改憲/解釈護憲 Archive

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オバマのノーベル平和賞受賞と「核兵器不使用条約」

 オバマのノーベル平和賞受賞をめぐって、日本の一部リベラル・左派が大いに盛り上がっているようである。海外の論調はあまりチェックできていないが、ホワイトハウスの補佐官は「今日は4月1日じゃないよな?」と動揺していたらしい。そりゃそうだろう。一方、日本では受賞決定の翌日に、さっそく広島・長崎両市による2020年夏季オリンピック招致構想が発表された。なんだか日本の「平和運動」はしみじみ帝国主義者(オバマやら佐藤優やら)の取り巻きじみてきた気がする。

 さて、今週(10月14日)号の「マガジン9条」は、オバマの受賞に関連して、先週(10月7日)号に引き続き、「核兵器不使用条約」について触れている(強調は引用者による。以下同様)。


 そういえば、先週の「マガジン9条」のトップページに面白いことが書いてあったね。「核兵器不使用条約」の締結を求めていた。つまり「核兵器保有国は、非保有国に対して絶対に核兵器を使ってはならない」という単純極まりない条約なんだけど、これは凄く重要な指摘だと思ったな。日本のような核兵器を持たない国は絶対に核攻撃を受けない、ということだからね。


 マガジン9条 [2009/10/14]:「「マガ」と「ジン」のコラムリコラム 第20回」
 http://www.magazine9.jp/koramuri/091014/

 「マガジン9条」のバックナンバーは、奇数号と偶数号がなぜか別々の場所に保存されているらしく、サイト上に先週号へのリンクが存在しないようなのだが、問題の文章はローカルに保存していたので、以下に一部を紹介しておこう。


 ある尊敬する企業家と話をしました。彼が、とてもユニークな発想を聞かせてくれました。

「核軍縮機運が高まっているけれど、それはどうも大国間の駆け引きに終わるような気がする。そこで『核兵器使用禁止条約』というのを日本が提案する、というのはどうだろうか」

「核兵器使用禁止条約ですか? それは当たり前のことのような気がしますけど…」

「条約の中身は、『核兵器保有国は核兵器非保有国に対して、絶対に核兵器を使用してはならない』ということ。つまり、核兵器保有国同士が勝手に核攻撃し合うのは止めようがない。だったら、核を持っていない国に対しては絶対に核攻撃してはならないということを、条約ではっきりと義務付ける。こうすれば、少なくとも日本などは核攻撃の不安から解放されることになるだろう」

 なるほど。これは、少し見方を変えただけでとても先進的な考えです。アメリカが主導している核軍縮は、経済的に重荷になっている核兵器を、なんとか少しでも減らして不況脱却につなげたい、という意図が見えています。それではなかなか「核廃絶」にまでは到達しないでしょう。ならば次善の策として、とにかく核非保有国の安全を守ることを優先させるための条約を作る。まことにユニークな提案です。

 もしこの条約が発効すれば、狙われることのないように、現保有国の中からも核兵器を放棄する国が出てこないとも限りません。

<第一章 核兵器保有国は核兵器非保有国に対し、絶対に核兵器を使用してはならない。>

 たったこれだけの条文が、世界を変える可能性だってあります。我が尊敬する彼は、ニコニコと笑っておりました。


 マガジン9条 [2009/10/07]:「核兵器使用禁止条約」

 もういちいち突っ込むのも嫌なのだが、こんな理屈が通るなら、世界を平和にするためには、世界中が、米国の核の傘下にあり、国内においては地方に米軍基地を押しつけ、隣国には徴兵制を強いる、日本のような「平和国家」になりさえすればよい、ということになる(もっとも、「マガジン9条」編集部あたりは本気でそう考えていそうで恐ろしいが)。自分たちは何一つ変わる気はないが、「平和」を享受し、かつ旧植民地国に対して倫理的な「優位性」を確保しようという思考は、日本人にとっては「ユニークな発想」/「先進的な考え」というより、むしろ「ステレオタイプな発想」/「伝統的な考え」ではないのだろうか。

 「狙われることのないように、現保有国の中からも核兵器を放棄する国」云々というのは、明らかに北朝鮮を指している(米国でもイスラエルでもないだろう)と思われる。要するに、かれらは、北朝鮮が核を放棄しないなら米国から核攻撃を受けても自業自得だと言っているのではないか。これは、日本のまさに「平和国家」という表象によって、北朝鮮への核による先制攻撃を(結果として)正当化しようとする、あまりにも最低の「発想」であると思う。

 ところで、同じ号の雨宮処凛のコラムは、「韓国・徴兵制なんて嫌だ!ある若者の闘い」という連載記事になっている。一週間前の9月30日号の記事を見てみよう。


 私は昨年夏、韓国で徴兵拒否をし、1年4ヵ月を刑務所で過ごした若者に話を聞いた。「戦争のない世界」という団体で活動する彼は、平和主義というスタンスから「戦争の悪循環を絶つために自分にできることは、軍事技術や殺戮のための技術を学ばないこと」と思い、徴兵を拒否。そんな彼は、日本の9条を評価しながらも、「9条の影の部分が韓国の兵役拒否ではないか」という問題提起をしてくれた。9条が維持しえた理由は、東アジアの反共ラインが韓国に設定されているからではないか、そのために韓国では徴兵制が維持され、日本は軽武装で済んでいるのではないか、という指摘だ。だから韓国の兵役拒否の問題を、他の国の、自分には関係ないこととして考えないでほしい。彼はそう言った。


 マガジン9条 [2009/09/30]:「雨宮処凛がゆく!116」
 http://www.magazine9.jp/karin/090930/

 「マガジン9条」にしては実にまともな記事ではないか。では、編集部はこの記事にどんなコメントをしているのだろうか?


「韓流スターが兵役へ」のニュースは伝えられても、その「兵役」の実態については、ほとんど知ることのない私たち。「徴兵制がある」ということは、ごく普通の人たちが、「やりたいことをやる」自由を奪われるということでもある。それは決して、「他人事」ではないはずです。


 ・・・・・・いつの間にか、韓国の徴兵制が日本人にとって「他人事」ではない理由が、日本と韓国の非対称性ではなく「同質性」(日本国民も韓国国民も同じ「ごく普通の人たち」だからという理由)に摩り替わっているのである。言ってみれば、DVで被害者を病院送りにした加害者が、「「怪我をする」ということは、ごく普通の人たちが「健康に生きる」自由を奪われるということでもある。それは決して、「他人事」ではない」とご高説を垂れているようなものだ。いや、それおまえのせいなんだけど?

 後者の例がおかしいのは誰にでも見えやすいと思うが、前者の例はいくらでも応用可能で、リベラル・左派にもそれなりに受けがよかったりする(例えば、「独裁国家ではごく普通の人たちが抑圧されている。他人事ではない」として北朝鮮に介入しようとするなど)。日本の「国益」論的価値観はデフォルトで帝国主義・植民地主義なので、リベラル左派がご都合主義の「普遍主義」を振りかざすのは、<佐藤優現象>の下ではむしろお決まりの構図でさえあるだろう。もしかすると、かれらにとってはオバマという帝国主義者は理想の自己像と重なっているのかもしれない。かれらは、自らの内なる帝国主義・植民地主義に、あるいは「平和な世界」を見出そうとしているのだろうか?

「唯一の被爆国」としての護憲論?

 昨日成立した三党連立政権合意についての雑感を。

(1) 三党連立政権合意に見る社民党の公明党化

 ネット上でもすでに指摘がなされているが、連立政権によって、社民党は自党の公明党化を加速させることになるだろう。簡単に言えば、

 「公明党って実は『平和の党』だったらしいよ」
 「へぇ~」

 という会話の「公明党」が、そう遠くない将来、「社民党」に任意に交換可能になるわけである。もっとも、社民党の公明党化は今に始まったことではない。天木直人氏が指摘するように、「始めから連立ありき」という挙党体制は、まさに「村山政権の誤りから脱却できない社民党の末路である」と言えるだろう。社民党は、外に向けては、「ずいぶんと丁寧に議論を重ねてきた」、「「産みの苦しみ」を経」たなどとして、連立の必要性を弁明しているが、それが相当な自己欺瞞によるものであるらしいことは、9月3日付の産経の記事などからも伺える。


 「与党の暴走を許さない」。民主党と連立協議を始めている社民党の辻元清美国対委員長が3日、新任あいさつに訪ねた公明党の漆原良夫国対委員長に対し、“与党内野党宣言”とも受け止められる発言をする一幕があった。

 辻元氏は会談で、いきなり「与野党が代わるが、私は与党の暴走を許さない。数で押し切らない国対にしたい」と断言。その後も「数で押し切られる辛さは身に染みている」などと繰り返す辻元氏の勢いに、漆原氏は困惑しきり。「ここ、記事にするように」と記者団に言うのがやっとの様子だった。


 産経新聞:「社民・辻元国対委員長「与党の横暴許さない」?」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090903-00000597-san-pol

 ・・・・・・そりゃ公明党も絶句するだろう、としか私も言いようがないが。それにしても、これほどの倒錯ぶりを見せられてしまうと、民主党よりむしろ社民党の方が危険なのではないかという恐怖すら湧いてくるのだが、つまらない気の迷いだろうか?明治期の自由党(左派)が、権力以上に過激な国権論者に転向して、朝鮮侵略の最先鋒に立った歴史が思い起こされる、などというのは、一言多いだろうか?まあ、社民党はもう与党にして権力そのものなのだから、これは私の取り越し苦労かもしれないが。


(2) 「唯一の被爆国」としての護憲論?

 ところで、三党連立政権合意書の外交(9)と憲法(10)は、何一つ評価できる項目が見当たらず、逆に驚くが、この際はわかりやすくてよいかもしれない。


 10.憲法

○ 唯一の被爆国として、日本国憲法の「平和主義」をはじめ「国民主権」「基本的人権の尊重」の三原則の遵守を確認するとともに、憲法の保障する諸権利の実現を第一とし、国民の生活再建に全力を挙げる。


 ・・・・・・もうこの人たちにとっては、憲法の理念とその実現よりも、日本は「唯一の被爆国」である!!!ジャパン・アズ・オンリーワン!!!という自意識(妄想)の方がはるかに重要なのだろうな、と思ってみたり。まあ、この文言は、非核三原則の遵守という社民党の要望に対する妥協案として、取ってつけられたものではあるのだろうけど、こういう被害者意識に自閉した度しがたい国民主義が、容易に妥協点になってしまうあたりに、護憲政党である(あった)社民党の、擁護しえない弱さが示されていると思う。

 ところで、「日本国憲法の「平和主義」をはじめ「国民主権」「基本的人権の尊重」の三原則の遵守を確認する」ことと、「唯一の被爆国として、日本国憲法の「平和主義」をはじめ「国民主権」「基本的人権の尊重」の三原則の遵守を確認する」ことは、実はまったく異なる意味を持つと理解しておく方がよいと思う。「唯一の被爆国」なる言説が、核をめぐる露骨なダブルスタンダードを正当化する内在的論理を構成している以上、この文言は、非核三原則の放棄と、北朝鮮に対する侵略的レイシズムの先鋭化、イラク・アフガニスタンなどにおける劣化ウラン弾被害の黙認をもたらす結果にしかならないし、現になっていないだろう。「唯一の被爆国」としての護憲論は、三党連立政権合意書がその典型であるような、極めて日本的なブラックユーモアであると言えるかもしれない。


 三党合意の最も重大で深刻なところは、この言葉によって日米同盟関係を認めたことだ。




 在日米軍はなくならない。基地なき沖縄は見果てぬ夢で終わる。何よりも米国の戦争に加担し続ける事になる。日本国民を米国の戦争に巻き込むことになる。社民党が党是としている憲法9条が踏みにじられ、否定され続けることになる。

 どうしてこの事が社民党にわからないのだろう。

 いや、わかっているに違いない。わかっているからこそ、「社民党は生活再建に全力を尽くす」と、成果を強調しているのだ。問題をそらせているのだ。福島社民党のあの暗いつくり笑いがそれを物語っている。


 天木直人のブログ:「日米軍事同盟を認めた三党合意」
 http://www.amakiblog.com/archives/2009/09/10/#001476


 9.自立した外交で、世界に貢献

○ 国際社会におけるわが国の役割を改めて認識し、主体的な国際貢献策を明らかにしつつ、世界の国々と協調しながら国際貢献を進めていく。個別的には、国連平和維持活動、災害時における国際協力活動、地球温暖化・生物多様性などの環境外交、貿易投資の自由化、感染症対策などで主体的役割を果たす。

○ 主体的な外交戦略を構築し、緊密で対等な日米同盟関係をつくる。日米協力の推進によって未来志向の関係を築くことで、より強固な相互の信頼を醸成しつつ、沖縄県民の負担軽減の観点から、日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む。

○ 中国、韓国をはじめ、アジア・太平洋地域の信頼関係と協力体制を確立し、東アジア共同体(仮称)の構築をめざす。

○ 国際的な協調体制のもと、北朝鮮による核兵器やミサイルの開発をやめさせ、拉致問題の解決に全力をあげる。
 
○ 包括的核実験禁止条約の早期発効、兵器用核分裂性物質生産禁止条約の早期実現に取り組み、核拡散防止条約再検討会議において主導的な役割を果たすなど、核軍縮・核兵器廃絶の先頭に立つ。 

○ テロの温床を除去するために、アフガニスタンの実態を踏まえた支援策を検討し、「貧困の根絶」と「国家の再建」に主体的役割を果たす。


 民主党:「三党連立政権合意書」
 http://www.dpj.or.jp/news/files/20090909goui.pdf

 他にもいろいろあるのだが、とりあえず今日のところは以上で。

改憲は護憲であるという「解釈護憲」――『マガジン9条』的ディストピア(追記)

 衆院選投票日も間近なので、『マガジン9条』が民主党立候補者に対して実施したアンケートに関する追記を、先にアップしておく。

 このアンケートに対しては、ネット上でいくつか批判的な意見が上がっているが、その中に、『マガジン9条』が民主党を「護憲派」であるかのように表象しているのは、民主党の表面的なイメージに騙されて、その危険性を見抜けていないからである、という主張があった。

 カネダのニュースクリップ:「「九条を守る」解釈改憲――民主党流の「護憲」とそれを見抜けない「マガジン9条」」
 http://ksnewsclip.exblog.jp/12208340/

 私の記事にもトラックバックを送ってくださっているので、以下は応答の意味も込めて書くが、こうした『マガジン9条』観はあまりにも『マガジン9条』に対して甘すぎると思う。私がエントリーの後半で指摘したように、「『マガジン9条』は、本来「改憲派」でしかない民主党が、あたかも「護憲派」であるかのように見せかけるために、わざわざ小細工を弄している」のであって、かれらは民主党に騙されているどころか、民主党の危険性を100%承知の上で、確信犯的に読者を欺こうとしているわけである。

 上記ブログの著者は、「このように民主党流の「護憲」の内実を探れば、「9条の意義を大切にし」たところで、「憲法改正でも温度差」があったところで、それが九条を守ることに役立つどころか、却って解釈改憲によって海外派兵に利用され、集団的自衛権はおそらく拡大解釈され、九条は骨抜きにされるだけだということがわかるだろう」と述べている。これについては私もまったく異論はない。問題なのは次の部分である。


 「マガジン9条」も毎日新聞も、候補者にこう聞くべきだったのだ。「あなたは本当に国連の下なら派兵が合憲だと考えているのですか」と。そしてそう言う観点で見れば、「マガジン9条」の候補者アンケートの選択肢が、ほとんど無意味であることに気付かされる。


 こうした主張の前提になっているのは、『マガジン9条』(や毎日新聞)が護憲派であるという認識だろう。上記ブログの著者が参考リンクとして挙げている別のブログでも、「それにしても「アンケートの必要もないほど『護憲』を鮮明にしている共産・社民」を積極的に支持しない「マガジン9条」の摩訶不思議」という発言があるので、こうした認識はかなり一般的であることがわかる。

 けれども、私がエントリーで指摘したように、『マガジン9条』や『週刊金曜日』らは、「実質上護憲に値しないにもかかわらず、自らをそのように表象しようとする」人々=「解釈護憲派」なのであり、「あなたは本当に国連の下なら派兵が合憲だと考えているのですか」という質問をかれらがしないのは、それが「民主党流の「護憲」」のタブーに触れるというだけでなく、かれら自身の「護憲」のタブーに触れることになるからである。


 「政権政策の基本方針」の第三章は、前述の「民主党政策集INDEX2009」とほとんど同じものである。小沢は党内がそれでまとまっていると言っているのだ。従って民主党の「護憲」は二重に疑わしい。まず解釈改憲を容認する公算が大きい。次に党の方針に反対してまで憲法を守るかどうかわからない。イラク派兵という暴挙を断行した小泉政権と、それに続く内閣を倒すためのものだったはずの「政権交代」が、更なる解釈改憲と海外派兵の恒久化をもたらすとしたら、皮肉と言う他ない。


 「解釈護憲派」ジャーナリズムは、まさに「政権交代」(およびその後の大連立)による「更なる解釈改憲と海外派兵の恒久化」を見据えた上で、民主党支持を明確に打ち出しているのである。その証拠に、8月26日号の『マガジン9条』の「コラムリコラム」は、毎日新聞のアンケート結果を受けて、以下のように述べている(強調は引用者による)。


・・・ま、共産と社民が憲法改正自体に反対しているのは、今までの主張からしてよく分かる。しかし面白いのは、公明と民主の回答が極めてよく似ていることなんだ。むしろ、公明のほうが民主よりもリベラルな感じがするほどだ。

 さらに、集団的自衛権の行使を禁じている現在の政府の憲法解釈については、こうだ。

 「集団的自衛権を行使できるように憲法解釈を見直すべきか」について、賛成が、自民77%、民主25%、公明8%、共産・社民0%となっている。こうなると、公明のほうが民主よりも共産や社民の意見に近いことになるね。




・・・なぜ、公明党が自民党にべったり寄り添っているのか、その意味が分からない。政権与党にいれば、自分たちの政策が実現できて、その存在感を示すことができる、という判断なんだろうけど、それにしても国家の根底の憲法観がこれほど違う党と連立しているっていうのは、自分たちで矛盾を感じないのか。彼らはよほど美味しい政権の蜜を味わってしまったのかもしれないな。


 マガジン9条:「コラムリコラム 第13回 やっと選挙だ、憲法9条はどうなる?」
 http://www.magazine9.jp/koramuri/090826/

 公明党の評価については今立ち入らないでおくが、これは『マガジン9条』ら「解釈護憲派」ジャーナリズムの本音が垣間見える、なかなか興味深い発言だと思う。後半の文章を私なりに翻訳してみよう。

 「・・・なぜ、私たちが民主党にべったり寄り添っているのか、その意味は明らかである。政権与党と手を結べば、自分たちの政策が実現できて、その存在感を示すことができる、という判断なのであり、国家の根底の憲法観がさほど違わない党と手を結ぶことには、自分たちで矛盾を感じるはずもない。私たちはとても美味しい<佐藤優現象>の蜜を味わっているのである。」

 「解釈護憲派」に護憲を期待するのは、オバマに「チェンジ」を期待するようなものだろう。


 チェイニーの秘密会談が怪しく腐敗したものであることは、チェイニーの口の歪みから理解できた。

 オバマは公然と笑って見せている。

 二人の違いがおわかりだろうか?その差は2%だ。


 暗いニュースリンク:「医療制度改革とオバマ:98%チェイニー? 」
 http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2009/08/98-af64.html

 「解釈護憲派」は公然と「護憲」を掲げて見せているが、かれらと改憲派の、「その差は2%」にすぎない。

改憲は護憲であるという「解釈護憲」――『マガジン9条』的ディストピア (後半)

■目次
(1) はじめに
(2) 改憲は護憲であるという「解釈護憲」
(3) 『マガジン9条』的ディストピア
(4) 民主党が「護憲派」であるというニュースピーク
(5) 「解釈護憲」で大連立を防ぐという欺瞞
(6) おわりに
追記

(4) 民主党が「護憲派」であるというニュースピーク

 それでは、『マガジン9条』は、いったい何のために、こんなアンケートを作ったのだろうか?その答えがあからさまに示されているのが、後半3つの「改憲」メニューである。


(4)日米安保重視改憲
 日米安保によって日本の平和は保たれてきた。アメリカとの同盟を大切にするためにも、9条に自衛隊保持を書き入れる。

(5)完全独立改憲
 対米従属をやめ、独自の防衛政策を採るためにも、自衛隊を日本軍として位置づけるよう9条を書き換える。

(6)護憲論的改憲
 解釈改憲をさせないためにも、軍備を廃絶し絶対に戦争はしないということを明文化して憲法に書き入れる。


 基本的なことから確認しておこう。第一に、民主党は改憲派であり、第二に、民主党の改憲案自民党の改憲案にはない国連中心主義を打ち出しているが、侵略ができる「普通の国」を志向する点では自民党の改憲案と何ら変わりはない。

 『マガジン9条』は、「自民党は改憲を党是とし、公明党は加憲、共産と社民は護憲と、その姿勢がはっきりしています。しかし、民主はかなりバラバラのイメージがあります」などと白々しく述べているが、民主党憲法調査会がまとめた「憲法提言」こそが民主党の総意なのであり、自民党・公明党およびその支持勢力や「解釈護憲派」らが、それぞれ異なる理由から、民主党の「バラバラのイメージ」の固定化を促進してきたことにこそ留意するべきだと思う(民主党が「バラバラ」でないと言っているわけではない。念のため)。

 民主党:「憲法提言」
 http://www.dpj.or.jp/news/files/SG0065.pdf

 国民投票法(改憲手続法)の制定過程を見ても、民主党は与党案に反対していただけで、国民投票法の制定そのものに反対していたわけではない(だから民主党案を提出した)。自民党と民主党におけるこうした対立関係は、朝鮮侵略の欲望を露骨に共有しながら、その具体的な実践をめぐって熾烈に敵対した、明治初期の西郷隆盛・板垣退助らと、大久保利通・木戸孝允らの関係のようなものだと思った方がよいだろう。

 さて、以上から、次のことが言えると思う。

●民主党改憲案の方向性は『マガジン9条』が用意した選択肢(4)(5)(6)のいずれとも合致しない。したがって、民主党の総意は(1)~(6)のいずれでもない「その他」とならざるをえない。

●個々の民主党立候補者は、単純に言って、明文改憲に反対であれば(1)~(3)を選び、党の改憲案に賛成であれば(7)を選ぶことになるため、(4)~(6)が選ばれる可能性はあらかじめゼロ付近に設定されている。

●こうして『マガジン9条』は民主党を「護憲派」として表象することができるようになる。

 結果は一目瞭然だろう。

 マガジン9条:「民主党候補者に聞いた 「憲法9条」あなたの考えは?」 
 http://www.magazine9.jp/mqr_1/result.php
 http://www.magazine9.jp/mqr_1/ans_7.html


(5) 「解釈護憲」で大連立を防ぐという欺瞞

 では、どうして『マガジン9条』は、こんなアンケートを演出してまで、民主党を「護憲派」として表象しようとしたのだろうか?答えは簡単で、それは読者に民主党への投票を促し、かつそうした支持を民主党に届けるためである。

 まず、読者に対する作為について考えてみよう。『マガジン9条』は、本来「改憲派」でしかない民主党が、あたかも「護憲派」であるかのように見せかけるために、わざわざ小細工を弄しているのだから、これは読者を欺いていると言われても仕方ないだろう。実際、毎日新聞のアンケートなどでも、民主党立候補者のうち、明確な改憲派が57%と多数を占めている(9条の改定に限ると、この割合は17%にまで減るが、上記のように安全保障基本法の制定による解釈改憲を支持する立場をこれに加えると、やはり多数派になるはずである)。

 ところが、厄介なのは、この嘘がおそらく主観的な善意から仕組まれていることだと思う。当の『マガジン9条』から、それを示す記事を引いてみよう。


 今回の衆院選挙の最大の争点は、自民・公明政権を続けさせるのか、ストップするのか、これに尽きます。



 護憲派として今回の選挙にどう臨むべきかといえば、具体的には、小選挙区では「非自公」で「勝てる可能性のある候補」に投票することです。例えば、自民と民主の候補が接戦を繰り広げる選挙区で、護憲にこだわって社民や共産に投票すれば、結果的には自民の候補を利することになる。小選挙区では、1~2万の票が結果を左右しますからね。こういう現実を見て、護憲派の方には投票してもらいたいと思います。

 憲法9条を護りたいという気持ちを否定するわけではありませんが、より有効に9条を護るためには、何を最優先すべきかを考えてほしい。自公政権の存続を許せば、改憲の危機は近づきます。この数年、改憲を声高に主張してきたのは自民党右派なのですから、まずそこを叩き潰すことが当面の課題でしょう。



 「自公」も「民主・社民・国民新」のどちらも過半数を取れないとき、キャスティングボートを共産党が握ることになります。私は、閣外協力でいいから民主側についてほしいと思っていますが、もし共産がどちらにもつかないとなれば、大連立構想という亡霊が蘇ってくるでしょう。そして「北朝鮮の脅威」などを理由にして、新政権が憲法改定を目論むことは十分ありえます。それを防ぐためにも、今回の選挙では民主を中心とした非自公勢力に絶対的な過半数を与えないといけないのです。


 マガジン9条:「今度の総選挙、「護憲派」はどう考える?どこに入れる?」
 http://www.magazine9.jp/other/sosenkyo/yamaguchi.php

 タイトルの「護憲派」がカッコつきになっているところが笑える(私もカッコをつけるべきだと思う)が、それはともかく、ここから読み取れるのは、『マガジン9条』はおそらく、読者が「護憲にこだわって政権交代の足を引っ張る」という「愚の骨頂」(by 山口二郎)を犯すことのないよう、主観的な善意にもとづいて、心ならずも(?)読者を欺いている、ということだろう。こういう露骨な愚民観こそ、山口二郎や「解釈護憲派」ジャーナリズムがいつまでたっても売れない理由(の一つ)だと思うのだが、この人たちは愚民観を励みに言論活動を続けている節があるので、別に忠告する義理もないだろう。

 要するに、『マガジン9条』は、「大連立構想という亡霊が蘇ってくる」のを防ぐために(あるいは防ぐという建前で)、民主党を自分たちの味方――「護憲派」――として表象するという「解釈護憲」に踏み切ったわけである。繰り返すが、自民党も民主党も、侵略ができる「普通の国」を志向する点では何ら違いはない。そして、この「解釈護憲」という欺瞞こそ、『マガジン9条』が防ごうとしている(ように見せている)大連立構想を先取りし、かつそれをパフォーマティブに極める言説でさえあると思う。ニーチェ風に言うなら、「解釈護憲派」は、大連立(の幻影)と闘う過程で自ら大連立と化した(<佐藤優現象>)のである。これを『マガジン9条』側から見ると、「ボクが・・・一番うまく大連立を使えるんだ!」(by アムロ)ということになる。

 一方、民主党側からすれば、このアンケートは、法治主義すら保てない「護憲派」ジャーナリズムからの、ラブコールと自壊のお知らせに見えるだろう。そして、おそらくその読みは完全に正しいと思う。『マガジン9条』は、アンケートの結果について、「回答はとても興味深いものです。6項目の選択肢では答えられないという「7・その他」が一番多かったというところに、民主党の現在の姿が集約されているように思われます。でもその理由を読むと、多くが「9条の意義を大切にし、安易な改正は許さない」としていることが分かります」とまとめている。民主党にとっては、「9条の意義を大切に」する明文改憲と、「安易な改正は許さない」安全保障基本法の制定(どちらも民主党改憲案に沿うものである)なら、「護憲派」ジャーナリズムは容認する、という確約を得たようなものだろう。つまり、民主党は、他ならぬ「護憲派」によって、改憲問題についての裁量を一任されたとさえ言える。

 かりに選挙後に大連立が成立すれば、こうした「解釈護憲派」の連中は、自らの主観的な善意を満足させる新たな欺瞞を総動員して、「より有効に9条を護るためには、何を最優先すべきかを考え」ることになるのだろう。そして、もしかすると、その答えは、現実の9条を捨てることですらあるかもしれないのである。


(6) おわりに

 最後に、総選挙に関する海外の報道記事で、いくつか面白いものを見つけたので、紹介しておく。日本のマスコミは、大連立を促進する言説を連日量産しており、それを支持している人たちも多いが、民主党圧勝を示唆する世論調査を受けてなお、大連立が望ましい、あるいは不可避である、といった論調が強まっているのは、どう考えても異常なことだと思う。政権交代や大連立を期待する日本の世論は、以下の記事が分析しているように、端的に社会全体の右傾化と腐敗の象徴ではないか。


 今月30日の衆院選で政権交代を実現することが有力視される民主党は、過去の歴史問題で相対的に「転向的」な立場を表明している。一部では韓日関係の未来志向的な発展に対する期待感も高まっている。しかし、日本社会全体が保守化している上、民主党内の勢力構造が複雑な点を考えると、民主党が政権を取ったとしても、言葉と行動が一致しない可能性が指摘されている。


 朝鮮日報:「鳩山民主党、歴史問題で転向?(上)」
 http://www.chosunonline.com/news/20090814000024


 [注:民主党の]対外政策を見ると、民主党は「自主・独立」、「アジアと国連の重視」を強調しているが、具体的な政策が打ち出されていないため、より一層観察する必要がある。

 民主党は一貫してアジア諸国との外交を重視している。2007年の参議院選挙の際、「アジア諸国との協力を強化する」というスローガンが打ち出され、「米国に追随する」という自民党の外交との違いが明確となった。しかし、具体的な政策的サポートがないため、見かけは立派だが内容がなく、有権者を欺き、隣国を落ち着かせるものだと疑われ、対米外交とのバランスを取るための手段であるとも見られている。中国などの隣国から見ると、内容によっては、日本の「アジア重視」政策が必ずしも有利なものだとは言いきれない。

 民主党が国連の役割を重視するのは、むろん米国に対する依存度を軽減させるのに有利であるが、日本の「国連・安保理改革でより大きな役割を果たし、常任理事国入りを果たす」という意図も明らかになるだろう。


 人民日報:「民主党が政権を握った場合の対中政策の見所」
 http://j.peopledaily.com.cn/94474/6729931.html


・・・果たしてこれが真の意味の二大政党制の誕生なのか、それとも腐敗した自民党派閥政治の「輪番制」「人心一新」のもう一つの形の出現、あるいは延長であるのかは、さらなる検証が必要だろう。


 人民日報:「日本は二大政党制へ向かうのか、それとも新たな派閥政治の始まりか」
 http://j.peopledaily.com.cn/94474/6717248.html

改憲は護憲であるという「解釈護憲」――『マガジン9条』的ディストピア (前半)

■目次
(1) はじめに
(2) 改憲は護憲であるという「解釈護憲」
(3) 『マガジン9条』的ディストピア
(4) 民主党が「護憲派」であるというニュースピーク
(5) 「解釈護憲」で大連立を防ぐという欺瞞
(6) おわりに
追記

(1) はじめに

 『マガジン9条』が、民主党立候補者に対して実施したアンケート結果を、8月19日付の記事にアップしていた。私は民主党には1ミクロンの期待も持っていないので、どんな結果でも驚きようがないと思っていたが、これにはさすがに呆れてしまった。民主党立候補者の回答に、ではなく、『マガジン9条』の質問に、である。以下、紹介する(強調は引用者による。以下同様)。


質問:「憲法9条」について、あなたのお考えは以下の(1)~(6)のどの項目に近いですか?
 該当する項目の番号と、その理由を、お答えください。

(1)現状肯定護憲
 自衛隊は現実に存在するのだから認めるべき。このままでいいのではないか。

(2)条文重視護憲
 日本国憲法はどう読んでも軍隊を認めていない。したがって条文どおり、自衛隊は廃止すべき。

(3)自衛隊改組護憲
 9条は残すが、自衛隊は最小限の自衛力をもつ陸海空の「国境警備隊」と「人道支援隊」に改組縮小していく。

(4)日米安保重視改憲
 日米安保によって日本の平和は保たれてきた。アメリカとの同盟を大切にするためにも、9条に自衛隊保持を書き入れる。

(5)完全独立改憲
 対米従属をやめ、独自の防衛政策を採るためにも、自衛隊を日本軍として位置づけるよう9条を書き換える。

(6)護憲論的改憲
 解釈改憲をさせないためにも、軍備を廃絶し絶対に戦争はしないということを明文化して憲法に書き入れる。

その他
 (1)~(6)のどの項目とも違う方は、ご自身の考えをお書きください。


 マガジン9条:「民主党候補者に聞いた 「憲法9条」あなたの考えは?」 
 http://www.magazine9.jp/mqr_1

 ・・・・・・もう何から突っ込んでよいかわからないが、とりあえず。『マガジン9条』はどんだけ「護憲」をネタにしてるんだよ?


(2) 改憲は護憲であるという「解釈護憲」

 ところで、今ここで論旨を明快にするために、便宜上、「明文護憲」「解釈護憲」という造語を用いることにする。「明文護憲」は、実質的な護憲を意味する言説の総称であり、「解釈護憲」は、実質上護憲に値しないにもかかわらず、自らをそのように表象しようとする言説の総称を指すとしよう。このように分類すると、『週刊金曜日』や『マガジン9条』などの「護憲派」ジャーナリズムが唱える「護憲論」は、ほぼすべてこの「解釈護憲」に当たると言えないだろうか。解釈改憲は実質的な改憲であるが、「解釈護憲」は実質的な護憲ではない。むしろ「解釈護憲」は解釈改憲であり、ときには明文改憲ですらある。日米安保を温存する「護憲」がすべて「解釈護憲」になることは言うまでもないだろう。

 したがって、普通に解釈すれば、『マガジン9条』が用意した選択肢の中で「明文護憲」と呼べるものは、(2)の「条文重視護憲」のみということになるのだが、私はそれすらも実は疑わしいのではないかと思っている。なぜなら、このアンケートは、自衛隊の憲法上の位置づけを問う(ように見せる)一方で、在日米軍の存在を一切不問に付しているからである。日米安保に触れない「護憲」運動の度しがたい欺瞞については、当の『マガジン9条』が2007年6月のインタビュー記事にまとめていたりするのだが、ダグラス・ラミスの苦言は編集部にはまったく届かなかったらしい。


ラミス 「最近は、安保条約をまったく口にしないような、その部分にまったく触れないような護憲運動が存在しているようなんですね。9条が欲しいけれども米軍基地も必要だという、その動機はわからなくはないけれど、それは反戦平和運動とは呼べない。軍事力に守ってもらわないと不安だ、でも戦争をやるのは人に任せるということになりますね。」


 マガジン9条:「C・ダグラス・ラミスさんに聞いた(その1)」
 http://www.magazine9.jp/interv/lummis/lummis1.php

 ちなみに、(5)の「完全独立改憲」は、おそらく(2)の「条文重視護憲」と同様に、『マガジン9条』編集部が民主党に媚びる(主観的には民主党に対して「共闘」を呼びかける)ために用意した、左右両極の「外れクジ」(あくまで『マガジン9条』にとって)のようなものだと思うが、その(5)にしても、「対米従属をやめ、独自の防衛政策を採る」ことがあくまで目標として示されているにすぎず、日米安保の見直しを明確に求めるものではない(もちろんその可能性を示唆してはいるが)。まして他の項目は推して知るべしである。とすると、最もブラックな選択肢はむしろ、日米安保を維持、あるいは強化すらした上で、国内外に向けて9条を遵守するように見せかける(2)である、とさえ言えるかもしれない。

 『マガジン9条』は、「民主党のみにアンケートを絞った理由」として、「自民党は改憲を党是とし、公明党は加憲、共産と社民は護憲と、その姿勢がはっきりしています。しかし、民主はかなりバラバラのイメージがあります。そこで政権を担うかもしれない民主党だけのアンケートにしたのです」と書いているが、『マガジン9条』自体が民主党を包み込むほどウィングを(無駄に)広げているのだから世話はない。その行き着く先が、「改憲は護憲である」という、こうした(後述する)戯画的状況なのだから。


(3) 『マガジン9条』的ディストピア

 それにしても、このアンケートはしみじみひどいと思う。「解釈護憲派」ジャーナリズムとしては、これがあるべき姿なのかもしれないが、これならストレートに改憲を打ち出される方がまだ気持ち悪くないというのが率直な感慨である。

 というわけで、まずは各選択肢をざっと見ていこう。


(1)現状肯定護憲
 自衛隊は現実に存在するのだから認めるべき。このままでいいのではないか。


 ・・・・・・当たり前のことしか言えないが、違憲状態を合憲(=護憲)であると言い張るのは、護憲派がこれまで散々批判してきた、「既成事実の積み重ねによる憲法の空洞化」を、「護憲」の立場から正当化することになってしまう。しかも、「既成事実の積み重ねによる憲法の空洞化」を正当化する「解釈護憲派」は、「既成事実の積み重ねによる憲法の空洞化」を進める改憲派よりも、はるかにタチが悪いとさえ言える。なぜなら、後者にとっては法治主義が必ずしも侮蔑の対象になっているわけではない(だからこそ改憲が志向されるわけである)が、前者にとっては法治主義は冷笑の対象でしかないからである。こんな理屈がまかり通るなら、「護憲」とは現状を追認するシニシズム以外の何物でもなくなってしまうだろう。以下にいくつか例を挙げてみよう。

第14条 すべて国民は(▼1)、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
→(1)現状肯定護憲
 差別は現実に存在するのだから認めるべき。このままでいいのではないか。

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
→(1)現状肯定護憲
 貧困は現実に存在するのだから認めるべき。このままでいいのではないか。

第38条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
→(1)現状肯定護憲
 「自白」の強要は現実に存在するのだから認めるべき。このままでいいのではないか。

 ・・・・・・『マガジン9条』によれば、こうしたシニシズムは「護憲派」を増やすための貴重な資源だということになる。ジョージ・オーウェルもびっくりのディストピアである。


(2)条文重視護憲
 日本国憲法はどう読んでも軍隊を認めていない。したがって条文どおり、自衛隊は廃止すべき。


 『マガジン9条』にとっては、この選択肢はたぶんネタだと思われる((1)はたぶんベタだと思われる)。その証拠に、(2)を選んだ立候補者がゼロなのに、それに対するコメントもゼロである。『マガジン9条』にとって、護憲はもはやネタなのだろう。そうでなければ、この選択肢を(1)や(3)と同列に(あたかも「護憲」の一バリエーションでしかないかのように)扱うことの説明がつかない。


(3)自衛隊改組護憲
 9条は残すが、自衛隊は最小限の自衛力をもつ陸海空の「国境警備隊」と「人道支援隊」に改組縮小していく。


 自衛隊を「災害救助隊」に組み替えるという構想は、一部護憲派が以前から主張していることであり、『マガジン9条』も知らないはずはないのだが、ここであえて「人道支援隊」という言葉を選んでいるのは、民主党の「憲法提言」や山口二郎らの「平和基本法」を踏まえてのことだろう。というか、繰り返しになるが、『マガジン9条』が用意した選択肢はすべて、民主党に媚びる(主観的には民主党に対して「共闘」を呼びかける)ために、注意深く練られたものである(この点については後半で述べる)。

 とりあえず、ここで指摘しておきたいのは、日本が「先進国」として第三世界を収奪し、近隣アジア諸国(とりわけ北朝鮮)への敵対政策を取り続ける限り、「最小限の自衛力をもつ陸海空の「国境警備隊」」は、近隣諸国に深刻な脅威を与え、移民や難民を容赦なく排除する軍隊として、その軍事力をいっそう増強させていくだろうし、「人道支援隊」は、実質的な「対テロ戦争」遂行軍として、第三世界に対する抑圧をますます深めていくだろうということである。

 もちろん、こうした問題を克服するための政治的な取り組みと連動して自衛隊改組のあり方を模索することは、極めて重要なことであると思うし、私も支持するが、一方で、『マガジン9条』のような、北朝鮮に対する差別意識を隠そうともしないジャーナリズムが提案する自衛隊改組論には、警戒せざるを得ない。「国境警備隊」にせよ「人道支援隊」にせよ、その名称を政治が常に裏切りうることは、「自衛隊」の歴史を見れば明らかだろう。まして、最初から明確な脱軍事化と差別の克服が意図されていなければ、なおさらである。

(後半に続く)

▼1 第11条以下にいう「国民」は原文(英語)の「the People」(「日本に住んでいる人々」)に当たるため、ここから在日外国人を除外する根拠はない。

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