「慰安婦」立法 Archive

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「慰安婦」立法と「国民基金」の連続性を問う (10)

■目次
(1) はじめに
(2) 第二の「国民基金」としての「促進法」
 (2-1) 「促進法」豆知識
 (2-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし
 (2-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可
 (2-4) (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示――無理
 (2-5) (d) 加害者の処罰――論外
 (2-6) より完璧な「国民基金」への道――(A) 被害国の世論の取り込み
 (2-7) より完璧な「国民基金」への道――(B) 保守・右派の取り込みと「国民基金」関係者との「和解」
 (2-8) より完璧な「国民基金」への道――(C) 戦後補償運動の日本国家への回収の完成
 (2-9) 結論
(3) 「要綱案」とは何か――他者からの呼びかけの無化
 (3-1) 「要綱案」前置き
 (3-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし
 (3-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可
 (3-4) (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示――無理
 (3-5) (d) 加害者の処罰――論外
 (3-6) アジアの他者を切断する「戦後補償」
 (3-7) 【資料1】戦時性的強制被害者補償要綱に対する意見
 (3-8) 【資料2】「戦時性的強制被害者補償要綱(第1次案)」に対する意見書
 (3-9) 【資料3】第二次案の作成のご報告 被害者並びに支援者の皆さんへ


(3-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可

 では、「要綱案」は生存被害者とその家族に対する「賠償」をどのように定義しているのだろうか?「要綱案」の第三条を見てみよう。

 「3 賠償
 国は、戦時性的強制被害者の中、1990年6月6日の生存者またはその遺族に対し、この法律に基づき、一時金として戦時性的強制被害者一人当たり金○○○万円を支給する。」

 そもそも罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪がない以上、「一時金」が単なる「見舞金」以上のものにならないことは明らかだが、第三条の要は、なぜ「見舞金」の支給対象者が「1990年6月6日の生存者またはその遺族」に限定されているのか、という点にある。つまり、弁連協はなぜ、1990年6月6日以前に死亡した被害者とその遺族に対しては、「見舞金」の支給対象から排除しているのだろうか?

 先に結論を言えば、1990年6月6日とは、本岡昭次・社会党議員(当時)が国会(参議院予算委員会)で初めて日本軍「慰安婦」問題について質問した日なのである(▼64)第2章第3節で述べたように、弁連協の「慰安婦」立法の立論は、自然債務の論理によっている。もう少し厳密に言えば、弁連協の立場は、「促進法」および「要綱案」が規定する「賠償」の法的根拠は損害賠償義務の確認規定ではなく創設的規定である、とするものである。

 損害賠償義務の確認規定とは、サンフランシスコ条約や二国間協定などによっては、「慰安婦」問題に対する賠償および請求権の問題は解決されていないとして、日本政府の賠償義務を確認して賠償の方法などを定めるものである。一方、創設的規定とは、その法律(「促進法」や「要綱案」)によって被害者に賠償を求める権利が新たに発生するという規定である。ちなみに、下関判決には、「右の談話〔注:河野談話〕から遅くとも三年を経過した平成八年(一九九六年)八月末には、右立法〔注:「被害者に対し、より以上の被害の増大をもたらさないよう配慮、保証すべき条理上の法的作為義務」にもとづく立法〕をなすべき合理的期間を経過したといえるから、当該立法不作為が国家賠償法上でも違法とな」り、「慰安婦」原告たちは「被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、被告国会議員が右特別の賠償立法をなすべき義務を違法に怠ったことによる精神的損害の賠償を求める権利がある」という損害賠償義務の確認規定があるので、弁連協はここでも下関判決の限界を無駄に拡充していることになる。

 あえて誤解を恐れずに言えば、「要綱案」は日本政府の「解決済み」論を受け入れた上で、「不幸」にも日本軍「慰安婦」の犠牲者となった人々を、日本国憲法の理念にもとづいて、文字通り「慰安」するための立法なのだと思う。つまり、加害者が自らの罪責を否認しながら、自らの「良心」に従って被害者を「救済」するという、恥知らずな「不正義」の極みが、この「慰安婦」立法なのではないだろうか。したがって、「要綱案」の論理によれば、1990年6月6日以前には、日本政府はそうした「不幸」な犠牲者が存在することを知らなかったのだから、彼女らを「救済」する法的責任はもちろん「道義的責任」さえも発生しなかったということになるのである。

 まさに「国民基金」の犯罪性が執拗に繰り返されているわけだが、「要綱案」には「国民基金」に輪をかけて犯罪的な点がある。それは、弁連協が、「要綱案」第三条に定義される「一時金」の支給によって、「慰安婦」被害者の損害賠償の裁判請求権を事実上放棄させようとしていることである。弁連協の「要綱案」第二次(最終)案におけるコメント(本章第9節で全文を公開する)の一部を以下に引用しよう。

 「②創設的規定とした場合の権利と従来の損害賠償請求権との関係

 この法律によって定められる権利は、あくまでも新しい法律上の権利であって、従来の損害賠償請求権とは別のものであり、それに影響を及ぼさず、損害賠償請求の裁判等は引き続き行いうる。但し、後に述べる損益相殺はありうる。〔中略〕

④賠償金の額――今後の議論に委ねる
 
 〔中略〕金額は後の放棄条項との関係での考慮もあるが、本要綱では放棄条項は必要ないとの考えである。

注:放棄条項とは、この法律に基づく支給によって、今後損害賠償の請求はしないことの確定をすること。受給した場合訴訟は取下げとなり、新たな訴えもできない。

 類似法の例としては、USAの対日本人強制収容の賠償法に放棄条項があるが、これは大量訴訟による和解により取下げがなされたことが先行的にあったことによる。日本の法律では放棄条項の例は殆どない。

 但し、放棄条項がなくとも、損害賠償を求めた場合に受給の範囲で請求が充たされていると見なされる損益相殺の対象とはなりうる。

 念のためこれをわかりやすく言い直しておこう。つまり、弁連協は被害者に対して次のように通告しているのである。

 「「一時金」を受け取った後も裁判を続けたいならどうぞご自由に。でも、あなたたちの被害は「一時金」で元が取れていると裁判所は判断するでしょうし、どうせ勝ち目はありませんから(以下略)」

 「以下略」の部分はご想像にお任せするが、はっきり言ってこれでは露骨な恫喝としか思えない。あの「国民基金」でさえ被害者の裁判請求権自体を奪おうとはしなかったのだから、弁連協の破廉恥さは常軌を逸している、としかもう言いようがないのではないか。とりあえず、弁連協の弁護士たちが、これ以上日本軍「慰安婦」訴訟に「巻き込まれる」のはうんざりだ、と思っているらしいことは、ほぼ間違いないようである。以下に本節の結論を述べる。

● (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可


▼64 これに対して、日本政府は、「従軍慰安婦」は「民間の業者が」「連れて歩いてい」たもので軍や政府は関与していない、と答弁し、そのニュースを知った金学順さんが被害者として初めて名乗り出ることになった。以下に当日の会議録を紹介する。

 「○本岡昭次君 それから、強制連行の中に従軍慰安婦という形で連行されたという事実もあるんですが、そのとおりですか。

 ○政府委員(清水傳雄君) 先ほどお答え申し上げましたように、徴用の対象業務は国家総動員法に基づきます総動員業務でございまして、法律上各号列記をされております業務と今のお尋ねの従軍慰安婦の業務とはこれは関係がないように私どもとして考えられますし、また、古い人のお話をお聞きいたしましても、そうした総動員法に基づく業務としてはそういうことは行っていなかった、このように聞いております。

 ○本岡昭次君 先ほど言いましたように、海軍作業愛国団とか南方派遣報国団とか従軍慰安婦とかいう、こういうやみの中に隠れて葬り去られようとしている事実もあるんですよ。これはぜひとも調査の中で明らかにしていただきたい。できますね、これはやろうとすれば。

 ○政府委員(清水傳雄君) 従軍慰安婦なるものにつきまして、古い人の話等も総合して聞きますと、やはり民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のようでございまして、こうした実態について私どもとして調査して結果を出すことは、率直に申しましてできかねると思っております。

 ○本岡昭次君 強制連行とは、それでは一体何を言うんですか。あなた方の認識では、今国家総動員法というものの中で、それが範疇に入るとか入らないとかと、こう言っておりますが、それでは範疇に入るものは、一体何人あったからそれはどうだとか言うんならわかるんですけれども、すべてやみの中に置いておいて、そういうものはわからぬということでは納得できないじゃないですか。

 ○政府委員(清水傳雄君) 強制連行、事実上の言葉の問題としてどういう意味内容であるかということは別問題といたしまして、私どもとして考えておりますのは、国家権力によって動員をされる、そういうふうな状況のものを指すと思っています。 

 ○本岡昭次君 そうすると、一九三九年から一九四一年までの間、企業が現地へ行って募集したのは強制連行とは言わぬのですか。

 ○政府委員(清水傳雄君) できる限りの実情の調査は努めたいと存じますけれども、ただ、先ほど申しました従軍慰安婦の関係につきましてのこの実情を明らかにするということは、私どもとしてできかねるんじゃないかと、このように存じます。

 ○本岡昭次君 どこまで責任を持ってやろうとしているのか、全然わからへん、わからへんでね、これだけ重大な問題を。だめだ。やる気があるのか。ちょっとこれ責任を持って答弁させてくださいよ、大臣の方で。

 ○委員長(林田悠紀夫君) 速記をとめて。
   〔速記中止〕

 ○委員長(林田悠紀夫君) 速記を起こして。

 ○国務大臣(坂本三十次君) 本件につきましては、政府は労働省を中心に関係省庁協力して調査いたしますので、なお時間をいただきたいと思います。」(「[001/001] 118 参議院予算委員会19号」会議録、1990年6月6日 ( http://kokkai.ndl.go.jp/ ))

「慰安婦」立法と「国民基金」の連続性を問う (9)

■目次
(1) はじめに
(2) 第二の「国民基金」としての「促進法」
 (2-1) 「促進法」豆知識
 (2-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし
 (2-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可
 (2-4) (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示――無理
 (2-5) (d) 加害者の処罰――論外
 (2-6) より完璧な「国民基金」への道――(A) 被害国の世論の取り込み
 (2-7) より完璧な「国民基金」への道――(B) 保守・右派の取り込みと「国民基金」関係者との「和解」
 (2-8) より完璧な「国民基金」への道――(C) 戦後補償運動の日本国家への回収の完成
 (2-9) 結論
(3) 「要綱案」とは何か――他者からの呼びかけの無化
 (3-1) 「要綱案」前置き
 (3-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし
 (3-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可
 (3-4) (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示――無理
 (3-5) (d) 加害者の処罰――論外
 (3-6) アジアの他者を切断する「戦後補償」
 (3-7) 【資料1】戦時性的強制被害者補償要綱に対する意見
 (3-8) 【資料2】「戦時性的強制被害者補償要綱(第1次案)」に対する意見書
 (3-9) 【資料3】第二次案の作成のご報告 被害者並びに支援者の皆さんへ


(3) 「要綱案」とは何か――他者からの呼びかけの無化

(3-1) 「要綱案」前置き

 本章では、前章で分析した「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」(以下「促進法」)の根拠法として、「戦後補償問題を考える弁護士連絡協議会」(以下「弁連協」)(▼63)が発表した「戦時性的強制被害者賠償要綱案」(以下「要綱案」)を検討していく。なお、「要綱案」は第一次案が1999年7月に、若干の修正を経て第二次(最終)案が2000年3月に公開された。本稿では第二次案を取り扱うこととする。

 戦時性的強制被害者賠償要綱案
 http://www.news-pj.net/siryou/ianfu/pdf/baishouyoukouan-20070709.pdf

 本章では、「要綱案」が「促進法」と同様に、第二の、そしてより完璧な「国民基金」であることを始めに確認するが、それが本章の主眼ではない。本章の主要な目的は、「要綱案」の作成過程で、「弁連協」に代表される日本の戦後補償運動が、他者からの呼びかけをいかに無化してきたかを明らかにすることにある。そのため、本章第7節では韓国挺身隊問題対策協議会(以下「挺対協」)が、第8節では金昌禄・釜山大学校法科大学助教授(当時)が、「要綱案」(第一次案)をめぐって「弁連協」に寄せた批判(書簡)を、第9節では「弁連協」がその後両者に送った第二次(最終)案およびコメントを公開し、両者の批判の核心を「弁連協」が意図的に無視して、第二次案にほとんどまったく反映させなかったことを実証する。

 反植民地主義闘争としての戦後補償を求める他者からの呼びかけを、戦後補償運動の中核を担う日本の弁護士たちがどのように切り捨てていったのか、以下に見ていくことにしよう。


(3-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし

 繰り返すが、日本軍「慰安婦」問題(性奴隷制)の核心は、それが国際法違反であり、日本政府がそれらの犯罪行為に対して責任を負わなければならないということである(詳しくは第4章で述べる)。ところが、「要綱案」は、日本軍「慰安婦」(性奴隷制)が不法であるという、この問題の本質については一切言及せず、日本政府をもともとの犯罪行為から免責しているのである。それは法案の第一条(目的)を読めば明らかになる。

 「1 目的
 この法律は、国が、第二次世界大戦の戦前戦中期において、旧日本軍の直接的間接的関与により女性に対し軍「慰安婦」等として性的行為を強制したことが当時の文明水準に照らしてもきわめて反人道的な行為であったこと、戦後その被害を放置し続けたことが、日本国憲法の根幹的価値に関わる基本的人権の侵害であったことを認め、これら女性個人(『戦時性的強制被害者』という)に対してこれを謝罪し、賠償することを目的とする。」

 「促進法」の第一条ほどではないにしても、一読しただけではわかりにくいかもしれないので、解説を入れておこう。「要綱案」は、第一に日本軍「慰安婦」が国際法あるいは国内法違反であるとはまったく認めておらず、第二に戦後もその被害を放置し続けたことが国際法上あるいは憲法上違反であるとは一言も述べていない。第2章第2節に倣って、この文章を分解すれば以下のようになる。

 A.日本軍「慰安婦」(性奴隷制)が(国際法違反であるとは言えないまでも)「当時の文明水準に照らしてもきわめて反人道的な行為であったこと」は事実である。

 B.日本政府が「戦後その被害を放置し続けたこと」が(憲法違反であるとは言えないまでも)「日本国憲法の根幹的価値に関わる基本的人権の侵害であったこと」は事実である。

 C.したがって、AおよびBの認識にもとづいて、日本軍「慰安婦」被害者「に対してこれを謝罪し、賠償することを目的とする」。

 ちなみに、前述の比喩を使い回せば、次のような感じになる。

 A’.「私があなたを殴り、あなたの健康が著しく害されたことは(犯罪とは言えないまでも)野蛮な行為であったことは事実である(と認識している)。」

 B’.「私がその後もあなたの健康の回復に役立つ措置を取らなかったことは(私の罪とは言えないまでも)あなたに対する基本的人権の侵害であった(と認識している)。」

 C’.「したがって、私はあなたに対してこれを謝罪し、賠償することにする。」

 ・・・・・・これほど空虚な「謝罪」と「賠償」もないだろう。いったい弁連協は「慰安婦」被害者を何だと思っているのか?第4章で詳述するように、「要綱案」の立論は、1998年4月の関釜裁判判決(以下「下関判決」)の論理に完全に依存しているのだが、下関判決の限界を単に踏襲するだけでなく、それを自ら進んで拡張するという、致命的なものになっている。例えば、この第一条は、「慰安婦制度」が「二〇世紀半ばの文明的水準に照らしても、極めて反人道的かつ醜悪な行為であったことは明白」であるという下関判決の論理を全面的に参照する一方で、下関判決が「慰安婦制度」は「その当時においても、婦人及び児童の売買禁止に関する国際条約(一九二一年)や、強制労働に関する条約(一九三〇年)上違法の疑いが強い存在」であると指摘した点については、まったく反映していない。

 したがって、本節の結論は以下の通りである。

● (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし


▼63 正確には「弁連協」内のグループである「元『慰安婦』の補償立法を求める弁護団協議会」

「慰安婦」立法と「国民基金」の連続性を問う (8)

■目次
(1) はじめに
(2) 第二の「国民基金」としての「促進法」
 (2-1) 「促進法」豆知識
 (2-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし
 (2-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可
 (2-4) (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示――無理
 (2-5) (d) 加害者の処罰――論外
 (2-6) より完璧な「国民基金」への道――(A) 被害国の世論の取り込み
 (2-7) より完璧な「国民基金」への道――(B) 保守・右派の取り込みと「国民基金」関係者との「和解」
 (2-8) より完璧な「国民基金」への道――(C) 戦後補償運動の日本国家への回収の完成
 (2-9) 結論
(3) 「要綱案」とは何か――他者からの呼びかけの無化
 (3-1) 「要綱案」豆知識
 (3-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし
 (3-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可
 (3-4) (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示――無理
 (3-5) (d) 加害者の処罰――論外
 (3-6) アジアの他者を切断する「戦後補償」
 (3-7) 【資料1】戦時性的強制被害者補償要綱に対する意見
 (3-8) 【資料2】「戦時性的強制被害者補償要綱(第1次案)」に対する意見書
 (3-9) 【資料3】第二次案の作成のご報告 被害者並びに支援者の皆さんへ


(2-9) 結論

 長くなったが、以下に本章の結論を示す。

1.「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」(「促進法」)は、日本政府が日本軍「慰安婦」被害者に対して真の謝罪と賠償をするために不可欠な下記の条件をまったく満たしておらず、第二の「国民基金」と呼ぶべき欺瞞的な決着路線である。

 (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示
 (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪
 (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償
 (d) 加害者の処罰

2.さらに、「促進法」を推進する民主党政権と左派は、(A) 被害国の世論の取り込み(B) 保守・右派の取り込みと「国民基金」関係者との「和解」(C) 戦後補償運動の日本国家への回収の完成を促進することで、「国民基金」を補完・拡充する、より完璧な「国民基金」の実現を志向している。

3.「促進法」推進派は、これらの問題を故意に隠蔽したまま、日本国家の免責を国民に認めさせようとする「戦後補償」政策に私たちを動員し、日本国民を再び国家の共犯者にしようとしている。この第二の、そしてより完璧な「国民基金」に私たちが加担してしまうのか、それとも対抗していけるのか、すなわち、「侵略戦争や植民地支配を可能にしたこの社会のあり方を根本から克服し、日本を「日本とは別のもの」に開かれた「別の日本」に変革していく」(▼62)(日本人としての)応答可能性にどう向き合っていくかが、今、切実に問われている。後者の道を共に進むことを、読者に強く呼びかけたい。


▼62 高橋哲哉、「「戦後責任」再考」、『戦後責任論』、講談社、1999年、p.51

「慰安婦」立法と「国民基金」の連続性を問う (7)

■目次
(1) はじめに
(2) 第二の「国民基金」としての「促進法」
 (2-1)「促進法」豆知識
 (2-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし
 (2-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可
 (2-4) (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示――無理
 (2-5) (d) 加害者の処罰――論外
 (2-6) より完璧な「国民基金」への道――(A) 被害国の世論の取り込み
 (2-7) より完璧な「国民基金」への道――(B) 保守・右派の取り込みと「国民基金」関係者との「和解」
 (2-8) より完璧な「国民基金」への道――(C) 戦後補償運動の日本国家への回収の完成
 (2-9) 結論
(3) 「要綱案」とは何か――他者からの呼びかけの無化
 (3-1) 「要綱案」豆知識
 (3-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし
 (3-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可
 (3-4) (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示――無理
 (3-5) (d) 加害者の処罰――論外
 (3-6) アジアの他者を切断する「戦後補償」
 (3-7) 【資料1】戦時性的強制被害者補償要綱に対する意見
 (3-8) 【資料2】「戦時性的強制被害者補償要綱(第1次案)」に対する意見書
 (3-9) 【資料3】第二次案の作成のご報告 被害者並びに支援者の皆さんへ


(2-8) より完璧な「国民基金」への道――(C) 戦後補償運動の日本国家への回収の完成

 最後に、(C)の「戦後補償運動の日本国家への回収の完成」について見ておこう。遅くとも民主党政権成立以降、戦後補償を求める日本の左派の言説は、極言すれば、アジア諸国の「反日」感情を飼い馴らして「和解」を実現するための有益な投資として「戦後補償」が必要である(▼36)、というものになっており、民主党の東アジア共同体構想や日韓「和解」キャンペーンにも無理なく回収されてしまったようである。戦後補償問題における左派の「国益」論的再編成――日本国家への回収――は、「国民基金」におけるそれとは比較にならないほど完成の域に達している。以下に、①戸塚悦朗、②『世界』の論調、③高橋哲哉の例を取り上げてみよう(高橋も②に含まれるが、便宜上別に論じることにする)。

 ①戸塚悦朗の場合

 戸塚教授は、「促進法」を推進する理由の一つに、「国益」を臆面もなく掲げている。

 「「慰安婦」問題が解決されれば日本は大きく変わります。まず日本の女性の人権問題が一八〇度変わる。もうひとつ、アジアと和解できるので日本が経済的に没落しないですみます。(▼37)

 傑作なのは、戸塚教授がわざわざ論文まで発表して、1905年の「乙巳勒約」(いわゆる「第二次日韓協約」)の不法性を訴え、「韓国併合」無効論を主張している(▼38)ことである。論理的に考えれば、戸塚教授は、日本政府が「慰安婦」被害者に対してだけでなく、違法な植民地支配によって生じたすべての被害に対して賠償義務を負っている、と認識していなければおかしいだろう。その際の賠償額は、間違いなく膨大なものになるのだから、どう考えても「日本が経済的に没落しないです」むはずはない。こんな能天気なことを言っていて本当に大丈夫なのか?

 ちなみに、「促進法」を成立させることには、こんなメリットもあるそうだ。

 「〔中略〕確実にアジアにおける和解が促進されるであろうし、東アジア共同体の推進にも進めるであろう。地域の経済発展と平和構築に弾みがつくであろう。日本の国連安保理常任理事国入りについても、アジア諸国の理解を得やすくなることは間違いない。日本は外交上のアキレス腱を解消することができて、未来は極めて明るいものになることは間違いないであろう。」(▼39)

 東アジア共同体の推進にしても、国連安保理常任理事国入りにしても、当然、日本が「普通の国」になることがその前提として想定されているのだから、日本政府が「促進法」による欺瞞的な決着路線で「戦後補償」の幕引きをした上で、これらの政策を進める「未来」は、最悪である、としか言いようがない(もちろん、これが小沢一郎の路線である)。

 当たり前のことだが、「国益」に適う「戦後補償」は、「国益」に適う「対テロ戦争」とも宥和的である。以前にも述べたように、日本政府は、自衛隊のソマリア派兵に当たって、自衛隊員による犯罪の裁判権をジブチ側に放棄させ、自衛隊員がジブチ国民を死亡させた場合にも「当事者間の協議を通じて友好的に解決する」などとする地位協定を、ジブチ共和国政府に押しつけている。左派は「国益」(石油確保と自国企業保護)のための「海賊対策」という名目の「対テロ戦争」にもほとんど反対していないが、これでは東アジア共同体の域外であるアフリカ(や中東)に対しては何をしようが謝罪も賠償も必要ないと認めているのに等しいのではないか。さらに言えば、左派は自らが支持する東アジア共同体が「「派兵する「東アジア不戦共同体」」(▼40)に他ならないということを、薄々気づいていながら黙認しているのではないだろうか。戸塚教授は平均的な左派よりも遥かに正直ではあるが、決して例外的な存在ではないと思う。

 ②『世界』の論調

 弁連協の藍谷弁護士は、東北アジアの安全保障――東アジア共同体構想の推進、6カ国協議における日本のプレゼンスの強化、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核問題および拉致問題の「解決」――といった民主党の主要な政策課題の中に戦後補償問題を積極的に位置づける必要性を主張している。『世界』2010年1月号の主要な論調もこれと似たり寄ったりである。高木喜孝弁護士(弁連協事務局主任)は、同誌の座談会で、弁連協が「戦後補償ネットワーク」と連名で戦後補償問題に「国益」論的立場から取り組むよう民主党に要望書を出した(▼41)ことを語っている。

 「高木 民主党政権が戦後補償問題をどう取り上げていくか、まだはっきりしない状況ですが、先だって、弁連協の中の戦後補償立法を考える弁護士の会と戦後補償ネットワークの連名で民主党に要望書を提出しました。新政権はアジア・太平洋地域の域内協力体制を確立し、東アジア共同体の構築をめざし、そのため中国・韓国をはじめアジア諸国との信頼関係の構築に全力をあげることとされている、戦後補償はまさにその信頼関係構築の一環としての意義を有し、国益に資する問題であることをここに指摘する、という内容です。弁連協としてこういう趣旨の要望を出したことは初めてです。〔後略〕」

 「佐藤 日本が本当に東アジア共同体ということを提唱していくのであれば、それは歴史問題についての和解を象徴する行為をしなければ、誰も信用してくれないでしょう。けっきょくのところ、ドイツは、和解を象徴する行為を政治家が示したのです。ブラントがワルシャワのゲットーの碑に跪いて祈ったことは、あまりにも有名です。政治的解決ということの典型を示しているのではないでしょうか。たとえば鳩山氏が日本の加害を象徴する場所に行って献花するなどの象徴的な行為が必要なのだと思います。」(▼42)

 「ドイツ現代史」専門家の佐藤健生の発言もひどい。ワルシャワ・ゲットーでのブラントの追悼(1970年)が国際的にも評価されたのは、連合国によるニュルンベルク裁判と「非ナチ化」政策(公職からのファシズムの追放)が終わってからも、ドイツ人自身が、「ナチス犯罪追及センター」の設立(1958年)などを通じて、ナチス犯罪の裁きと追及を粘り強く続けてきた実績があってのことである(日本軍「慰安婦」被害者がカムアウトを始めた1990年代初頭までに、旧西ドイツでは10万件を超えるナチス犯罪を訴追し、6500件ほどの有罪判決を下している)。鳩山首相が「日本の加害を象徴する場所」に出向いて献花をすることが即「和解を象徴する行為」になるという楽観論は、あまりにもアジア諸国とドイツをナメているのではないか。

 もっとも、姜尚中は『朝鮮日報』のインタビューで「鳩山総理が旧西大門刑務所や銅雀洞国立墓地を訪問し日本が誤っていたとの意思を確実に伝えれば、天皇訪韓も成功するかもしれません」と語っている(▼43)ので、佐藤の発言も、和田春樹が『世界』などで繰り返し提言している2010年の天皇訪韓(▼44)の文脈から捉えるべきなのかもしれない。2010年の日韓「和解」キャンペーンには小沢一郎もずいぶん乗り気なようだから(▼45)民主党政権が外国人参政権法案(これもあまりに問題だらけだが)(▼46)や「促進法」を李明博政権への手土産にして、天皇訪韓を実現させようとする可能性は高いと思う(ただし、手土産が一つだけで足りるようであれば、「促進法」の成立は遅れたり流れたりするかもしれない)(▼47)。もちろん、こうした日韓「和解」は、朝鮮半島および日本国内の朝鮮人の国家による分断を促進するものである。しかも、大日本帝国による植民地支配・侵略戦争の責任を一切取ることなく戦後も生き延びた天皇制が、そのまま「和解」の象徴に成り代わるというわけだ。こんな未来はあまりにもシュールすぎやしないか(▼48)

 ③高橋哲哉の場合

 東アジア共同体構想と日韓「和解」を推進するための、民主党による「国益」論的「戦後補償」路線は、「2010年の戦後責任論」における高橋の落としどころにもなっているようである。実際、高橋は「戦後補償問題と東アジア共同体構想は隣り合う問題として考えるべきです」、「戦後補償問題でも〔中略〕自民党政権とは違い、少なくとも民主党政権が前向きな姿勢を示していることを受け止め、その姿勢を貫かせるように声をあげていかなければいけません。それは私たち自身の責任です(▼49)などと語っている。いつの間にか民主党政権支持が戦後補償運動の前提と化しているのであった。前節に引き続き、高橋の言説の変質を、()朴裕河の「和解」論とその消費構造への(無)批判、()平壌宣言に対する(再)評価、()民主党政権への期待、の三つの側面から見てみよう。

 () 朴裕河の「和解」論とその消費構造への(無)批判

 高橋は、「国民基金」を高く評価する朴裕河の「和解」論と、日本での朴の言説の消費構造について、驚くほど空虚な「批判」を行っている。

 「朴氏の議論やそれをめぐる評価の中で違和感を覚えているのは、多用されている「反日ナショナリズム」という表現です。被害国側のナショナリズムという問題提起が朴氏にとって切実なことは理解できますし、本質主義や、ナショナリズムにつきまとう男性中心主義などに違和感を覚えるのも分かります。しかし、日本人の側がそれを安易に「反日」として片付けてしまうことには慎重であるべきでしょう。中国にしても朝鮮にしても〔中略〕日本がかつての侵略や植民地支配の過去を清算しきれずにきたなか、被害国の側でかつての抗日意識が続いたのは当然だとも言えます。朴氏の議論を日本で歓迎している論調を見るとき、まるで旧宗主国意識を引きずっているかのように、「韓国にもようやく“成熟”した議論がでてきた」などと語る感覚には違和感を覚えます。(▼50)

 高橋は、朴があたかも「ナショナリズム」や「本質主義」、「男性中心主義」に批判的であるかのように論評しているが、これは事実とまったく違う。金富子氏が的確に指摘している(▼51)ように、朴の言説は歴史修正主義的な「和解」(真実なき「和解」)であり、高橋自身が本文中で批判している「自由主義史観研究会や新しい歴史教科書をつくる会」の歴史認識に親和的であり、「戦後補償を求める声に対する反動」(▼52)そのものでさえある。無論、高橋の朴裕河言説をめぐる批判の空洞化は、前節で述べた「国民基金」評価の変質と完全に連動する、確信犯的なものだろう。そもそも、植民地主義批判と民主党政権支持が論理的に両立するはずがないのだから、現在の高橋が大沼や朴らの植民地主義的言説を(本質的には)否定できなくなっているのも当然である。

 () 平壌宣言に対する(再)評価

 高橋の植民地主義批判の形骸化を示すもう一つの例が、平壌宣言に対する(再)評価である。高橋は、「二〇〇二年の日朝首脳会談で出された平壌宣言では、韓国との日韓条約でも触れられなかった「過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実」について言及されています。しかし、その意味は、拉致問題に対して世論が沸騰するなかで日本人の意識の中から吹き飛んでしまいました」(▼53)として、平壌宣言を積極的に(再)評価しようとしている。公正を期すために言っておけば、平壌宣言に対するこうした(再)評価は、戦後補償運動関係者を含む日本のリベラル・左派の間ではごく一般的なものだろう(▼54)。問題は、彼ら・彼女らが、平壌宣言で言及された「お詫びの気持ち」とやらが、「村山談話」(▼55)の焼き直しにすぎず、日本国家の法的責任の否認を貫徹した上での「道義的」な「お詫び」にすぎないことを正確に認識した上で、平壌宣言をあえて肯定的に(再)評価しようとしていることである。

 平壌宣言は、日本政府が植民地支配責任を果たす(例えば、植民地支配によって発生した被害に対して朝鮮人が賠償を受ける権利を保障する)代わりに、「請求権」という双務的な権利を規定して、かつそれを両国が「相互に放棄する」ことで、植民地支配責任から日本国家を免罪するという「宣言」なのであり、実質的には日韓条約から一歩も前進しているわけではない。日本政府は、日韓交渉では、経済再建資金と政権維持費を必要とする朴正煕・軍事独裁政権を妥協させて日韓条約を結んだが、日朝国交交渉においても、徐京植が指摘したように、「経済的困窮とアメリカの軍事的脅威という不利な条件に加え、北朝鮮自らが招いた拉致問題という弱点までが付け加わったため、日本側が大幅に言い分を通すことのできるチャンス」(▼56)を最大限に利用したのである。

 結局のところ、平壌宣言も日韓条約も、日本政府にとっては、植民地支配の被害者である朝鮮人に対する法的責任を一貫して拒絶するための「法的根拠」になっているのである。逆に言えば、平壌宣言(における日本政府の「道義的責任」の表明)を評価しようとするなら、同じ理由から「国民基金」にも反対できなくなるということだ。実際、すでに高橋はそうなっているし、左派のほとんども平壌宣言を(再)評価し、「促進法」を歓迎する立場で一致している。「2010年の戦後責任論」にはやたらと植民地支配(責任)という言葉が出てくるが、高橋が実践的・具体的な植民地主義批判を自らタブー化し、「旧帝国の負の遺産を引きずった既成の日本国家」(▼57)への批判力を手放していることは、平壌宣言への評価一つ取っても明らかではないかと思う。

 () 民主党政権への期待

 高橋は、「鳩山首相が李明博韓国大統領に」向かって「歴史を直視する勇気を持つ政権だ」と自ら語ったことや、東アジア共同体構想を提唱していること、岡田外相が「日中韓での共通教科書の作成を検討課題にすべきだとの発言をしてい」ること、民主党には「リベラルな議員も多く存在していること」などを挙げて、「戦後補償の問題について〔中略〕自民党政権下で梃子でも動かなかったことが動くかもしれない。とすれば、そのチャンスを何とか生かしたい」(▼58)として、民主党政権にかなりの期待を寄せているようである。

 「〔中略〕民主党政権が、戦後補償問題だけにとどまらず、夫婦別姓や外国人参政権などに親和的な姿勢を見せる中で、右派の苛立ちが募っていることは間違いない。〔中略〕

 彼らが保守しようとする価値に触れる法案を民主党政権が政治課題にあげたときには、彼らの一部が過激化する可能性はあります。しかし、そうした時にこそ、真の意味での政治的リーダーシップが求められるのです。〔中略〕今では戦後責任問題で評価の高いドイツでも、当初はいわば「政治主導」で、世論の反発は強く存在しました。歴史観を持つ政治家が責任問題に踏み込んでいけば、大きな反発が起こるのはある意味当然で、そこで揺らがないことが重要です。世論に対して言葉を尽くして説明と説得を行ない、なぜそれが必要なのかを訴えることが必要なのです。」(▼59)

 高橋はどうやら、民主党政権が「政治主導」で「戦後補償」を実現する可能性に賭けようとしているらしい。要するに、高橋も民主党政権に期待する凡庸な「リベラル」の一人になったということなのだろうが、厄介なのは、韓国の左派系メディアまでもがこうした民主党評価を多分に共有していることだと思う。現に11月16日付の『ハンギョレ』の社説(▼60)は、高橋の民主党評価そのままと言えるほどである。もちろん、これは韓国の左派系メディアで和田の影響力が強い(特に『ハンギョレ』の東京特派員が和田を重用している)こと、高橋が「国民基金」=和田のラインに回収されていることによる。高橋は、「東アジア共同体構想を自民党政権の首相が言い出せば、大東亜共栄圏の再来かという反応を即座に呼び起こしたことでしょう。韓国も中国も前向きに受け止めているとするなら、新政権が「歴史を直視する」可能性に期待を持っているからではないか」(▼61)などと語り、自説を補強しているが、これも韓国メディアを介して和田の言説を反復しているだけなのだから世話はない(もっとも、高橋は確信犯かもしれないが)。

 ちなみに、高橋は、東アジア共同体が日本の「普通の国」化を前提とする軍事同盟であることにも素知らぬ振りをしている。

 「〔中略〕鳩山氏は憲法九条への姿勢など危ういものがあり、歴史政策を本当に推進できるのか、保守層の反発にどこまで揺るがずにいられるのか心配もありますが、現段階では、少なくとも、日本が植民地支配と侵略の歴史的責任を認めなければアジア諸国との「友愛」はありえない、という認識を持っていることがうかがわれます。」(▼49)

 繰り返すが、民主党政権による「国益」論的「戦後補償」の路線では、朴裕河的「和解」と(解釈)改憲と東アジア共同体構想の推進は、何ら矛盾しないどころか相互に不可欠な関係にある。「戦後補償問題でも〔中略〕自民党政権とは違い、少なくとも民主党政権が前向きな姿勢を示していることを受け止め、その姿勢を貫かせるように声をあげていかなければいけません。それは私たち自身の責任です(▼49)という高橋の言説は、日本人としての(2010年の)戦後責任は民主党政権による「戦後補償」政策を支持することである、と読者に受け取られかねないものだろう。

 それにしても、かつて『戦後責任論』で日本人としての戦後責任を以下のように論じていた高橋は、一体どこに行ってしまったのだろうか? 

 「〔中略〕この責任は、戦後責任をきちんと果たしてこなかった日本国家の政治的なあり方に対する責任として、日本国家が戦後責任をきちんと果たすように日本国家のあり方を変えていく責任であり、日本政府に戦後責任を果たさせることを通じて、旧帝国の負の遺産を引きずった既成の日本国家を批判的に変革していく責任です。植民地支配や民族差別、女性差別、暴力的な「国民化」や「皇民化」を可能にし、またそれらによって可能となった「日本人」や「日本国民」を解体し、日本社会をよりラディカルな意味で「民主的」な社会に、すなわち、異質な他者同士が相互の他者性を尊重しあうための装置といえるような社会に変えていく責任なのです。」(▼57)

 高橋のこの「戦後責任」概念の変質と論理的矛盾はあまりにも明らかだろう。高橋は、『戦後責任論』の論理にもとづいて「促進法」への支持を撤回するべきである。それができないのであれば、「2010年の戦後責任論」の論理にもとづいて、『戦後責任論』で展開した自身の言説を公的に撤回するべきではないのか。もしも、高橋が自身の社会的評価を利用して、戦後補償運動の日本国家への回収に読者を加担させようとする確信犯でないなら。そして、「促進法」に賛同しているすべての戦後補償運動関係者も。


▼36 この表現はあんまりだと思われるかもしれないが、多くの戦後補償運動関係者の本音はこんなところではないだろうか。実際に、戦後補償運動で著名なある人物は、「平和を発信」する広島・長崎のオリンピック招致計画が中国のネット世論で批判されていることを引き合いにして、このような事態が起きないためにも「戦後補償」が必要である、と発言しているそうである。大日本帝国との連続線を断ち切って正義を回復することよりも、むしろ近隣諸国の「反日」的論調を払拭することに重点が移行している。これでは「国民基金」による「見舞金」の金額は各国の「反日感情」に応じて決定するべきだった、とする大沼保昭の論理(大沼保昭、『「慰安婦」問題とは何だったのか――メディア・NGO・政府の功罪』、中公新書、2007年、p.171)にさえ、まともに対抗できないだろう。

▼37 戸塚悦朗、「立法による解決をめざして――成功の条件をどう作るか」、『季刊 戦争責任研究』第62号(2008年冬季号)、p.49

▼38 戸塚悦朗、「統監府設置100年と乙巳保護条約の不法性――1963年国連国際法委員会報告書をめぐって」、龍谷法学39巻1号、2006年6月、pp.15-42

▼39 戸塚悦朗、「市民が決める「慰安婦」問題の立法解決――戦時性的強制被害者問題解決促進法案の実現を求めて」、『国際人権法政策研究』第3巻4巻合併号(通算第4号)、2008年12月、p.58

(▼40) 日朝国交「正常化」と植民地支配責任:「派兵する「東アジア不戦共同体」」 ( http://kscykscy.exblog.jp/12296743/

▼41 『世界』には明記されていないが、弁連協内の「戦後補償立法を考える弁護士の会」と「戦後補償ネットワーク」が連名で民主党に提出した「戦後補償の政治的解決を求める要望書」は、「促進法」ではなく「外国人戦後補償法(試案)」の具体化を要請するものである(「外国人戦後補償法」については第5章で述べる)。( http://sengohoshou.jp/report_i_107.htm )

▼42 高木喜孝・内田雅敏・森田太三・佐藤健生、「中国人強制連行問題――戦後補償をどう実現するか」、『世界』2010年1月号、pp.228-229

▼43 日朝国交「正常化」と植民地支配責任:「「闘う反共リベラリスト」姜尚中の不気味な予言」 ( http://kscykscy.exblog.jp/12501047/ )

▼44 日朝国交「正常化」と植民地支配責任:「和田春樹の天皇訪韓提案と「東アジア共同体」」 ( http://kscykscy.exblog.jp/10524714/ )、「再び天皇訪韓と和田春樹、そして「鳩山談話」について」 ( http://kscykscy.exblog.jp/11949746/ )

▼45 中央日報:「小沢民主党幹事長が来韓「天皇訪韓、韓国民が歓迎すれば可能」」 ( http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=123895&servcode=A00§code=A00 )、「【小沢氏来韓】「在日韓国人ら外国人地方参政権を現実化させる」」 ( http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=123896&servcode=A00§code=A00 )

▼46 日朝国交「正常化」と植民地支配責任:「「我が国と外交関係のある国の国籍を有する者」について」 ( http://kscykscy.exblog.jp/12319479/ )、「「旧臣民への施恵」ならばお断りだ――小沢一郎の参政権論について」 ( http://kscykscy.exblog.jp/12424552/ )

▼47 もっとも、「戦後補償ネットワーク」の代表であり、民主党政権に活発なロビイングを行っている有光健氏は、『ハンギョレ』の11月10日付のインタビュー記事( http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/386801.html 日本語訳: http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/860440.html )の中で、民主党政権による戦後補償の立法措置は、日本人シベリア抑留者法案の「次にB・C級戦犯法案,韓国人など外国人シベリア抑留者支援法案の順序になると思う。そのあとに慰安婦,中国人強制連行者問題などが扱われるだろう」と語っている。ちなみに、同インタビューでは、有光氏も、「国民基金」が失敗した原因として、「自民党に背負われて作られた弱体政府」である村山政権が「官僚の抵抗に押された」ことのみを挙げており、これに対して、「政治主導」を掲げる「鳩山政権は以前の細川政権や村山政権で過去史整理がなぜ失敗したのか教訓を見ている」として、民主党政権を高く評価している。また、有光氏によれば、戦後補償問題の「大きい心配事」の一つは「来年の景気回復」であるそうだ。有光氏は天皇訪韓の実現可能性を疑ってはいるが、訪韓そのものにはむしろ肯定的であり、「鳩山総理が来年8月に村山談話を越える談話をすることが重要だ」とも述べている。同インタビューを読む限り、有光氏の立場が和田のラインとそれほど異なるようには思えない。

▼48 もちろん、こうしたシュールな「和解」論は今に始まったものではない。朝日新聞論説主幹(当時。ちなみに次期社長候補)で、日本における朴裕河現象をお膳立てし(2006年12月25日付朝日新聞「風考計」、2007年2月28日付朝日新聞「ナショナリズムを超える――朴裕河さんに聞く」など)、選考委員として朴裕河『和解のために』の大佛次郎論壇賞受賞の立役者となった若宮啓文は、自著『和解とナショナリズム』で、戦後の天皇制を「アジアとの和解や過去の清算にさまざまな役割を果たしてきた」(p.319)と礼賛している。若宮によれば、戦後の天皇の外遊は「「和解」を求め、戦争の傷痕を癒す旅」(p.324)なのであり、「東南アジアに加えて天皇の中国訪問も実現して久しい中で」は、「韓国訪問だけが重い課題として残されている」(p.327)そうである。2010年には朝日新聞が率先して日韓「和解」ブームを盛り上げていくだろう。

▼49 高橋哲哉、「2010年の戦後責任論――「応答の失敗」からの再出発」、『世界』、2010年1月号、p.186

▼50 前掲書、p.191

▼51 以下、金富子氏の批判(金富子、「「慰安婦」問題と脱植民地主義――歴史修正主義的な「和解」への抵抗」、金富子・中野敏男編著、『歴史と責任――「慰安婦」問題と一九九〇年代』、青弓社、2008年、pp.100-121)からいくつか引用する。

 「〔中略〕朴裕河はほかの研究者・作家を御都合主義的に引用する形をとりながら、朝鮮人元「慰安婦」被害者への強制性や証言の信頼性に対して否定的な日本の右派の議論を踏襲している。」(p.102)

 「朴の議論は右派の議論の土俵がもつ問題性(男性中心性、国家中心性)に無自覚なまま、その土俵の上で公文書資料の不在を根拠にしているために、ここでも右派の詐術を代弁している。朴らによる被害者証言や慰安所での強制性の軽視は、文書記録を残せなかった民衆や少数者、底辺女性に対して抑圧的な強者の論理であるとともに、フェミニズムや人権意識からもはるかに遠いところにあるといわざるをえない。」(p.105)

 「〔中略〕朴の歴史認識・現状認識で顕著なのは、植民地期に宗主国の民―植民地の民との間に支配―被支配というレイシズムに基づく非人間的な関係が恒常的につくられ続けたこと、それが現在も形を変えて継続していることへの批判的視点、換言すれば植民地主義批判の視点が欠落している点である。」(p.109)

 「〔中略〕韓日連帯運動に関しても、日本の運動を称揚し韓国の運動を批判する二項対立的手法が繰り返される。「日本の側はみずからの問題を問おうとする脱民族主義的批判」とするのに対して、「韓国からの批判が民族主義にもとづく本質主義的なもの」(朴『和解』二二一~二二二ページ)と断じる。しかし、同書に一貫する、日本への根拠なき信頼や韓国への現実を見ない批判という二項対立的な図式こそが、朴の両国への「本質主義的な理解」からきているのではないか。」(p.112)

 高橋は、「2010年の戦後責任論」で、「私は専門分野からの影響なのでしょうか、主に<責任>ということを一つの切り口として、同時に戦後生まれの日本人の一人として、戦後補償問題・戦後責任問題に、ささやかながらかかわりをもってきました」(p.181)と述べているが、朴の言説を反・「ナショナリズム」/「本質主義」/「男性中心主義」として「理解」しようとする高橋の振る舞いは、端的に言って、「知識人」としての<責任>の放棄ではないのか。

▼52 前掲書、p.183

▼53 前掲書、pp.189-190

▼54 一例として、西野瑠美子氏の発言を挙げておく。

 「二〇〇二年九月に発表された「日朝平壌宣言」は、過去の清算と懸案事項の解決が平和と安定に大きく寄与するとの認識を表明し、過去の清算について日韓条約と横並びともいえる「経済協力方式」(無償資金協力、低金利の長期借款供与)で合意した。これは一見、日韓条約と同じように見えるが、両者はまったく同じではない。日韓条約では植民地支配の清算の立場が示されなかったが、平壌宣言では「植民地支配によって朝鮮の人々に多大な損害と苦痛を与えた事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」を表明したのである。ここでいう「損害と苦痛」は日韓条約時と違って、「慰安婦」問題をその対象に含んでいることは言うまでもない。」(西野瑠美子、「「慰安婦」問題の解決は国交正常化の通路」、『世界』2008年7月号、p.170)

▼55 http://www.mofa.go.jp/MOFAJ/press/danwa/07/dmu_0815.html

▼56 徐京植、『秤にかけてはならない――日朝問題を考える座標軸』、影書房、2003年、p.20

▼57 高橋哲哉、「「戦後責任」再考」、『戦後責任論』、講談社、1999年、p.51

▼58 高橋哲哉、「2010年の戦後責任論――「応答の失敗」からの再出発」、『世界』、2010年1月号、p.185

▼59 前掲書、pp.186-187

▼60 http://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/387940.html (日本語訳: http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/872830.html

▼61 高橋前掲書、pp.185-186

「慰安婦」立法と「国民基金」の連続性を問う (6)

■目次
(1) はじめに
(2) 第二の「国民基金」としての「促進法」
 (2-1) 「促進法」豆知識
 (2-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし
 (2-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可
 (2-4) (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示――無理
 (2-5) (d) 加害者の処罰――論外
 (2-6) より完璧な「国民基金」への道――(A) 被害国の世論の取り込み
 (2-7) より完璧な「国民基金」への道――(B) 保守・右派の取り込みと「国民基金」関係者との「和解」
 (2-8) より完璧な「国民基金」への道――(C) 戦後補償運動の日本国家への回収の完成
 (2-9) 結論
(3) 「要綱案」とは何か――他者からの呼びかけの無化
 (3-1) 「要綱案」豆知識
 (3-2) (b) 罪責を承認したうえでの日本の公式な謝罪――なし
 (3-3) (c) 生存被害者とその家族に対する適切な賠償――不可
 (3-4) (a) この問題に関して日本政府が所持しているすべての記録及び情報の開示――無理
 (3-5) (d) 加害者の処罰――論外
 (3-6) アジアの他者を切断する「戦後補償」
 (3-7) 【資料1】戦時性的強制被害者補償要綱に対する意見
 (3-8) 【資料2】「戦時性的強制被害者補償要綱(第1次案)」に対する意見書
 (3-9) 【資料3】第二次案の作成のご報告 被害者並びに支援者の皆さんへ


(2-7) より完璧な「国民基金」への道――(B) 保守・右派の取り込みと「国民基金」関係者との「和解」

 次に、(B)の「保守・右派の取り込みと「国民基金」関係者との「和解」」について論じる。「促進法」推進派は、「促進法」が第二の「国民基金」であるという批判をかわすために、国外においては被害国の世論を取り込み、国内においては保守・右派を抱き込みつつ、「国民基金」関係者と「和解」することを志向する。この理由は単純で、従来の左派が、民主党政権下における「促進法」の立法運動にほぼ結集している現状では、「促進法」を批判する勢力は、彼ら・彼女らの「右」にしか、(国内においては)ほぼ存在しないからである。

 そもそも、根拠法(直接の補償立法)ではない「促進法」が、なぜ「慰安婦」立法の焦点になっているかと言うと、それは「促進法」が保守・右派を取り込んで国会や世論の合意形成を図るための法案だからである(このことは藍谷弁護士も公言している)。どういうことかと言うと、日本政府が戦後補償をするためには、根拠法(弁連協路線では「要綱案」)がありさえすればよく、「促進法」はあってもなくても実はどうでもよいのだが、まずは「促進法」を優先的に成立させておく方が、その後に根拠法が通る公算が高まるだろう、という見立てが、民主党政権の成立によって、弁連協を含めた戦後補償運動関係者の総意になった、ということである。福島瑞穂が「促進法」の成立にこだわっていることも、社民党と協力関係にある関係者の判断に大きく影響しているだろう(「アジア太平洋資料センター」などは比較的早期にこの立場を表明していた)。どうやら福島社民党は、どこまでも村山社会党の再現可能性を追求しているようである。

 「促進法」が、保守・右派を取り込んで国会や世論の合意形成を図るための法案になっていることは、第七条を読むとよくわかる。

 「(国民の理解)
第七条 政府は、第三条に規定する措置を講ずるに当たっては、国民の理解を得るよう努めるものとする。」

 つまり、「慰安婦」被害者への「謝罪」と「賠償」(もっとも、これまで見てきたように内実はないが)を促進する措置を講じるに当たっては、政府は「国民の理解を得る」よう努力しなければならない、ということである。この第七条は、「促進法」の隠れた焦点であると私は思う。なぜなら、ここには「促進法」推進派による「国民基金」の総括が顕著に現れているからだ。

 「促進法」推進派による「国民基金」の総括とは何か?それは、「国民基金」が失敗した主要な原因(の一つ)を、保守・右派によるバックラッシュとリベラル・左派の分裂に求め(もちろん、こうした見方自体が「国民基金」推進派の主張のコピーであるが)、その再現を防ぐためにも、保守・右派を含む「国民」を、可能な限り広範に抱き込むための法案(つまり「促進法」)が、直接の補償立法に先立って必要である、という論理である。まるで、真の謝罪と戦後補償のためには、何よりもまず「国民」という統一された主体を立ち上げることが不可欠であり、そのためには保守・右派への譲歩が絶対的に必要であると主張した、加藤典洋の「敗戦後論」のようだ。言うまでもなく、「国民基金」はリベラル・左派による保守・右派との妥協の最たる例だろう。

 実際、「促進法」推進派による「国民基金」(関係者)への評価は、ここ数年の間に驚くほど変質している。一言でいえば、大甘になっているのである。その具体的事例として、①民主党、②戸塚悦朗、③高橋哲哉による「国民基金」評価を取り上げてみよう。とりわけ高橋の言説の劣化(「現実主義」化)は凄まじく、とても見過ごすことができない。『世界』2010年1月号に掲載された高橋の「2010年の戦後責任論」は、まさに高橋の加藤典洋への「敗北宣言」であると言えるだろう。

 ①民主党(発議議員)の場合

 民主党は、「促進法」を提出する理由として、2000年3月当時は「国民基金」の失敗を挙げていた(▼21)が、2006年3月には「国民基金」を補完する必要性を挙げるようになっている(▼22)

 ②戸塚悦朗(法案作成者)の場合

 「国民基金」における高木健一弁護士の役割(推進派のイデオローグ)を、「促進法」において担っているのが、前出の戸塚教授である。戸塚教授の持論によれば、「国民基金」が挫折した最大の原因は、立法「解決」の停滞をもたらした、官僚による情報操作であり、「国民基金」関係者はもちろん「政府首脳も与党国会議員も、官僚による情報操作の犠牲」者であった、ということになっている(▼23)

 ここまでくると、もう壮大な官僚陰謀論だとしか言いようがないが、「国民基金」が破綻した主要な原因の一つを「官僚との論争の敗北」に求め、「促進法」および「要綱案」の立法化に際しても、その最大の難関を内閣法制局見解とのすり合わせとする議論は、弁連協の間ではごく一般的であるようだ。来年1月の通常国会で、内閣法制局長官の答弁禁止を含む国会改革関連法案が成立すれば、内閣法制局見解を政府が示すことになるため、弁連協が懸念する「最大の難関」は消滅するわけである。小沢一郎が主導する国会法改定は、普通に考えれば解釈改憲(の布石)以外の何物でもないが、左派の対抗言論がほとんど形骸化しているのは、彼ら・彼女らが、解釈改憲を含む、民主党政権の「国益」論的「現実主義」にほぼ回収し尽くされているからだろう。無論、「促進法」はその象徴である。

 戸塚教授はさらに、「民間基金運動に取り組んだ人々の個々人は善意にあふれていて、被害者に謝罪しようとする気持ちには、これに反対した人々と異なるところがなかったのではないかと推測できる。また、被害者の中には、喜んで基金の「償い金」を受け取った人もある。もし被害国、被害者及び被害者側支援団体全体から歓迎されたのであれば、民間基金方式でも良かったのかもしれないのである」(▼24)とまで述べ、次のように「国民基金」関係者との「和解」を呼びかけている。

 「〔中略〕今からでも遅くない。国民基金を創設した人たちが、立法解決運動に加わることを期待したい。

 もし、そのような動きが出てくるなら、それは過去の経過を反省してのことであるに違いない。立法運動を推進してきた私たちも、感情的な対立を克服して、諸手をあげて歓迎すべきではないだろうか。それが被害者への謝罪の道であるからである。」(▼25)

 「促進法」は第二の「国民基金」なのだから、「国民基金を創設した人たち」が「立法解決運動に加わる」のに、特に「過去の経過を反省」する必要があるとは思えない。使い勝手の悪かったVistaを7にアップグレードするようなもので、その気になりさえすれば簡単に乗り換えられるだろう。実際、和田春樹などは、2010年の日韓「和解」キャンペーンの仕掛け人として、「促進法」に相乗りしてくる可能性も高いのではないか(もっとも、和田は天皇訪韓計画に邁進しているので、「促進法」まではとても手が回らないかもしれないが)。

 ③高橋哲哉(「署名」呼びかけ人)の場合

 三番目に、もっとも警戒するべき高橋哲哉の言説の変質を取り上げる。高橋は、『世界』2010年1月号の「2010年の戦後責任論」において、自らが『戦後責任論』で展開した論理を自己批判しているのである。この転向とも言うべき高橋の変節は、広く知られておくべき問題であると思う。

 かつて高橋は、『戦後責任論』などにおいて、加藤典洋の「敗戦後論」を、自由主義史観と共に日本のネオナショナリズムの一つの指標と位置づけ、徹底的に批判していた。当然のことながら、当時の高橋は、保守・右派との妥協にもとづく「現実主義」的「戦後補償」を具現化した「国民基金」についても、「ことの本質をまったく見誤っている」として、一刀両断に否定していた。なぜなら、「国民基金」は、「事件の全貌を明らかにし、その法的・政治的責任の所在を厳密に究明する」という、「何よりも死者たち」に対しての責任――応答可能性――を拒否しようとする試みであり、「新たな証拠隠滅にも等しい「忘却の政治」の反復」――不正義そのもの――であるからだ。

 「日本政府の言う「見舞金」による「お詫び」というような発想が、ことの本質をまったく見誤っている所以の一つはここ〔注:「元慰安婦たちの証言が<死者への関係>を含んでいること」〕にある。元慰安婦たちは当然、そんな解決を拒否している。しかし、あらゆる「現在中心的」および「未来志向的」解決が不十分なものにとどまるのは、何よりも死者たちがいるからであり、とくに、名前さえ奪われて歴史の闇の中に永遠に葬りさられかねない死者たちがいるからである。これらの死者たちへの責任は、少なくとも、事件の全貌を明らかにし、その法的・政治的責任の所在を厳密に究明することなしには果たしえない。ところがまさにこの点こそ、日本政府があくまで回避しようとしていることなのである。眼の前にいる「他者」の訴えの中に、訴える機会を奪われた「他者」の訴えをも聞くこと。それなしになされるすべての“決着”は死者たちの忘却であり、新たな証拠隠滅にも等しい「忘却の政治」の反復であろう。(▼26)(傍線は著者による。以下同様)

 ところが、「2010年の戦後責任論」は、自由主義史観と「国民基金」の共通性にはまったく言及していない。それどころか、高橋は、「国民基金」を自由主義史観的な動き――戦後補償を求める声に対する保守・右派(主に自民党)の反動――のために「内容的な後退を余儀なくされ」た、左派による「善意」の試みとして描き直そうとしているのである。

 「時を同じくして同年〔注:1995年〕六月、「女性のためのアジア平和国民基金」が政府から提案され、翌月、発足します。それまで戦後補償問題に深くかかわってきた人々が中心となって、元「慰安婦」の人々に償いをするために発足したのですが、これもまた、与党自民党や個人補償に反対する政府の反発のなかで内容的な後退を余儀なくされ、不幸なことに、被害者や支援者のあいだにさまざまな亀裂を生むことになってしまいました。」(▼27)

 そもそも、「国民基金」は、発足当時から国民の「善意」を動員して日本政府の法的責任を回避しようとする姑息なプロジェクトだったのだから、『戦後責任論』の頃の高橋であれば、「それまで戦後補償運動に深くかかわってきた人々」は、保守・右派と妥協するのではなく、徹底的に対決するべきだったし、今からでも対決するべきである、と主張していただろう。「国民基金」をこのように総括し直すことで、高橋が「国民基金」推進派の責任の大半を解除しようとしていることは注目に値する。

 高橋はさらに、「国民基金」推進派の代表格であり、「反フェミニズムの立場、性暴力の軽視・容認、日本の戦争犯罪・戦争責任・植民地支配責任に対する回避の姿勢に終始しており、「国民基金」自体がもつ犯罪性に加え、さらに歪曲・誹謗中傷を撒き散らし、罪の上塗りを重ねている」(鈴木裕子氏)(▼28)大沼保昭の著書(『「慰安婦」問題とは何だったのか』)についても、「大沼氏の議論には同意できない点もありますが、国家補償論の立場から一刀両断に否定することのできない論点も提起されていると思います」(▼29)などと恐れ入ってみせている。

 ちなみに、大沼は同書で高橋の『戦後責任論』を以下のように批判している。

 「[中略]社会構造の変革には長い時間がかかる。しかも、そのような目的の実現は社会の意識が変化する程度の問題でしかない。社会構成員すべての意識が変わることなど、ありえないからである。そうした社会全体にかかわる問題の解決を、目の前にいる被害者個々人の救済の条件とすることは、被害者を社会改革にかかわる自己の主張実現の人質にすることになりかねない。」

 「[中略]「慰安婦」問題について、わたしたちは目の前の生身の被害者だけを考えるべきでなく、彼女らの背後にある、恨みをのんで死んでいった死者の安らかな眠りを考えて行動すべきだと説かれることがあった(高橋哲哉、『戦後責任論』講談社、一九九九年、一八八~一九八ページなど参照)(▼30)。天皇が謝罪もせず、「慰安婦」制度の責任者の処罰も行われない解決、日本政府に法的責任を認めさせない解決は、解決の名に値しないとも主張された。こうした考えに立って被害者を支援した人たちは、特別立法を実現して(あるいは、裁判で勝訴して)日本政府に法的責任を認めさせると言い続け、被害者がアジア女性基金による償いを受け入れることに強く反対してきた。

 しかし、こうした目標は元「慰安婦」らが生きているあいだにはとうてい達成できないものだった。こうして、「慰安婦」問題が社会化した一九九一年以来この一五年のあいだに、多くの被害者が恨みを残したまま次々に亡くなっていったのである。」(▼31)

 「時間との戦い」という争点を絶対化することで、「被害者を社会改革にかかわ」らない「自己の主張実現の人質」にしていた(いる)のは、大沼や和田春樹らを筆頭とする「国民基金」推進派の方だろう。まさに詭弁と言うほかないが、呆れたことに、高橋はこの詭弁を素直に受け入れているのである。

 「法的責任を重視して国家補償を求め、アジア平和国民基金を批判してきた私たちが、国家補償を実現できていないことは批判を受けて当然です。国民基金を拒否し、国家補償も受けられずに亡くなっていった被害者の人たちに、いま、どんな言葉をかければよいのか。(▼29)

 繰り返すが、『戦後責任論』の論理では、「国民基金」が不正義であるのは、それが何よりも死者たちへの応答可能性の放棄に他ならないからである。だから、もしも高橋が「国民基金を拒否し、国家補償も受けられずに亡くなっていった被害者の人たち」に応えるためにも(こそ)、現在「促進法」に賛同しているというのであれば(おそらく高橋の中ではそうなっているのだと思うが)、「2010年の戦後責任論」における高橋の「責任」概念は、『戦後責任論』の論理と完全に対立していることになる(▼32)

 「〔中略〕事業が終了したアジア平和国民基金について、何の成果もあげなかったといま私は言うつもりはありません。大沼氏が指摘するように、被害者の意識や要求が多様であったことは事実でしょうし、首相の「お詫びの手紙」や「償い金」を受け取り、それに慰藉された被害者の方がいたとしても不思議ではないでしょう。しかし、大沼氏も「結果責任」を主張していますが、結果的に、同基金が、日本政府が国家補償をしないで済ませるための隠れ蓑として機能してきたことは認めざるを得ないのではないでしょうか。村山政権のあと、自民党政権になったことも影響しているでしょうが、基金の設立後、政府が不作為であったことは大沼氏も認めています。」(▼29)

 大沼が主張している「結果責任」とは、一言でいえば、「現実主義」あるいは政治的ニヒリズム――「限られた政治資源と選択肢のもとで最大限なしうることを追求するという政治の責任を引き受けること」(▼33)――である。要するに、「国民基金」は現実に「実現」したのだから評価されてしかるべきであり、「国民基金」に反対して、日本政府に法的責任を果たさせようとしてきた(いる)人々こそ、実現可能性のない目標を掲げている点で無責任極まりない、という論法である。こんな論法が通るなら、あらゆる差別の撤廃を訴えることすら、当面は実現が叶わないという見通しにより、「無責任」な行為であるということになってしまう。まさに不正義の居直りとしか言いようがないのだが、高橋はこの「結果責任」論にさえ反論していない。大沼の著書のタイトルに倣って言えば、いったい「高橋哲哉とは何だったのか」、という感じである。

 ただ、ここで指摘したような矛盾は、『戦後責任論』を読めば自明であるから、高橋に対する批判としては、必要ではあっても適切なものではないかもしれない。そもそも、高橋は別に頭が悪くなったわけではないだろうから、あえてこれほどの批判能力の欠如を衆目にさらけ出している(「2010年の戦後責任論」自体が凡庸な「リベラル」の権化のような言説である)からには、それなりの合理的理由があると考えるのが妥当だろう。

 思うに、おそらく高橋は、民主党政権下における「現実主義」的「戦後補償」を実現するために、これまでの「国民基金」批判を撤回ないし無内容化して、大沼ら「国民基金」関係者と「和解」をしたいのではないか。それによって、「促進法」への「国民基金」関係者の批判を回収できる(場合によっては協力すら仰げる)なら安いものである、と高橋は計算しているのだと思う。もっとも、そのためには、高橋自身が論壇で生き残り、社会的影響力を少なくとも低下させないことが必要であるから、高橋の言説は今後ますます「国益」論に迎合的になっていくだろう。だから、高橋の計算は、高橋自身の劣化(凡庸化でもよいが)を変数に入れなければ成立しないのである。

 また、これはあくまで推測の域を出ないが、今後の情勢次第では、高橋は「促進法」推進派の理論的支柱として、「国民基金」における大沼の役割を反復することになるのではないか。高橋は、戦後補償運動内部でも国際的にも大沼より断然評価が高いのだから、「促進法」がより完璧な「国民基金」であるのと同様、高橋はより完璧な「大沼保昭」になれるだろう。「国民基金」を正当化するために、事実を歪曲して、挺対協をひたすら罵り続ける大沼の言説はあまりにも破廉恥だが、高橋ならもっと「知的」で「誠実」な仕事ができることは請け合いである。高橋は、「大沼保昭氏は「戦後責任」という言葉を提起し、サハリン残留朝鮮人の問題をはじめ、実践的にこの問題にかかわってこられた尊敬すべき先輩です」(▼34)と持ち上げているが、これは事実確認的というより、むしろ行為遂行的な発言として捉えるべきだと思う(▼35)

 もっとも、高橋が第二の大沼になるかどうかに関わりなく、『戦後責任論』や『靖国問題』などの著作を持つ高橋は、その実績によって、すでに一般の人々を(「署名」を含めた)運動に動員する役回りを担っていると言えるだろう。だから、高橋は、自らの社会的影響力を十分に考慮した上で、「現実主義」者に転向したのだと私は思う。


▼21 「ところが、政府は、「慰安婦」問題については国民参加の道を探求するとし、1995年7月、民間団体である「女性のためのアジア平和国民基金」を設立し、国民の募金による見舞金の支給で国の法的責任を回避しようとしてきました。しかし、この見舞金は、各国で多数の被害者から受け取りを拒否され、拠金者にも納得のいく説明ができない事態が続いています。〔中略〕

 また、この問題を早急に解決せよという声は各国でも高まってきております。韓国政府は、1998年4月に「女性のためのアジア平和国民基金」の「償い金」を拒否する元「慰安婦」被害者に対して一人当たり約300万円の支援金を支給すると同時に外交通商省を通して「日本は第二次大戦中に日本軍によって行われた反人道的な行為に対し、心から反省し、その上で謝罪すべきである」との声明を発表しています。また同年10月に来日された金大中大統領は、”「国民基金」のお金は、ことの本質のすり替え”と指摘し、”「慰安婦」問題は日本政府の責任”であり、”世界が納得できる形で解決されるべきだ”と述べておられます。

 台湾の当局も1997年12月に台湾の元「慰安婦」被害者に「立替支給」の形で一人当たり約200万円を先行支給し、日本政府に謝罪と国家補償を求める立場を繰り返し、表明しています。〔中略〕

 本法律案は、今日、「女性のためのアジア平和国民基金」の事業が行き詰まりを見せる中で、問題解決のためには国の責任において措置を講ずることが不可決であるとの認識の下に、「慰安婦」問題の解決に対する我が国の姿勢を明らかにするとともに、その解決のための基本的な枠組み及び道筋について規定するものであります。なお、具体的な措置につきましては、関係国等との協議を経て、決定し、実施することとなっております。」(民主党:「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案趣旨説明」 http://www.dpj.or.jp/news/?num=11036

▼22 「提出後の記者会見で岡崎議員は、本法案は7度目の提出となり、2001年に趣旨説明を行い、2002年には内閣委員会で質疑と参考人質疑を行ったと経緯を報告した。そして、過去にこの問題をめぐり被害者から10件の訴訟が提起され、現在2件が係属中であり、過去の訴訟では、敗訴しつつも裁判所から被害者認定や国際法違反の指摘を受けていることを報告した。さらに、政府の設置した「アジア平和国民基金」も解散が予定されていることに触れ、問題解決のためには本法案の成立が必要であることを訴えた。」(民主党:「戦時性的強制被害者問題解決促進法案を参院に提出」 http://www.dpj.or.jp/news/?num=7558

▼23 「筆者は前掲書〔注:大沼保昭、下村満子、和田春樹共編、『「慰安婦」問題とアジア女性基金』、東信堂、1998年〕で確認できたのであるが、基金関係者も心から立法解決を求めていたのである。五十嵐氏が同書中で、立法への努力が不十分だったことを認めていることには新鮮な驚きを感じた。

 和田春樹氏も立法解決の必要性を肯定している。〔中略〕

 残念なことは、前述のとおり、政府首脳も与党国会議員も、官僚による情報操作の犠牲になったことだった。〔中略〕〔注:「国民基金」を推進した〕自社さ連立与党の国会議員も、首相・官房長官など政府首脳も、官僚によって操作されてしまっていたのである。

 このように見てくると、民間基金政策の挫折は、硬直した日本政府の姿勢にも原因はあったが、与党側の立法技術の未成熟さ、官僚による政治の支配による判断の誤りなどに主因があったと言えないだろうか。」(戸塚悦朗、「市民が決める「慰安婦」問題の立法解決――戦時性的強制被害者問題解決促進法案の実現を求めて」『国際人権法政策研究』第3巻4巻合併号(通算第4号)、2008年12月、pp.52-53)

▼24 前掲書、p.52

▼25 前掲書、p.43

▼26 高橋哲哉、「汚辱の記憶をめぐって」、『戦後責任論』、講談社、1999年、pp.190-191

▼27 高橋哲哉、「2010年の戦後責任論――「応答の失敗」からの再出発」、『世界』、2010年1月号、p.183

▼28 鈴木裕子、「「国民基金」とは何であったのか」、( http://wind.ap.teacup.com/people/2021.html ) ( http://wind.ap.teacup.com/people/2023.html ) ( http://wind.ap.teacup.com/people/2025.html )

▼29 高橋前掲書、p.190

▼30 この部分は大沼の誤読であると私は思う。高橋が『戦後責任論』で繰り返し論じているのは、「死者の安らかな眠りを考えて行動すべき」ということではなく、「亡霊的」記憶――忘却に抗して亡霊として現われる犠牲者の記憶――を継承する責任についてである。言ってみれば、死者を「安らかな眠り」につかせない――忘却しない――ことが、日本人の戦後責任として問われているのである。

▼31 大沼保昭、『「慰安婦」問題とは何だったのか――メディア・NGO・政府の功罪』、中公新書、2007年、pp.102-105

▼32  高橋は、1990年代以降の日本の戦後補償運動について、「日本は、被害者からの責任を問う声に応答することに、失敗してしまったと言わざるを得ない」(p.182)と要約した上で、「ただ、だからといって諦めるべきではないでしょう。いま、もしかしたら第二のチャンスと言ってよいかもしれない状況がある。これまでの言説や運動を総括しながら、信頼関係の構築に向けて、できることをしていかなければならないと思います」(p.184)と述べている。高橋は文中では「促進法」について直接言及はしていないが、ここで言う「第二のチャンスと言ってよいかもしれない状況」が、民主党政権の成立(による「慰安婦」立法の成立可能性)を意味することは、文脈からも明らかである。

▼33 大沼前掲書、p.

▼34 高橋前掲書、p.188

▼35 念のために言えば、高橋は「2010年の戦後責任論」でも大沼を一定程度は「批判」している。ただし、その「批判」は、あまりにもヘタれており、どう見ても大沼に対するアピール効果を狙っているようにしか思えない。

 「大沼保昭氏は「戦後責任」という言葉を提起し、サハリン残留朝鮮人の問題をはじめ、実践的にこの問題にかかわってこられた尊敬すべき先輩ですが、その大沼氏ですら、次のように書いています(『「慰安婦」問題とは何だったのか』中公新書)。

 「それ[日本]は、白人支配・欧米人優位の現実と神話が支配した一九世紀から二〇世紀の世界において、そうした白人支配・優位を打ち破るのに大きな功績があり、限りない希望を世界の諸民族に与えた国家である。それは、戦後、平和で、安全で、清潔で[略]、世界に誇るべき国家である。

 『慰安婦』制度とは、そうした優れた国、世界に誇るべき数々の美点をもつ日本が、たまたまある時期犯してしまったひとつの過ちであり、負の遺産である」

 この文章に現れている感覚を私は共有できません。大沼氏はそうではないはずですが、韓国や台湾における「慰安婦」問題が、「戦争責任」の問題としてだけではなく、長い植民地支配のもとで生じた問題としてあることが抜け落ちてしまう傾向があります。」(▼34)

 指摘するのもバカバカしいが、大沼があたかも植民地主義者でないかのような、高橋の「この文章に現れている感覚」も論理も「私は共有でき」ない。

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