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「サヨク」は「左翼」に立ち返れ URL 2010-06-22 (火) 19:27

>朝鮮・台湾・樺太または満州という如き、これぞという天産もなく、その収入は統治の費用を償うにも足らぬが如き場所を取って、而して列強にその広大にして豊穣(ほうじょう)なる領土を保持する口実を与うるは、実に引き合わぬ話しである。

欧米人への卑屈なコンプレックスと、同じアジア人に対する度し難い傲慢さが、屈折した形で表れていますね。まさにこれが、「白人と一所になり、白人の真似を」したい日本の「リベラリスト」の本性だと思うのです。"Hey,you,yellow Nip!!"と罵倒されなければ、自らの子どもじみた「白人崇拝」の愚劣さに気がつかないのでしょう。

m_debugger URL 2010-06-23 (水) 09:57

>「サヨク」は「左翼」に立ち返れさん

>まさにこれが、「白人と一所になり、白人の真似を」したい日本の「リベラリスト」の本性だと思うのです。

そうですよね。現代のリベラル・左派(の一部)が石橋湛山をあの時代の「リベラリスト」として高く評価しているのは、とてもわかりやすい現象だと思います。有名な「靖国神社廃止の議」もそうですが、植民地主義に対する批判性はまったくないですからね。その点を指摘せずに石橋を持ち上げるのは、やはり間違いだと思います。

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Home > スポンサー広告 > 植民地支配責任から撤退する左派 (後半)――『世界』の場合

植民地支配責任から撤退する左派 (後半)――『世界』の場合

■目次
(1) はじめに
(2) 再論:「慰安婦」立法と「国民基金」の連続性を問う
(3) 三・一独立運動と五・四運動と「小日本主義」?
(4) 植民地なき植民地主義――石橋湛山「大日本主義の幻想」批判①
(5) 「東アジア共同体」構想の原点?――石橋湛山「大日本主義の幻想」批判②
(6) 現代版「石橋湛山」としての『世界』の論調
(7) おわりに


(4) 植民地なき植民地主義――石橋湛山「大日本主義の幻想」批判①

 荒井氏がここで引用している石橋湛山の社説は、1921年7月30日と8月6日、8月13日号の東洋経済新報に連載された、「大日本主義の幻想」である。同社説は岩波文庫の『石橋湛山評論集』(松尾尊編、岩波書店、1984年)にも収録されている(▼5)ので、以下では同書を参照する。

 結論を先に述べれば、「大日本主義の幻想」における石橋の言説は、「戦後」日本の植民地なき植民地主義を先取りする主張であった、と私は思う。石橋が植民地の放棄を主張する理由は、端的に植民地の維持が「国益」に適わないという点に尽きる。

 「〔中略〕海外の土地を我が経済上に利用するには、かくの如き方法〔引用者注:入植〕によるは愚である。人口稀少にして、先方に利用すべき労力がない場合は別であるが、しからざる限り、労働者は先方の者を使い、資本と技術と企業脳力とだけを持って行く。その上に労働者も持って行くなら、持って行っても、勿論差し支えないが、それは必ず持って行かねばならぬものではない。悪くいうなら、資本と技術と企業脳力とを持って行って、先方の労働を搾取(エキスプロイツト)する。もし海外領土を有することに、大いなる経済的利益があるとするなら、その利益の来る所以は、ただここにある。されば例えばインドを見ても、英国人は幾許(いくばく)も行ってはいない。一九一一年の調査に見るに、総人口三億一千余万の中、欧州人およびその同族なるものは二十万人足らずしかいない。英人は、またその一部であるのである。これで、英国がインドを領有する意味は、十分達せらるるのだ。」(p.110)

 一見して明らかなように、石橋はアイヌモシリへの入植や、英国によるインド植民地支配を積極的に肯定している。石橋が「満州・台湾・朝鮮・樺太等」の放棄を訴えたのは、それが国防に適うという理由に加えて、「満州・台湾・朝鮮・樺太等」に対する植民地支配は経済的に割に合わないという、植民地主義への自己批判なき「現実主義」に多くを負っている、と考えられる。

 「〔中略〕朝鮮・台湾・樺太ないし満州を抑えて置くこと、また支那・シベリヤに干渉することは、果してしかく我が国に利益であるか。〔中略〕まず経済上より見るに、けだしこれらの土地が、我が国に幾許(いくばく)の経済的利益を与えておるかは、貿易の数字で調べるが、一番の早道である。〔中略〕朝鮮・台湾・関東州のいずれの一地をとって見ても、我がこれに対する商売は、英国に対する商売にさえ及ばぬのである。〔中略〕

 もっとも貿易の総額は少ないが、その土地にて産する品物が特に我が工業に、もしくは国民生活上に欠くべからざる肝要の物であり、この点において特殊の経済的利益があるという事もある。しかし幸か不幸か、朝鮮・台湾・関東州には、かくの如き物はない。我が工業上、最も重要なる原料は棉花であるが、そは専らインドと、米国とから来る。また我が食物において、最も重要なるは米であるが、そは専ら仏領インド、シャム等から来る。その他石炭にせよ、石油にせよ、鉄にせよ、羊毛にせよ、重要というほどの物で、朝鮮・台湾・関東州に、その供給を専ら仰ぎ得るものは一もない。〔中略〕米にしても、朝鮮および台湾を合せて、我が国に移入し得るはようやく二、三百万石だ。この位の物のために、何故我が国民は、朝鮮・台湾・関東州に執着するのであろう。吾輩をして極論せしむるならば、我が国がこれらの地を領有し、もしくは勢力範囲とした結果、最も明白に受けた経済的影響はただ砂糖が高くなったことだけである。」(pp.102-104)

 ・・・・・・これ以上読み進めるのは苦痛だが、もうしばらく頑張ってみよう。

 「〔中略〕汝の議論は総て現在の状況を基礎にしておる、台湾にせよ、朝鮮にせよ、関東州にせよ、将来大いに発展するかも知れぬではないかという人があるかも知れぬ。こんな疑いは、吾輩が前号から提出した諸材料を、もし真面目に研究したならば、決して起らないはずである。

 しかし吾輩は簡単に次の如くいおう。台湾を領有して二十五年、朝鮮・関東州を我が勢力下に入れて十五年、この間我が国民は、随分の大努力をこれらの地方に対してした。而してその成績が以上の如くだ。〔中略〕あれだけの大努力をして、いずれもの貿易がインドとの貿易だけにさえ進まぬとすれば、前途の予測も大概つきそうのもの〔原文ママ〕ではないか。」(pp.111-112)

 「列強の真似をして、能(よ)くそれに対抗し得るだけの有利なる海外領土が得られるならば、大日本主義も、まだ多少の意味はあろう、しかし朝鮮・台湾・樺太または満州という如き、これぞという天産もなく、その収入は統治の費用を償うにも足らぬが如き場所を取って、而して列強にその広大にして豊穣(ほうじょう)なる領土を保持する口実を与うるは、実に引き合わぬ話しである。」(p.117)

 まるで日本人こそがアジアに対する侵略と植民地支配の被害者である、と言わんばかりの図々しさである。念のため述べておけば、私は曲がりなりにも石橋がこの時代に植民地の放棄を主張した意義を過小評価するつもりはないが、過大評価するつもりもさらさらない。石橋の「大日本主義の幻想」をもって、「日中韓三国の人々がひとしく東アジアの平和の視点から、韓国の独立の問題をとりあげていた」根拠にしようとする荒井氏の言説は、それこそ「幻想」の謗りを免れないし、何よりアジアの民衆に対してあまりにも失礼であると思う(▼6)


(5) 「東アジア共同体」構想の原点?――石橋湛山「大日本主義の幻想」批判②

 荒井氏は、先の引用部に続けて、以下のように述べる。


 韓国を焦点とする東アジアの大乱の展望とそれにともなう東アジア共倒れの予感はそのごの歴史に照らして正しかったということができよう。東アジアの平和的な共同体の構想は、三国共通の平和思想として歴史の検証に耐えて生き残ったものである。また先人たちが東アジアの平和を実現するキー概念として韓国の独立を位置づけたことは、植民地主義の克服が違法戦争の清算とともに東アジアの平和秩序を作ろうとする試みにとって基本的な前提であることを示唆しているのではないだろうか。韓国併合一〇〇年の年にそのことをあらためて強調しておきたい。(p.95)


 「東アジア共倒れ」という表現は、侵略―被侵略という日本とアジアの敵対関係を覆い隠すものであり、「そのごの歴史に照らして正しかったということ」も到底できないと思うのだが。それはそれとして、石橋湛山が唱えていたという、「東アジアの平和的な共同体の構想」とは、どのようなものなのだろうか。再び社説を読んでみよう。

 「吾輩は思う、台湾にせよ、朝鮮にせよ、支那にせよ、早く日本が自由解放の政策に出づるならば、それらの国民は決して日本から離るるものではない。彼らは必ず仰いで、日本を盟主とし、政治的に、経済的に、永く同一国民に等しき親密を続くるであろう。支那人・台湾人・朝鮮人の感情は、まさに然りである。彼らは、ただ日本人が、白人と一所になり、白人の真似をし、彼らを圧迫し、食い物にせんとしつつあることに憤慨しておるのである。彼らは、日本人がどうかこの態度を改め、同胞として、友として、彼らを遇せんことを望んでおる。しからば彼らは喜んで、日本の命を奉ずるものである。〔中略〕賢明なる策はただ、何らかの形で速やかに朝鮮・台湾を解放し、支那・露国に対して平和主義を取るにある、而して彼らの道徳的後援を得るにある。かくて初めて、我が国の経済は東洋の原料と市場とを十二分に利用し得べく、かくて初めて我が国の国防は泰山(たいざん)の安(やすき)を得るであろう。」(pp.114-115)

 ・・・・・・これまた「東アジア共同体」構想を一部先取りしたような主張であり、その限りにおいて石橋湛山には確かに「先見の明」があったとは思うが、こうした「東アジアの平和的な共同体の構想」が「三国共通の平和思想として歴史の検証に耐えて生き残った」というのは、どう考えてもおかしな話である(当たり前だが、被侵略国の民衆が「必ず仰いで、日本を盟主とし」たり、「喜んで、日本の命を奉ずる」筋合はどこにもない)。

 繰り返すが、石橋の同社説を根拠として、「日中韓三国の人々がひとしく東アジアの平和の視点から、韓国の独立の問題をとりあげていた」と主張する荒井氏の言説には、相当の無理がある、と言わざるを得ない。このことは原典を読めば明らかなのだから、荒井氏も理解していないはずはないと思う(▼7)


(6) 現代版「石橋湛山」としての『世界』の論調

 それではなぜ、荒井氏はこのように破綻した主張をする羽目に陥っているのだろうか?一つには、<抵抗>の歴史的経験と記憶を持つアジアに対するコンプレックスが挙げられると思うが、それだけでは説明がつかない(念のため書くと、日本人はこうしたコンプレックスを大いに持つべきである、と私は思う)。おそらく問題は、荒井氏の言説がリベラル・左派の自己肯定の欲望に寄り添ってしまっている点にあるのではないだろうか。日本にも「戦前」から受け継がれてきた「リベラル」な参照軸がある、と主張したがる人々にとって、「戦前」に植民地の放棄を唱え、「戦後」に首相にまで登り詰めた石橋湛山は、格好のモデルになるからである。例えば、金子文子のような<抵抗>を参照してしまえば、こう上手くはいかないだろう(▼8)

 「戦前」の石橋湛山に当たるのが、おそらく現在の朝日新聞であり、岩波書店であり、その他<佐藤優現象>に群がる「護憲派」である。彼ら・彼女らの多くは、すでに日本の植民地支配責任から勝手に撤退しており、(帝国の)「良心的」な立ち位置からアジアとの「和解」を願い、それを拒否するアジアの「反日」を憂えている。荒井氏がどこまで自覚的にこの潮流に乗っているかは、私には正確に判断できないが、実際ここ数年の荒井氏の言説には気になる点が多い(▼9)

 いずれにせよ、最近の『世界』の論調は、最大限好意的に見積もっても、現代版「石橋湛山」とでも言うべき「リベラル」なものである(▼10)。もっとも、『世界』では自衛隊海外派兵の恒久化に邁進する川端清隆が頻繁に活躍しているから、こうした評価も甘すぎるかもしれないが。


(7) おわりに

 以上から、『世界』があたかも「植民地支配責任と向き合」っているかのようなアピールは、やはり見掛け倒しであることが確認できた。岡本厚は今号の編集後記で民主党政権による辺野古「移設」案への回帰を批判して(それにしても、あれだけ民主党政権を礼讃してきた分際で、今さら何を言っているのか不思議だが)、「いずれにせよ、米国と同意したら、鳩山首相も担当閣僚も、それを県民、あるいは国民に説得しなければならない。しかし、「負担軽減」だの「環境配慮」だの、彼らの言葉を一体誰が信じるだろうか」と書いている。

 一向に自覚がないらしいところが本気で怖いが、その言葉は岡本ら『世界』編集部と岩波書店上層部にそのままお返ししよう。まったく、「平和」だの「人権」だの、彼らの言葉を一体誰が信じるだろうか。


▼5 これは邪推かもしれないが、荒井氏がこの社説の日付とタイトルを明記していないのは、読者が原典に当たることを好ましくないと考えているからではないだろうか。というのも、荒井氏は新聞記事からの他の引用に際しては出典(少なくとも発言の日付)を明らかにしているからである(▼7)

▼6 ちなみに、岩波文庫の表紙には次のようにある。

 「明治44年から敗戦直後まで,『東洋経済新報』において健筆を揮った石橋湛山(1889-1973)の評論は,普選問題,ロシア革命,三・一独立運動,満州事変等についての評論のどれをとっても,日本にほとんど比類のない自由主義の論調に貫かれており,非武装・非侵略という日本国憲法の精神を見事なまでに先取していた。39篇を精選。」

 こういうのを文字通り誇大広告と言うのではないだろうか。

▼7 本エントリーを書き終えた後に、ZEDさんのコメントを読んで気づいたが、荒井氏は佐高信の著作から引用部を孫引きしている可能性が高い。改めて確認したところ、引用部は正しくは、「もしが国にして支那またはシベリが縄張りしようとする野心を棄るならば、満州・台湾・朝鮮・樺太も入用でないという態度に出るならば、戦争は絶対に起こらない」(『石橋湛山評論集』、p.107)であり、下線を引いた七箇所も微妙に異なっている。ということは、荒井氏は必ずしも「読者が原典に当たることを好ましくないと考えている」わけではなく、そもそも原典に当たっていない可能性が高そうだ。どちらにしてもまったく誉められたものではないと思うが・・・。

▼8 『金子文子 わたしはわたし自身を生きる――手記・調書・歌・年譜』(鈴木裕子編、梨の木舎、2006年)参照。

 「金子文子は夫、朴烈と共に1923年、関東大震災朝鮮人虐殺事件の国家の責任逃れのため作られた大逆事件の被告にさせられて死刑判決を受けたあと、無期懲役になり、宇都宮刑務所に収監。獄中で、すさまじい転向強要を受けたが、それをきっぱり拒否して、26年獄中で自殺した。鈴木さんは獄中死した文子について、「死に急いだという一部の見解について」疑問を呈す。「はたしてそうだろうか。彼女は死に急いだわけではない。天皇制との対決に文字通り命をかけてたたかったのである。『わたしはわたし自身を生きる』ことを実践したと思う」と語る。」

 「文子が生きたのは、まさに日本が朝鮮を植民地支配下に置き、普通の日本人は朝鮮人をべっ視、差別し、虫ケラのように思っていた時代であった。その狂気の時代にあって、「左傾」し、朝鮮人のたたかいに共感した文子を理解できる日本人はほとんどいなかった。文子はそうした孤独の中でも、既成の価値観に妥協せず、自己に忠実に生き抜いたのだ。」

 朝鮮新報:「金子文子没後80年 記念出版 鈴木裕子さんに聞く」
 http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/06/0606j0908-00002.htm

▼9 例えば2004年9月2日に行われた以下の講演など。

 「〔前略〕日本人の集団買春問題とか、西安大学での文化祭問題とか、あるいは日本軍の遺棄した毒ガスの問題であるとかが中国内で次々に報道されて中国人の対日不信感をかきたてています。〔中略〕日本側でも、中国の存在感の増大、渡日中国人の犯罪の多発、凶悪化を背景に中国や中国人にたいする反発や極端な言論が報道される状況があります。こういうことで中日相互に大衆感情が悪化し、不信感が不信感を呼ぶ悪循環が始まりつつあるようにさえ思われます。」

 日本の<嫌中>と中国の「反日」ナショナリズムはどっちもどっち、という荒井氏の発言が、リベラル・左派の倫理的怠慢を助長するものであることは、論を待たない。

 「〔前略〕中国青年の対日印象の悪化は新幹線導入のような経済問題にまで影響するようになっていると思います。中国経済にとって非常に重要なインフラ整備の一環であります。こういう問題までが大衆感情というバリヤーに阻まれて円滑にいかない。私は遺棄毒ガスの問題でするどくあらわれたようにその根底に戦争被害の問題の未解決ということがあると思います。とくに遺棄毒ガスの問題については9月29日に東京地裁が日本政府の賠償責任を認めたばかりであるのに、実務的経費の支払いという名目で両国政府が合意し、中国風にいえば戦争遺留問題を積極的に解決しなかった。」

 アジア経済に対する日本の影響力を維持・強化するために(も)過去清算が必要であるという論理は、(日本の経済力の低下を必然的な帰結とする)植民地支配責任・侵略戦争責任の誠実な履行をかえって妨げる方向に作用するのではないだろうか。

 「歴史認識の問題としていえば、相互の歴史認識の違いを理由として相手を差別化するか、相互理解と粘りつよい対話によって違いをのりこえるか、今はその分かれ道であると思います。」

 どうして侵略者と被侵略者が「相互理解と粘りつよい対話によって違いをのりこえ」なければならないのだろうか?問題の解決は侵略者の側が変わること以外になく、被侵略者は妥協すべきではない。

 「抗日戦争記念館の出口には田中角栄首相の言葉と、村山談話の一節が大きくかかげてあります。これは中国側が戦争遺留問題を日中共同声明と村山談話の精神で解決したいという意思表示として私は受けとめています。しかしこの和解のプロセスはまだ成功していません。」

 中国政府の意図はともかく、(一般民衆を含む)「中国側」が「日中共同声明と村山談話の精神」を重んじているという表象は、端的に誤りである。

 「毒ガス問題の時に感じたのですが、中国の世論形成に、インターネットの比重が大きいことです。インターネットというのはその性質上、権力による統制にはおよそむかない。それだけに政府のコントロールから逸脱する可能性があります。下手をすると、日本との関係の不安定要因に発展する要素が常に存在するという状況があるわけです。

 そして、もしそういう形で日中関係が非常に不安定化すると、すでに小泉首相の靖国参拝問題で日中間の正常な外交関係が阻害されている現実があるわけですから、経済・安保の問題に影響して、日本にとってもおおきなマイナス要因となることは明らかです。新幹線の問題にその一端が現れています。日本の国益としても、〔引用者注:中国の〕「大衆ナショナリズム」に合理的な回路をつくるために、積極的に必要な役割を果たしていくことが、非常に重要になってきているといえるのではないでしょうか。」

 731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟:「最近の中日関係に思う」
 http://www.anti731saikinsen.net/nicchu/kouenroku/arai.html

 しつこく再掲するが、「遅くとも民主党政権成立以降、戦後補償を求める日本の左派の言説は、極言すれば、アジア諸国の「反日」感情を飼い馴らして「和解」を実現するための有益な投資として「戦後補償」が必要である、というものになっており、民主党の東アジア共同体構想や日韓「和解」キャンペーンにも無理なく回収されてしまったようである」。

▼10 外国人労働者に対する石橋湛山の露骨なレイシズムも参照しておこう。

 「我が国にしても、風俗・習慣・言語を異にし、しかも余り教養のなき外国の労働者が、多数に部落をなして国内に住むとすれば、随分迷惑を感ずるであろう。」(『石橋湛山評論集』、p.118)

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「サヨク」は「左翼」に立ち返れ URL 2010-06-22 (火) 19:27

>朝鮮・台湾・樺太または満州という如き、これぞという天産もなく、その収入は統治の費用を償うにも足らぬが如き場所を取って、而して列強にその広大にして豊穣(ほうじょう)なる領土を保持する口実を与うるは、実に引き合わぬ話しである。

欧米人への卑屈なコンプレックスと、同じアジア人に対する度し難い傲慢さが、屈折した形で表れていますね。まさにこれが、「白人と一所になり、白人の真似を」したい日本の「リベラリスト」の本性だと思うのです。"Hey,you,yellow Nip!!"と罵倒されなければ、自らの子どもじみた「白人崇拝」の愚劣さに気がつかないのでしょう。

m_debugger URL 2010-06-23 (水) 09:57

>「サヨク」は「左翼」に立ち返れさん

>まさにこれが、「白人と一所になり、白人の真似を」したい日本の「リベラリスト」の本性だと思うのです。

そうですよね。現代のリベラル・左派(の一部)が石橋湛山をあの時代の「リベラリスト」として高く評価しているのは、とてもわかりやすい現象だと思います。有名な「靖国神社廃止の議」もそうですが、植民地主義に対する批判性はまったくないですからね。その点を指摘せずに石橋を持ち上げるのは、やはり間違いだと思います。

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