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翻訳記事:「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」(キース・ハーモン・スノー)④

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■「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」(キース・ハーモン・スノー)

【原文】
 Dissident Voice [2009/03/06]: "Africom’s Covert War in Sudan"
 http://dissidentvoice.org/2009/03/africoms-covert-war-in-sudan/


●新生スーダンにうってつけの男

 スーダン政府を不安定化し、転覆するべく現地スーダンで活動している中核的な情報工作員はロジャー・ウィンターである。ニューヨークタイムズ2008年6月15日号の7ページに及ぶ特別記事は、ウィンターの経歴を非常に歪めて紹介している。

 興味深いことに、この「新生スーダンにうってつけの男」なるストーリー――スーダンにおける米国の軍事諜報機関の関与をごまかすための記事――を執筆したのは、新アメリカ財団・特別研究員のイライザ・グリスウォルドである。新アメリカ財団は、非常に混乱したイデオロギーを持ち、軍国主義的な立場を取っている、左寄りのシンクタンク兼圧力団体である(新アメリカ財団は、米国財団の資金に明白に依存しており、グレート・レイク地域やアフリカの角での紛争に関して完全に沈黙を保ち、取り立てて内容のある公式政策をまるで明らかにしていない。)

 グリスウォルドいわく、「ロジャー・ウィンターの単発機セスナキャラバンが、復活祭の朝にスーダン・アビエイ地区近郊に着陸したとき、ウィンターを待ち焦がれていた人々の群れが小型機を圧倒した」。「赤い簡易滑走路を走ってくる人々がいた。ウィンターが小型機の銀のはしごから降り立ったとき、65歳のウィンターめがけて疾走する小型バスに押し寄せる人々がいた。ウィンターはスーダン人から『おじさん』と呼ばれている。『司令官』と呼ばれることもある。」

 ウィンターの米国務省での特殊な地位は、彼とそのスーダンでの「仕事」のために特別にあつらえられたものだった。南スーダンの人々は、なぜロジャー・ウィンターを「司令官」と呼んでいるのだろうか?

 ロジャー・ウィンターは、現在進行しているスーダンに対する密かな不安定化作戦の主要なパイプである。ウィンターの作戦は、主にウガンダを拠点として、SPLA(スーダン人民解放軍)の同盟軍であるウガンダ人民国防軍(UPDF)を通じて、ヨウェリ・ムセヴェニ率いるテロリスト政権の支援を受けながら実施されている。

 SPLAはスーダン解放軍(Sudan Liberation Army)の事実上の支柱であり、ダールフールに関与している、主要ないわゆる「反乱」勢力である。SPLAはウガンダを通じて――さらにペンタゴンの常連顧客国であるエチオピアやケニア、タンザニア、チャド、エリトリアといったブラックボックスを経由している可能性が最も高いが――ペンタゴンから軍事的・物資的支援を受けている。〔訳注:コメント欄に投稿されたスノーの訂正事項を反映した。〕

 ダールフールでの米国の戦争を継続的に支援しているウガンダの主要なエージェントは、ウガンダの独裁者ムセヴェニの甥で、ウガンダ人民国防軍の参謀長であるジェームズ・カズィニ准将と、ムセヴェニの異父兄弟のサリム・サレー、そしてヨウェリ・ムセヴェニ大統領自身である。

 ダールフール紛争の主役の一人は、ルワンダの現在の軍事政権であり、ルワンダ国防軍は、NATOと民間軍事会社の支援を受けたアフリカ連合による「平和維持」の傘下で、「独立」した「平和維持」の活動を装って、ダールフールに関与し続けている。

 殆ど知られておらず、また広く誤解されていることだが、米国とその代理人であるウガンダ人民国防軍とルワンダ愛国戦線は、1990年から1994年にかけてのルワンダの大火災における、おびただしい人道に対する罪と戦争犯罪、ジェノサイドの犯行に責任を負っている。ルワンダ愛国戦線が(ウガンダから)ルワンダに侵攻する1990年10月に先立って、ルワンダ愛国戦線とルワンダのツチ・ディアスポラは、1984年から(ルワンダ愛国戦線がルワンダのハビャリマナ大統領に対するクーデターを成し遂げた)1994年まで米国で発行されていた「Impuruza」のような刊行物を出版していた。ツチ・ディアスポラは、「Impuruza」の資金調達のために、当時の米国難民委員会(the United States Committee for Refugees)の理事であったロジャー・ウィンターに協力した。「Impuruza」の編集者、アレクサンダー・キメニ(Alexander Kimenyi)は、ルワンダ国籍のカリフォルニア州立大学教授である。ルワンダ愛国戦線の刊行物の殆どがそうであるように、「Impuruza」はルワンダのフツとツチの支配層の間で秘密裏に流布され、フツの人々を大量虐殺しようとするイデオロギーが売り込まれることになった。

 在米ルワンダ・ディアスポラ協会(The Association of Banyarwanda in Diaspora USA)は、ロジャー・ウィンターの支援を受けて、ルワンダ〔ツチ〕ディアスポラをめぐる情勢についての国際会議を1988年にワシントンD.C.で開催し、ツチの問題を軍事的に解決する決定を下した。米国難民委員会は〔訳注:会議参加者の〕宿泊費と交通費を提供したと言われている。


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翻訳記事:「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」(キース・ハーモン・スノー)③

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■「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」(キース・ハーモン・スノー)

【原文】
 Dissident Voice [2009/03/06]: "Africom’s Covert War in Sudan"
 http://dissidentvoice.org/2009/03/africoms-covert-war-in-sudan/


●USAID=米国国際蹂躙局〔訳注:USAID(米国国際開発局)を皮肉ったバクロニム〕

 反乱軍?暴徒?欧米のプロパガンダ広告塔は、スーダンの紛争を一方的な事態として描き出している。エリック・リーヴスの言葉を借りれば、「スーダン政府によるジェノサイドと言うべき反乱鎮圧作戦」に、「人道的な」NGOコミュニティに属する良きサマリア人が対峙しているというわけだ・・・そして反乱軍については殆どあるいはまったく語られていない。

 AP通信社のエレン・M・レデラー記者が報じたところによれば、「スーダンは、大統領に対するICCの逮捕状発行に続いて水曜日に、少なくとも10以上の人道支援団体にダールフールからの退去命令を出した」。「岡部万里江・国連事務総長次席報道官によれば、潘基文・国連事務総長は、退去命令が『ダールフールの人命救助活動に深刻な後退をもたらす』ものであると述べ、決定を取り消すようスーダンに強く要請したという」。

 もっとも、潘基文はルワンダの独裁者ポール・カガメと最近対面した際には、現に二つの国際法廷でルワンダ愛国戦線の幹部らが起訴されているにもかかわらず、カガメを逮捕するよう主張したりはしなかった。それどころか、潘基文はカガメを称賛し、1994年のルワンダでのいわゆる「ジェノサイド」に関与したとされているフツの人々を追い詰めて捕らえるよう、アフリカ諸国に要請したのである。

 アル=バシール大統領が3月4日に退去命令を出したNGOは、オックスファム(Oxfam)、ケア(CARE)、国境なき医師団オランダ(MSF-Holland)、マーシー・コープス(Mercy Corps)、セーブ・ザ・チルドレン(Save the Children)、ノルウェー難民評議会(Norwegian Refugee Council)、国際救済委員会(the International Rescue Committee)、飢餓に対する行動(Action Contre la Faim)、ソリダリテ(Solidarites)、国連人道支援基金(CHF International)である。

 当然のことながら、欧米メディアはダールフールから大規模な「人道的」金儲け団体が追放されたことを一斉に報道している――倫理に対する冒涜は凄まじく、まったく辟易するほどだ。苦難にあえぐスーダンの子どもたちのイメージを売りさばいているNGOとメディアは、何十万人もの無辜の難民が、無支援の状態でひどい苦難に晒されつつあると抗議しているが――人々はそれまでは「支援」された苦難に直面していたのだが――、避難民が避難やホームレス状態を強いられるようになったのはそもそもなぜなのか、そしてどのようにしてそうなったのかということを、真剣かつ誠実な熱意をもって問うことはない。欧米メディアはまた、こうしたNGOの資金問題や、傭兵・政府軍組織との情報共有、取引、協力について追及することもない。

 大規模な「人道的」NGO(および「環境」NGO)は、事実上、莫大な私的利益と人々の苦難に群がる多国籍企業として活動している。コンゴ民主共和国(DRC)やウガンダ、ダールフールといった地域では、これらのNGOは、現地において米軍と米政府組織を支援するインフラや物流、情報協力をも提供している。殆どのNGOは、大手の財団や企業スポンサー、USAID(米国国際開発局)――介入という共通の目的でつながっているAFRICOM(米軍アフリカ司令部)とペンタゴンの密接な長年のパートナー――と提携している。〔訳注:USAIDがどのような組織であるかについては、カーター政権時代のUSAID長官自身による、「我々が海外で行っている活動については、政府のものもボランティアによるものも宗教的なものも、全てのものについて、CIAの工作員を送り込むというのが方針だった」という発言が参考になる。ちなみに、「オデッセイの夜明け」作戦なるリビア侵略の総指揮を取ったのは、ドイツ・シュトゥットガルトに「暫定的」に置かれているAFRICOMであり、米国のリビア侵略は、AFRICOMの拠点をリビアに置くことを目的の一つとして始められたと考えられる。〕

 「人道的」NGOが、まさに食糧を武器として、人々を人間の盾として、継続的に利用しているように、避難民は内政および外交政策の戦略的道具なのである。米国の南スーダンでの密かな戦争の歴史は、SPLA(スーダン人民解放軍)とその「人道的」パートナー――とりわけキリスト教の「慈善団体」――による、そうした戦争犯罪と人道に対する罪の事例に満ち溢れている(1)。

 ケア・インターナショナルは、ロッキード・マーティン社――世界で最大かつ最も秘密主義の大量破壊兵器製造企業――から財政支援を受けており、ケアとセーブ・ザ・チルドレンは、兵器会社および石油企業と別の様態で提携している。セーブ・ザ・チルドレンの役員リストを一瞥するだけで、米国のメディアがなぜこれほどダールフールに関する真実を伝えないかが明らかになるほどだ。国際救済委員会もまた、難民のために本来あるべき活動をする代わりに、欧米が支出して欧米に還流する、一極集中した私的利益を取り巻く、政策と圧力団体に奉仕している。国際救済委員会は、コンゴ民主共和国における軍事作戦への関与が指摘されているし、ヘンリー・キッシンジャーのような人々とも深いパイプがある。

 スーダンの人道支援(正しくは「不幸」)産業は、1990年半ばまでに世界最大のいわゆる「人道的」事業になっていた。すなわち、管理された不平等の技巧であり、白人特権と冒険主義、お約束の善意(ママ)に基づいた、一時的な動態経済であるところのオペレーション・ライフライン・スーダン(OLS)である。不幸産業は、SPLAとスーダン政府の長年におよぶ古き戦争に終止符を打つべく、紛い物の「和平協定」がお膳立てされた後――米国とイスラエルは1990年から現在に到るまでSPLAを支援し続けている――、その活動拠点を南スーダンからダールフールに移した。12年以上にわたって米国がスーダンで不法かつ秘密裏の低強度戦争を続けてきた帰結として、2005年前後には南スーダンという独立した主権を有する「国」〔訳注:原文は"the independent and sovereign state of South Sudan"。正式には当時の南スーダンは国家ではなく自治領なので、「州」と訳した方がよいかもしれない。〕――ユダヤ教とキリスト教の信仰勢力と欧米の多国籍企業が支配する「国」――が作られた。

 「人道的」NGOは、スーダンの「人道支援」インフラの多くを、人間の盾や、反乱軍と分別しがたい避難民に対する食糧の運搬、そして武器の輸送を通じて、事あるごとに兵器として利用してきた。これは、意図せざる付随的な政策でもあるが、同時に意図的な政策でもある。キリスト教の「救済」NGOは、南スーダンで欧米が糸を引く反乱を支援する上で決定的な役割を果たしている。武器の輸送に関与した有名な「人道的」NGOの一つは、NPA(ノルウェー・ピープルズ・エイド)――関係者の間ではNPA(ノルウェー・ピープルズ・アーミー)として親しまれている――である。

 スーダン・ダールフールにおいて、米政府の政策課題は、天然資源の支配権を確立し、アラブ政権を孤立させ、最終的には米国とカナダ、欧州、オーストラリア、イスラエルの企業利益に適う、より「友好的な」政権を樹立することである。

 スーダンの不安定化の舞台裏に潜む主要なシンクタンク――要するにプロパガンダとロビイング、圧力――としては、民主主義防衛財団(Foundation for the Defense of Democracy)、米国進歩センター(Center for American Progress)、安全保障政策センター(Center for Security Policy)、国際救済委員会(International Rescue Committee)、国際危機グループ(International Crises Group)などが挙げられる。政治的・イデオロギー的色相については多様な立場にあるように見える人々が、これらの組織――世界の軍事的・経済的支配を確固として実現しようとしているウルトラ・ナショナリストの資本家組織――を運営している。

 スーダンの不安定化を最も強力に推進していたクリントン政権時代の高官は、スーザン・ライス、マドレーヌ・オルブライト、ロジャー・ウィンター(Roger Winter)、プルーデンス・ブッシュネル(Prudence Bushnell)、ヒラリー・クリントン、ジョン・ポデスタ(John Podesta)、アンソニー・レイク(Anthony Lake)、ジョン・プレンダーガスト(John Prendergast)らである。カー人権政策センターの共同創設者であるサマンサ・パワー――現オバマ政権の国家安全保障会議メンバー――は、スーダンでの米国の不法な関与をごまかそうと画策してきた。〔訳注:オバマ政権によるリビア侵略を最も強硬に主張してきたのも同じような人々である。

 ジョン・プレンダーガストは、国際危機グループや、「ENOUGH」、「ONE」、「RAISE HOPE FOR CONGO」といった、その他の多数のクローン組織を通じて、政策や人権問題に偽装した嘘を売りさばき続けている。プレンダーガストは、不誠実な(そして胡散臭い)「ダールフールを救え」運動を通じて、米国市民の関心事と行動を占拠することにかけて、中心的な役割を果たしている。

 スーダンに関する嘘を積極的に振りまいている、その他の著名人には、アレックス・デ・ウォールやスミス大学教授のエリック・リーヴスらがいる。米国の企業メディアにつながる、これらやその他のパイプを通じて、スーダンの「ジェノサイド」のストーリーは、あたかも欧米の利益とは無関係であるかのような、アフリカ対アラブの問題として演出されているのである。

 1992年に、人権問題の専門家であるラキア・オマール(Rakiya Omaar)とアレックス・デ・ウォール(Alex de Waal)は、ロンドンを拠点とするNGO「アフリカン・ライツ」(African Rights)を設立した。1995年8月に、アフリカン・ライツは『ルワンダ:死、絶望、そして抵抗』――ルワンダの事件を誤って表象した多くの支配的「人権」レポートの一つ――を刊行して、ルワンダ国際刑事裁判所の勝者の正義のお膳立てをするとともに、何百万人ものフツの人々を非人間化して本物のテロリスト――ヨウェリ・ムセヴェニ、ポール・カガメ、ルワンダ愛国戦線、そして欧米の支援者たち――を保護するプロセスを開始した。


(1)キース・ハーモン・スノー、「ダールフールの石油?ソマリアの特殊作戦?」(グローバル・リサーチ、2007年2月7日)を参照。


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 注釈のスノー論文のテーマである、「人道主義」あるいは「保護する責任」に基づく、先進諸国によるアフリカへの帝国主義的軍事介入と「民生支援」の共犯関係については、自衛隊の南スーダン派兵をめぐる論議とともに、別稿で扱う。

翻訳記事:「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」(キース・ハーモン・スノー)②

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■「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」(キース・ハーモン・スノー)

【原文】
 Dissident Voice [2009/03/06]: "Africom’s Covert War in Sudan"
 http://dissidentvoice.org/2009/03/africoms-covert-war-in-sudan/


●戦争犯罪のポリティクス

 最初に明記しなければならないのは、今やICCはアメリカ帝国の外交政策の道具の一つと見なしうる――米国とその同盟国は、ICCによる人権侵害や戦争犯罪、人道に対する罪の告発および起訴さえも兵器として利用している――ということである〔訳注:直近の事例については、ブログ『私の闇の奥』の「リビアとハイチで何が見えるか(5)」などを参照〕。このことを理解するためには、すでに五人のアフリカ黒人「司令官」を逮捕し、またもや黒人でありアラブ人であるウマル・バシールを拘留して裁判にかけようとしているICCが、これらの罪やその他の罪で白人を一人も告発していないのはなぜなのかを考えてみるとよい。どうしていまだにジョージ・W・ブッシュが起訴されていないのか?ドナルド・ラムズフェルドはどうしたのだろう?ディック・チェイニーは?ヘンリー・キッシンジャーは?エフード・オルメルトは?トニー・ブレアは?ヴァディム・アルペリン〔訳注:前回記事参照〕は?ジョン・ブレデンカンプ〔訳注:「ムガベに取り憑いている白人吸血鬼」。『私の闇の奥』の「ジンバブエの脱構築(3)」を参照〕は?

 ICCがアル=バシールに対して七つの戦争犯罪〔訳注:正確には、(1)住民に対する故意の攻撃および(2)略奪が戦争犯罪で、(3)殺人、(4)殲滅、(5)住民の強制移送、(6)拷問、(7)強姦が人道に対する罪〕の容疑を言い渡したニュース――欧米のメディアがこぞって米国のリビングルームに終日流し続けたストーリー――に続いて間もなく、アル=バシール大統領は、純粋に「人道的な」組織であるという装いでダールフールに展開していた国際NGO10団体に対して退去命令を出した。

 英語メディアがまったく報じていないのは、米国がスーダンとその資源――石油、銅、金、ウラン、さらに(コカ・コーラやペプシ、ベンアンドジェリーズアイスクリームに欠かせない)砂糖とアラビアガムを栽培するための肥沃な農地――の支配を目論む現在進行形の戦争を一段と深化させたということである。この戦争は、ダールフールを舞台として、いわゆる「人道的な」NGOと、戦争請負会社、「平和維持」活動、そして米国とその親密な同盟者が支援する密かな軍事作戦を通じて繰り広げられている。

 もっとも、スーダンを狙う米国の戦争は、常に「人道的な」――中立的であると目され、無辜の人々の生命を守ること以外には関心がないということになっている――活動を中心に展開されており、それが密かに行われる不安定化作戦と介入を隠蔽するのにしばしば役立っている。

 バラク・オバマ政権が、共和党と民主党の双方にとって積年の軍事課題であったスーダン支配のための戦争を深化させ始めたことを、米国人は認識しなければならない。〔訳注:米国による〕現在のスーダンの不安定化は、1990年10月から1994年7月にかけてルワンダで実行された、違法かつ密かな――同様にウガンダから始まりウガンダの支援を受けた――ゲリラ戦争に酷似している〔訳注:『私の闇の奥』の「ルワンダの霧が晴れ始めた(6)」を参照〕。ポール・カガメ少将率いるルワンダ国防軍(当時の呼称はルワンダ愛国戦線)は、その軍事作戦を通じて、ルワンダでクーデターを実現するという米国の目的を果たし、カガメ大統領はそれ以来、スーダン・ダールフールで進行中の密かな戦争においても、鍵を握る人物となっている。

 ジョージ・W・ブッシュ政権時代、米政府はスーダン政府の情報機関と接触していた。一方、米国の政治的・企業的諸勢力は、スーダン政府の行為をジェノサイドとして認定するよう圧力をかけていた。オバマ政権になり、クリントン政権下でルワンダ、ウガンダ、コンゴ、スーダンでの密かな戦争に関与していた当時の高官らが政権中枢に舞い戻った現在、スーダン政府を「テロリスト」のアラブ政権として、また米国の支配下にある金融システムのアウトサイダーとして表象し、不安定化させるキャンペーンは、ますます強化されている。以前のキャンペーンの中には、クリントン政権による国際戦争犯罪であり、現オバマ政権の高官が関与した、スーダンのアッシファー製薬工場に対する米国のミサイル攻撃(1998年)などのあからさまな軍事行動が含まれていた。

 スーダンの支配を狙う複雑な地政学的紛争は、ダールフールをめぐる危機的な戦争を通じて明るみに出ているが、そこには、これまたコンゴと北ウガンダにおける戦争に関わっており、ハルトゥームの支援を受けている「神の抵抗軍」(Lord’s Resistance Army)のような諸勢力も関与している。チャドやエリトリア、エチオピア、ドイツ、中央アフリカ共和国、リビア、フランス、イスラエル、中国、台湾、南アフリカ、ルワンダの関与もある。チャドとウガンダ、エチオピア、ケニアの前線地帯には米特殊部隊の地上軍が駐屯している。ここに大きな疑問が生じる。(1)殺害された人々のうち、何人の死が米国の下請軍によるものであり、アル=バシールとスーダン政府に帰せられるものなのだろうか?(2)誰が反乱軍に資金を与え、訓練を施しているのだろうか?


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翻訳記事:「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」(キース・ハーモン・スノー)①

 スーダンを含むアフリカの複雑な現代史を考える上で、必読の論考の一つは、キース・ハーモン・スノーによるものだろう。藤永茂氏はブログ「私の闇の奥」でルワンダ・ジェノサイドに関するスノーの言説を紹介している(例えば「サマンサ・パワーとルワンダ・ジェノサイド(3)」)。ここでは2009年3月6日付で「Dissident Voice」に寄稿されたスノーの記事「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」を何回かに分けて掲載する(英語記事を読むのが苦でない人は直接原文に当たっていただきたい)。

 現在のスーダン情勢について語るとき、反バシール政府軍SPLA(スーダン人民解放軍:Sudan People's Liberation Army)およびジョン・ガラン(SPLA前最高司令官。初代南部スーダン大統領、スーダン第一副大統領を歴任)をどのように評価するかは重要な分岐点になるが、スノーが指摘するように――また日本語版Wikipediaにも間接的な言及があるように――ジョン・ガランが、ポール・カガメと同じく「スクール・オブ・ジ・アメリカズ」(SOA)の卒業生であることは、極めて示唆に富んでいる(ガランはジョージア州フォート・ベニングの、カガメはカンザス州フォート・レヴンワースの、SOA出身である)。

 SOAはラテンアメリカで「クーデター学校」として知られる、外国人向けの米国内軍事訓練施設で、その悪評のひどさと抗議行動のために、2001年に「治安協力のための西半球研究所(Western Hemisphere Institute for Security Cooperation)」と改名された。改定新版「クーデター学校」として存続しているSOAの詳細は、「SOA Watch」などで知ることができる(ただしアフリカについての情報は多くない)。参考のため末尾に、ウィリアム・ブルム『アメリカの国家犯罪全書』(益岡賢訳、作品社、2003年)から一部引用して紹介する。


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■「AFRICOMによるスーダンでの密かな戦争」(キース・ハーモン・スノー)

【原文】
 Dissident Voice [2009/03/06]: "Africom’s Covert War in Sudan"
 http://dissidentvoice.org/2009/03/africoms-covert-war-in-sudan/


 最近、オランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)の検察官付調査官と名乗るオーストラリア人男性が、私に電話をかけてきた。調査員と彼の同僚は、私の記事「死の商人:アフリカにおける企業金融ホロコーストを摘発する」を読んでおり、私が記事で簡潔に説明していた、コンゴ・ボゴロの大虐殺の背後にいる司令官たちに関して、より詳細な証拠を提供するよう、私に要請してきたのだった。

 数週間にわたって、散々悩んで手持ちのノートや写真を見直した末、私はその特殊な――彼らが言うにはICCで「多くの関心を呼んだ」――事例についての簡潔な「調査書」の報告期限とされていた刻限ぎりぎりにメールを送り、アフリカの黒人だけを告発する「国際刑事裁判所」に協力することは倫理的に躊躇われると正直に述べた。私は、証言者である「サンドリン」〔訳注:仮名〕――私の記事に登場する少女で、彼女は〔訳注:ボゴロの虐殺を指揮した〕司令官たちを名指し、虐殺が行われた日付を証言し、彼女自身、民族大虐殺の渦中にマチェーテ(大鉈)を使い、兵士たちにレイプされている――の安全に対する危惧を指摘した。私は、ルワンダ国際戦犯法廷(ICTR)のために身元が特定された証言者たちが、殺害されたり、不気味な失踪を遂げていることを強調し、ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷とルワンダ国際戦犯法廷が不正義であり、ICCが不気味な変遷を遂げているという自らの考えをはっきりと述べた。

 私は彼らに対して、世界中に野放しになっている白人の戦争犯罪者たちを、ICCが幾人か逮捕するようになるまでは、彼らに協力することは気がとがめると伝えた〔訳注:ICCの「取扱い案件」についてはWikipediaを参照〕。ICCが最近またもや黒人とアラブ人〔訳注:アフメッド・ハールーン(スーダン人道問題担当大臣)とアリ・クシャイブ(ジャンジャウィードの指導者)の二名〕を告発したことを考えれば、それは道理に適った決断だった。もっとも、他人に言わせれば、それはキャリア戦略上バカげた選択だったということになるのだが。

 2009年3月4日、ICCの検察官は、長らく切望されていた、現職の国家元首に対しては初となる、スーダンのアラブ人大統領ウマル・アル=バシールに対する逮捕状をついに発行したと発表した。一方、東アフリカ沖のソマリアの「海賊」は、ウクライナ貨物船――船舶登録はパナマ、乗組員はウクライナ人、船旗はベリーズ――を最近になって解放した。貨物船はダールフールに向けて戦車とロケットミサイル、軍需品を運ぶ途上にあり、貨物船の所有者はイスラエルの「ビジネスマン」――ヴァディム・アルペリンというコードネームの、モサド工作員と目されている人物――であった〔訳注:日本での報道についてはAFPの記事などを参照〕。

 ダールフールにおける戦争について理解するのは――それをバシール「政権」が行っている、アラブ人による黒人に対する一方的な「ジェノサイド」として見なす場合にはとりわけ――困難であるが、そうした見方は体制のプロパガンダである。現実に起こっていることは、遥かに多面的で複雑であり、比較的知名度は低いが怪しげな連中を中心に進行している。これから述べるのは、短く不完全ではあるが、スーダンをめぐる争いの裏側にある、より入り組んだ地政学的現実の一部をめぐる概略である。


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 以下はウィリアム・ブルム『アメリカの国家犯罪全書』(益岡賢訳、作品社、2003年)からの引用(p.129, pp.131-134, p.137)である。


 クーデター学校「スクール・オブ・ジ・アメリカズ」

 ジョージア州フォート・ベニングの軍事学校「スクール・オブ・ジ・アメリカズ」(SOA)は、何年も前からスクールに抗議する人々に取り囲まれてきた。卒業生の多くが、ラテンアメリカで拷問や殺害などを含む非常に重大な人権侵害を犯してきたからである。

〔中略〕

 SOAの卒業生たちは、数多くの軍事クーデターを引き起こしてきた。一九六八年に、ワシントン・ポスト紙が、SOAは「ラテンアメリカではクーデター学校として知られる」と報じたほどである(▼4)。卒業生たちはまた、特に一九八〇年代に、何千人もの人々を虐殺した。コロンビアの「ウラバ虐殺」(◆1)、エルサルバドルでの「エル・モソテ村虐殺」、オスカル・ロメロ大司教の暗殺(◆2)、米国人修道女の強姦と殺害(◆3)、イエズス会士虐殺、ペルーの「ラ・カントゥタ虐殺」(◆4)、チリでの国連職員に対する拷問と殺害(◆5)などをはじめとする何百もの人権侵害を犯してきた。


 ◆1 一九八八年三月四日、アンティオキア州のウラバでバナナ労働者組合の組合員二〇名が虐殺された事件で、コロンビア軍第一〇旅団のルイス・ベセラ・ボホルケス少佐により実行された。

 ◆2 一九八〇年二月、オスカル・ロメロ大司教はカーター大統領に対し、エルサルバドルの軍事政権を支援しないよう求める手紙を送った。同年三月二四日、ロメロ大司教はミサの最中に暗殺された。この暗殺に関わったとされるロベルト・ダビッソンは、国家警備隊幹部として、米国や台湾で訓練を受けていた。

 ◆3 一九八〇年一二月二日、エルサルバドル軍に追われていた人々を支援していた米国籍の尼僧四人が、軍に強姦され殺害された。それ以前から、彼女たちは右翼の脅迫を受けていた。

 ◆4 一九九二年七月一八日、ペルー軍部が、ラ・カントゥタ国立教育大学で学生九人と教授一人を殺害した事件。

 ◆5 一九七六年七月一六日、スペイン国籍の外交官で国連職員であるカルメロ・ソリアが殺害された。チリの秘密警察「DINA」が関わっていたとされる。


 エルサルバドルのエル・モソテ村では、一九八一年一二月、七〇〇人から一〇〇〇人が殺害されたと言われている。そのほとんどが、老人や女性、子供で、殺害は極めて残忍でおぞましい方法で行なわれた(▼5)。虐殺を行なった一二人の兵士のうち一〇人までがSOAの卒業生だった。一九八九年一一月、六名のイエズス会士を含む八名が殺害された事件について、国連真実委員会は、これに関与した二六名のエルサルバドル軍士官のうち、一九人がSOAで訓練を受けていたことを明らかにした(▼6)。

〔中略〕

 「アクセス」――米軍と外国軍との緊密な関係づくり

 悪評もひどく、抗議行動もますます戦闘的になり、そして議会の支援も急減しているなかで、ペンタゴンが「スクール・オブ・ジ・アメリカズ」(SOA)に固執するのはどうしてだろう。軍にとって何がそんなに大切なのだろう。答えは、次のようなものと思われる。すなわち、SOAとその生徒たちは、世界中に提供される米国の軍事装備とともに、ある特別なかたちで米国の外交政策に奉仕するパッケージの一環だということである。これは「アクセス」(接触)と呼ばれる。装備とともにアメリカの技術者や指導員、部品などが送り込まれる。米国中央軍司令部(CENTCOM)総司令官ノーマン・シュワルツコフ将軍は、一九九〇年に議会で次のように証言している。

「治安支援はただちにアクセスにつながる。われわれの友人によるアクセスが提供されないと、一定の期間にわたってその地域に米軍を派遣し駐屯させることができない。〔……〕軍事援助プログラムがなくなると、影響力も低下し、武器の使用や紛争の激化を統制できなくなってしまうだろう。〔……〕われわれの戦略における第二の基本はプレゼンスである。プレゼンスは、その地域の安定に対する米国の関心とコミットメントがつづいていることを示している。〔……〕CENTCOMの戦略の第三は、共同軍事演習である。その地域に対するわれわれの決意とコミットメントを示すものである。さらなる協力関係をはぐくみ、われわれの友人たちと共同の活動を促すことになる(▼8)」。

 つまり、軍事援助や軍事演習、軍港訪問などは、SOAとともに、アメリカ軍兵士と外国軍兵士との間に緊密な関係――同志としての関係――をつちかう機会であり、同時に、何千人もの外国人についての情報ファイルを作成し、言語能力を身につけ、その地域の地図や写真を手に入れる機会でもある。要約すると、人間関係、個人情報、国に関するデータベースなど、クーデターや反クーデター、革命、反革命、侵略などの際に必須となるものを手に入れるのである。

 米軍の駐留は、実質的に「下見」の役割を果たしている。また、SOAに送るラテンアメリカ人候補を選ぶためにも役立つ。ほかの大陸でも、何十もの軍事学校で訓練するために米国に送り込む軍兵士や警察官を選ぶ役割を果たしている。「アクセス」のプロセスは循環する。


▼4 Washington Post, February 5, 1968.
▼5 Mark Danner, The Massacre at El Mozote (Vintage Books, 1994).
▼6 Washington Post, November 16, 1999, p.31. レオ・J・オドノバン・SJによる論説コラム。
▼7 「スクール・オブ・ジ・アメリカズ」ウォッチのウェブサイトhttp://www.soaw.orgを参照。ほかに、Covert Action Quarterly (Washington, DC), No.46, Fall 1993, p.15-19.
▼8 一九九〇年二月八日、兵役に関する上院委員会で。


翻訳記事:「南スーダン――NATOが狙う次の介入国?」

 次に紹介するのは、同じくGlobal Researchの寄稿者であるリック・ロゾフ(在ジブチ日本軍基地の建設を批判した彼の記事「帝国が結託するとき――日本軍、アフリカの角で米国とNATOに合流」は、anatakara.comで日本語訳全文を参照することができる)の運営サイト「Stop NATO」に掲載された、2011年9月8日付の「南スーダン――NATOが狙う次の介入国?」。『スーダン・ビジョン』紙からの転載だが、時間の都合上、翻訳からは元記事の一部を省略した。一連の翻訳記事の解説は後日に改めて行う予定である。


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■「南スーダン――NATOが狙う次の介入国?」

【原文】
 Stop NATO [2011/09/08]: "South Sudan: Next NATO Intervention?"
 http://rickrozoff.wordpress.com/2011/09/08/updates-on-libyan-warstop-nato-news-september-8-2011/


 『グローバル・パブリック・スクウェア』誌と『ロンドン・タイムズ』紙は、前米スーダン特別大使アンドリュー・ナチオスの発言――欧米政府は南スーダンとの長期的な戦略的国家同盟を結ぶべきであるという提言――を最近掲載した。

 ナチオスはさらに、南スーダンをNATOの集団安全保障条約に加盟させ、NATOの安全保障システムに組み込むことで、南スーダンをNATOの「保護下」に置き、南スーダンに対して攻撃が行われた場合は、無条件にNATO全体への攻撃と見なすべきである、と主張した。

 けれども、多くの評者の見解によれば、北スーダン政府が隣国に対して邪悪な計画を練っているかのように地域当事者に信じ込ませ、彼ら・彼女らに恐怖を与えようとする、欧米勢力による試みは、地域の緊張――すなわち欧米の介入を正当化する状況――を作り出す目的でなされているものである。

 スーダン政府が南部の独立の達成と宣言を阻止するために住民投票プロセスを断固として妨害しようとしているとする欧米サークルの宣伝が功を奏して、南スーダンの自己決定に関わる住民投票の実施に先立つ数カ月間にかけては、人々の間でも北スーダンの意図に対する怖れが高まっていた。

 こうした計画と威嚇については、スーダン情勢をつぶさに監視していたNGOの報告書や、国連スーダン派遣軍(UNMIS)の定期報告書、国連戦略研究センターの報告書にも明白に書かれている。いわく「我々は昨年秋にニューヨークの国連本部で開催された〔訳注:南部スーダン独立の是非を問う住民投票の実施を含む、「包括的和平合意」の履行を議題とした〕スーダン国際会議を忘れてはならない」というわけである。

 こうした一連のフォーラムの焦点はいずれも、南スーダンの分離および国土の石油の75%を喪失するという困難に直面した北スーダン政府の不満によって、南北スーダンが戦争と暴力に傾斜することへの「懸念」であった。

 けれども、こうしたあらゆる予想は、誤った情報と推定の上になされたものであり、根拠がないということが判明した。住民投票プロセスは、まったく支障なく円滑に進み、南スーダンの人々の98%が分離に賛成票を投じたのである。

 7月9日に独立宣言が出されるや否や、欧米サークルは、南北間に多くの懸案事項と意見の相違――特に〔訳注:帰属が争われている〕アビエイ地域をめぐる問題――があることを持ち出して、南北間で戦争が勃発するリスクについて再び警告を始めている。


…〔訳注:「Stop NATO」版における省略箇所。以下同様。〕

 欧米サークルは、アビエイ問題の最終的な解決に到る道が困難であることを、南北間の相違を恐怖と共に人々に吹き込むための口実として利用しているのである。

〔中略〕

 さて、我々はNATOの保護の傘を南スーダンにまで拡張しようというアンドリュー・ナチオスの見解を、彼個人の舌禍にすぎないと言うべきだろうか?それとも現在製造中の悪魔的な発案だと言うべきだろうか?




●善良な人々からの気前のよい援助!

 ナチオスは、欧米と南スーダンとの間に戦略的同盟を構築するというアイディアを魅力的にするために、両当事者の関係をめぐるステレオタイプなイメージを一新する必要があると訴える。ナチオスがかつて語ったところによれば、「南スーダンは、20世紀の大半を通じて、歴代のハルトゥーム政権の蛮行と攻撃的な政策の結果として、我々欧米のパートナーにとってほとんど異論の余地なく、国際的な保護――それは欧米が与えたものだが――を必要とする無力な被害者に見えていた」。ナチオスはまた、自身が提唱する同盟は南スーダンの歓迎するところとなり、南を攻撃すれば欧米からの報復攻撃を受けるという明確なメッセージをハルトゥーム政権に与えることになるだろう、という確信を表明した。ナチオスはさらに、こうした同盟が戦争抑止の基礎となるだろうと付け加えた。




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【参考】 「善良な人々からの気前のよい援助」といえば。

 読売新聞 [2011/09/19]:ODAに被災地産品購入枠、50億円新設へ
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110918-00000748-yom-pol

 「風評被害」も何も、先日事故のあったフランスのマルクール原発で処理されているレベルの放射性廃棄物(15.75ベクレル/kg)を、「食品」として普通に(場合によっては「不検出」としてありがたく)流通させている国からのODA「食糧援助」など、もはや放射能テロであるとしか思えないが・・・。

 外務省のサイトによれば、スーダンには毎年6~10億円程度のODA「食糧援助」が行われており(ただし2011年度には記載がない)、2011年度の「援助」先(WFP/UNRWA連携)は、バングラデシュ(8.10億円)、パレスチナ(6.00/2.70億円)、ウガンダ(4.90億円)、チャド(2.70億円)、中央アフリカ共和国(2.50億円)、レソト(1.80億円)となっている。食糧援助は海外調達を徹底すべきであり、東電と政府が責任を負うべき原発「事故」のツケを第三世界に回すことは、私たちが決して許してはならないことの一つだろう。

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