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「人道的侵略」産業とシリア(1)

■目次:
(1) はじめに
(2) 「アラブの春」という嘘(1)
(3) サルバドル・オプション――NATO側諸国からシリアへの「死の部隊」移設作戦
(4) 「戦争賛成左翼」への道――ジルベール・アシュカルとその植民地主義的利用者たち


(1) はじめに

 リビアに続いて、「人道的介入」という名の帝国主義的侵略が、シリアに対して(も)差し迫っている。11月23日、NATOのリビア侵略を主導したフランスのアラン・ジュペ外相は、「シリア国民評議会」(SNC: Syrian National Council)――カダフィ政権を転覆した「リビア国民評議会」のシリア版――の代表と会談し、(欧米諸国でいち早く)NATOによる「人道的回廊」の設置を含めたシリアへの「人道的介入」について公的に言及し、法的にも実質的にも象徴的にもシリア国民をまったく代表していないSNCを、「我々が手を携えたい合法的なパートナー」であると誉め称えた(▼1)。

 国連人権理事会は同日、シリア各地で3月以来、軍・治安部隊による「超法規的処刑や恣意的な逮捕、強制失踪、性的暴行を含む拷問、子どもの人権侵害」が横行しているとするレポート――「シリア・アラブ共和国に関する独立した国際調査委員会の報告書」(▼2)――を発表し、12月2日、シリアに対する三度目の非難決議を採択した。12月12日には、ナバネセム・ピレイ国連人権高等弁務官が、「約9カ月に及ぶ反政府デモへの弾圧による死者が5000人を超え」「シリアでの武力弾圧が『許しがたい状況』に陥っている」(▼3)とするデジャヴに満ちた発言を行っている。

 シリアをめぐる国連人権機関および国際人権NGOの動向は、メディアや先進諸国のリベラル・左派の対応と同じく、リビア侵略直前の状況を不気味に反復している。ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は、「『戦争のような日常』:シリア・ホムス県のデモ弾圧」(11月11日)(▼4)、「『必要なあらゆる手段を使え!』:シリアでの『人道に対する罪』に関する個人責任及び上官責任」(12月15日)(▼5)などの報告書を意欲的に作成し、アムネスティ・インターナショナル(AI)も、「医療危機:シリア政府、負傷者と医療ワーカーを攻撃」(▼6)を始めとする多くの文書をリリースして、「国連の加盟国に対し、断固たる行動をとるよう」(▼7)訴えている。

 けれども、シリアの「人道に対する罪」をこぞって糾弾する、これらの人権機関の報告書は、後述していくように、もはや「人道的介入」/「保護する責任」の業界関係者によるプロパガンダと見なすべきものですらある。HRWや国際連合協会(国連のA級諮問民間団体)世界連盟を筆頭に、国際人権機関の多くは「保護する責任を実現する国際連合」(ICRtoP: International Coalition for the Responsibility to Protect)(▼8)という名実ともに凄まじい組織の参加団体であり、これらの「人道的介入」/「保護する責任」キャンペーンの加速に呼応して、12月8日、数百人規模の米・NATO軍がシリア国境に程近いヨルダン領への侵攻を開始しているようである(いわゆる「イラク撤退米軍」の一部が合流しているという)(▼9)。

 リビアの場合では、国際刑事裁判所(ICC)の報告書が依拠した主な情報源までもが、「リビア人権連盟」(LLHR: Libyan League for Human Rights)やフォックス・ニュース、CNN、CIAといった、NATOのリビア侵略を推進する組織やメディアによるものだった。「リビア人権連盟」(LLHR)は、1989年にスウェーデンで設立されたNGOで、「米国民主主義基金」(NED)の支援を受けている。「リビアの人道的戦争:証拠は存在しない」("Humanitarian War in Libya: There is no evidence")という興味深いインタビュー調査(▼10)は、ICC報告書の「証拠」にあたる(はずの)箇所が、いずれも非公開であったり、「編集済み(=削除済み)」であったり、LLHRを参照していたりする(しかも参照先のLLHRでは当の「報告書」自身が参照されている)ことで、ICCを含むこれらの人権機関やNGO、メディアが、証拠をまったく示すことなく、リビアの「人道に対する罪」を捏造していた事実を明らかにしている(▼11)。

 シリアの場合も手口は概ね似たようなものであり、シリア人の圧倒的大多数は、イスラエルや日本、ペルシア湾岸の親米独裁国家を含むNATO側諸国による「人道的介入」/「保護する責任」の履行を正当に拒否して、過去数カ月にわたって自決権を掲げる大規模なデモを繰り広げている(▼12)。

 次回から何回かに分けて、シリアに対する「人道的介入」において国際的な人権機関が果たしている役割を中心に、シリアをめぐる情勢を分析していく。登場する主な組織をあらかじめ紹介しておこう。


(1)「シリア国民評議会」(SNC: Syrian National Council)

 「リビア国民評議会」のシリア版。アル=アサド政権の転覆を目的として2011年9月にトルコ・イスタンブールで結成される。当初のメンバーは260名以上とされるが、指導者のブルハーン・ガルユーン(Burhan Galioun:フランス)や高官のアブドゥルバースィト・サイダー(Abdulbaset Seida:スウェーデン)を筆頭に、多くは欧米在住の亡命者で、一部は名義貸しによる名ばかりメンバー。「リビア国民評議会」やアラブ連盟からシリア国民の正式な代表として「承認」されているが、シリア国民にはほとんどまったく承認されていない。NATO側諸国の忠実すぎる代弁者として、NATOに対して、自国の軍事基地(シリア空軍基地およびタルトゥースのロシア海軍基地)の地図まで差し出して、自国民への空爆を執拗に要請している。12月6日にはヒラリー・クリントン米国務長官との会談を行うなど、リビア新政権のシリア版を目指して邁進中。(▼13)(▼14)


(2)「シリア国民調整委員会」(SNCC: Syrian National Coordination Committee)

 シリアの反体制派による組織。SNCとよく似た略称だが、SNCCは諸外国の介入に一貫して反対し、政権の転覆ではなく改革を要求して、非暴力の反政府デモを行っている。シリア国内では一定の支持を得ているが、NATO側諸国には政治的に黙殺されており、(アラブ連盟の本部がある)エジプト・カイロに使節団を派遣した際にはSNCの支持者に取り囲まれてリンチまで受けている。(▼14)


(3)「自由シリア軍」(FSA: Free Syrian Army)

 (元)リビア反政府軍のシリア版。SNCと協力関係にあり、アサド政権転覆のための軍事支援をNATO側諸国に要請している。指導者は7月にシリア空軍を離反したリヤード・アル=アスアド(Riyad al-Asad)だが、主要メディアの報道とは異なり、メンバーの多くはシリア軍出身の転向者ではなく、主に米欧イスラエルの諜報機関が武装してきたNATOの傭兵である。後述する米国の「サルバドル・オプション」――「死の部隊」移設作戦――の受け皿になっており、11月にはリビアの「新政権」が600人の兵士をトルコ経由で派兵し、FSAに合流させている。NATO側諸国のメディアに登場するシリアの「(平和的な)反政府デモの参加者」の一部(多く)は、しばしばマシンガンで武装した、このFSA兵士たちである。(▼13)(▼15)(▼16)(▼17)


(4)「シリア人権監視団」(SOHR: Syrian Observatory for Human Rights)

 「リビア人権連盟」(LLHR)の即席コピー。主要メディアや国連機関、HRWなどの国際人権団体の情報源として最も重宝されているシリア在外新設NGOの一つ。サウジアラビアの王政を支持しながら民主主義を賛美するという怪しげなイデオロギーを掲げている。拠点は英国。(▼14)


(5)「現地調整委員会」(LCC: Local Coordination Committees)

 同じく主要メディアや国際人権機関が情報源として多用している組織。SNCの下部団体で、アサド政権の転覆が目的であることを公言している。メンバーの大半は亡命者で、13名はSNCのメンバーとされる。シリア在住メンバーの有無は不明。その他もほとんど不明だが、メンバーないし協力者で、ベイルートに亡命中の「サイバー・アクティビスト」のFacebookには、NEDやHRW、在シリア米大使館が「関心事項」として紹介されている。(▼18)


(6)アラブ連盟(AL: Arab League)

 現在では、NATOのリビア侵略を支えた「湾岸協力会議」(GCC: Gulf Cooperation Council)――参加国はサウジアラビア、UAE、クウェート、バーレーン、カタール、オマーン――が主導権を握る親欧米組織に変質し、シリアの加盟資格の停止、SNCの承認、シリアに対する「制裁」の実行、NATOによる「飛行禁止空域」設定の支持などを通じて、シリアへの干渉・弾圧を強めている。11月25日現在、加盟国はいずれも自国民に対してシリアを退避するよう勧告している。(▼14)(▼19)



▼1 Azeri Press Agency, France calls for humanitarian zone in Syria, 23 November 2011, http://en.apa.az/news.php?id=160171

▼2 United Nations Human Rights Council: Report of the independent international commission of inquiry on the Syrian Arab Republic, 23 November 2011, http://www2.ohchr.org/english/bodies/hrcouncil/specialsession/17/docs/A-HRC-S-17-2-Add1.pdf

▼3 ロイター通信, シリア弾圧の死者5000人超に、許しがたい状況=国連弁務官, 2011年12月13日, http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE7BC01A20111213

▼4 Human Rights Watch, “We Live as in War” Crackdown on Protesters in the Governorate of Homs, Syria, 11 November 2011, http://www.hrw.org/reports/2011/11/11/we-live-war-0

▼5 ヒューマン・ライツ・ウオッチ, シリア:「射殺」命令下した指揮官らの氏名 発表, 2011年12月15日, http://www.hrw.org/node/103682

Human Rights Watch, “By All Means Necessary!” Individual and Command Responsibility for Crimes against Humanity in Syria, 15 December 2011, http://www.hrw.org/reports/2011/12/15/all-means-necessary-0

▼6 Amnesty International, Syria: Health crisis: Syrian government targets the wounded and health workers, 25 October 2011, http://www.amnesty.org/en/library/info/MDE24/059/2011/en

▼7 アムネスティ・インターナショナル日本, シリア : 国連加盟国は、断固たる行動をとるべき, 2011年11月28日, http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=1023

▼8 International Coalition for the Responsibility to Protect, CURRENT MEMBERS, http://responsibilitytoprotect.org/index.php/about-coalition/current-members

▼9 Sibel Edmonds, Hundreds of US-NATO Soldiers Arrive & Begin Operations on the Jordan-Syria Border, 11 December 2011, http://www.boilingfrogspost.com/2011/12/11/bfp-exclusive-developing-story-hundreds-of-us-nato-soldiers-arrive-begin-operations-on-the-jordan-syria-border/

▼10 The Humanitarian War, Humanitarian War in Libya: There is no evidence, http://www.laguerrehumanitaire.fr/english

▼11 William Blum, The Anti-Empire Report, 1 November 2011, http://killinghope.org/bblum6/aer99.html

▼12 「グローバル・リサーチ」が最近の大規模な自決権デモの様子を伝えている。

Millions Gather in Syria's Squares to Express Condemnation of Arab League Decisions and Reject Foreign Interference: Photographic Evidence: People against US-NATO R2P, Global Research, 29 November 2011, http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=27926

▼13 Ipek Yezdani, Secret Syria meet in Hatay, 29 November 2011, http://archive.hurriyetdailynews.com/n.php?n=secret-syria-meet-in-hatay-2011-11-29

▼14 Mahdi Darius Nazemroaya, The Legal Regime being formed against Syria by the Arab League, SNC, and R2P, Strategic Culture Foundation, 29 November 2011, http://www.strategic-culture.org/news/2011/11/29/the-legal-regime-being-formed-against-syria-by-the-arab-league-snc-and-r2p.html

▼15 Michel Chossudovsky, The Pentagon's "Salvador Option": The Deployment of Death Squads in Iraq and Syria, Global Research, 16 August 2011, http://www.globalresearch.ca/index.php?aid=26043&context=va

▼16 RT, Bomb voyage: 600 Libyans ‘already fighting in Syria’, 29 November 2011, http://rt.com/news/libya-syria-fighters-smuggled-475/

下記サイトから日本語訳が読める。

爆撃遠征: 600人のリビア人‘既にシリアで戦闘中’, マスコミに載らない海外記事, 2011年12月1日, http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/600-787f.html

▼17 Tony Cartalucci, IISS: Syria's Opposition Is Armed --Placard-Waving Protesters are actually Machine Gun-Wielding Terrorists., Land Destroyer Report, 15 November 2011, http://landdestroyer.blogspot.com/2011/11/iiss-syrias-opposition-is-armed.html

▼18 Julie Levesque, Media Lies Used to Provide a Pretext for Another "Humanitarian War": Protest in Syria: Who Counts the Dead?, Global Research, 25 November 2011, http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=27785

▼19 Paul Joseph Watson, Arab State Urges Citizens To Leave Syria, Global Research, 25 November 2011, http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=27863

翻訳記事:「仏戦艦と米無人攻撃機、ケニア軍の侵攻を支援するべくソマリアを攻撃」(アバヨミ・アジキエ)

 南スーダンへの自衛隊派兵の決定を受けて、自衛隊とAFRICOM(米軍アフリカ司令部)との連携が取り沙汰されている。

 読売新聞 [2011/11/27]:「南スーダンPKO、日米連携へ…治安情報を共有」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111127-00000001-yom-pol

 ソマリア沖の「海賊対策」という名目で、日本がすでに自衛隊を派兵し、日本軍基地まで建設しているジブチは、先進諸国によるアフリカ侵略の主要な拠点と化している。10月16日に始まったケニア軍の本格的なソマリア侵攻も、ジブチとエチオピア、セーシェルの米軍基地から連日出撃している無人攻撃機とフランス海軍によるソマリア爆撃を始めとする、先進諸国の絶妙な「連携」のもとに進められている(Global Research [2011/10/29]: "America's War in the Horn of Africa: "Drone Alley" – a Harbinger of Western Power across the African Continent")。

 アフガニスタン、パキスタン、リビア、イラク、イエメンとともに、米国主導の「対テロ戦争」/「人道的介入」によって、米国の無人攻撃機の標的にさらされているソマリアでは、一日に100人もの人々――その殆どは民間人――が無人攻撃機によって殺されるような凄惨な状況が生じている(Press TV [2011/11/3]: "US drone raids kill over 120 in 2 days", Press TV [2011/11/6]: "US drones kill nearly 100 in single day")。

 以下に紹介するのは、先進諸国がソマリアに安定した傀儡政権を据えるために、親欧米勢力を利用して、「対テロ戦争」/「人道的介入」に邁進していること、アフリカ連合部隊や東アフリカ共同体などのアフリカ「独自」の組織が、アフリカに対する帝国主義的介入を内部から支え、正当化するための植民地(的)機構として機能している(させられている)ことを明快に示した記事である。著者は「汎アフリカ・ニュースワイヤ」(Pan-African News Wire)の編集者アバヨミ・アジキエ。初出は2011年10月31日付の「Workers World」。

 リビアでは「新政権」がシリアの「反乱勢力」を支援するために、すでに600人規模の部隊をトルコ経由でシリアに派兵したと報じられている(Stop NATO [2011/11/30]: "Report: New Libyan Regime Sends 600 Troops To Fight In Syria")。まさにリビア侵略を決定的な契機として、日本を含む先進諸国による第三世界に対する「人道的」軍事介入が全面化している。


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■「仏戦艦と米無人攻撃機、ケニア軍の侵攻を支援するべくソマリアを攻撃――帝国主義者の攻撃を煽動する米国の傀儡政権」(アバヨミ・アジキエ)

【原文】
 Global Research [2011/11/11]: "French ships, U.S. drones attack Somalia as Kenyan troops invade --U.S.-backed regimes abet imperialist aggression"
 http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=27597


 ソマリアに拠点を持つイスラム抵抗運動「アッシャバーブ」(Al-Shabaab)に対する全面的な攻撃が、アフリカの角に位置するこの国の南部で始まっている。米国のプレデター無人攻撃機〔訳注:「Predator」(捕食者・略奪者)はジェネラル・アトミックス社製の無人攻撃機〕とフランスの戦艦からなる連合軍は、ケニア軍地上部隊にキスマヨ(Kismayo)――アッシャバーブの支配区域内の港町――を占拠させるために、南部の四つの街を攻撃している。キスマヨは、アルカーイダの同盟テロリスト組織として米国が見なしている抵抗運動にとって、経済的な生命線である貿易と兵站の主要な供給源に当たる。〔訳注:米国が主張するアッシャバーブとアルカーイダとの関係は、例によって大変疑わしいものである。〕

 10月23日、ケニアのメディアは、地上部隊の侵攻とペンタゴンの無人攻撃機が遂行中の空爆を積極的に支援するために、フランス戦艦がキスマヨ近郊を爆撃したと報じている。フランス外交筋は例によって一連の報道を否定している。

 少なくとも4000人のケニア軍が、〔訳注:ソマリア〕暫定連邦政府――支持率が殆どなく、米国の大規模な援助を受けているモガディシュ(Mogadishu)の暫定政権――の軍隊と共に〔訳注:アッシャバーブと〕交戦中である。暫定連邦政府は、ワシントンの支援国であるウガンダとブルンディから派遣されている9000人の兵士を含む、いわゆる「アフリカ連合ソマリア平和維持部隊」(African Union Mission to Somalia: AMISOM)によって延命している。

 重火器を搭載したケニア軍艦もソマリアの領海内に展開していると言われている。

 米国の無人攻撃機によるソマリア爆撃は、ここ数週間で一層激しくなってきている。10月20日・21日のわずか二日間で、少なくとも66人が、CIAとペンタゴンが配備する、これらの無人航空機が実行した越境爆撃によって殺されたと報じられている。

 フランス戦艦はキスマヨ近郊の街クダイ(Kuday)を攻撃したと報道されている。一連の攻撃は、ここ数カ月以内にソマリアで起こった、フランス国籍者数名と英国市民の誘拐事件に関連して行われた可能性もある。〔訳注:アッシャバーブが誘拐に関与しているかどうかも同様に疑わしい。〕

 米政府高官が10月17日の週にAP通信に明かしたところによると、ワシントンはケニア政府に対してソマリアに侵攻するよう圧力をかけていたという。もっとも、こうした暴露をよそに、ホワイトハウスは、オバマ政権がケニアの侵攻を驚きを持って受け止めているなどと主張している。

 ケニア軍司令官はアフマドゥー(Afmadow)の街を占領するべく激烈な戦闘に備えている。何百人もの住民が差し迫った攻撃から逃れるために避難しており、激しい雨がケニア軍の前進を鈍らせている。

 ケニア軍の広報担当官エマニュエル・チャチャ(Emmanuel Chirchir)少佐は、「アフマドゥーではおそらく『マンツーマン』の戦闘が行われるだろう。アフマドゥーは、アッシャバーブの機動力を基本的にそぎ落とし、軍隊としての機能を解体するために、我々が連中に対してトラウマと損害を与えたいと考えている地域の一つである」と述べている(AP通信10月24日)。


●「飛行禁止空域」を要請するアフリカ内部勢力

 もう一つの動きは、東アフリカ政府間開発機構(the regional Inter-Governmental Authority on Development: IGAD)〔訳注:加盟国はジブチ、エリトリア、エチオピア、ケニア、ソマリア、スーダン、ウガンダ〕が、ソマリアに対するいわゆる「飛行禁止空域」の設定と海上封鎖を要請していることである。

 一見無害な響きを持ち、今年3月に国連安保理で採択されたリビアに対する「飛行禁止空域」決議は、リビアのインフラを破壊し、何千人もの市民を殺害し、何十万人もの労働者に避難を強い、リビアの指導者ムアンマル・カッザーフィとその家族および石油に恵まれた北アフリカ国家の政府高官に対する政治的暗殺をもたらした、7カ月に及ぶNATOの空爆作戦の根拠となった。〔訳注:約200日にわたって「飛行禁止空域」から遂行されたNATOの空爆による死傷者数の正確な統計はないが、アフリカ在住のジャーナリストであるトーマス・C・マウンテン(Thomas C. Mountain)は、8月末時点ですでに約6万人のリビア市民がNATOの空爆によって殺されたと推定している。ちなみに、上述の「飛行禁止空域」決議には、「NATOの空爆」「および陸軍の投入」「を根拠づけるものは何もない」。)

 米国を始めとする帝国主義諸国の政府の中では、アフリカへの軍事介入に邁進しようとする空気が支配的になってきている。けれども、これらの諸国が最近進めようとしているシリアに対する経済制裁決議は、中国とロシアがリビアの前例を引き合いに拒否権を行使しているため、今のところ実現していない。

 ソマリアへの侵略は、政府間開発機構(IGAD)/東アフリカ共同体・政治的イニシアチブ(East Africa Community Political Initiative)による、欧米諸国に都合のよい政策要請に密接に関連している。政府間開発機構(IGAD)/東アフリカ共同体(EAC)の政治的イニシアチブの主要な参加国にはエチオピア、ケニア、ウガンダ、タンザニア、ブルンディ、ルワンダが含まれる。これらの諸国は、いずれも現政権が米国と親密な政治的・経済的・軍事的関係にある。

 アフリカの角のメディアは、現在起こっているケニアのソマリア侵攻が違法であると報じている。「ケニアの行動は国連憲章およびアフリカ憲章に違反し、ソマリアの主権を侵害するものである。」(10月24日付『Mareeg Online』)

 この記事は、カンパラ協定――〔訳注:2011年〕6月9日に締結され、ソマリアの政治的プロセスに対する親欧米勢力の関与を進めるために、ソマリアの選挙を一年間延期することを法的に定めた協定――と、9月29日にデンマークで採択された〔訳注:ソマリア〕国際コンタクト・グループ(International Contact Group)のコミュニケに言及している。いずれの文書も、詳細が不明な東アフリカ政治的イニシアチブを参照している。

 『Mareeg Online』は、ソマリアの現在の情勢が、「政府間開発機構(IGAD)/東アフリカ共同体(EAC)の指導層にとって、自国における政治権力の濫用と腐敗の保険として、また米政府と欧州諸国から特権と巨額の財政的・軍事的・外交的支援を引き出すための『金のなる木』として機能する」政治的枠組をもたらしていると指摘する。「ケニア国境付近におけるソマリアの内戦の激化と、在ケニア外国市民を狙って最近続発している誘拐事件は、ケニアの治安および経済状況を悪化させているが、そうした事情がソマリアへの軍事侵攻をも正当化するわけではない。」

 ケニア政府は侵攻に先立って米国から攻撃ヘリコプターの提供を受けている。また、ソマリア暫定連邦政府の前防衛大臣モハメッド・ガンディ(Mohamed Gandi)は、「ジュッバ(Jubba)地域の特定の一族からなる2000人の部隊を招集・訓練・武装することに関して、ケニア政府高官と個人的な合意に到り、部隊を首都モガディシュに再配置するよう求めている」という(『Mareeg Online』)。

 欧米資本主義諸国は、アフリカの角に位置する国々および東アフリカ地域のすべての国に対して戦略的な関心を持っている。アデン湾とインド洋には、世界で最も採算のよい航路のいくつかが集中しており、毎日数十億ドルもの商品がこの地域を航行している。

 ウガンダでは最近になって石油が発見されている。ケニアは欧米志向の旅行業界にとって重要な地域である。ソマリアは、二十年以上前から安定した政権が樹立されておらず、米帝国主義の大規模な介入を受け続けている。もっとも、米帝国主義は、1992年以来、自国の利害に奉仕する安定政権をソマリアに強制的に打ち立てようとして失敗しているのだが。

 アッシャバーブの抵抗運動は、ソマリアの南部および中部の大部分を支配下に治めている。首都モガディシュでも組織は都市の大半を支配している。CIA支部とプレデター無人攻撃機による爆撃、米国が設立した「アフリカ連合ソマリア平和維持部隊」(AMISOM)の存在がなければ、このイスラムグループはとっくの昔に権力を掌握していただろう。

 こうしたソマリアの動きの背景には、米国とNATOがアフリカに対する軍事介入を激化させていることがある。リビア攻撃は、AFRICOM(米軍アフリカ司令部)がアフリカ大陸で遂行した最初の主要な軍事作戦であったが、それに加えて最近、米帝国主義者は中央・東アフリカの四カ国〔訳注:ウガンダ、南スーダン、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国(DRC)〕に対して100人規模の軍事アドバイザーと特殊部隊を派兵すると発表した。

 その他の報道によると、ナイジェリアの石油産出州が米国との軍事協力を深化させており、ギニア湾が西アフリカ諸国政府と協定を結んでいるペンタゴンによる断続的な戦争ゲームの舞台になっているという。

 帝国主義諸国が行っている一連の軍事作戦は、一般には、テロとの戦いおよび市民の保護を意図する「人道的介入」という言説で語られている。けれども、ソマリアを不安定化し、世界最悪の食糧・水の危機を生み出しているのは、米国のソマリア介入そのものである。


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翻訳記事:「スーダンは1990年代版ニカラグア?」(ショーン・ガッブ)

 自衛隊の派兵が既成事実化しつつある南スーダンで29日、大規模な戦闘が発生し、少なくとも75人が死亡したと報道されている。スーダンについてはこれまで目を通した海外記事から可能な範囲で解説を試みたいと思っているが、なかなか作業が進まずにいる。以下の記事は本来解説に組み込もうと考えていたものだが、圧倒的賛成多数の住民投票結果を受けて独立したはずの南スーダンで、実際には何が起こっていたのか――端的にはSPLA(スーダン人民解放軍)とは何者なのか――を知る絶好の資料であるため、優先して翻訳・紹介することにした。

 この記事が執筆されたのは1998年に遡るが、当時のスーダン関連記事は、おそらくは「人道的介入」言説とそれに基づく帝国主義的侵略が全面化する以前という歴史的条件から、相対的にまともなものが多いように思う。この記事でとりわけ興味深いのは、米国の対スーダン政策に密接に関わっているジョン・プレンダーガスト自身が、SPLAをコントラ「死の部隊」になぞらえる発言を明け透けに繰り返していたことだろう。そして事実はプレンダーガストの発言を裏づけるものである。特に訳出した最後の章「米国によるスーダン版コントラの支援」にはぜひご注目いただきたい。

 SPLAは今日の南スーダン政府の中核を担っている。


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■「スーダンは1990年代版ニカラグアなのか?アフリカの角における米国の政策」(ショーン・ガッブ)

【原文】
 The Sudan Foundation [Politics File, Number 21, 1998]: "Is Sudan the Nicargua of the 1990s? American Policy in the Horn of Africa "
 https://groups.google.com/group/alt.fan.noam-chomsky/msg/d71623c14e4ac332?hl=fr&


●はじめに

 「1980年代の中米のまったくの引き写しである」――国家安全保障会議メンバー、ジョン・プレンダーガスト(John Prendergast)(▼1)

 「1980年代へようこそ。ロナルド・レーガンに栄光あれ!次のシナリオを思い出そう――他国の政府を転覆するためにCIAが支援し、武装した反乱軍。隔離されたキャンプからの越境攻撃。そして国際的な経済制裁と大量のプロパガンダ攻撃によって支えられた、あらゆる不安定化作戦を。これはあたかも1984年前後のニカラグアやアンゴラのことだと思うだろう。けれども実際には、1998年のスーダンを指している。」――ジョナサン・スティール(Jonathan Steele)、1998年3月1日付『ガーディアン』


●ニカラグアとスーダン――「異常かつ途方もない」「米国の外交政策」に対する脅威

 米国の対スーダン外交は、1990年代に入ると、演説においても行動においてもいよいよ攻撃的になってきた。スーダンをめぐる米国の外交政策は、1980年代のニカラグアおよびニカラグアのサンディニスタ政権に対する米国の従来の政策と振る舞いを反復している。前述のように、それは英紙『ガーディアン』のベテラン記者であるジョナサン・スティールと、米国家安全保障会議の東アフリカ局長であるジョン・プレンダーガストといった、立場の異なる人物の発言からも充分に示唆される。両者をごく簡単に比較するだけでも不穏な類似性は際立っている。

 ニカラグア政権を転覆するべく米国が1980年代に熱心に行ってきたことは、今日では詳細に記録・報道されており、欧米の進歩的勢力が高い関心を寄せる問題でもあった。1985年初頭、レーガン大統領は、ニカラグア政権の「現体制」を「除去」したい、と公的に発言した。ジョージ・シュルツ国務長官(当時)は、この体制を除去する方法の一つは「サンディニスタ政権を崩壊させること」であると述べた(▼2)。1985年5月1日、レーガン大統領は、「ニカラグア政府の政策と行動は、米国の国家安全保障と外交政策に異常かつ途方もない脅威をもたらしている」とする大統領命令を出した。この大統領命令はニカラグアに対する経済制裁を科すものでもあった。

 1997年11月4日、クリントン大統領は、「スーダンの政策は、米国の外交政策に異常かつ途方もない脅威をもたらしている」とする大統領命令を出した(▼3)。この大統領命令には、スーダンに対する一方的な経済制裁を敷くことも含まれていた。一連の措置は、スーダンが世界で最も貧しい国の一つであり、しかもスーダンが世界中のどこであれ米国人を一人でも殺したり殺そうと企んでいたりする証拠が何一つないままに行われた。

 米政府の権力が、このように不条理な方法で、途上国の中でも最も貧しい二国に向けて直接襲い掛かるというのは、異常なことである〔訳注:米国の建国以来の歴史の中では、残念ながらこれらはとりたてて「異常な」(extraordinary)ことではなく、今日もまたそうである。〕両国とも米国の支援に基づく攻撃と不安定化を被る以前からすでに極めて貧困であり、ニカラグアでは破壊するべき、スーダンでは破壊し続けるべき、発達したインフラはほとんど存在しなかった。〔訳注:正確に言えば、ニカラグアが西半球で最も貧しい国の一つとなったのは、1990年にサンディニスタ政権が転覆されてから約10年を経た後である。サンディニスタ政権下のニカラグアでは、米国の介入のために国家予算の半分を戦費に注ぎ込まざるを得なかったにもかかわらず、進歩的な社会経済プログラムが推進され、米国の代理軍隊であるコントラ「死の部隊」は、それを破壊するべく学校や診療所を焼き払った。スーダンでは、国内の医薬品自給率を5%以下から50%以上に引き上げたアッシファー製薬工場が、1998年の米国のミサイル攻撃によって瞬時に破壊され、医薬品の不足のために何万人もの人々が死亡したと推定されている。〕

 スーダンに対するクリントンの行動は、二年前から準備されたものであり、1995年2月15日には、クリントン政権の当時の国家安全保障会議アドバイザーであるアントニー・レイク(クリントンはレイクをCIA長官にも指名したが、これは失敗した)が、戦略研究センター主催の会議の前に、次のように語っている。

 「我々は、スーダン政府がその見解を変え、政府というものが従うべき――と我々が見なす――国際的な行動規範に従って振る舞い始めるまで、スーダン政府の影響力を最も効果的に阻止する方法を探るために、他国の政府と協同してスーダン周辺で活動するだろう。」

 レイクの宣言から間もなく、1995年3月23日に、エドワード・ブリン(Edward Brynn)
米アフリカ問題国務次官補は、上院アフリカ小委員会での発言で、以下のように述べた。

 「要するに、我々はスーダンに注目を集めておくことには成功しているが、我々にとって最も関心事である、政権のそうした政策と実践における変化をもたらすことができずにいる。我々はハルトゥームに対して二国間および国際的な圧力をかけ続けるだろう。我々はハルトゥームの振る舞いに変化をもたらす方策を探ることを断念したことはなかったし、今後も断念することはない。スーダン政府は、我々が脅威的で不快と見なす現在の政策と実践を続ける限り、最終的にはそれが自らの瓦解を招くということを理解しなければならない。」

 国家安全保障会議・東アフリカ問題局長ジョン・プレンダーガストは、1997年後半に、スーダン政府は「今日のアフリカ大陸における米国の安全保障上の根本的な脅威」として見なされていると述べた(▼4)。

 けれども、ニカラグアの場合にもスーダン場合にも明らかなのは、米国の外交政策が、米政府にとって好ましくない政治的志向を選択した第三世界諸国を悪魔化する方法を取ったことである。冷戦の終結にともなって、米国の安全保障体制が何十億ドルもの支出を正当化するために新たな敵を必要としたというのもよく言われることである。イスラム原理主義の表象は便利な標的であり、米国の政策が、スーダンのハルトゥーム政権のような、あらゆる独立したイスラム政権に敵対的なのは明らかだ。マイケル・フィールド(Michael Field)がアラブ世界における包括的な研究で述べているように、スーダンの志向は明確である。

 「近代的・共和主義的・イスラム的な思想を実践してきた唯一のアラブ国家はスーダンである。」(▼5)〔訳注:この言明には必ずしも納得できないが、バシール政権下のスーダンが、例えばカダフィ政権時代のリビアよりも「イスラム的」であり、サウジアラビアよりも「近代的・共和主義的」であるのは確かだろう。〕

 そして、1980年代のニカラグアのサンディニスタ政権による社会主義へのコミットは、ワシントンからの同様の敵意を引き起こした。


●米国によるスーダン介入の背景

 1989年7月、軍事クーデターによってサディク・アル=マフディー(Sadiq al-Mahdi)政権が倒された。二つのイスラム党派――サディク・アル=マフディー率いるウンマ党と民主統一党――が運営していた弱体な連合政府は、これによって三年で終わりを告げた。スーダンの内戦は、ジョン・ガラン率いるSPLA(スーダン人民解放軍:Sudan People's Liberation Army)が結成された1983年に再燃した。スーダン政府は徐々に民政に移行し、スーダンに近代的なイスラム共和国を建設した。米国の支配層と米国の同盟国である中東の独裁政権にとって、スーダン政府の独立と民主的なイスラムモデルの脅威は、スーダンを米国の不快な標的として位置づけるに充分であった。

 スーダン政府が国内の政治的・軍事的な圧力によって崩壊するだろうという米国の当初の期待は、まったく的外れであったことが明らかになった。スーダン政府は地方分権を進め、連邦制度を適用し、イスラム教徒がマジョリティを占める地域にシャリーアを一部導入し――したがって南部スーダンは除外された――、地方選挙および州選挙、全国選挙、大統領選挙を実施した。ハルトゥーム政権はまた、スーダン南部のいくつかの主要な反乱勢力との間で、1997年の和平協定――南部スーダンの自決に関わる住民投票の保証を含む和平協定――を結んだ。1998年の新憲法は、大統領制・連邦制・多党制国家としてスーダンを規定している。政府とSPLAとの内戦は、とりわけ1980年代後半から1990年代初頭にかけて激化し、SPLAがエチオピアの後方基地を失い、〔訳注:エチオピアの〕メンギスツ(Mengistu)政権が倒れ、SPLAが複数の派閥に分裂してから間もなくピークを迎えた。


●米外交政策のおなじみのパターン

〔訳注:省略〕


●「知覚の操作」

〔訳注:省略〕


●「外交の隔離病棟に」スーダンを搬送

〔訳注:省略〕


●「経済的な締め上げ」

〔訳注:省略〕


●「代理軍隊の編成」

 1994年までには、スーダンに対する米政府の政治的・プロパガンダ作戦が激烈になっていたにもかかわらず、スーダンの国内情勢は著しく沈静化していた。治安が数年来より改善し、「内からの平和」運動が勢いを増してきた。ところが、ジョン・ガランの弱体化したSPLAは、依然としてスーダン政府を打倒するべく、これまで以上に露骨な軍事的圧力を加えようと躍起になっているようであり、SPLAがスーダン国内の政治的出来事から取り残されてきていることが、ますます明らかになってきた。

 この圧力が、ワシントンが1980年代にニカラグアで用いたモデルに倣ったものであることについては、1990年代の米国の対スーダン政策に関連する発言の中で、ジョン・プレンダーガストが明快に認めている。

 「1980年代の中米のまったくの引き写しである。米国はコントラに密かな支援(さらにエルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラ政府には公式な支援)を提供し、国内的な圧力を受けて、コントラ(および上記三国の中米政府)に対して――特に人権と制度改革に関して――多くの改善を施すと主張した(が実際には、人権など気にかけないワシントン政権は〔訳注:コントラを批判する人々に対して〕逆に圧力をかけた。」(▼12)

 米政府が、ニカラグア政権に対して用いた戦術を反復して、1990年代初期から
スーダンの軍事的不安定化を意図した「二本立て政策」(twin track policy)を開始したことは明らかである。この政策は、対ニカラグア政策でホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドルを利用したように、スーダンの三つの隣国――ウガンダ、エリトリア、エチオピア――を組み込んでいる。〔訳注:ニカラグアに対する「twin track policy」では、米国はニカラグアの隣国において、(1)コントラを育成・支援するとともに(戦争)、(2)反戦運動を米国の管理下に置くことで(「和平」)、サンディニスタ政権の転覆を実現した。戦争と「和平」という二つの異なる(表面的には矛盾して見える)戦術は、いずれもサンディニスタを弱体化させ、転覆するという一つの戦略に奉仕するためのものだった。〕


●米国によるスーダン版コントラの支援

 それはまた、スーダン国内でのSPLAのテロ活動の促進を積極的に奨励する、SPLAに対する軍事的・政治的支援政策に関わっている。密かな軍事支援に加えて――米政府が様々なコントラ集団をFuerza Democratica Nicaraguense(ニカラグア民主軍:FDN)という総称で知られる単一の政治的・軍事的存在へと強制的に合併したニカラグアに倣って――米国の圧力によって1995年6月にエリトリアで「国民民主同盟」(National Democratic Alliance: NDA)が創設された。この新たな組織には、SPLAやウンマ党、民主統一党、スーダン連合軍などが加わった。国民民主同盟は政治的・軍事的委員会を立ち上げ、スーダン政府を暴力的に転覆するべく組織化を図った。『アフリカ・コンフィデンシャル』の言葉を借りれば、米国大使の「存在は異彩を放っていた」。

 1981年11月、レーガンはサンディニスタ政権を標的として米国が訓練した民兵組織を創設するために1990万ドルの支出を承認した。1984年までにこの軍隊は1万3000人のコントラに成長し、米国からの支援として――主にCIAの「当局機密分類」の年間予算から――1億ドルもを受け取るようになっていた。数千万ドルに及ぶ米国からの似たような秘密軍事資金がSPLAに対して注ぎ込まれている。

 そして、SPLAはコントラがニカラグアで取った戦術に酷似した戦術を用いた。コントラは8000人のニカラグア市民を殺害した(▼13)〔訳注:今日では民間人の死者は5万人に上ると推定されている〕。1981年から1985年にかけて、米国が支援したコントラは3346人のニカラグアの子どもとティーネイジャーを殺害した(▼14)。SPLAは南部スーダン――ウガンダやエチオピア、エリトリアの基地から最もアクセスしやすいスーダン地域――の民間人に対して同様の組織的テロリズムを繰り広げた。プレンダーガストは次のように明快に述べている。

 「SPLAは、自らが関与した人権侵害をめぐって、国際的な人権団体や地元の教会からの津波のような告発と非難にさらされている。」(▼15)

 SPLAは何万人ものスーダン市民を殺害し、その他にも民間人に対して多くの残虐行為を犯してきた。国連特別報告者は、1995年に南部スーダンのガニエル(Ganyiel)地域で起こった、そうした事件の一例を報告している。SPLAの民兵は、30人の老人と53人の女性、127人の子どもを含む210人の村人を、銃や刀、さらには炎によって殺害した。この襲撃によって、さらに合わせて1987軒の家が破壊された(▼16)。アムネスティ・インターナショナルが報告した別のテロ行為では、SPLAの殺し屋が、南部スーダンのアヨド(Ayod)から12キロの距離にあるパガウ(Pagau)村から連行してきた32人の女性を一列に並べ、一人ずつ頭を一発で撃ち抜いて殺害した。報告によれば、18人の子どもが小屋に監禁され、その後に小屋が焼かれた。逃げ出そうとした3人の子どもがそのときに撃たれた。残った子どもたちは焼き殺された。アムネスティ・インターナショナルは、アヨド北東部のパイヨイ(Paiyoi)でSPLAが36人の女性を牛小屋に閉じ込めて焼き殺したと報告している。その他にさらに9人がガランの軍隊によって棍棒で殴り殺された(▼17)。SPLAはまた、強制労働や徴兵といった組織的な市民の動員を通じた奴隷制ないし奴隷制的な慣行を非難されている。ヒューマン・ライツ・ウォッチ/アフリカによっても、米国の支援するテロリストによって1万人以上のスーダン人の子どもたちが誘拐されていることが確認されている。

 今では米国家安全保障会議の東アフリカ局長としてSPLAを武装する米国の政策に参加しているジョン・プレンダーガストが、国家安全保障会議に指名される以前に、こうした行為の倫理性について明快に述べていたというのは、おそらく皮肉なことである。開発支援コンサルタントとして、スーダンとSPLAについて相当の経験をもって働いていた時期に、彼はSPLAについて明快に述べている。

 「〔訳注:SPLAは〕その支配区域における凄まじい人権侵害に対して責任を負っている。その支配区域における統治機構(SPLAが自らに授与した地位)として、SPLAに対して通常の人権水準を適用するのであれば、米国議会は人道主義的見地からとっくの昔に人道援助以外の援助を禁止していただろう。」(▼18)


●米国によるスーダン隣国の「不安定化工作員」化

〔訳注:省略〕


●結論

〔訳注:省略〕



▼1. John Prendergast, Crisis Response: Humanitarian Band-Aids in Sudan and Somalia, Pluto Press, London, 1997, p.77.
▼2. New York Times, 23 February 1985.
▼3. 'The U.S. Imposes New Sanctions on Sudan', Thomson Financial Publishing, http://www.tfp.com/news/USSudan.htm, 4 November 1997.
▼4. Speaking at the 'Meeting on Religion, Nationalism and Peace in Sudan', United States Institute of Peace, Washington-DC, 17 September 1997.
▼5. Michael Field, Inside the Arab World, John Murray, London, 1994, p.257.

▼12. John Prendergast, Crisis Response: Humanitarian Band-Aids in Sudan and Somalia, Pluto Press, London, 1997, p.77.
▼13. William Blum, The CIA:A Forgotten History, Zed Books, London, 1986, p.334.
▼14. Dianna Melrose, op.cit., p.26.
▼15. Prendergast, op cit., p.72.
▼16. Situation of Human Rights in the Sudan: Report of the Special Rapporteur, Mr Gaspar Biro, submitted in accordance with Commission on Human Rights Resolution 1995/77, 1996.
▼17. Sudan: The Ravages of War: Political Killings and Humanitarian Disaster, Amnesty International, London, AI Index: AFR 54/29/93, 29 September 1993, p.25.
▼18. John Prendergast, Crisis Response: Humanitarian Band-Aids in Sudan and Somalia, Pluto Press, London, 1997, p.77.

翻訳記事:「仏大統領、チャドで逮捕された児童売買犯を釈放させる」(キース・ハーモン・スノー)

 最後に、2007年に発覚した「ゾエの箱舟」事件――スーダンの国連ミッションに参加していたフランス「人道」NGOが、チャドの黒人児童に対する組織的な人身売買容疑で現行犯逮捕された事件――をめぐるスノーの記事を掲載する。原文記事執筆時以降の事件の経緯については訳注に含めたので、ここではフランスがチャドの旧宗主国(侵略国)であるという歴史的経緯を改めて喚起したい。

 東西アフリカの中間に位置し、赤道アフリカと北アフリカを結ぶチャド湖の周辺地域では、ヨーロッパ帝国主義によるアフリカ侵略・植民地支配を決定的に加速させた1884年の「ベルリン西アフリカ会議」とほぼ同時期に、統一国家ラビーフ帝国が成立し、19世紀末のアフリカ民族解放運動の一大拠点が築かれた。ラビーフ軍は1891年3月に行われた最初の戦闘でフランス軍を大敗させ、以後も数度にわたって侵略軍を撃退し続けた。フランス軍の圧倒的な挟撃作戦による一方的な殺戮を受けて、1900年4月、ついに帝国がラビーフの死とともに崩壊すると、フランスはラビーフの首を斬り落として、フランス文明に抵抗した「野蛮人」の見本としてパリの博物館に展示した。

 日本帝国主義者は、台湾の(とりわけ先住民に対する)侵略・植民地支配にあたって、フランス帝国主義者のマニュアルを好んで参照した(一例としてルロア・ボリューの『マダガスカル殖民論』など)。これらの問題はすべて(反)植民地主義と(反)レイシズムを抜きに語ることはできない。

【参考】
 チワスアリ:靖国参拝違憲訴訟「意見陳述」
 http://www4.ocn.ne.jp/~aoitori/siten20.html


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■「仏大統領、チャドで逮捕された児童売買犯を釈放させる――フランスNGOチャリティ、子どもを誘拐するために『ダールフールを救え』インフラを利用」(キース・ハーモン・スノー)

【原文】
 ALLTHINGSPASS [2007/11/14]: "FRENCH PRESIDENT FREES CHILD TRAFFICKERS ARRESTED IN CHAD --French NGO Charity Used “Save Darfur” Infrastructure to Kidnap Children"
 http://www.allthingspass.com/uploads/html-239FRENCH%20PRESIDENT%20FREES%20CHILD%20TRAFFICKERS%20ARRESTED%20IN%20CHAD%5B2%5D.htm


 チャドとダールフールで活動するフランスの「人道」チャリティNGO、「ゾエの箱舟」(L'Arche de Zoé)が、フランスとチャドが関与した黒人児童の人身売買容疑――控えめにしか報じられていない「ゾエの箱舟事件」――で、国連の捜査を受けていると報道されている。ところが、仏大統領はフランス人を免責し、裁判すら無視してチャドから退避させるために干渉を行った。

 チャドでは制服姿の学生を主体とする抗議運動が沸き起こり、催涙弾と治安維持軍によって弾圧されている。

 チャド大統領イドリス・デビは、事件を暴露、批判して、〔訳注:「ゾエの箱舟」の関係者らが〕「小児性愛」と「臓器売買」に関わっていると公言し、6歳から10歳までの「ダールフール孤児」103人と共にフランスに出国しようとしてチャドの空港で拘束されたヨーロッパ人17人を逮捕したことで、バッシングを受けている。103人の中には、あたかも傷を負っているかのように見せかけるために、包帯を巻かれていた子どもたちもいた。

 臓器売買は、移植臓器のために何万ドルもの支払いが可能な、先進諸国上流階級の裕福な顧客のために駆動している、腎臓を始めとする臓器の取引――世界中にはびこる貿易――である。貧しい国々の子ども――時には大人――たちは、しばしば臓器「提供者」として密売を行うが、その殆どは強制的な「ドナー」であり、臓器の「提供」後には死んでしまう。

 「ゾエの箱舟」計画は、「確実な死に直面している一万人の孤児たち」をフランスと米国に「連れてくる」と称して、2007年4月28日に基金を立ち上げた。 約300人のヨーロッパ人が、孤児を受け取るための諸経費として、それぞれ2000ユーロ(3450ドル)を「寄付」していた。フランスの報道によれば、「ゾエの箱舟」は計画の実施にあたって55万ユーロ(80万2000ドル)の「寄付金」を費やしたという。

 飛行機がフランスへの出国間際に取り押さえられた後、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の調査によって、103人の子どもたちは「地域社会で家族と共に暮らしており」――ダールフール出身でも孤児でもなく――健康状態も劣悪ではないことが判明した。

 「ゾエの箱舟」はフランス軍からの物流支援も取り沙汰されており、ダールフールに隣接する村々に頻繁に出没しては、子どもたちを誘惑してさらっていた。「ゾエの箱舟」は、国際救援コンソーシアムへの参加と、フランス軍という治安装置を通じて、戦争で荒廃したチャド・ダールフール国境地帯へのアクセスを担保していた。

 事件に憤慨するスーダン国境地帯のチャド人たちは、ダールフールの難民に関与している膨大な外国の支援団体の動機に以前から疑念を表明していた。この話題を取り上げた数少ない欧米メディアの報道は極めて短いものばかりで、チャドの母親の「モンスター」ぶりを叩いている報道までいくつかある――要するに、彼女たちは、警備隊に守られた裕福な白人が自分たちの子どもを誘拐したとして、根拠のない怒りと主張を振りかざしている、手に負えないモンスターである、と暗に仄めかしているわけだ。

 ヒューマン・ライツ・ウォッチなどの国際的なNGOは、早くもイドリス・デビ大統領を攻撃し、チャドが決まって子ども兵士を将校に用いていると非難している。国際メディアは、イドリス・デビ大統領の偽善に関する物語を繰り返し宣伝することで、ヨーロッパ白人による黒人児童の人身売買をめぐる問題を圧殺した。

 「あの人たちは我々を動物のように扱っている」――デビ大統領は「ゾエの箱舟」のメンバーについて、このように発言した。口にしてはならない真実を語ってしまったデビ大統領のマナー違反によって、注目の的はチャドとその大統領の失政に移ってしまったのである。

 IRIN(国連統合地域情報ネットワーク)の救援ネットワークの通信社は、大々的に報じられたデビ大統領の批判をさらに繰り返した。いわく、「ヒューマン・ライツ・ウォッチのチャド調査員デイヴィッド・ブッフビンダー(David Buchbinder)を始めとする多くの援助ワーカーによれば」「『ゾエの箱舟』の子どもたちに対する扱いをめぐるデビ大統領およびチャド政府高官の発言は偽善的である」。

 IRINはヒューマン・ライツ・ウォッチ専門員の次の発言を引用した――「デビ大統領らは、自分たちが本来すべきように子どもたちを保護していないことが明らかなのだから、子どもたちの福利に関して何やら述べたところで、まるで説得力がない」。

 ジョージ・ブッシュやトニー・ブレア、ヒラリー・クリントンといった国際的な白人指導者が全国のテレビで垂れ流している無意味なコメントや真っ赤な嘘に対しては、偽善という発言が投げかけられることは、まずあり得ないだろう。ヒューマン・ライツ・ウォッチの「専門員」は、アフリカにおける白人の人権専門家としての権力的地位が保証してくれている特権を行使したのであり、彼の行動は、欧米の軍事的・経済的・政治的・イデオロギー的勢力の犠牲になっている「第三世界」経済の支配に、ヒューマン・ライツ・ウォッチが与しているという、不公正な権力構造の縮図を示している。

 一般的に、「子ども兵士」に対する国際的な批判は、いわゆる「第三世界」諸国に向けて、裕福な「第一世界」の政府や人権団体、シンクタンクからなされている。他方、「子ども兵士」を批判している人権組織を含む、第一世界の市民は、軍隊の将校に子ども兵士を使っている地域に米軍が軍事力を浸透させていることで、数え切れないほど多くの面で便益を得ている。欧米の軍隊は、18歳以上の「成人」を潤沢に入隊させており、入隊者をうまく養い、義務期間と引き替えに大学教育と「またとない冒険」を提供してくれる〔訳注:実際には、学費の「支給」を受けるためには前金が必要で、大学を卒業できる退役米兵は15%程度であると言われている〕。けれども、子ども兵士はしばしば、無秩序な地帯に展開する軍隊の将校に加わることがある。なぜなら、〔訳注:一兵卒であるよりも〕将校である方が危険が少なく、また子どもたちに主体的な感覚とリアルな権力感覚を与えてくれるからである。一方、米国の密かな軍隊と欧米の代理軍は、より脆弱な「反乱」軍や国軍――その多くは自分たち自身と家族を守るためのレジスタンスであり、子ども兵士は自らの土地と国を守るためにしばしば志願兵となっている――に一丸となって敵対している。

 国連も他の救援団体も、「ゾエの箱舟」のことなど一切知らないと言い張ったが、「ゾエの箱舟」はスーダン国連ミッションの国際チャリティに登録されているのであった。

 「ダールフールを救え」の大合唱に見事に呼応して、〔訳注:2007年11月14日〕現在の「ゾエの箱舟」のウェブサイト(www.archedezoe.fr/accueil.htm)には、「今すぐに救わなければならない、今日この瞬間にも命の危険にさらされている」子どもたちが80万人いると書かれている。〔訳注:2011年10月現在サイトは「工事中」である。〕

 猛烈な国際圧力を受けて、ニコラ・サルコジ仏大統領はチャドに飛び、逮捕された17人のうち7人の釈放を自ら実現させた。2007年11月11日、彼らは連れ立ってフランスに帰国した。〔訳注:2007年12月26日、チャドの裁判所は「ゾエの箱舟」のメンバー6人に懲役8年の実刑判決を言い渡し、被害児童の親に対する総額41億2000万CFAフラン(約10億円)の慰謝料の支払いを命じた。判決から3日後の12月29日、サルコジはチャドとの「相互協定」に基づいて6人をフランスに帰国させた。6人はパリで約3カ月間拘留された後、2008年3月31日にデビ大統領から「恩赦」を与えられた。〕

 イドリス・デビ大統領は、「ゾエの箱舟」のメンバーに同行していた3人のフランス人ジャーナリストと7人の搭乗員を含む、17人のいわゆる「人道」支援活動家――全員が人身売買容疑の共犯として起訴されている――を逮捕したことで強く批判されている。(ときには公平なこともある)メディア監視団体の「国境なき記者団」によれば、ジャーナリストのうち2人は「ゾエの箱舟」計画を取材中で、残りの1人は明らかに個人的な理由のために参加していたという。ベルギー人のパイロットも拘束されているが、罪は一切問われていない旨報じられている。

 米国の民間ニュース放送局MSNBCは、「起訴されたフランス人の運命よりも遥かに強く問われていることがある」と報道し、今や胡散臭くなってきてはいるが、依然として扇情的な「ダールフールを救え」キャンペーンに問題の焦点を戻すことで、事件の要点を歪曲した。

 事実、問われているのは、 欧州と北米、アフリカの国々の間の不公正な関係である。この事件は、被害者がどのように扱われるか、被害者が被害者であるがゆえにどのように罰せられるか、「国際援助チャリティ」の旗下での、密かな軍事作戦や民間軍事会社、児童売買に絡む殺人をも含む、アフリカにおける犯罪の真の加害者が、いかにして完璧に免責されるかということを端的に実証している。明るみに出たこの事件で問うべきものは、「アフリカ人には我々の助けが必要である」「アフリカ人は自分たち自身では何もできない」といった欧米の「文明社会」の言説を再生産しながら、欧米諸国がアフリカから吸い上げている利益なのである。

 チャド人の母親たちは次のように述べている。「もしも、米国の人々を支援するためにアフリカからチャリティ団体が派遣され、チャドの黒人NGOの参加団体の一つが、『ゾエの箱舟』のヨーロッパ人のように現行犯で逮捕されたとしたら、熾烈な国際捜査を受け、米国で長期にわたって裁判にかけられ、あの恐ろしいO.J.シンプソンの裁判のように、世界中のさらしものにされるでしょう。黒人で、しかもアフリカ人の加害者は――実際に罪を犯していようが、無実であろうが――死ぬまで刑務所に入れられて、チャドという国家全体と国民全員が「無秩序」と「テロ」の温床として攻撃されるでしょう。」

 この如何わしいフランスNGOの真の目的と、仏大統領サルコジとの関係をめぐっては、いくつかの深刻な疑惑が浮かび上がってくる――小児性愛と臓器売買について言及したチャドのデビ大統領の発言は、一部のメディアを刺激するための単なる即席のコメントではなかったのではないだろうか。

 調査報道記者でありアフリカ情報の専門家であるウェイン・マドセン(Wayne Madsen)は、「ゾエの箱舟」のフランス人たちがフランス国内でのコネクションについてチャドの法廷で告白してしまったことをサルコジ仏大統領が懸念しているようである、と報じている。大統領選挙運動の時期に〔訳注:2007年の大統領選挙は4月22日に最初の投票が、5月6日に決選投票が行われ、ジャック・シラクの後継者としてニコラ・サルコジが当選した〕、サルコジは小児性愛は適切に理解されていない〔訳注:端的には「小児性愛は生まれつきのものである」〕という意見を述べた。このコメントはフランスで大顰蹙を買い、サルコジはパリの大司教から強い非難を浴びた、とマドセンは報告している。軽はずみなサルコジに対する批判者の中には、サルコジを「ペドのサルコ(Sarko le Pedo)」と呼び始めた人々もいる。

 フランスNGO「ゾエの箱舟」は得体の知れない存在である、とマドセンは述べている。「ゾエの箱舟」は、2004年12月26日の津波の直後に「フランスのモニタリングマニアたち」が設立し、インドネシアのバンダ・アチェに、津波被害で避難民となった子どもを対象とする4つのキャンプを設置した。マドセンは以前にも、インドネシアとタイの津波によって孤児となった子どもたちの人身売買被害について報道しているが、その中には買春目的でなされたものもあった。

 フランスNGO「ゾエの箱舟」のウェブサイトはこの中に載っていたが――昨日まではここにあったのだが――すでにサイトから消されてしまった〔訳注:原文からのリンクがないため推測だが、おそらくスーダン国連ミッションに登録されている国際チャリティの一覧サイトを指すと思われる〕。

 国際メディアの報道によれば、10月24日には、フランス人家族の集団が、フランス・マルヌのヴァトリー空港で、子どもたちを乗せた第一便の到着を待っていたという。飛行機はスーダン国境に程近いチャドのアベシェ空港から離陸しようとしていた寸前に止められ、搭乗していた17人のヨーロッパ人は逮捕されていた。

 もっとも、事件をめぐって明るみに出てきた事実は、アフリカの子どもたちが良心的なフランス人「家族」の家庭に引き取られるはずだったという一連の報道――我々はアフリカの子どもたちを救い、よりよい人生を与えるはずだったという強固な筋書き――が、〔訳注:子どもたちが「ダールフールの孤児」ではなかったのと〕同様に虚偽であったかもしれないことを示唆している。「ゾエの箱舟」事件の全容を解明し、103人の子どもたちの到着をフランスで待ち受けていたのが実際には誰であったのかを究明するために、国際的な調査を迅速に開始しなければならない。


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 リビアとスーダンの現在につながるチャドの現代史についても簡単に触れておこう。


 チャド――一九八一~八二年

 リビアのムアマル・カダフィ大佐に対するレーガン政権の強迫観念は、地理的にも、法的にも、倫理的にも、とどまるところを知らなかった。リビアは、武装蜂起にさらされていた隣国チャドの要請を受け、また、隣国に友好な政府があることを望むリビア自身のために、チャドに軍隊を駐留させていた。米国は、チャド政府を、反リビア的なものにすげ替えることを狙っていた。またチャド国内の反カダフィ派の亡命リビア人たちに、リビアへの越境攻撃を行なわせていた。

 米国は、チャドの旧植民地支配者であるフランスとともに、賄賂と政治的圧力によりチャド政府にリビア軍撤退を要請するよう仕向けた。リビアは不承不承撤退し、代わりに「アフリカ統一機構」(OAU)の部隊が駐留することとなった。OAUには、チャドの治安を維持する曖昧な権限が委任された。これがトロイの木馬となった。CIAはチャドの反対派部隊をスーダンで再結成し、資金と武器、政治的支援と技術支援を提供した。それから、OAUが何もしないまま傍観しているなか、イセーヌ・アブレ率いるこの部隊は、一九八二年六月、チャド政府を転覆した(▼48)。米国の援助を受けたアブレは八年間チャドを支配した。この間、彼の秘密警察は何万人もを殺害し、二〇万人におよぶ人々に拷問を加えたと言われる。失踪者の数はわかっていない。二〇〇〇年に、拷問の犠牲者たちはアブレが住むセネガルで彼を訴追することに成功したが、そのとき、犠牲者たちは、アブレを「アフリカのピノチェト」と呼んだ(▼49)。


▼48 Woodward, p.96-7, 157-58, 215; Jonathan Bearman, Quadhafi's Libya (Zed Books, London, 1986), p.216-225.
▼49 New York Times, February 11, 2000, p.30, editorial.

(ウィリアム・ブルム『アメリカの国家犯罪全書』、益岡賢訳、作品社、2003年、p.248, p.271)


 1981~1982年当時のスーダンは、親米のジャアファル・ムハンマド・アン=ヌメイリー軍事独裁政権下にあり、リビアの怪しげな「反乱勢力」の一部――NFSL(リビア救済国民戦線:National Front for the Salvation of Libya)――も、同時期(1981年10月)に米国の支援を受けてスーダンで結成された〔リンク先記事では途中からFNSLと略されているが、これはNFSLの間違いである〕。カダフィは、ダールフールで起こっていることは、アラブ政権による黒人に対するジェノサイドではなく、欧米帝国主義による介入であるとして、繰り返しバシール政権を擁護してきた。

翻訳記事:「南スーダンの住民投票について」(キース・ハーモン・スノー)

 最後にあと二つほどスノーの翻訳記事を紹介しておきたい。一つは、北部からの分離独立を決定した2011年1月の南スーダンの住民投票について、スノーがブラジルの新聞から取材を受けた際のインタビュー記事。もう一つは、日本でも多少報道されたことのある、2007年の「ゾエの箱舟」事件――スーダンの国連ミッションに参加していたフランス「人道」NGOによる黒人児童に対する組織的な人身売買をめぐる事件――である。後者については次回に掲載する。

 南スーダンでは、有効投票の98.83%という圧倒的賛成多数の住民投票結果を受けて、独立が成立したが、これを南スーダンの人々の「自決権の行使」と呼ぶには、先進国による選挙操作と介入、それらに先立つスーダンへの歴史的な介入は、あまりにも深刻なものである。

 「内閣府 国際平和協力本部事務局」の2011年3月付の報告書によれば、南スーダンの住民投票では、国連スーダン・ミッション(UNMIS)と国連統合住民投票選挙支援部(UNIRED)、国際移住機関(IOM)による、6600万ドルの拠出を含む、ロジスティクス・治安・財政面での支援に加えて、国連開発計画(UNDP)を通じて9カ国――拠出額順にオランダ・日本・英国・スウェーデン・ノルウェー・カナダ・EU・デンマーク・フランス――が計5604万ドルを供与し、「これらとは別に、米国は総額約5,000万ドルを拠出」している。さらに、「国連ウィメン(旧国連女性開発基金)等の国際機関、国際選挙システム財団(IFES)、米国民主党国際研究所(NDI)、国際共和研究所(IRI)、カーター・センター等の国際的なNPO団体によって、有権者教育、投票キャンペーン、投票監視訓練等が行われた」。

 報告書に公表されているのは、「メディア・キャンペーン」における、いわゆる「ハードな資金」であり、実際にはスノーが述べているように、NED(米国民主主義基金)などが複数の組織を経由して「ソフトな資金」を大量に流し込んでいる。

 「NEDは、南スーダンの選挙運動において巨大な役割を担いました――もっとも、彼らは常にそうしているわけですが。NEDが出資しているこれらの組織は、人々を買収し、真の独立を目指す本物の運動をことごとく回収するために設立されています。これらの組織はすべて基本的に情報操作の最前線を担っています。」


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■「キース・ハーモン・スノー、南スーダンの住民投票について語る」

【原文】
 RASTAFARI SPEAKS [2011/01/16]: "SUDAN interview for brazilian newspaper"
 http://www.rastafarispeaks.com/cgi-bin/forum/config.pl?noframes;read=107126


>南スーダンの住民投票の舞台裏にはどのような勢力があるのでしょうか?

 米国とその同盟国――とりわけイスラエルと英国――は事実上、南スーダン自治領を支配しています。ですから、南スーダンは基本的に米国の保護領なのです。南スーダンの北部からの分離と不干渉は、米・英・イスラエルが支援してきた1991年から2003年までの密かな戦争を通じて実現しました。無論、2003年からも南部の戦争はダールフールに戦場を移して続いてるのですが。1991年から2003年まで――そして現在もそうですが――米国は、SPLA〔スーダン人民解放軍〕(2003年以降はSPLAのダールフール方面軍であるSLA〔スーダン解放軍〕)に対して、アフリカにおける我々の主要な同盟国であるテロリスト「政権」――すなわちウガンダ――を通じて、援助・武装・訓練・後方支援を施してきています。

 南スーダンの住民投票は、「独立」問題に承認と法的根拠を与え、米国と同盟国にあらゆる種類の政治的優位性や利便をもたらすことになるでしょう。米国と同盟国は南スーダンでの作戦と大規模な軍事的関与を隠蔽してきました。南スーダンには我々の国の民間軍事会社――営利企業――が、南スーダンの警察を訓練するという名目で入り込んでいます(ダインコープ――http://www.privateforces.com/content/category/1/85/index.php?option=com_content&task=view&id=990)。民間軍事会社の中には、ロッキード・マーティンの子会社のPAE〔Pacific Architects and Engineers: 太平洋建築設計〕や英国に本社のあるアーマーグループ〔ArmorGroup: 現G4S〕などのように、スーダン国連ミッション(UNMIS)のいわゆる「平和維持」軍を支援している企業もありますし、いわゆる「救済」組織に(軍事的)物資調達を提供している企業もあります。これらはすべて、ワシントン、テルアビブ、ロンドン、ブリュッセルの特権を守るために南スーダンを軍事化する手法なのです。ダインコープとPAEは、「アフリカ連合部隊の支援」(ママ)をするためだけに――アフリカ連合部隊はスーダンを狙う戦争に参加している欧米の軍事的構成分子の一つですが――一度に2000万ドル以上もの契約を獲得しました。〔「G4S JAPAN」は、日本企業や政府に対して、「石油・ガス、資源開発プロジェクト」「イラクにおける復興プロジェクト」「アデン湾・ソマリア沖海賊対策サービス」などの「セキュリティ・ソリューション」を提供している。〕

 住民投票は米国にとって好ましくないイスラム教徒の北部とバシール政権からの南部の分離をお膳立てすることになるでしょう。


>欧米諸国は住民投票をめぐってどのように行動してきましたか?この問題をめぐる欧米諸国の関心と利害はどこにあるのでしょうか?

 欧米諸国はバシールを排除したいのです。バシールはアラブ人で政権の〔欧米諸国からの〕独立(性)を主張していますから、バシールの排除が主要な目的です。もちろん、バシールが協力的であったなら、我々は彼を排除しようとはしなかったでしょう。ですが、彼は何かと問題があるわけです。

 バシールが米国にとって好ましくないのはなぜでしょうか?

(1)バシールは第四次中東戦争に参戦して、エジプトとともにイスラエルと戦った。
(2)バシールは常にパレスチナを支援している。
(3)バシールは北部と中部の石油を採掘するために中国と協力している。
(4)バシールは独自の――世銀やIMFといった米国の金融システムに依存しない――金融システムを維持している。
(5)バシールはスーダンの――米国の砂糖産業に組み込まれていない――砂糖産業を統制し続けている。
(6)バシールはエリトリアに友好的である。
(7)バシールはアラブ人のイスラム教徒であり、南部はキリスト教である。

 石油や、金、ウラン、(コカ・コーラやペプシ、ベンアンドジェリーズアイスクリームなどのユニリーバ製品に欠かせない)アラビアガム、世界で最も肥沃で広大な土地、そして砂糖は、米・英・イスラエルとその同盟国が支配したがっている主要商品の一部です。ダールフールには巨大な油田地帯/石油利権があり(私のウェブサイトの地図を参照してください〔スノーのサイトの地図は見づらいため、サイトのリンク先の地図を示す〕)、ダールフールはまた世界のアラビアガム――それも世界最高級のアラビアガム――の三分の二を供給する産地でもあります。

 軍事的には、南スーダンとダールフール、北スーダンの支配権はいずれも分離していますが、問題は互いに密接に絡まっています。スーダンは、チャドとエチオピア、ウガンダ、ケニア、エリトリアに挟まれた、懸案の地域です。米国はすでにエリトリアを除く上記の周辺諸国にそれぞれAFRICOM〔米軍アフリカ司令部〕と情報機関の拠点を置いていますが、特にエチオピアとウガンダ、ケニアでは、数十億ドルもの「支援」が武器の購入に当てられています。スーダンは中東の軍事的・経済的(略奪)目標を監視するのに絶好の場所です。バシールがスーダンにいたままでは、我々は好き勝手にアクセスを確保することができません。スーダンはソマリアやエリトリアのアラブ勢力とも関係がありますが、それらの勢力は米・英・イスラエル・ケニア・ウガンダ・エチオピアと戦争をしています。

 基本的にこれは「宣伝」選挙の一例なのです。南スーダンの住民投票は、外部勢力が強力に操作しています。USAID(米国国際開発局)やDFID(英国際開発省)、米国務省は数十億ドルもの資金を注ぎ込んでいますし、欧米のその他の「援助」・「開発」機関は「選挙運動」のために特定の資金を用意しました。ですから、これらの選挙には欧米の極めて強い干渉があるわけです。


>米国はスーダンの分離勢力を本当に支援しているのですか?そうだとすれば、それはなぜですか?

 すでに述べたとおりです。我々はおびただしい軍事的・政治的勢力を支援していますが、我々にはまた、より政治的・文化的・経済的な目的のために利用してきた巨大な「援助」システムがあります。例えば、キリスト教の「援助」「慈善」団体は、オペレーション・ライフライン・スーダン(OLS)で使われた数十億ドルの一部を利用して、長年にわたって、聖書からAK-47〔1947年式カラシニコフ自動小銃〕にいたるまで、ありとあらゆる物を南スーダンに運搬してきました。「ダールフールを救え」「ダールフール危機」といったスローガンを唱えている米国やフランスの団体は、ダールフールのいわゆる「反乱」勢力や「正義と平等運動」(JEM)、SLA(スーダン解放軍)を支援しています。

 NED(米国民主主義基金)や国際共和研究所(IRI)、米国民主党国際研究所(NDI)などは南北スーダンのいたるところに展開しています(http://www.ned.org/where-we-work/africa/sudan-and-south-sudan)〔リンク先のアドレスは更新した〕。これは秘密裏に進行している隠れた資本主義と支配であり、結局は人々の利益にはなりません。このようにして、我々は自ら望むものを買い取り、同時にまた自ら望むものを奪い取っているわけです。NEDは、南スーダンの選挙運動において巨大な役割を担いました――もっとも、彼らは常にそうしているわけですが。NEDが出資しているこれらの組織は、人々を買収し、真の独立を目指す本物の運動をことごとく回収するために設立されています。これらの組織はすべて基本的に情報操作の最前線を担っています。


>南スーダンの人々が分離後に直面する課題はどのようなものでしょうか?

 南スーダンの人々は、我々が人形使いである酷いゲームの駒なのです。南スーダンの人々は、アフリカやアジア、ラテンアメリカの人々がいたるところで直面しているのと同じ種類の問題――資本主義――にぶつかるでしょう。それはもうすでに起こっています。資本主義は私的利益に基づいています。今後は土地の争奪や多国籍企業による支配、企業に有利な税制度といった動きがますます加速するでしょうが、「援助」団体や「救済」団体(不幸産業)は、依然として人々の苦難にたかり続けるでしょう。もちろん、あちこちに学校や教会、その他のインフラが表面的には出来上がるでしょうが、それは――いくつかの大企業の利益に奉仕する場合はなおさら――形だけのサービスを提供するものです。それはまた、とりわけウガンダとエチオピア、ケニアが、南スーダンの「独立」がもたらす一定の発展から利益を得るということを意味しています。南スーダンの人々は、飢えや飲料水の不足、企業による公害、アグリビジネスの窃盗に苦しむことになるでしょう。人々はSPLAやその他の軍事勢力――彼らは南部の人々を残虐に扱っており、戦争犯罪と人道に対する罪、ジェノサイドに対して責任を負っています――が引き起こす略奪にも苦しめられるでしょう。


>ハルトゥームは分離後にどのように振る舞うことになるでしょうか?

 質問の意味が理解わかりませんが。もし我々がどのような反応をハルトゥームに期待しているのかというお尋ねであれば・・・米国とハルトゥームは、あらゆる手段を用いて、こっそりと殴り合い続けるだろう、というものではないでしょうか。もし別のご質問であれば、私にはまだ推測することはできません。


>誰が南スーダン新政府のメンバーになるのでしょうか?また彼らのプロフィールはどのようなものでしょうか?

 それは時間が教えてくれるでしょう。それに、おそらくは現時点でも他の人の方が適切に答えてくれるでしょう。確実に言えることは、彼らが米国とNEDなどなどの従順な同盟者であるということです。おそらくは全員がロジャー・ウィンターのお気に入りでしょう。ロジャー・ウィンターは、米国難民委員会(the US Committee for Refugees)とUSAIDの職員であり、スーザンライスの盟友で、ルワンダと南スーダン、ダールフールの密かなジェノサイドを計画・実行した責任者です。


>アビエイ地域の問題をどのようにお考えですか?

 アビエイは南北の境界線に位置する係争地です。アビエイで起こっていることは土地の横領です。どちらの側の人々も、支配権を失い、勢力を失い、土地を失うことを恐れています。それは実にスーダン全土で広く起こっていることの縮図です。秘密裏に蠢いている工作員と挑発者たち――彼らは敵対している政府や勢力に罪をなすりつけるべく暴力を行使しています――によって、スーダンではこれまで暴力が生み出され、助長されてきましたし、これからもそうでしょう。けれども、これは何も新しいことではありません。


>新国家は極めて貧しく、インフラも脆弱です。外国企業や多国籍企業が新国家のインフラを建設し、石油を手に入れるために、この状況を利用する危険性があると考えますか?

 すでにそうなってきています。それは長い時間をかけて準備されてきたものです。あらゆる下準備がなされた上で、多くの企業と民間(窃盗)ディベロッパーはスーダンに来ています。けれども、南スーダンの非石油資源がいっそう狙われ、米・英・イスラエル・多国籍企業の利益に奉仕する「インフラ」を建設するための契約が次々に成立しているため、多国籍企業の浸透は今後さらに凄まじいものになるでしょう。〔日本はすでに南スーダンに企業関係者約60人が参加する「官民合同代表団」を派遣しておりJTによる南スーダンたばこ会社の買収などの動きも進んでいる。〕


>スーダンの住民投票はアフリカ大陸の他の分離主義運動を勢いづけるものだという見方があります。それに対してはどう思われますか?

 それはケースバイケースでないとお答えできないでしょう。それが明らかに人々による人々のための分離運動であれば私は賛成するでしょうし、それは誰もが賛成するべきものでしょう。例えば、ジンバブエからの独立を求めているンデベレの人々や、(ダイヤモンドや石油へのアクセスから)排除されている土地の自治と管理を求めているサン人。それから、企業優遇・親欧米で中央集権のレイシスト的ナイジェリア政府からの独立を求めている、オゴニ、イツェケリ(Itsekeri)、イジョの人々が挙げられます。そうした分離主義運動はおそらくよいことです。こうした境界線は、欧米によって、欧米のために作り出されました。たぶんそれらは解体すべきものでしょう。けれども、欧米の軍事力が分離主義運動を作り出し、助長し、支配してしまうなら、それはアフリカとアフリカの人々を荒廃させることになります。


>ダールフールの問題を関連してどのようにご覧になりますか?

 ダールフールはわずかに異なる文脈を持つ同じ物語です。それは資源略奪をめぐる物語で、いわゆる「和平協定」が南スーダンのために進展していたとき、欧米諸国は攻撃の焦点を南部から移す必要があり、ダールフールがその焦点になったのです。先ほど述べたように、ダールフールには巨大な油田がありますが、国連開発計画(UNDP)やUSAID、DFIDなどはいずれも、欧米の大規模な多国籍企業が、アラビアガムや砂糖、エタノール、他に何であれ、我々が自らの利益のために望むものを栽培できる肥沃な土地の支配権を確立することに、巨大な関心を持っています。

 エリック・リーヴス博士(スミス大学プロパガンダ学科)〔もちろん皮肉で実際は英文学科。リーヴスは米国メディアの寵児で、ダールフールにおける石油の存在そのものに対する否定論者である〕やジェラルド・プルニエ(「ダールフール危機」)、ジョン・プレンダーガスト、アレックス・デ・ウォール、ジョージ・クルーニーといった人々が、これからも大量のプロパガンダ(嘘、欺瞞、ステレオタイプ、歪曲、偽情報)を流し続けるでしょう。彼らはスーダンに関する欧米の主要な偽情報工作員です。


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