・・・・・・雨宮はこんなブロガー(「はてな」右派)のエントリーをありがたがっているのであった。雨宮が賛美する「ウェブにおける相互扶助」とやらは、あからさまにネット右翼の「相互扶助」を含むようである。雨宮といい、岩波書店といい、一体どこまで堕ちているのだろうか。


▼6 さすがに朝鮮戦争に関しては本文でも取り上げられているが、日本の朝鮮戦争への加担と、その特需による経済復興は、まったくなかったことにされているようである。


 朝鮮戦争勃発直後の五〇年七月八日、マッカーサーは日本政府に対して七万五〇〇〇人の警察予備隊を結成することを指令した。警察予備隊は五二年一〇月保安隊に、五四年七月には自衛隊に改組され、「再軍備」はすすんだ。しかしアメリカが意図した大規模な再軍備にはならず、憲法改正への道もひらかれなかった。〔中略〕まず大規模な再軍備による経済の軍事化をおこなわなかったがゆえに、その後、民需中心の経済が展開され、憲法改正を阻止することにもなった。(p.180)



▼7 正確に言えば、「ノスタルジアの対象」として語ると同時に、単なる「ノスタルジアの対象」を超えたメタ(?)「ノスタルジアの対象」として語っている。


 占領が終わった一九五〇年代については、「なつかしい時代」としてノスタルジアの対象になることが多いが、はたしてそれだけの意味しかない時代なのだろうか。この時代を一定の普遍性をもつ固有な社会としてみる必要があるのではないか。そのことを農民、漁民、都市労働者、子どもなどの実態を通して考えてみたい。(p.181)



 五〇年代には、子どもたちはおおむね「ガキ大将」に率いられた地域の遊び集団に属していた。学級やクラブとは異質の、地域単位で年長から年少の「みそっかす」に到るまで異年齢の縦集団のなかで、べーごま、めんこ、石けりなど伝承遊びのルールや技術、さらに集団行動における個人の役割や勝負の厳しさなど、人間社会の「掟」の原型を身につけていった。この遊び集団は大人の指導や管理から解放された、大人立ち入り禁止の「子ども共和国」であり、大人社会から比較的自由であった。(p.185)


 個人的体験が時代の「一定の普遍性」を映し出さないわけではないにせよ、このあたりは単に雨宮の昔話ではないのか、という気もする(ジェンダー的なバイアスも、とても見過ごすことはできない)。

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